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「十六夜喜譚 その4」 埴輪  (MAIL)
 重苦しい空気の消えぬまま、その日の夜は明けた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
 朝っぱらから食事に向かない雰囲気である。重苦しい空気を演出しているのは、一人の少女である。
「あ、これ美味しい。」
「なぁ、アイン・・・。」
 一人普段と変わらぬ調子で食事を続けるアインに、思わずあきれて声をかける十六夜。
「なに?」
「よく、普通に食べられるな・・・。」
 差し向かいに座った香夜からアインのほうに、時折刺すような視線が向けられる。そのとげとげしい空気のせいで、先ほどから食事の味などまったくわからない。
「僕の仕事は、体が資本だからね。食事は美味しく食べないと。」
「あの、それは分かるのですが・・・。。」
 クレアが、思わずジト汗を掻きながら突っ込む。香夜は昨晩からこの調子である。折角の豪勢な食事も、これでは台無しである。
「そう言えば、シーラの講演の初日っていつ?」
「明日の12時からよ。」
「今日はそのリハーサルだっけ?」
「うん。」
 いつ香夜が爆発するかと内心慄きながら、にこやかにアインに答える。
「それじゃあ、後2、3日は持たせないとね。」
「どう言う意味よ・・・。」
「そのままの意味。まだ出来る事はあるし、時間稼ぎをすれば事態が好転するかもしれない。」
 見る見るうちに顔が真っ赤になる香夜。どうも、わざと挑発しているふしがある。
「おい、アイン・・・。」
「アインくん、そろそろやめたほうが・・・。」
「どうして?」
「アインさん、わざわざ挑発しなくても・・・。」
 だが、平然と食事を続けるアインを見ていると言うだけ無駄な気がしてくる。ついに爆発しようとしたそのとき。
「今帰ったぞ!!」
 若い男の声が聞える。
「あの馬鹿・・・、また朝帰りね・・・!!!」
 怒りのベクトルが切り替わったようだ。
「そろそろ入ってくる・・・。」
 アインがポツリとつぶやく。一同に緊張が走る。
「飯だ、飯を用意しろ。」
 その声が聞えてから数テンポの後、食堂の扉が開く。入ってきた人物を見て、香夜が爆発する。
「夜影!!」
 顔の造形だけを見れば、十六夜に似ていなくもない。だが二人を見て一目で兄弟だと判断するのは至難の技だ。十六夜の精悍だが、どこか人のよさを感じさせる雰囲気とは正反対な、軟弱な、それでいて酷薄な雰囲気を持つ若者である。
「アルベルトとクレアの場合とは反対のパターンだな・・・。」
 アインのつぶやきをよそに、香夜がひたすら夜影に噛みついている。
「止めなくていいの?」
「好きなだけやらせよう。他に今、ストレスを解消する方法がなさそうだし・・・。」
「さっきの挑発・・・・。」
「僕はそこまで人はよくないよ。」


「おじ様が大変なときに朝帰りなんて、どう言う了見よ!!!」
「家と財産が手に入るんだ、喜んで何が悪い?」
 人の神経を逆なでするようなことを言う夜影。アインは確信犯だが、こいつは地である。
「それは残念でした!家も財産もあんたの物にはならないわよ!!だって、十六夜お兄ちゃんが帰ってきたんだもの!!」
「なに!?」
 言われてはじめて、知らぬ人間の存在に気がついたようだ。見事な馬鹿息子振りである。
「香夜・・・、勝手に人を引き合いに出さないでくれ。」
 困惑顔の十六夜。
「ふん、家出した人間は家族じゃないんだよ。一銭も行くもんか。」
 小ばかにしたように言う夜影。苦笑する十六夜。
「シーラ、まだ時間は大丈夫?」
「そろそろ行かないと・・・。」
 そう行って立ちあがったシーラ。その進路に立ちふさがる夜影。
「おや、行ってしまわれるのですか、お嬢様。」
「どいてください。」
「どのようなご用かは存じませんが、そんなことより私めのために少々時間を割いていただけませんか?」
「もう一度申し上げます。どいてください。」
 珍しく、硬い表情で突っぱねるシーラ。その顔には、極度の嫌悪が浮かんでいる。
「そう言わずに、さあ。」
 その表情に気がつかない振りをする夜影。
「私にとっては、その用事が一番大事なんです。そうでなくても、貴方のような人のために割く時間など、1秒たりともありません!」
「うわ・・・。」
「シーラも言うようになったな・・・。」
「シーラ様・・・、大胆ですわ・・・。」
 以前なら、こう言う事態になった場合、怯えてなにも出来なかったのだが。
「ほう、それはまたなぜ?」
「私の身近に、貴方なんかより数万倍は素敵な殿方がいます。貴方のために時間を使うぐらいなら、たとえ袖にされてもその方のために使います!」
 珍しく、シーラが本気で怒りかかっている。はっきり言って怖い。
「その素敵な殿方って、十六夜のことか!?」
「残念ながら、俺じゃない。」
「それでも、貴方よりは十六夜さんのほうが数百倍は素敵です!」
「俺は百分の一か?」
 思わずぼやく十六夜。
「恋する乙女は盲目だから。」
 マリーネがそう言って慰める。10歳の女の子に慰められていては世話はない。
「喧嘩はそこまで。本気で時間がなくなるよ。」
「だから用事なんて・・・。」
 といいかけて、口をつぐむ。十六夜が、物騒な物に手をかけていたからだ。
「夜影、それ以上邪魔をするなら・・・。」
「実の弟を手にかけるつもりか?」
「あいにく、俺は家を捨てた人間でね。弟なんてどこにもいないんだよ。」
 さっき夜影が言った台詞をたたき返す十六夜。夜影がひるんだ隙に、横をすり抜けるシーラ。アインとマリーネに、軽く目配せしてから食堂を出て行く。
「十六夜様・・・。」
 たまたま、夜影の視界の外にいたクレアが、十六夜をたしなめようとする。その声を聞いてはじめて、シーラ以外の美女の存在に気がつく夜影。
「へぇ、もう一人いたのか。どうです、私と一緒に・・・。」
「お断りいたします。」
 にべもない。更に口説こうとした夜影に対し、ついに十六夜が物騒な物を抜こうとする。冗談ではすまない雰囲気になったところへ、アインがのんびりと声をかける。
「十六夜、お取り込み中悪いけど、街を案内してくれないか?」
「分かった。で、どこへ行きたいんだ?」
「雑貨屋と神殿か教会みたいな清浄な土地。」
 妙な組み合わせである。
「分かった。」
「行きましょう、十六夜様。」
 心底蔑んだめで夜影を見てから、クレアが十六夜に声をかける。


「で、何を買う気だ?」
「触媒の類。色々試してみないとね。」
「色々?」
「うん。継いでだから、マリーネの授業もいっしょにやるよ。医療の知識は、あるに越した事はない。」
 そう言いながら、案内された雑貨屋に入る。普通、触媒といえば魔法関係の施設で手に入れるものなのだが、アインが必要としているのは、どうやらそう言う類の物ではないらしい。
「さてと、まぁこんなところだな。」
「やけにいっぱい買ったもんだな。」
「試せる事は、みんな試すつもりだから。」
 そう言って、一抱えほどの荷物を鞄に入れる。
「前々から思ってたんだが、その鞄、便利だな。」
「欲しいんだったら作るけど?」
「いや、やめとく。絶対にどこに何が入ってるか、分からなくなる。」
「便利なのに・・・。」
 そうつぶやいたのは、マリーネだった。
「便利なのは、お前さんみたいに整理整頓がきっちり出来る人間だけ。」
 そう言って、マリーネの頭をぽんぽんとたたく。
「それなら、クレアさんに管理してもらったら?」
「マ、マリーネさん!!」
「マリーネ、お前さんにも、ずいぶんアインがうつったな。」
「人を悪質な病気みたいに言わないで欲しいなぁ。」
 苦笑しながらぼやくアイン。こんな事だから香夜にプライドがないと突っ込まれるのだろうが。
「さて、次の場所へ行こう。」
「どうしても、だめか?」
「どうしてもとは言わないけど・・・。」
「分かったよ。」
 あまり気の進まない様子の十六夜に、怪訝な顔をするクレア。
「なにか、問題でもあるのですか?」
「問題というわけじゃないが・・・、あそこには月夜がいるからなぁ・・・。」
「月夜?」
「例の婚約者?」
「ま、そう言うことだ。」
 心底面倒くさそうに言う十六夜。これから起こる事を考えると、うんざりしてくる。
「どうせクレアのこともあるんだし、どっち道避けては通れないことだと思うけど?」
「人事だと思って簡単に言ってくれる・・・。」
 どうやら、その月夜という女性はよほど厄介な性格をしているらしい。


「この神殿が、この街で一番清浄な土地だ。」
「変わった神殿だね。」
「まぁ、この神殿はこの街だけのものだろうな・・・。」
「この神殿では、何を祭っておられるのですか?」
「ここは、月読の巫女が神託を受ける場所なんだよ。」
「月読の巫女?」
 怪訝な顔をするクレア。聞いたことのない名詞である。
「多分、月の波動から色々読み取ってるんだと思う。神託はモナトから?」
「さあな。そもそも特定の対象に祈っているのかどうかすら知らん。」
「ま、神殿なんてそんなもんだろ。」
 酷く罰当たりなことを言って、アインが神殿の扉をくぐる。それにしたがう十六夜達。すぐに神官らしい人物が出てくる。
「この神殿に、どのような御用件で?」
「少々場所をお借りしたい。」
「何故に?」
「薬を作るために。友の父の命を、少しでも長くつなぎとめるために。」
 真剣な表情で、神官の視線を真正面から受け止めるアイン。いつもの間抜けそうな雰囲気が消える。
「いつもああなら素敵なのに・・・。」
「少なくとも、あれを見たら香夜も考えを変えるんだろうな。」
「ですが、遠くから眺めている分にはともかく、恋人としてはあまり御付き合いしたいとは思いませんわ。」
 クレアの言いたいことも分かる。普段の彼の場合、飄然とした雰囲気がフィルターの役目を果たすため、とりあえず付き合うにはちょうどいい感じになる。だが、そのフィルターが消えると、どこか超然とした麗々し過ぎる男に変化するため、逆に御付き合いするには向かなくなってしまう。
「分かりました。ですが、私の一存では決めかねます。巫女様に直接お伺いください。」
「感謝します。」
 十六夜達が後ろでごちゃごちゃやっている間に、どうやら結論が出たらしい。
「さてと、いよいよ運命のとき、か・・・。」
 十六夜のつぶやきは、アイン以外の誰にも届かなかった。

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