「十六夜喜譚 エピローグ」
埴輪
(MAIL)
次の日の朝、十六夜は朝食に下りてきた面子を見て、怪訝な顔をする。
「アインはどうした?」
「まだ寝てるわ。」
「あいつがこの時間に起きてこないだと?」
思わず驚愕する十六夜。移動中を除いて、普段なら既にロードワークなどを済ませている時間帯である。昨日のあれは、ずいぶん消耗したらしい。
「死んだように眠ってたわ。」
シーラが心配そうにそう告げる。
「まぁ、無理もねぇと思うぜ。」
口の中の物を飲み下してからカイザルが言う。
「普通なら街が一つ余裕でクレーターになるようなエネルギーを無力化したんだ。消耗しないほうがおかしい。」
「最も、あれはもったいないから吸収したんだけどね・・・。」
寝ぼけまなこのまま、アインが入ってくる。一応は着替えているが、頭は半分夢の中らしい。足元が定まっていない。
「おはよう、アインくん。大丈夫?」
「うん・・・。単なるエネルギー不足だから、昼までには元に戻るよ・・・。」
あくびをかみ殺しながらそう答える。普段からボーっとしているような印象はあるが、ここまで酷くは無い。
「いただきます・・・。」
今にも眠りこけそうな様子のまま、食事をはじめる。
「おいおい・・・。」
「おかわり・・・。」
「まだ食う気か?」
もう既にパンだけで20斤は食べている。スープなどは大なべが空になっているだろう。目玉焼きにいたっては卵の数を数える気にもならない。
「全然足りない。」
新しく出されたパン−既に切らずに丸ごとである−を手に取りながら眠そうにそう答える。見てるほうが胸焼けを起こしそうな状態である。しかも、がっついているように見えないのに、すさまじい勢いで料理が減っていくのだ。
「何処に入ってるんだ?」
「一応胃袋。」
「本当か?」
「入った端からエネルギーに化けてるけど。」
既にパンが半分になっている。この調子で食べつづけたら朝のうちに公文城家の食料庫は空になる。
「昨日使った分を補填しようって言うのか?」
「まさか。気功も出来ない状態だから、その分食べて補ってるんだよ。」
大分眠気が覚めてきたらしい。比較的口調がしっかりしてくる。
「怪我をしたときの獣の治療法だな。」
「根本的には変わらないよ。」
昨日の神々しさ−もしくは禍禍しさ−は何処へやら、すっかりのんきなお兄さんである。
「貴方は何者なのです? 先に言っておきますが、哲学的な意味で答えてはぐらかそうとか、そう言う事はなさらないでください。」
アインの食事が終ったあたりで月夜がそう切り出す。
「さすがだな、月夜。アインのやりそうなことを先に見切るとは。」
「さすがに2週間近く付き合えば、こう言う場合の対応くらい予想がつきますわ。」
えらい言われようである。
「まず、確定事項からいこう。アイン・クリシード、エンフィールド在住、一応何でも屋。」
「で、その他には?」
「聞いてどうするの?」
どうでもよさげに言うアイン。
「別にどうこうするつもりはありません。ただ、妹が好きになった相手のことぐらい、知っておきたいのです。」
「うーん、とりあえず神でも悪魔でもあり、どちらでも無いとだけ言っておくよ。これ以上は秘密。」
そう言って、席を立つ。
「十六夜、今日中に帰るつもりだけど、そっちはどうする?」
「俺も、もう準備は出来てる。」
答えて、こちらも席を立つ。
「さて、夜影。とりあえず財産の半分はもらおう。家督と残りはそっちが受け取れ。」
「そうはいかない。全部兄貴のもんだ。全部兄貴が受け取ってくれ。」
「いや、今の俺には邪魔なだけだ。」
「俺にとっても邪魔だ。それに、親不孝者の俺には受け取る資格も無い。」
黙って聞いていたアインは、そのまま部屋を出て行く。
「仕方がない。夜影、俺が戻ってくるまでお前が代理で受け継いでおいてくれ。報酬として、受け継いだ財産の半部を渡す。」
結局、表現を変えただけで実態はほとんど変わっていない。
「それが妥協点か?」
「ああ。」
「ちゃんと帰ってくるんだろうな?」
「約束しよう。」
どうやら、話し合いはまとまったようだ。
「結局、あっさり振られちゃったわね。」
「2人して、ほとんど同時に失恋しましたわね。」
出ていったアイン達を見送って、顔を見合す月光院姉妹。
「フラレ女どうし、いっしょにやけ食いでもしようか?」
「いいですわね。最も、今朝のアインほどは食べられないでしょうが。」
「あんなに食べたら、太るんじゃなくて膨れちゃうよ。」
苦笑しながら言う香夜。最も、その食べっぷりを見ていても褪めなかったのだから、結構筋金入りの恋心だったようだ。
「で、何処にする?」
「そうですわね・・・。」
「十六夜、クレア、マリーネのこと、頼めるか?」
「かまわないが、エンフィールドに帰るんじゃなかったのか?」
「一昨日あたりで事情が変わってね。シーラに引っ付いてアルディーナにいくことになった。」
アルディーナとはセラフィールドの北にある街だ。最も、馬車で1日とかそう言うレベルではない。エンフィールドとは方向が違うので一緒に帰るわけにはいかなくなる。
「どう言うことだ?」
「こっちにくるちょっと前に、アルディーナで紛争が起こったそうなんだ。で、その情報が入ってきたのが4日前。その後、シェフィールド夫妻から伝書鳩で手紙が来てね。ボディ・ガードを頼まれたわけだ。」
「そう言う事情では仕方がないか。」
「さすがに、シーラ様御一人では不安ですわね。」
ため息をつきながら納得する二人。
「だが、大丈夫なのか?」
「さすがに無茶は出来ないけど、女の子一人守るくらいは出来るよ。」
朝の様子を見ているだけに、不安は尽きない。
「とにかく、頼んだよ。」
「ああ。任せて置け。」
こうして、公文城家の悲劇、あるいは喜劇は幕を閉じたのであった。