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「青年のお仕事 本編その3」 埴輪
 あさってにはフィリアは帰るというその日の夕方、事件は起こった。
「アイン!アインは帰っているか!?」
「どうした、ティグス。そんなに血相を変えて」
 珍しいことに、ティグスが相当あわてている。
「自警団第一部隊が半壊、アルベルト殿が重傷だ!」
 かなり、強烈なニュースである。ティグスがあわてるのも無理はない。
「第一部隊は確か、今日は盗賊退治だったよな。いったい何が起こったんだ?」
「返り討ちにあったらしい。幸い、死人はでてはいないが、怪我をしていない者など一人もいないような状態だ。」
 かなり深刻である。真剣な顔になって、アインがさらに聞く。
「十六夜達は?」
「今回は参加していない。だが、リカルド殿も手傷を負われている。トリーシャ殿が半狂乱になっておられたぞ。」
 父親思いの彼女である。最近多少気まずいとはいえ、父親が大きな怪我をして帰れば気が気でないだろう。
「トリーシャとクレアが気になるな。トーヤのところか?」
「ああ。早めに行ってやってくれ。十六夜殿はクレア殿で手いっぱいなようだ。」
「分かった。」


「なるほど、たった一人に壊滅させられた訳か。まあ、ディヴァイン・ハルバートを持っていたアルベルトがあのざまだ。並の人間が何百人束になってかかっても無意味だな。」
「しかし、それにしても異常すぎる強さだ。」
 少し考えてアインは言う。
「それで、相手に与えた被害は?」
「生き残ったのはそのボスだけだ。ほかの人間は全滅させた。」
「それは、かえってまずいかもしれないな。この街の人間に復讐しに来るかもしれない。」
 そう言って、いやな考えが頭をよぎる。ふいに、アインがトリーシャにたずねる。
「十六夜とクレアは?」
「十六夜さんはクレアを送っていったけど。」
 まだ目が赤いトリーシャが、それに答える。
「十六夜の服装は、自警団の制服か?」
「うん、そうだったけど・・・・。」
 それを聞いたアインが、いきなりクラウド医院を飛び出す。突然のことに、唖然とするリカルド達。フィリアがアインにひっついていったことに、その時は誰も気が付かなかった。


「どうしたの?そんなに血相を変えて。」
「いやな予感がする。十六夜とクレアが危ないかもしれない。」
 そう答えた瞬間、アインの顔がこわばる。だが、何を感じ取ったのか、フィリアには全くわからない。
「まずい、走っていたら間に合わない!!」
 そう言って、唐突に瞬間移動を発動させ、フィリアもろとも現場に転移する。


「十六夜様!!」
「くそ、何者だ!」
 左腕を斬られた十六夜が、それでも刀をはなさずに、目の前の相手に問う。
「昼間、てめぇらに世話になったんで、お礼に来たぜ、ヒャッヒャッヒャ。」
「何!お前がアルとフォスター隊長を!?」
「てめぇらにやられたことに比べれば、些細なことじゃねぇか。あの忌々しいリカルドのせいで、誰一人殺せなかったんだからな!」
 そう言って、十六夜を斬る。かろうじて防いでいる者の、徐々にクレアから離され、追いつめられる。ついに、決定的な一撃を足に受け、転倒する。
「ほう、てめぇの女か?なかなかいい女じゃねぇか。」
 そう言って、剣を一閃する。思わず身を固くして、目をつぶるクレア。だが、予想に反して痛みは走らない。
「それに、いい身体だ。てめぇの女にするには勿体ねぇ。」
 男は、クレアの服の胸元だけを正確に切り裂いていた。比較的豊かな膨らみが、半分露出する。
「きゃぁ!」
 あわててむなもとをかくし、小さくなるクレア。
「こういういい女を切り刻むときが、一番生きている実感がわく。」
 そう言って、再び剣を振り上げる。振り下ろした瞬間、何かが二人の間に割り込んだ。
「天覇日輪掌!」
 その何か、いや誰かはそう叫んで振り下ろしてきた相手の剣に対して正面から掌打をたたき込む。その人物の背中には、日輪を思わせる光の輪があり、打ち込んだ掌打は、日の光のように輝いている。
「アイン!」
 十六夜の叫びに、だがアインは答えず、相手を一気に押し返す。
「滅!」
 その声とともに、背中の光が身体を通り、手のひらから放たれる。だが、相手は跳ね飛ばされただけであった。
「全く、どうしてこういう方面まで、僕の仕事がなくならないんだ?」
 そうぼやきながら、クレアに上着を渡す。
「その格好じゃあれだから、とりあえずそれ着てて。」
 いまいち格好の付かない台詞である。だが、台詞とは裏腹に、彼らには今まで見せたことがないほど真剣な顔である。
(これが、あのアイン君?)
 フィリアが思わず呆然としていると、
「何者だ!」
 奇しくも、先ほど十六夜が発したのと同じ台詞を男が吐き出す。
「月並みだけど、人に名前を聞くときは、自分から名乗るものだ。」
「なるほど、俺は盗賊団「紅い牙」の首領、ヴァルク。」
「アイン・クリシード、ただの何でも屋だ。」
 そう言って、剣を抜くと、三人をかばうような位置に移動する。
「なるほど、その小僧とは、別の意味で楽しませてくれそうだな。」
 そう言って、剣をたたき込むヴァルク。受け流すアイン。そこに、左の拳が飛ぶ。受けたアインは数歩後ろに押される。更に、受け流した剣にひびが入る。
「ブーストナックルか。邪神の剣だけかと思ったら、色々仕掛けがあるものだ。」
 そう言って、構えを変化させるアイン。
「さすがに二つあると鬱陶しいな。」
「け、だからって、どうにか出来る訳じゃないだろ?」
 そう言って、いきなり袈裟懸けに斬りつけてくるヴァルク。
「リドリア神剣天の奥義、神空光覇斬!!」
 アインの剣が光る。相手の剣を巻き込むように跳ね上げ、その剣をもった腕を切り捨てる。更に、その剣に残った技の動作をたたき込み、完膚無きまでに砕く。だが、もともとダメージのあった剣で大技を行ったため、アインの剣も砕ける。
「さて、どうする?降伏か、それとも死か選べ。」
 静かにそう言うアイン。それを憎々しげに見返すヴァルク。
「け、誰が負けたって?まだまだ俺は戦えるんだよ!」
 そう言って、着られた右腕をアイン達に向ける。予想していたらしく、冷静に何かを発動させるアイン。次の瞬間、轟音とともに、アインの身体に無数の弾丸がたたき込まれる。
「アイン!!」
 だが、その何かは、アイン自身には効果がなかったようだ。無数の弾丸を食らったアインの身体から、血煙が巻き起こる。
「なるほど、ガトリングガンか。それも練金魔法で弾を合成している、一種の魔法装置だな。」
 弾丸の豪雨がやんだ後、平然と言うアイン。もっとも、すでに上半身は裸同然だが。
「てめぇ、何で生きてる!?」
「お前が人間じゃないのと同じくらいには、僕も人間じゃないんでな。さて、お前は選んだな。」
 そう言って、淡々と続ける。
「リカルド、十六夜。もし僕がこいつを殺した場合、どんな罪に問われる?」
 押っ取り刀で駆けつけてきたリカルド達と倒れている十六夜に、アインは声をかける。
「罪にはならんよ。この男はこの街の人間ではない。その上、全身に武器を仕込んだ殺人狂の凶悪犯だ。」
「分かった。」
 そう言って、どこからともなく一本の剣を取り出す。先ほど砕けたものとは比べものにならないほど、その剣は美しく、そして畏れを抱かせるものだった。その剣を抜いた瞬間、周囲の温度が数度、下がったような感触を覚える。
「アイン君、これは自警団の仕事だ。」
「いや、リカルドの技で、こいつをしとめることは無理だ。」
「どういうことだ?」
 だが、それには答えず、アインは剣を構える。その時、フィリアの目にはアインの背に翼があるように見えた。
「本当に、アイン様の背中に翼が・・・。」
「あの時と同じだ。」
 クレアとトリーシャが呟く。
「アイン君、何をする気だ!?」
「リカルド、十六夜、これがこいつの正体だ。」
 そう言って、滑るように動くアイン。その場にいた誰の目にも、ただすれ違っただけのように見えた。次の瞬間、ヴァルクは、無数のパーツに切り分けられる。
「何!?」
 思わず、絶句する十六夜。アインの技もそうだが、斬られたヴァルクの身体から、血が一滴も流れてはいなかったのだ。
「こいつの身体は、脳以外は全身が魔法装置だった。だから、普通の方法ではこいつは倒せない。完全に身体を砕くか、全ての魔法装置を破壊するまで斬るかのどちらかだ。脳が頭にあるとも限らないから、頭をつぶしても無意味だ。」
 淡々とアインが語る。その姿が、あまりにも普段とかけ離れているため、思わず凍り付く一同。
「とりあえず、十六夜の治療にいくか。」


「全く、医者の存在意義のないやつだな。」
 アインの体の具合を見て、トーヤがそうぼやく。処置をしている間に、片っ端から傷がふさがればそうぼやきたくもなるだろう。
「まあ、僕はいいから、十六夜とクレアを頼む。」
 苦笑いしながらアインが言う。その姿には、先ほどまでの人外の雰囲気はない。
「で、結局貴方は何者なの?」
 その様子を見ていたフィリアが、おそるおそるたずねる。
「なかなか哲学的な質問だなぁ。さて、僕は何者なんだろう。」
 はぐらかそうとしているわけではなく、どうやら本気で言っているらしい。思わず頭を抱える。もっとも、先ほどの一件で何となく、抱えていた疑問のほとんどは解けたような気がする。なぜシーラが彼に心底惚れているのかも。
「そう言えばアイン、それ前にもランディ相手にやってなかったか?」
「そうだっけ?」
 そう言うやりとりをごちゃごちゃやってはいるが、アインはその場から微動だにしない。あんまりおポンチな内容に嫌気がさしてきたトーヤが、アイン達に釘を差す。
「お前ら、患者なんだからおとなしく静かに診察されろ。」
「そろそろ、患者じゃなくなるから、帰るわ。」
 トーヤの言葉にそう返すアイン。慌てて止めて、アインの身体を診察するトーヤ。
「本気で医者の存在意義を否定するつもりか、お前。」
「そんなことはない。トーヤの処置のおかげでずいぶん治りが早かった。」
 そう言うレベルの問題ではない。が、言うだけ無駄だと悟ったトーヤは、帰っていいとばかりに手を振る。
「そうだ、アイン。最後にやったやつ、どういう技なんだ?」
「ああ、疾風斬・地のことか?」
「俺には、全く見えなかったんだが何をしてたんだ?」
「あれと疾風斬・風の場合、ただ早く斬ってるだけ。奥義は奥義だけど、もう一段階は進めないと、本当の意味では奥義とは言えないからね。」
 分かるような分からないような答えを残し、フィリアをつれてさっさとアインは帰っていってしまった。

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