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「アルディーナ奇想曲 その4」 埴輪  (MAIL)
 その時間は、とても戦地とは思えないほど穏やかな物であった。
「シーラ・・・。」
「駄目! 今日は大人しく寝てるの!」
 弱ったようなアインの声に、強い調子で答えるシーラ。シャリシャリ音がするのは、彼女がりんごをむいているからだ。
「大丈夫だって言ってるのに・・・。」
 さすがに、全身を包帯に包まれている彼の姿を見て、その言葉に説得力を感じるのは難しい。
「はい、アインくん。」
 弱りきっているアインに、りんごを一切れ、フォークに刺して差し出す。
「あ、ありがとう。」
 皿とフォークを受け取ろうとすると、さっと逃げられる。まさかと不吉な予感を感じて硬直するアイン。
「あーんして。」
 不吉な予感が当ったことを思い知るアイン。パティ以外から、こんな窮地に立たされる羽目になるとは思わなかった。
「自分で食べるよ・・・。」
「駄目。」
 にっこりと天使のような笑顔を浮かべながら、厳しいことを言ってくるシーラ。リサやナヴィエがデバガメしている気配がある。
「分かったよ・・・。」
 こう言うときの女の子に勝てる男など、まずいない。仕方なしに口を開けるアイン。


「見せ付けてくれるね・・・。」
「あれほどの女性にああまでしてもらって、何が不満なんだ・・・。」
「別に不満があるからああ言う態度を取ってるわけじゃないよ。」
 ナヴィエの憤慨に注釈をいれるリサ。
「たんに、煮え切らないだけさ。」
「それはそれで腹が立ちますね。」
 むすっとした顔で答えるナヴィエ。アインの何もかもが気に入らないが、一番気に食わないのはシーラにあれほど好かれているというのに、それに答えようろしないことである。
「しかし、あれは抜け駆け行為じゃないか?」
 リサがポツリとつぶやく。確か、それでパティが苦労していたはずである。
「抜け駆け?」
「あいつの人間関係ってのは、かなり複雑なんだよ。」
 どうやら、まだ他の人間にも好かれているらしい。ますます許せない話である。
「・・・・・?」
 不意に視線を感じ、後ろを振り向くリサ。
「なんだい?」
 振り向いた先には少女が一人立ち尽くしていた。
「・・・・・。」
 ここにきたときから、ずっと無言の少女だ。アインが保護したらしいが、一言も口をきこうとしない。誰かを恨んでいる様子はないが、だからといって何かに対して気力があるようにも見えない。すぐにその場から立ち去る。
「一体、なんなんだか。」
 そうつぶやいて室内に視線を戻すと、アインがシーラに無理やり寝かしつけられているところだった。ちょっとひねった見方をすれば、押し倒されているように見えなくもない。
「・・・今回は、見逃してあげるよ・・・。」
 大胆過ぎる光景を見せ付けられて、あきれてつぶやくリサであった。


「一度、どっちかの指導者にあいたいと思ってるんだけど。」
 包帯まみれのまま、アインが言う。まだ体は全快とは言いがたい。肋骨が何本か折れたままだし、鎖骨にひびも入っている。傷もふさがりきってはいない。完全無欠に満身創痍である。
「止めて、聞く訳ではあるまい。」
「まあね。」
 苦笑気味に言う。誤算と言えば、ここまで大怪我をしたこと自体が誤算である。実際のところ、記憶が戻ってからは始めてのことだ。
「さて、私としては、お前をここに押さえつける必要があるのだが・・・。」
「うーん、それは困ったな・・・。」
 さすがに、今の状態でティグスを音便に同行する自信はない。肋骨一本程度は諦めてもらわざるをえない。
「だが、肋骨を折られるのは勘弁したい。シーラ殿に見つからんようにしろよ。」
「妙に、話せるね。」
「ああ。恋する乙女には悪いが、やらねばならんことを見つけて突っ走ろうとしている男を止めることなどできん。」
「すまない。」
「だが、絶対無茶はするな。戦闘になりそうだったら、迷わず引け。」
「ああ。」


 不意に、どうしようもない不安感に襲われる。ピアノを演奏していたシーラは、その手を止めてアインの部屋のほうを見る。
「まさか・・・。」
 アインが抜け出そうとしているのではないか、そんな気がしてアインの部屋のほうへ移動する。幸い、この非常識な怪我人をおとなしくさせるため、窓はふさがれている。廊下は一本道だから、その先に立っていれば絶対に鉢合わせする。
「シ、シーラ?」
「やっぱり・・・。」
 小さくため息をつく。困った怪我人である。やたら頑丈で回復力があり、しかも痛覚がほとんどないのだから始末に終えない。
「どうして、分かったの?」
「ピアノの練習をしていたら、なんだか凄く不安になって・・・、もしかしてって思ったの。」
 思わず顔を押さえるアイン。すさまじい勘である。
「そこを通してくれない?」
「だめ。せめて今日一日は休んでて。」
「シーラの講演に間に合わなくなる。」
「そんな事はいいから。」
 両者、一歩も譲らない。お互い、相手のことを考えての行動だから始末に終えない。
(しかたがない・・・。)
 アインは反則をしようとする。だが、それより先にシーラが動いた。
「うわ!!」
 いきなり飛んできた回し蹴りを避けようとすると、今度は逆からの回し蹴りが飛んでくる。困ったことに、今の彼女の服装はブラウスにスカートである。目のやり場にも困る上に、シーラ自身はそんな事を一切気にしない。
「シーラ!! いきなり何を!!」
「力尽くでも止めて見せるわ!」
 その瞳に燃え上がるは使命感である。思わずたじろいでいると、更に足元を狙った蹴りが飛んでくる。一歩下がって避けると苛烈なまでのスピードで膝蹴りが飛んでくる。
「ちょっと待ってくれシーラ!!」
「休んでくれるって約束してくれなきゃ止めない!」
 すっかり格闘家モードである。ティグスを相手にするにも苦労する今、彼女を殴らずにどうにかする方法はない。だが、さすがにシーラを殴るのは気が引ける。そうこうしているうちに壁際まで追い詰められる。
「ちょっと待って、話し合おう!」
「アインくん、私の言うことなんて聞いてくれないもの!」
 シーラ相手では、シェリルに使った方法は不可能だ。今の体調では、後ろに回った瞬間に迎撃される。回し蹴りを頭を下げてかわした瞬間、シーラの足が不吉な動きをする。
「ファイナルストライク!!」
まずいと思った次の瞬間、電光石火のスピードで必殺の踵落しが炸裂する。
(怪我人にすることじゃないよな・・・。)
 薄れゆく意識の隅で、そんなことを考えるアインであった。


 目がさめると、そこにはシーラの顔があった。
「あ、気がついた?」
「自分でしばき倒しておいて、よく言うよ。」
 苦笑しながらアインが言う。魔法を使う暇もなく追い詰められたのは、始めての経験である。
「ごめんなさい。」
 すまなそうな顔でシーラが謝る。確かに怪我人にすることではないと言う自覚があったのだ。だが次の瞬間、
「でも、アインくんはこうでもしないと、休んでくれない気がしたから・・・。」
 多少非難がましい目でアインのほうを見るシーラ。隣ではティグスが苦笑している。今の雰囲気をパティやトリーシャが見たら、どんな反応を示すことだろう?
「仕方がないから今日は休んでおくよ。また蹴り倒されちゃたまらない。」
「しかし、いくら本調子ではないとはいえ、アインを倒せるとは・・・。」
 あきれたような、感心したような調子でつぶやくティグス。思わず真っ赤になるシーラ。
「いきなり廊下でばたばた凄い音がするわ、なんか重い音がして急に騒ぎが終るわ、外を覗いてみたら気絶してるアインをシーラ殿が担ごうとしてるわ、もう何がなんだかわからなかったぞ。」
「あれは不覚だった。」
「アインくんに遠慮がなかったら、まず突破されてたわ。」
 苦笑しながら答えるシーラ。自分でもずるいと思う。アインが絶対に自分を殴ることが出来ないと言う前提の元での行動だ。その上、締め技に来たら防ぐ自信もあったのだ。かなり確信犯である。
「それはそうと、そこに居られると、休みにくいんだけど・・・。」
「駄目。目を離したら、また無茶をするもの。」
 シーラは決心を固めていた。怪我が治るまで、アインからは出来るだけ目を離さないと。練習そっちのけになってしまうが、かまいはしない。いくら練習したところで、心配事があるうちはろくな演奏が出来ない。
 次の日の朝、アインは自分の傍らで力尽きて眠っているシーラの姿を見ることになるのであった。

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