中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「十六夜喜譚 その7」 埴輪  (MAIL)
「・・・アイン・・・。」
「なに、十六夜。」
「なぜ、あのまま黙って出てくる?」
「なぜ黙って出てきちゃいけない?」
 どうやら、あの後の一部始終を盗み聞きしてたらしい。目の前で露骨な話をされて、思わず真っ赤になるシーラ。
「そもそも、襲われて震えてる女の子を手篭めにするなんて真似、僕にはとても出来ないよ。」
「俺なら出来る、みたいな言い分だな。」
「そうは言わないけどね。」
「朝っぱらから、朝食の席でする話じゃないと思う。」
「お兄ちゃん・・・。」
 10歳の女の子に窘められてはおしまいである。そもそも、子供に聞かせる話でもない。
「さてと、まずは今日のことを考えないと。」
「ああ。ついに初日だな。」
「しかし、ちゃんとチケットが人数分あるんだもんなぁ。」
 新進気鋭のピアニスト、シーラ・シェフィールドのコンサートのチケットは、たいていがプラチナペーパーである。
「流石公文城家とでも言うべきか・・・。」
 苦笑しながら言う十六夜。
「昨日の連中のこともあるし、どうしたもんだろ。」
「あいつらは簡単だ。叩きのめすなり煙に巻くなり、とにかく追い返せばいいんだから。」
「だといいけど。」
 怪しい話から血なまぐさい話へと飛ぶ。極端から極端に走る連中である。
「さて、シーラ。送っていくよ。」
「別にいいのに・・・。」
「昨日の今日だしね。それに、今日はいろんな意味で大事な日だ。シーラ自身にも、僕達にとっても。」
 そう言って、シーラをエスコートするアイン。こういう面では紳士的だが、紳士的過ぎるのも考え物だな、と十六夜などは思ってしまう。


「さて、このぎすぎすした空気、どうしたもんだと思う?」
「十六夜さん、そう言うことを子供に聞かないで。」
 アインと十六夜が馬鹿な会話を繰り広げている間、一言も口を開かずににらみ合っていた二人の人物。そう、月夜とクレアである。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
 黙々とご飯をつつく二人の女性。時折、思い出したように視線を交し合い、また食事に戻る。
「なんか怖い・・・。」
 人事のように言うマリーネ。
「人事のように言わないでくれ。」
「だって人事。」
 当然である。
「どういう、つもりですの?」
「何がですか?」
「十六夜のことです。」
「だから、何がですか?」
 とげとげしい会話である。いかにアインの存在が偉大か、思わず思い知る十六夜とマリーネ、そして香夜であった。
「十六夜は、私の婚約者です。」
「それがどうしたのですか?」
「まぁ、なんて盗人猛々しい。」
「それは月夜様のことではございませんか?」
 いまにも物質化しそうなほど、視線に力がこもる。3人の目には、まるで火花が散っているような、そんな錯覚すら覚える。
「マリーネ、俺達を見習うのはよせよ・・・。」
「うん・・・・、そうする・・・・。」
 怯えにも似た表情でそう忠告する十六夜。こくこくうなずくマリーネ。
「私が盗人猛々しい?」
「ええ。私は十六夜様を心から愛しています。そして、十六夜様も私を愛していると仰って下さいます。その間に割り込んでくる月夜様のほうが盗人猛々しいと、私は思いますわ。」
「本当に、盗人猛々しい女ね。」
「少なくとも、十六夜様は貴方のことを一言もおっしゃいませんでした。それに、貴方の考え方は、十六夜様にはふさわしくありません。」
 徐々に、周囲の温度が下がってくる。思わず鳥肌が立つ十六夜。
「やっぱり、月夜のところに行ったのは、失敗だったか?」
「お兄ちゃんがクレアさんとそう言う関係になった時点で、遅かれ早かれこうなってたはずよ。」
「俺が悪いのか?」
「たぶん・・・。」
「冗談じゃない。人を本気で好きになって、なぜ責められる。」
 苦々しくつぶやく十六夜。
「婚約者がいたからでしょ?」
「俺の責任か?そもそも、婚約自体が事後承諾だったんだ。断っても聞き入れない、破棄も出来ない。なぜそんな契約に従わないといけないんだ?」
「私に言わないで。」
 マリーネが困惑したように返す。その間にもとげとげしい会話は続く。
「大体、あの男と仲良くしている時点で、許せないのです!!」
「私を侮辱するのはかまいません。ですがアイン様を侮辱するのは許しませんわ。」
「そうやって魔物の肩を持つ女を、十六夜の傍に近づけるわけにはいきません!!」
「アイン様は立派な方です!! 大体、シーラ様に夜這いをかけるような男のほうが、よほど十六夜様の傍にはふさわしくありませんわ!!」
 いまにも掴み合いに発展しそうな雰囲気である。
「そもそも、貴方はライシアンやエルフについて、どう思っていらっしゃるのですか!?」
「ライシアンなど、世界に対して何ら貢献していませんわ!! あんな連中、いてもいなくても同じですわ!!」
「それじゃあ、俺達人間は、世界にとっては害以外の何者でもないな。」
「十六夜!!」
 突如割り込んできた十六夜の台詞に、悲痛な声をあげる月夜。
「森をつぶして川を汚し、更には山を崩す。自然との調和がある分、ライシアンのほうがまだましかもしれない。」
「どう言う意味です!?」
「そのままの意味だ。」
 そこに、先ほど出ていったはずのアインが戻ってきた。
「さて、みんな準備して。これから色々忙しくなるよ。」
「アインさん・・・。」
「助かった・・・。」
 その姿を見て、思わず安堵の声を漏らすマリーネと香夜。部屋の仲の様子を見て、あっさりと言葉をつむぐアイン。
「喧嘩は後回し。今日は大事な日だ。今日しか出来ないことをやろう。」


「これまた、いい席だね。」
「やはり、流石公文城家、と言うべきか。」
 感心したように言う二人。そうこうしている内に、幕が上がる。そして、美しく着飾ったシーラが、華麗にかつ優雅に一礼し、ピアノをかなではじめる。
「素敵・・・。」
 うっとりしたようにつぶやく香夜。素晴らしい美女が奏でる言葉に出来ないほどの名曲。3時間ほどの講演は、瞬く間にその半分が過ぎ去る。
「素晴らしい・・・。最後にこれほどの物に触れることが出来るとは・・・。」
 幕間の休憩時間に、親父がつぶやく。
「まだ、許さないよ。」
「わかってる・・・。この場を汚すような事はしない・・・。それに、最後までこの目に焼きつけんことには・・・死んでも死にきれん。」
「分かった。」
 そしてまた、夢のような時間が流れる。最後の弾き語りが終り、圧倒されるほどの拍手が巻き起こる。その中に、力のない、だが熱意だけはある拍手が混ざる。


「ふう・・・。」
 文字通り、一息つくアイン。珍しく、やや消耗しているようだ。
「どうした、そんなに消耗して。」
「そりゃ、抜けてく分の生命力を注ぎ込んだら、疲れもするよ。」
「そうか・・・。」
 辛うじて体調が維持できていたのは、どうやらアインが影で無茶なことをしていたかららしい。
「どう言うつもりですの?」
「なにが?」
「わざわざ、何のためにそんな事をしているのです?」
「単なる自己満足。」
 少し休んで完全に回復したらしい。いつもと変わらぬ口調で言う。
「他に理由なんてないと思うけど?」
「この家の権力ですか?」
 まったく聞いちゃあいない。疑心暗鬼に取りつかれている人間に何を言っても無駄である。
「そんな面倒な物、いらない。お金にも困っていないからいい。」
 邪魔臭そうに言う。
「じゃあ、なぜです!?」
「下心がなきゃいけない?」
「・・・・・・。」
 暖簾に腕押しである。どうやら、自分では口を割らせるには力不足らしい。
「とりあえず、友達が欲しいから、って事にしておいて。」
 そのまま立ちあがって、棚から酒とグラスを5つ、取り出す。
「お前が自分から酒なんて、珍しいな。」
「親父さんの希望。今更晩酌をどうこう言っても仕方がないからね。」
 そう言って、十六夜とクレアを促す。
「マリーネ達は御留守番。シーラが帰ってきたら、親父さんの部屋まで連れてきて。」
「分かったわ。」
 そのまま部屋から出て行く。部屋には、月夜と香夜、そしてマリーネだけが残される。
「貴方も、人間ではありませんね。」
「それがどうしたの?」
「本来なら、今すぐ成敗したいところですが、十六夜に免じて見逃してあげましょう。」
「それはどうも。」
 気のなさそうな声でやり過ごすマリーネ。この手の手合いは、散々見てきている。何を言っても無駄だ。最悪の場合は逃げればいいのだから、気にしても仕方がない。
「え、マリーネも人間じゃないの?」
「私は、改造されたの。」
 香夜の問いに、編物をしながらそう答える。まだ余りなれていないらしく、目がちぐはぐになっている。
「そうは見えなかったなぁ・・・。」
「狂犬じゃないんだし、四六時中力を誇示しても仕方ないもの。」
 手を止めずに答える。ちぐはぐになったところを解いては編みなおすので、進みは遅い。
「強いんだ。」
「強くなんか、ないわ。」
「へ?」
「いつ捨てられるかって怯えてる人間の、どこが強いの?」
「・・・・・・。」
 淡々と質問をかえすマリーネ。思わず絶句する月夜と香夜。月夜にとってはらしくないことだが、10歳の少女に圧倒されてしまっている。
「月夜さん。」
「なんですの?」
「もし、追い出されたら、好きなだけ成敗してくれてかまわないわ。誰も悲しまないから。」
 もはや、なにも言えなくなってしまう。珍しく、思わず罪悪感にとらわれる月夜。
「大丈夫だよ。あの御人好しそうな男が、わざわざ助けた子供を追い出したりしないって。」
「力に振りまわされたりしても?」
「多分大丈夫だと思う。」
 そういいながら、マリーネが何を恐れているのか、直感的に理解してしまった香夜であった。


「お前と飲むのは、初めてだな。」
「ああ、そうだな。」
「まったく、我ながら愚かなことだ。この期に及んで、やっとなにも持っていないことに気がつくとはな・・・。」
「そうでもない。」
 軽く一口、口に含んでからそう窘める十六夜。
「少なくとも、この期に及んで酒に付き合ってくれる息子がいる。心配してくれる姪もいる。なにも持っていないわけじゃないさ。」
「お前にそう言われるとはな・・・。」
 そう言って、静かに一口飲む。
「アイン殿、気を使っていただく必要はないぞ。この程度で今更変わるわけでもない。」
「でも、せめてこの二人の結婚式ぐらいは見て欲しいからね。それまでは無理やり生きていてもらうよ。」
 軽くグラスを揺らす。氷がぶつかる小さな音がする。
「アイン様・・・・。」
「十六夜との結婚式は、いや?」
「そうではありません・・・。ですが・・・。」
「別に、一回しかしちゃいけないなんて決まりはないし、法的にも世間的にも認められる必要はない。」
 中身を一気にあおる。
「ですが・・・。」
 真っ赤になりながらごにょごにょつぶやくクレア。朝、派手に月夜と喧嘩したのが嘘のようである。
「アルベルトのことなら、何とでもなるよ。妹の本当の幸せを、あいつが許さないわけがない。その程度の度量はあるから。」
「本当にそう思いますか?」
 普段の行いを見ていると、とてもそうは思えない。
「まぁ、時間はかかるだろうけど。」
「じゃあ、お前も一緒に挙式したらどうだ?」
「それはいいな。」
 親子そろって、とんでもないことを言う。
「それだけはだめ。」
「どうして?」
「フェアじゃない。」
 その一言にこめられた意味の深さに、思わず沈黙してしまう一同。小さくノックする音が聞える。
「どうぞ。」
「失礼します。」
 普段着のシーラが入ってくる。その場の空気に面食らいながらも、グラスを受け取ってアインの隣に座る。
「今日はありがとう。」
「ううん、私はなにもしてないわ。」
「いや、私からも礼を言いたい。素晴らしい演奏だった。」
 静かな雰囲気のまま、宴は続く。息子以外は身内でない、と言うのが自分の今までをあらわしているな、そう思いながら、いつしか眠りにいざなわれる親父であった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲