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「青年の休日」 埴輪  (MAIL)
「さてと、今日はどうするかな・・・。」
 日課を終え、空を見上げながらつぶやくアイン。いい天気だ。自分以外なら、まずいい休日になるであろう。
「おはよう、アイン。」
「ああ、おはよう、パティ。」
 どうやら、ジョギングをしていたらしい。いつものスポーツウェアにタオルを首に引っ掛けている。
「いい天気ね。」
「うん。何するにもちょうどいい。だから余計に何しようか悩む。」
 やはり、こういう日はフィールドワークが一番いい。だが、もしかしたら、今日なら静かに絵をかけるかもしれない。誰かと釣りをするのもいいだろう。
「あたしは今日は店番だから、あんたに付き合って上げられないけど・・・。」
「いいよ、別に。アリサさんの用事があるかもしれないし。」
 そう言って、一つ伸びをする。のどかな光景である。
「さて、どうしたものか・・・。」
 パティの背中を見送りながらつぶやくアイン。コロシアムの賭け試合には、もはや参加することも出来ない。賭けが成立しないからだ。
「ま、ご飯食べてから考えよう。」


「しかし、ここいらへんに来るのも久しぶりだ。」
 誕生の森の奥深く。一般人が立ち入らないような穴場である。たまたま、そろそろある種の木の実の収穫時期だということを思い出し、折角だから取りに来ることにしたのだ。
「しかし、今日に限って誰も都合がつかないもんなぁ。」
 講演でエンフィールドにいないシーラはともかく、他の面子もなにかと忙しかったようだ。普段なら飛びつきそうな人間も、タイミング悪く仕事が入っている。
 きのこや山菜などを取りながら、奥に進んでいく。途中で山芋を見つけ、丁寧に掘り出す。
「今日は、雑炊だな。」
 肉類こそないものの、みごとな山の幸ばかりである。それも、秋の味覚ばかりだ。これで、デザートがあれば完璧だ。
「後でパティやトリーシャなんかにも分けて上げないと。」
 そう言った彼の一つ目の籠は、既に満タンである。どう考えてもジョーとショップの今日の構成だけでは食べきれない。一つ目の籠を鞄にしまい、二つ目を取り出す。
「さて、デザートデザートっと。」
 どうやら、食欲の秋にすることにしたらしい。よく熟れた木の実だけを選んで取っていく。美味しそうな果物が籠いっぱいに収穫される。
「ん?」
 籠をしまい、帰り支度をはじめたあたりで妙な気配に気がつく。どうも、なにかが寝ているような感じがする。耳を済ますと、苦しそうな息遣いが聞える。


「まったく、何でこんなところで子供が寝てるんだ?」
 足元にうずくまっている人物を見てうめく。年の頃はリオと同じか、やや下か。手入れのされていないぼさぼさの長い髪に、ぞろっとしたぶかぶかの布切れを身に纏っている。その上、足ははだしで、しかもぼろぼろである。一見しただけでは、性別はわからない。
「さて、メロディじゃあるまいし、このこは何でこんな所でこんな奇天烈な格好で寝ているのやら。」
 そういいながら、その子を抱え上げる。軽い。ろくに食べていない証拠である。不意に、何かの気配を感じ、無造作に後ろに向かって、裏拳を叩き込む。
「ぎゃん!!」
 どうやら、何らかの生き物らしい。子供を背負いなおしたアインは、そのまま後ろを向く。
「獣肉獣肉。」
 まだ、食欲の秋が続いているようだ。目の前の猪と狼をかけ合わせたような生き物(多分、キメラに違いない)に向かって、一気に踏み込む。迎撃しようとした狼猪は、突如目標を見失う。
「ほっと。」
 その狼猪の上に落ちるようにして打撃を加える。落下による運動エネルギーと人間二人分の体重を乗せた踵が、狼猪の背骨に叩き込まれる。あっさり背骨が砕け、絶命する狼猪。
「獣肉獣肉。」
 しとめた狼猪を子供(どうやら体の感触やオーラから言って、女の子らしい)といっしょくたに担ぐ。鞄まであるのだから、荷物ともはや変わらない。


「アイン!一体どうしたんだ!?」
「今日の収穫。肉は後でおすそ分けするから。」
 トーヤの質問に対して、間違った答えを返すアイン。
「そう言う意味じゃなくて!」
「こっちは森の中で寝てた。なかなかいい度胸だと思うけど。」
「本当にそれは寝てたのか?」
 そういいながら、簡単な診察をする。診察していく内に、だんだんトーヤの表情が曇っていく。
「怪我はそうひどくはない。だが、極度の疲労と栄養失調だ。とにかく安静にさせておいて、栄養のある消化のよい物を食べさせることだ。」
「そいつはちょうどよかった。今日は、収穫物を使った、秋の味覚雑炊の予定だからね。栄養、消化吸収、どれを取っても問題なしだ。」
 そう言って、収穫物の一部を差し出す。
「そう言うわけだからおすそ分け。今晩の晩飯にでも使って。」
 そう言って、少女を担ぎ上げて立ちあがり、治療費を置いてそのまま出て行く。
「じゃあ、解体が終ったら肉持ってくるから。」


「で、あたしに手伝えって?」
 アインから収穫物を受け取りながら、パティが聞き返す。同じく収穫物を受け取りながら、興味津々といった顔で聞いているトリーシャとクレア。
「うん。何せアリサさんは料理で手一杯だろうし、僕一人で重病人の女の子の世話をするのはまずい。」
 とても、荷物といっしょくたにして持って返ってきた男の台詞とは思えない。
「けど、まだ子供でしょ?」
「とはいえ、そろそろ思春期に差し掛かるくらいの年だからね。運ぶのは仕方がないとしても、それ以上はあんまり、いい気はしないだろう。」
 さっきまでの扱いを知らない人間なら、感心するかもしれない。まぁ、アインに言わせれば、他にはこびようがなかったからということになるのだろうが。
「わかったわ。手伝えばいいんでしょ、手伝えば。」
「喜んでお手伝いいたしますわ。」
「こんな物、もらっちゃったらねぇ。」
「ありがとう。」
 3人の返事に対して、微笑みながら礼を言う。


「アインさん、目がさめたみたいだよ。」
 トリーシャの報告を受け、ちょうど出来あがったばかりのアツアツの雑炊を持って、少女を寝かしている部屋へ向かう。
「・・・ここは?」
 どこか怯えた表情の少女の問いに、普段と変わらぬ態度で答えるアイン。
「ここはエンフィールドのジョートショップ。君は誕生の森で倒れてた。」
 そう言って、雑炊を差し出す。思わずきょとんとする少女に対して、
「まぁ、細かい事は後回しにして、ご飯にしよう。おなか減ってるでしょう?」
 と、邪気のない笑顔を見せて言う。まだ、警戒心は消えないようだが、とりあえず、空腹に勝てなかったのか、美味しそうなにおいを放つ雑炊を受け取り、恐る恐る口をつける。
「ゆっくり噛んで食べるんだよ。いきなり飲みこんだら胃がびっくりして体に悪いから。」
 そう言って、自分の分の雑炊を口に含み、見本を見せるようにゆっくり何回も時間をかけて咀嚼する。
「おいしい・・・。」
 目の前の青年のまねをして、ゆっくりと咀嚼して飲みこんだ少女が、感動したように言う。
「おかわりはあるけど、いきなりあんまりたくさん食べるのはよくないから、今日はそれで我慢してね。」
 そう言って、再び自分の分に口をつけ始めるアイン。少女のペースに合わせてゆっくりと食べる。不思議な沈黙が流れる。
「ご馳走様。」
 二人同時に食べ終わり、同時に挨拶する。不思議と、先ほどの沈黙は心地よかった。
「さて、折角だしデザートもサービスしちゃおう。」
 そう言って、下に降りていく青年。彼がいなくなると、不思議と心細さを感じてしまう。しばらくして、先ほどの青年が戻ってくる。
「はい、お待たせ。」
 そう言って、よく熟している果物の乗った皿を差し出す。丁寧にも、一口サイズに切られている。
「いただきます。」
 小声でそう言うと、先ほどと同じように、時間をかけて咀嚼する。久方ぶりに口にする甘味が、体の隅々まで染み渡るようで美味かった。その様子を、じっと見守る青年。目がさめたときにいた女性たちは、食事をしに下に降りたままあがってこない。ここの家の人間ではないようなので、そのまま帰ったのだろう。
「それじゃあ、今日はゆっくり体を休めること。」
「え?」
「細かい事は後回しって言ったでしょ?病人はまず自分の体を直すことを考えないとね。」
 といって、いたずらっぽく笑う。不思議な青年だ。自分はどう見ても怪しい人間だという事はわかっている。それでも魅力的な外見をしているのなら、まだわからなくもない。だがどう考えても自分は魅力的ではない。その上、外見を取り繕う余裕もなかったのだから現状は押して知るべしだ。
「じゃあ、おやすみなさい。」
 それなのになぜ、彼はこんなふうに普通に振舞えるのだろうか?出て行く青年を呼びとめようとしたが声が出ない。そのまま起こしていた体を横たえると、急速に意識が遠のく。どうやら、自分が思っていた以上に体が衰弱していたようだ。
 少女は、死んだように深い眠りについた。

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