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「十六夜喜譚 その8」 埴輪  (MAIL)
 色々な準備の問題で、結婚式をすぐにする事は出来なかった。一番の原因は、シーラが講演中ですぐに身動きが取れなかったことである。
「ごめんなさい、迷惑をかけちゃって。」
「いや、無理を言ってるのはこっちのほうだから、気にしないで。」
「でも・・・・。」
 確かに親父はいつ容態が急変してもおかしくはない。
「逆に、命を長くつなぎとめる、って意味ならこっちのほうがよかったくらいだし。」
「どう言うこと?」
「やっぱり、目標があるのとないのとでは、精神力が違い過ぎるから。」
 どうやら、十六夜の結婚式までいきることを目標にしていたらしい。
「最も、演奏会の段階で限界は超えている。二人には悪いけど、終るまでしか保証は出来ないよ。」
「気にするな。お前の責任じゃない。」
「あんまり役に立てなくて、ごめん。」
 そう言って、外に出て行くアイン。どうやら、薬の時間らしい。最も、薬石効なくということになりそうだが。
「まったく、いらん苦労をかけたもんだ。」
「なにもしていないのは、むしろ私のほうなのに。」
「いや、シーラには感謝している。最後にいいプレゼントを贈ることが出来た。」
 今回、この二人には迷惑をかけっぱなしだな、などと考えながら頭を下げる十六夜。
「ケ、何しんきくせぇこといってやがんだ。やっとくそ親父がいなくなるっていうんだぞ。」
 心底くだらなそうに言う夜影。無視する二人。どうやら、その態度を不満に感じたらしい。
「胸糞悪い連中だ。人が楽しい事実を教えてやってるって言うのに。」
「夜影、ずいぶんとつまらない人間になった物だな。」
「そうか?たんに自分に正直になっただけだぜ。」
 だが、最後まで聞かずに外に出る。夜影と顔をつき合わせる必要を感じなかったのだ。置き去りにされた夜影は、つまらなそうに舌打ちして、そのまま酒を飲み始める。


「十六夜の準備は出来たよ。」
「こっちもクレアさんのほうは終ったわ。」
「いよいよだ。」
「いよいよね。」
 シーラのほうは既にスタンバイしている。とはいえ、披露宴のような物はなく、指輪の交換と誓いの儀式のみである。
「さて、十六夜は驚くだろうなぁ。」
「クレアさんも、驚くでしょうね。」
 こっそり笑いあいながら言うアインとマリーネ。二人とも、お互いの結婚装束ははじめてみるのだ。
「さて、そろそろ時間だ。」
 待機場所に移動する二人。ご丁寧にも、この瞬間まで、二人は顔を合わせないのである。そこへ、ウェディングマーチが流れる。
「出てきた出てきた。」
 参列者席の香夜が、二人の登場を見てそう姉にささやく。
「関係ありませんわ。」
 つんと済まして言う月夜。最も、そこにはいつもの高慢さは影も形も存在しない。そこへ、ついに姿をあらわす新郎新婦。
「わぁ・・・。」
 思わず、感嘆の声を上げる香夜。新郎もりりしかったが、新婦も素晴らしく美しかった。羽衣のような印象を与える白いベールのしたに見え隠れする、白い肌。清楚、可憐、そう言った言葉がしっくり来るような風情である。
「私には劣りますけどね。」
 内心、ほとんど負けを認めながら、最後の強がりを言う月夜。
「もう、お姉様ってば。」
 苦笑する香夜。まぁ、月夜の気持ちがわかるのでこれ以上はなにも言わないことにする。
「でも、運命って残酷。」
 誓いの口付けを見ながら内心でそうつぶやく香夜。隣では月夜が指が白くなるほどこぶしを握り締めている。最も、表情は欠片も動かしてはいない。
「ふう、これで一段落、かな・・・。」
 月夜の様子を見て、こっそりため息をつくアイン。どうやら、結婚式をぶち壊したりはしないようだ。
「これで私も、心配事はほとんど片付いた。後は夜影だけか・・・。」
「ごめん、そこまでは・・・。」
「言われなくても分かっているさ。ただ、少なくとも後半日は頑張って見せる。祝いの場でくたばるような恥知らずなまねだけはしない。」
 苦笑を貼り付けながら言う親父。その台詞を吐き出すだけでもかなりの力が必要だ。新郎新婦が退場する。
「これは、私に対する嫌がらせかしら・・・。」
 新婦のクレアが投げたブーケを、見事にキャッチしてしまう月夜。最も、相手がそんな底意地の悪い娘ではないことぐらい、百も承知である。単なる僻みだ。
「結局、お姉様も、クレアさんのこと嫌いじゃないくせに。」
「何のことかしら。」
 どうやら、敗因はそこのようだ。表面上には出さなかったが、内心では恋敵を憎みきれなかったことが。


「くそ、これじゃあ、腹いせも出来ねぇ。」
 そう愚痴りながら、宴の片隅にぽつんといる夜影。人が少ないことがかえって災いしている。アインや十六夜の目が隅々まで行き届いてしまう。流石にここで何かするほどの度胸も厚顔無恥さも持ち合わせてはいないらしい。
「我ながら、低レベルだってか。」
 心の片隅に沸きあがった声を、そう揶揄する夜影。
「結局テメェが捨てたもんが、今更同行できると思うのか?」
「ま、それはお前が決めることじゃないさ。」
 いきなり声をかけられて、思わず動揺する夜影。
「どう言う意味だ?」
「それは、操り人形が決める問題じゃないってこと。」
 手近な料理をつまみながら、アイン。
「へぇ、言ってくれるじゃねぇか。」
「そろそろ、地が出てきたな。ま、妙なことをしても無駄だよ。人を呪わば穴二つだ。」
 そう言って、飄然とした態度を崩さずに立ち去るアイン。ふん、と一つ鼻を鳴らす夜影。
「御疲れ様。」
「あ、アインくん。」
 飲み物を手に、ひっそりと片隅に座っていたシーラ。目を引かないわけではないが、どうも雰囲気的に声をかけ辛かったらしい。
「なにか、食べる?」
「ううん、今はいいわ。」
 そう言って、飲み物に口をつける。ずいぶんぬるくなっている。
「あの二人の初夜は、大変なことになりそうだな・・・。」
「うん・・・。」
 分かっているからか、皆故意に明るく振舞っているのがよく分かる。
「夜影の事は、親父さんは知らないほうがいいだろうな。」
「え・・・?」
「多分、もうすぐ分かるよ。少なくとも後二日くらいすれば。」


「すまんな・・・。せめて明日までと思ったのだが・・・。」
「喋るな、親父。」
「これだけは・・・、言い残しておかねば・・・、ならんからな・・・。」
 苦しそうな息の下で、言葉を搾り出す親父。
「家督と財産は・・・、お前が自由に処分しろ・・・。」
 その場にいた夜影が、思いきり顔を歪めて言い放つ。
「どう言うつもりだ、親父!!」
「夜影、暴れるんだったらつまみ出すよ。」
「うるせぇ、部外者は黙ってろ!!」
「じゃあ、部外者には黙ってもらおう。」
 そう言って、あっさり夜影をつまみ出すアイン。ものの見事に部外者扱いだ。
「親父さん、他に言い残す事は?」
「厳しいな・・・。」
「今更、こう言うことで気休めを言うつもりはないよ。吐き出せることを吐き出してもらうほうがよっぽどいい。」
「そうか・・・、だが残念だが・・・、これ以上は・・・、何も言う事はない・・・。」
 徐々に呼吸の感覚が開いていく。脈拍も弱くなっていく。
「本当に?」
「ああ・・・。懺悔したところで・・・、白々しいだけだ・・・。ま・・・、最後だけは・・・、そう悪くもなかったな・・・。」
「そう・・・。」
 そして、その言葉を最後に、最後の生命力が抜け落ちる。もはや何をしても息を吹き返す事はない。
「・・・・・。」
 黙したまま、オカリナを取りだし、静かに演奏をはじめる。アインにあわせて、ピアノを演奏し始めるシーラ。


「どうしてよ・・・。」
 肩を振るわせ、青い顔のままアインに詰め寄る香夜。
「どうして助けてくれなかったのよ・・・。」
「香夜・・・。」
「分かってるわよ!!」
 窘める十六夜の声を鋭く拒絶し、そのままアインを糾弾する。
「言いがかりだって事は分かってるわ! でも止められないのよ!! こいつが出来るのにやらなかったからって、どうしても思っちゃうのよ!!」
「香夜・・・。」
 月夜が視線を下に落とす。
「どうして黙ってるの!! なにか反論しなさいよ!!」
 だが、アインは黙したままだ。ただ、自分の懐で泣きじゃくる少女の肩に、優しく手を添えるだけである。
「どうして、そんなに優しくするのよ!! 馬鹿な女だってなじってよ!! でなきゃあたし・・・、凄く惨めじゃない!!」
 何か言えば言うほど、ますます惨めになっていく。だが止められない。
「言われてもしょうがないよ。事実、出来るのにしなかったんだから。」
 そう言いながら、優しく香夜の髪をなでる。そのまま、アインの胸に顔を押し付けて号泣する香夜。
「香夜・・・。」
 月夜が、香夜にそっと声をかける。だが、香夜は泣き止まない。こんなふうに感情を素直に出せることを、思わず羨ましく思ってしまう。


「香夜は?」
「どうにか落ちついた。今は疲れて寝てるよ。」
「そうか・・・。」
 葬式の準備をしながら、淡々と答えるアイン。
「あんなに爆発するとはな・・・。」
「まぁ、溜め込むよりはよっぽどいい。」
「それに比べて俺は、薄情なもんだ。いくら情が薄かったとはいえ、涙一つ流れないんだからな。」
 アインを手伝いながら、十六夜。
「十六夜は十分泣いてるよ。」
「そうか・・・?」
「ああ。ちゃんと泣いてる。表に出なくてもね。」
 そう言って、十六夜の仕事を奪い取る。
「十六夜、休みなよ。明日は明日ですることがある。」
「だが・・・。」
「泣きながら働かれても困る。とにかく休むんだ。」
 珍しく、有無を言わさずアインが言う。
「こんなところで泣いてないで、新婚らしくクレアに慰めてもらってきな。」

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