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「十六夜喜譚 その5」 埴輪  (MAIL)
 しばらくして、先ほどの神官が、奥から一人の女性を連れてきた。世間一般の若い巫女のイメージ通り、十分美女のカテゴリーに入る女性である。
「お待たせいたしました。」
 女性が、涼やかな声でそう一言挨拶をする。そして客のうちの一人を見て、驚きの声を上げる。
「十六夜!帰っていらしたのね!!」
「ああ、昨日な・・・。」
 さすがに、昨日の今日だ。さすがに連絡が届いていなかったらしい。
「それよりも、用件のほうを頼みたい。」
「分かりましたわ。」
 そう言って、ややきつめの印象を与える、切れ長の瞳でアインのほうを見る。次の瞬間、顔を強張らせる。
「貴方、何者です!!」
「流石月読の巫女、いい目をしている。」
「へぇ、彼女がその?」
 十六夜のつぶやきに、興味深そうにアインがたずねる。
「ああ。ちなみに、月光院月夜といって、俺のいいなずけだったはずの女性だ。」
「だった、とはどういう意味ですの!?」
 鋭く聞きとがめた月夜。少し顔を強張らせながら、それでも正直に答える十六夜。
「そのままの意味だ。心底惚れた女がいる。お前と結婚する気はない。」
「どう言うことです!?私の事ははじめから分かっていたはずですわ!」
「はい、そこまで。まずは僕の用件を頼みたい。」
 時間がかかりそうな雰囲気を察して、アインが二人の間に割り込む。アインの声を聞いて身構える月夜。
「ここには、魔物に貸す場所など存在しません!大体十六夜、貴方とこの魔物と、どう言う関係なのです!?」
「どう言うもなにも、友で、恩人だ。」
「忠告します、今すぐ関係を切りなさい!」
 横で聞いていたアインは、ひたすら苦笑するしかない。
「本気で鋭い人だね。」
「お前なぁ、ここまで言われてそれだけか?」
「ほとんど事実だ、しょうがない。」
「月夜、そもそもこいつがお前の言うような存在なら、この時点でお前さんの命はないぞ。」
 暖簾に腕押しの相手をあきらめ、月夜にそう言い返す。
「ここは月読の神殿です!魔物ごときの力など・・・!!」
「肝心なところは節穴だな。よく見てみろ。こいつの力がそんなちゃちな物かどうか。」
 苦い笑みを浮かべながら十六夜が言う。アインはこんな事で怒ったりはしない。だが、人間でないことを気にしているのもまた、事実である。
「とりあえず、少なくとも深刻なレベルで敵対しない限りは人畜無害だし、身内に手を出さない限りは非常に安全な男だ。力に頼る前に相手を見たらどうだ?」
 十六夜の台詞を聞いて、もう一度見なおしてみる。だが、本質はともかく本性はさっき見てしまった。飄々とした、どこか間抜けそうな空気も、彼女の目には油断ならない男としかうつらない。
「やはり、私には承服は出来ません・・・。」
「俺の保証でもだめか?」
「人にあらざるものには、この場所を使わせるわけにはいきません・・・。」
 それを聞いたアインは、仕方がないという顔をして言う。
「それじゃあ、借りた部屋で作ることにする。一時的に場所を浄化するぐらいは出来ると思うから。」
 そう言って、背を向けて出て行く。本人の様子にはこれといって変化はないが、他の3人はそう言うわけには行かない。
「結局、これが答えだ。」
「え?」
「先ほどのお前の問いに対する、な。」
 そう言って、アインの後を追おうとする。それを引き止める月夜。
「分かりませんわ!!」
「クレア、教えてやってくれ。」
「わ、私がですか!?」
 そうしようか迷った末に、マリーネはアインの後を追いかけることにした。どうも、ここにいても面白くない事態に巻き込まれるだけだと判断したからである。


「一つお伺いいたします。先ほどの言葉、本気でおっしゃられたのですか?」
「ええ。どう考えても、あの男は危険です。」
「力があるから?」
 クレアの言葉に対しては、沈黙で答える。間違いなく、それが事実のようだ。それで、すべて納得する。
「それでは、十六夜様も排除する必要がありますわね。」
「どう言う意味です!?」
「力があるものは、危険なんでしょう?」
 世間から見れば、十六夜も十分に『力のある者』である。それこそ、エンフィールドに来たばかりの頃から。
「十六夜は違いますわ!!」
「同じ御言葉を返させていただきます。アイン様も違います。あの方は、力を持つことの恐ろしさを知っておられます。」
「信用できません。」
「そう言うことだ。力を持っている、人間でない、というだけで排除しようとするような猜疑心の強い人間とは結婚できない。こちらの人間関係まで制限されてはたまらないからな。」
 世間一般の人間はこうなのかもしれない。ふとそんな考えが頭を過る。そもそも、そう言う感覚については、エンフィールドは非常に特異である。
「確実に、害を成すとわかっている相手を排除しようとして何がいけないのですか!?」
「もう一つ、相手と共存する意思がない。確実に味方になる人間以外は敵なんだろう?」
 絶句している月夜を一瞥すると、席を立つ。それに続くクレア。少し話しただけだが、十六夜の言いたいことはよく分かった。だが、アインとの付き合いがなければ、自分もこうだったかもしれないと気がついて、ぞっとする。
「十六夜様・・・。」
「大丈夫だ。クレアは今更、ああ言う風にはならないさ。」


「ここで、この術を詠唱する。」
「すべての命の源よ・・・。」
 なにやら、真剣な表情で色々と調合をしているアイン達を、ぼんやりと眺めている香夜。はっきりいって、何をしているのかもわからない。
「はぁ・・・。」
 朝の激情が去ると、急激にむなしくなってしまった。自分一人が空回りしているのがよく分かってしまう。
「あたし、何してるんだろ・・・。」
 怒鳴るばかりで、なにも建設的な事はしていない。激情に任せて暴れているだけである。これでは、夜影とあまり変わらない。
「ねぇ・・・。」
「なに?」
 作業を中断して、穏やかな顔で聞き返すアイン。
「質問して、いい?」
「だから、なに?」
「タブーって、なに?」
「そのまんま。昨日のは、僕達クリシード家の者にとっての禁止事項。」
 再び作業をはじめながら、簡単に答える。
「破るのに必要な条件って言ってたよね。」
「うん。別に、絶対って訳じゃないから。」
 出来た薬をビンに移す。隣ではマリーネが粉薬をパラフィン紙に包む。
「具体的に言うと、禁忌を守ると信念を守れないときは、禁忌のほうを破る。でも、大体はタブーを守っていれば信念を守ることにつながるからね。」
「信念なんて、あったの!?」
「そりゃあるよ。なけりゃただの獣と同じじゃないか。」
「・・・夜影に聞かせてあげたい言葉ね。」
「ま、そんなたいそうな物じゃないけどね。それこそ、人に言うほどの物でもない。」
 器具を片付け始める。どうやら、終ったらしい。
「さて、二つ程度、試してみないとね。」
「全部じゃいけないの?」
「副作用の出ない組み合わせならいいんだけどね。いくつか重なるから。」
 そういって、粉薬と錠剤を手に取る。
「後は昼食後だ。」
 出て行こうとしたアインに、声をかける香夜。
「プライドはないのに、信念はあるんだ。」
「まぁね。必ずしも、プライドは必要ないと思うから。」


「アイン、親父の様子はどうだ?」
「大分安定してるよ。」
「そうか、すまないな。」
「いいよ。いつも世話になってるからね。」
 それを聞いて怪訝な顔をする十六夜。苦笑して答えるアイン。
「友達でいてくれるじゃないか。僕にとっては、なによりも嬉しいことだ。」
「アレフほどじゃないと思うが?」
「あいつは特別。あれだけ心の広い人間も珍しいよ。」
「違いない。」
 少し、沈黙が流れる。
「さっきは、すまなかったな。」
「何が?」
「月夜のことだ。」
「何で、謝るんだ?」
「何でって・・・。」
 絶句している十六夜を見て苦笑するアイン。
「全部、本当のことだからね。シャドウなんて言ういつ暴れ出すかわからないものを抱えてるし、洒落にならないような力も持ってる。初対面でそんな物が見えれば、誰だって警戒するよ。」
「そうか?」
「そう言うもんだよ。」
 また、少し沈黙が流れる。
「聞いていいか?」
「なに?」
「なぜ、ここまでしてくれる?親父の事はお前には無関係なことだろう?」
「しいて言えば、友のため、自分のため、かな?」
 芝生の上に寝転がりながら、先を続ける。
「結局、誰かの役に立ちたい、って言うエゴを満たしてるだけなんだ。」
「エゴ、か・・・。」
「だから、結果がどうであれ、ちゃんと自分で背負わなきゃならない。エゴで動いてるだけだからね。」
 考えてみれば、こんな個人的なことで、アインとまじめに話しをするのは、初めてのことである。
「すまんな・・・。妙な物を背負わせて。」
「勝手にやってることだから、気にしなくてもいいよ。」
 公園内を子供がかけまわる。のどかな風景である。こうしている間にも、刻々と時間は流れていく。だが、結局なにも出来ない。
「焦っても仕方がない。とりあえず、のんびり出来るときはのんびりしておこう。」
「そうだな。お前に習うとするか。」

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