中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「ジョートショップ、海へ その8」 埴輪
「さて、成り行きで風呂に来たはいいが・・・。」
「本気で、こんな広い風呂に二人っきりで送り込むつもりだったのか?」
「まぁね。大体、みんな僕のことを槍玉に挙げるけど、まっとうに関係が進んでるのって、一人もいないじゃないか。」
 そもそも、恋人の一人もいない人間のほうが多い。アルベルトはふられて間もないし、ティグスにいたっては、アインと違って噂一つ立たない。
「そんな事はないぞ、アイン。私は、国には一応、妻がいる。お前がエンフィールドにいない間に、ちゃんと一月ほどもどって一緒にいたし、任務が終ればまた一緒に暮らせるんだからな。」
 ゆったりと風呂につかりながら、あっさりとティグスが言う。
「へぇ、そうなんだ。ちなみに、やっぱりリアさん?」
「そうだ。結婚する前に出ていってしまって、消息不明だったからな。式に招待できなかったと、リリアも残念がっていたぞ。」
 その台詞を聞いて、少し残念に思う。ベルファールにいたときには、散々結婚をせっついたのに、自分がその場にい合わせなかったのだから、間抜けである。
「へぇ、ティグスに、奥さんいたんだ。美人?」
「リリアさんなら、綺麗な人だよ。ファーナとは、ある意味では逆のタイプ。」
 ティグス本人からではなく、アインから返事が帰ってくる。
「人のかみさんを、勝手に説明せんでくれるか?」
 ティグスが苦笑していると、仕度にえらく時間がかかった女性陣が入ってくる。さすがに、今更水着だのプロポーションだのについてはなにも言わない。
「へぇ、ティグスさんって、奥さんいたんだ。」
「騎士ともあろう物が、この年で女性の一人とも付き合っていないほうが不自然だろう?大体、わが国では、一人身の騎士の方が少ないくらいだ。」
 こいつを除いてな、とアインの頭を軽くたたく。
「大体、ティグスの地位は、わが国では5本の指に入るものです。一人身で許される体ではありません。」
 だそうである。
「で、結局、人のことに口出しする前に、自分のことがしっかり出来てる人間って、ティグス以外にどれだけいるかな?」
 アインのその台詞に、思わず詰まる一同。十六夜とクレアは現在進行形だが、残りは片思いでモーション中、もしくは相手がいない、である。
「まぁ、リオは関係ないけど。」
 恋愛に年齢は関係ないとはいえ、リオに恋人の有無を求めるのは酷である。ローラとは比較的仲がいいが、恋人とはちがうものである。
「だけどな、女性陣に関しては、半分お前にも責任があるぞ。」
 手ぬぐいを頭の上に載せながら、アレフが言う。
「へ?」
「少なくとも、うち8人は、お前が態度を決めないと先には進めないんだぞ。」
 少し考え込むアイン。口を開いて出た言葉は
「じゃあアレフ、鍵束の相手の内、何人がお前のせいで先に進めない?」
 それを聞いて、目を白黒させて口篭もるアレフ。周囲の人間も、思わず目を見張る。よもや、アインがこういうことでアレフをやりこめるとは思わなかったらしい。
「まぁ、アレフ君の言うことも最もだけどね。気がつかないふりをするのもいいけど、せめてはっきりわかってる相手だけでも態度を示したらどう?」
「ヴァネッサ・・・。やっぱりデバガメしてた?」
「な、何のことかしら・・・?」
「あれだけ気配がしてたら、誰だって分かるって。まったく、もっと肝試し、しっかりした内容にしとけばよかったかな・・・。」
 思わずギョッとする一同。
「でも、人の散歩覗いて、そんなに楽しいかな?」
 シーラにたずねるアイン。思わず苦笑するシーラ。その部分だけ見てると、恋人どうしに見えなくもない。
「分かってて、あんなこといったの?」
「うん。どうせいつかは、誰かに相談するつもりだったし・・・。誰かが適切なアドバイスをくれるんじゃないかなって。」
 無茶な話である。
「あのなぁ、アイン。はっきり言って、気にしても始まらない問題だぞ。それとも、まだなにか引きずってることでもあるのか?」
 多少の経験の差か、昔のアインを知っているからか、ティグスがそんなことを言う。
「確かにまだ、吹っ切れない事はあるけどね・・・。実際のところ、シャドウの事だって、まだ納得してないんだ。自分の中の残酷さを、もてあましてる部分もあるし。」
 傍目には、とてもそうは見えない。さすがにあの頃に比べて、ずいぶん攻撃的な部分は出てきたが、それとてまだ、一般人から比べると大人しいレベルである。
「それはそうとヴァネッサ。」
「なに?」
「仕事見つかった?」
「うーん、難しいところね。公安にいたせいで、いまいちいい就職先が見つからなくて。」
「なら、自警団に入ったら?あそこ人手不足だから、ヴァネッサなら歓迎してくれるんじゃないかな?」
 いきなりの提案である。ここには、実質的な団長と、実質的な団長の腹心がいるのである。
「別に、今更公安にいた事とかは、誰も気にしないと思うよ。ヴァネッサ自身の評価は悪くなかったし。」
 アルベルトは複雑な顔をしていたが、十六夜は熱心にうなずいている。一人でも人手がほしいのは事実である。ましてヴァネッサなら・・・。
「少し、考えてもいい?」
「もちろんだとも。ただ、我々はいつでも歓迎するよ。」
 リカルドの言葉で、その話題は終りを告げた。


「いい湯だったな。」
「しかし、本気で穴場だな、あそこ。」
「うん。地元の人もほとんど知らないんだ。」
 温泉といったが、風呂場として整備されていたわけではない。自然にちょうどいいロケーションで湧き出していただけである。混浴といったが、実際のところは分かれていないだけである。脱衣所すらなかったが、その気になれば見られずに服を着替えるぐらいの事は出来る。彼らの場合、覗き防止のため、さらに特殊な結界を張ったため、下手をすると脱衣所よりも完璧な痴漢対策になっていたりする。
「肝試しやる場所探してるときに見つけたんだ。」
「一般的な混浴とは、少し違うような気がするが?」
「まぁ、そうだけど。」
 気にするようなことでもない。
「そう言えば、下見に来っていったけど、予算あったのか?」
「まさか。転移の回廊使って、ただでここまで来たんだ。」
「ただでって・・・。普通の転移術じゃ、こんなところまでは絶対飛べないぞ。」
「普通の転移術じゃないからね。もともと、長距離転移用の術で、基本的には大陸の端から端までとかの転移に使う奴だから。」
 無茶苦茶な話である。
「禁呪文じゃないのか?」
「違うよ。そもそも、厳密に言ったら魔術ですらない。僕達一家が使う、いわば『能力』だからね。」
「ヴァンアイアの魅了とかと同じか?」
「そういうこと。だから、教えろといわれても無理。鳥に飛び方をきくような者で、人間には絶対不可能な答えが返ってくるだけだ。」
 では、どれが魔術でどれが能力なんだ、ときこうとしてピンと来るアレフ。
「あの、『アイン・クリシードの名において命ずる。』って奴は、全部能力か?」
「うん。本当はイメージだけで発動できるんだけどね。制御を確実にするために、その形式でやってるんだ。うちの家族は、みんなそうだよ。」
 道理で、マリアに教えてとせがまれたときに、異様に困っていたわけだ。無理だといって引き下がるマリアでもない。
「なんなら、帰りは一気に帰る?」
「いや、やめておこう。帰るまでが旅行だ。」
 そう言って、大きく伸びをするティグス。もう、旅行も後少しで終りだ。
「さて、明日はもう帰るだけだ。今日は早めに寝よう。」


「みんな〜。忘れ物とかはないねぇ〜?」
「ああ。全部ちゃんと持ってきてるよ。」
「3回も確認したから、忘れてないはずだけど。」
 全員の点呼を取り、忘れ物がないことを確認しているその姿は、まるで引率の教師である。
「さてと、じゃあエンフィールドに帰るよ。」
 全員分の乗船手続きは既に済ませていたらしい。手際のよさは認められてもいいかもしれない。
「なんか、あっという間だったね。」
「うん。でも、いつまでも旅行してるわけにも行かないよね。」
 船の上で、ローラとリオがそんなふうに語り合う。二人とも、年の割には結構一人前なことを言っている。
「おいおいリオ、それは僕のような人種に対するあてつけか?」
 苦笑しながらアインが言う。エンフィールドに落ち着くまで、彼はかなりあちこちをうろついていたのだ。アルベルトやリカルドもそうだし、エルや十六夜も似たようなものである。
「そう言うつもりじゃないけど・・・。」
「まあ、確かにそうなんだけどね。一生旅人でいるのも悪くないけど、やっぱりどこかに帰る場所はほしい。」
「アインお兄ちゃんには、ちゃん帰る場所があるじゃない。あたしみたいに。」
 ローラの台詞を聞いて微笑むアイン。ある意味、ローラも旅人である。彼女の場合、それが望まぬ旅であったかもしれないが。
「さて、いつまであそこが居場所なんだか。」
「大丈夫。100年やそこら、エンフィールドだったらあっという間だよ。」
 ローラが心強い台詞を言う。年こそ下ながら、彼女のほうがある意味、マリア達よりずっと大人な面がある。
「そうだな。100年くらい、あっという間か・・・。」
「それに、お兄ちゃんの友達って、みんな100年くらい平気で生きそうだし。」
 リオが、そんな事を言ってくる。クリスと同じように、彼もまた、ずいぶん言うようになった。
「そうかもね。じゃあ、リオも後100年くらい、平気で生きるわけだ。」
「そうだと嬉しいな。」
 だが、思春期の少年少女との会話も、そこまでであった。
「わぁ、ピート!」
「誰か、浮き輪持って来い!!」
「早く早く!!」
 どこに言っても、結局騒ぎの種は尽きないらしい。肩をすくめて、アインは騒ぎの合った船尾へ移動する。ピートの救助は、あっという間に終ったのだった。


「じゃあ、みんな解散。お疲れ様でした。」
 ローズレイクで解散を告げる。結局徹頭徹尾騒ぎっぱなしだったような気もするが、それでも無事に終ったことには違いない。
「あ、そうそう、ジョートショップは明後日から平常通りに営業するから。明日はゆっくり、旅の疲れを抜いてくれ。」
 関係者にそれだけ告げて、アリサと連れ立って店に帰る。その姿を、アルベルトが多少羨ましそうに見ているが、そんな視線は気にしない。ハメットがどの程度上手く切り盛りしていたか、それだけが重要である。


「どうだった、ハメット。」
「アインさん、あなたはいつもこんなに仕事をしていらっしゃるのでございますか?」
「そうだけど。」
「非常に厳しかったでございますよ!私はあなたほど化け物ではございませんですよ!!」
「でも、ちゃんとやってたんじゃないか。」
 処理済の依頼票は、結構な量である。さすがに、クラフト系のものはないが。その処理済みの書類を調べて、何かごちょごちょやっているアイン。ちゃりちゃりという音がする。
「さて、じゃあ明日からは戻ってくれればいいよ。はい、これ給料。」
「そんな!いただくわけには参りませんでございます!」
「相手が誰であれ、ここで働いた人には働きに応じて給料を渡す。それがこの店の方針だ。」
 そう言って、給料をしっかり握らせる。
「これは、ショート財閥の仕事の一端でございます!」
 ハメットも引かない。だが、アインはあっさりと切り札を見せる。
「ちゃんと、モーリスさんにも言ってあるよ。出張費として給料を出すってね。僕から取らなかったら、結局モーリスさんから出るだけだよ。」
 アインのほうが、こう言う面でも一枚上手らしい。しぶしぶ受け取るハメット。以外と金額は多いらしいく、明細を見て面食らっている。
「さて、ちゃんとお金のことも処理したし、のんびりしよう。」
「やっぱりうちが、一番ッスね。」

中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲