「ジョートショップ、海へ その6」
埴輪
「さてと、クレア・・・。」
「はい、十六夜様。」
「誰をけしかける?」
「難しいですわね。」
肝試しの後、十六夜とクレアが、物騒な会話をしていた。
「とりあえず、候補としては、シーラ様、パティ様、トリーシャ様、ファーナ様の四人になりますが・・・。」
「まぁ、エルやシェリルは難しいだろうし、マリアやメロディは論外だ。他の人間はそもそも対象外だしな。」
「やはり、無難にシーラ様でしょうか?」
どうもきな臭くなってきた。彼らとて、おもちゃにされっぱなしでいるつもりはないらしい。
「さてと、明日の分はこんなところかな?」
十六夜とクレアが物騒な相談をしている頃、そんな事はまったく知らないアインは明日の準備をしていた。
「おう、アイン。まだ風呂に行かないのか?」
「そろそろ行くけどね。それはそうとピート。」
「なんだ?」
「ビーチバレー、そんなに物騒かな?」
「少なくとも、俺はやりたくないね。」
怖いもの知らずのピートにして、これである。
「じゃあ、やっぱり予定通りにするか。」
「何が?」
「明日までのお楽しみ。」
そう言って、風呂に行くべく立ちあがる。まだまだ、二日目は終わらないようである。
「って言う場所があるんだけど・・・。」
十六夜の台詞を聞いて、思わず顔を真っ赤にするシーラ。アインほど鈍くない彼女は、十六夜の言わんとするところがすぐ分かる。
「そんな恥ずかしいまね・・・・。」
「そんなことを言っていては、アイン様との仲は永遠にこのままですわ!」
クレアが檄を飛ばす。でもとかなんとかごにょごにょいっているシーラを見て、十六夜がこう付け加える。
「段取りは俺達がやるさ。別にシーラにそんな大胆な真似は期待していない。」
「でも・・・。」
さすがに踏ん切りがつかないらしい。当然である。既に手段を選ばなくなってきているファーナあたりならともかく、シーラにそこまで大胆なまねはきついだろう。
「仕方がない。トリーシャに振ってみるか。」
そう言って歩き出す十六夜。そのときシーラは、どうすれば良いか分からずにその場に立ち尽くすのであった。
「ひとつ聞いていいか、アレフ。」
「なんだ?」
「その格好、なに?」
「野暮なこと聞くなよ。そんなもん、男のロマンを求めるための正装に決まっているだろう?」
あきれるしかない。初日は旅の疲れと昼間の馬鹿騒ぎのおかげで大人しかったが、二日目はばっちり体力が残っているらしい。
「仕方がない・・・。さらば、アレフ。」
そう言って、こぶしを振り上げるアイン。
「待てアイン!暴力反対!!」
アレフが慌てて許しを請う。だが、アインが聞き入れるわけがない。
「男として、気持ちはわかる。だがしおりのお約束に『覗き厳禁』と書いた以上、引率としては見逃すわけにはいかないんだ。許せ、アレフ!!」
そう言って、滝のような涙を流しながら、こぶしをうならせるアイン。こぶしがアレフを捕らえる直前、
「アイン君・・・。」
シーラに呼びかけられる。
「運がよかったな、アレフ。」
こぶしを止めてアインがそう言う。そのままシーラのほうを向いて、
「なに?」
と穏やかな微笑を浮かべて尋ねる。
「変わり身の早い奴。」
思わずアレフがあきれるが、アインはそんな事は一切気にしない。
「夜の海、見に行かない?」
「いいけど、二人で?」
「うん・・・。話したいこともあるし。」
立派なデートの誘いである。思わずアレフが覗きのことも忘れて息を潜めていると、
「分かった。折角いい夜だし、一緒に散歩しよう。」
といって、シーラの傍らに移動する。どうやら、シーラの態度になにか感じたらしい。逆に、アインがなにかを感じたという事は、シーラの話は余りそっち方面とは関係がないということである。
「こりゃ、進展なしかな。」
残念なようなほっとしたような、複雑な気分のアレフであった。
「で、話ってのは?」
「うん、十六夜さんのことなんだけど・・・。」
そう言って、さっきのやり取りをアインに話す。それを聞いたアインは、思わず苦笑する。
「ちょっと、おもちゃにしすぎたな。」
「そう言う問題なの?」
「まぁ、ね。」
そう言って、海岸をゆっくり歩く。空には、エンフィールドのものとは微妙に違う星空が広がっている。そして、海は現在干潮に近いらしく、昼間よりも海岸線は引いている。
「まあ、そこらへんは謝りに行こう。後、他の人間についても心配要らないと思う。みんなで入りに行こうで終わるだろうから。」
確かに、パティやトリーシャならそうなるだろう。ファーナの傍には、大概ティグスがいるから、ファーナのほうも問題は無い。とりあえずシーラは、そのことを忘れることにした。
「そう言えば、前にアイン君、言ってたよね。」
「なにを?」
「冤罪事件が片付いたら、私達のこと、考えてくれるって。私達、ずっと待ってたの。」
夜の海というムードに後押しされて、ありったけの勇気を振り絞って問い掛ける。
「そう言えば、言ったような気がする。」
立ち止まって、足元の桜色の貝殻を拾う。
「答えを言えば、まだ結論は出てない。逃げてるだけだとは、分かってるけどね。」
そう言って、拾った貝殻を星空にかざす。
「僕だって男だ。シーラみたいな美人や、パティみたいにかわいい娘に好かれるのはすごく嬉しい。ただ、そこでいつも引っかかるんだ。」
同じような貝殻を何枚か拾い、同じように星空にかざす。シーラは、アインの告白を黙って聞く。
「僕は、そう言う意味で人を好きになれるんだろうかって。」
そう言って、再び歩き始める。
「僕は人間じゃない。神とか魔族とか、そっちに属する存在だ。戦争に巻き込まれて、いっぱい人も殺した。それに対して、罪の意識もあんまりない。」
しばらく歩き、岩場に出る。岸壁に腰をかけ、ポケットからなにかを取り出す。そのまま、さっき集めた貝殻をいじり出す。
「そんなのが、人を好きになれるんだろうか・・・。人を好きになっていいんだろうか・・・。」
隣に腰を下ろしたシーラは、それに対して思わず反論しそうになり、なんとかそれを押さえる。
「僕は、自分の片割れを尊敬するよ。そう言ったことに全部、自分で答えを出して、行動に移したんだから。それに比べて僕は、まだ答えも出ない。」
「片割れって?」
「僕の双子の妹。4年前に結婚して娘をつくった。その子は今3歳だそうだ。」
貝殻をいじっていた手を止める。
「結局、怖いんだろう。人をとことん好きになることが。自分の汚れた手で人を抱きしめるのが。」
そう言いながら、いじっていた貝殻を、シーラの髪にそっとさす。
「不思議なもんだ。血塗れの手でも、こんな風に綺麗なものを作る事が出来るんだから。」
そう言いながら、嬉しそうに目を細める。しばらくの間、波の音だけがあたりに流れる。
「だけどこの美しさは、本当は僕が作ったものじゃない・・・。」
少し寂しそうな表情を浮かべながら、そっと、シーラの髪に触れる。思った以上に重い話になったことに戸惑いながら、黙って話に耳を傾けるシーラ。
「実際のところ、この話をするのも、結構怖かったんだ。自分の弱さを、はっきり見せ付けられるから。」
そのまま、じっと海面を見つめる。
「違うな。怖いのは、みんなに嫌われる事だ。」
そのまま、近くにあった石を海に投げ込む。
「馬鹿な話だって分かってる。十六夜達のことにしても、単にどうすれば人を好きになれるか、確かめたかっただけなんだ。余計なお世話だって知ってたけどね。」
立ちあがって、大きく伸びをする。そのまま、シーラに手を差し伸べる。
「さ、帰ろう。今帰っても、誰もいないかもしれないけどね。」
そう言ったアインは、既にいつもの彼に戻っていた。優しくてつかみ所の無い青年に。
「ただ鈍かったわけじゃなかったんだな。」
「まぁ、あれだけあからさまな態度をぶつけられて、気がつかないほうがどうかしてるよ。」
思わずひそひそやってるアルベルトとアレフ。
「なんにせよ、私達では力不足だな。アインの悩みに答えてやれるのは、今回海に来た中ではアリサさんとリカルド殿ぐらいだろう。」
ティグスの言葉に、思わずうなずくデバガメ組。特に血に染まっている云々は、彼らにとっても避けて通れない問題である。
「しかし、アインの奴、案外純粋だな。」
十六夜がため息をつく。時折みせる、彼らの誰よりも大人っぽい部分とのギャップも大きい。
「さて、他のデバガメ誘って、とっとと帰ろう。」
どうせアインのことだ。自分たちのことに気がついているだろう。彼らは、堂々と帰る事にした。