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「アルディーナ奇想曲 その5」 埴輪  (MAIL)
「どうしても、ついてくるの?」
「うん。だって・・・。」
 相変わらず包帯まみれのアインと、憂いを含んだ表情のシーラが、そんな風に話をしていた。アレフあたりに言わせれば、アインの台詞を無視すれば絵になる光景、ということになるだろう。
「無茶はしないつもりなんだけど・・・。」
「それでも心配よ・・・。」
 好きな男が目の前で心臓をぶち抜かれたのだ。心配しないほうがおかしい。この場合、心臓をぶち抜かれた人間が生きていることに言及してはいけない。
「仕方がないか・・・。」
 血染めのグレイブを握りなおし、アインが言う。言うだけ無駄だし、ガードの対象に手を上げるわけにも行かない。
「あまり無茶しないでよ。」
「それは私の台詞・・・。」


「貴様達! ここに何の用だ!!」
 軽装の女戦士が、アイン達の行く手を阻む。
「レジスタンスのリーダーとやらがどんな人物か、確かめに来たんだ。」
「貴様のような怪我人がか?」
「これはそっちのとばっちり。」
 にべもなくアインが言いきる。
「どう言う意味だ!?」
「そのままの意味。ピアノの講演に来ただけで、どうして命を狙われなきゃならない?」
「こんな状況でピアノなどに現を抜かしているからだ!」
「そんな理由で暗殺者に襲われる訳がない。」
 暗殺者と言う言葉に眉をひそめる女戦士。
「どう言う意味だ!? 我々がそれに関与しているとでも言うのか!?」
「3割ぐらいは疑っている。何せ、市民を巻き込むような戦いを平然と出来る軍隊だ。余所者が気に食わないと言う理由で襲ってきかねない。」
 市民を巻き込んでのくだりで顔が硬直する女戦士。
「我々を侮辱する気か?」
「事実を告げたまでだ。お互い、相手と遭遇したら最後、戦闘を避けようと言う気がない。お互いの姿が見えた瞬間、間髪いれずに撃ち合いをする始末だ。こちらの目から見たら、どちらも大差ない。」
「それで、殴り込みにでも来たのか!?」
「いや、そんな非生産的な事はしない。リーダーと言うのがどんな人物かを見て、その上で行動を決める。」
 だが、散々相手の神経を逆撫でしたのだ。そんな台詞が通用するわけがないのだ。
「信じられるとでも思っているのか!」
「あなたに信じてもらう必要はない。それとも、怪我人を恐れるのか?」
「貴様が刺客でない保証はないからな!」
 そう言って、地面に手をつく女戦士。地面が盛り上がり、4体のゴーレムが現れる。
「悪いけど、今手加減が出来る体調じゃない。本気でいかせてもらう。」
 近寄ってきたゴーレムを一瞥し、グレイブを軽く横に一閃する。4体同時に一刀両断される。
「くそ!」
 悔しそうに吐き捨てながら、アインに踊りかかる女戦士。どうやら拳による戦闘が得意らしい。だが、アインの目から見れば、実力的にはシーラの半分にも満たないだろう。魔法を併用して、始めて一流と言ったところだ。
「おそい。」
 一般人の目から見ればずいぶん速いと思うのだろうが、化け物の目から見ればうすのろでしかない。
「がふ・・・!」
 鳩尾にグレイブの石突が食い込む。あっさり崩れ落ちる女戦士。
「さて、行くか・・・。」
 昨日よりは、格段に体が動くことを再確認し、女戦士を担ぎ上げて奥へ進む。さすがにここに捨てておいて死なれでもしたら、後味が悪い。


「貴様! 何者だ!」
「エンフィールドの何でも屋、アイン・クリシードだ。」
「何でも屋風情が、何でこんなところにいる!」
「仕事だ。」
 そう言って、悠然と進んでいくアイン。後ろには、硬い表情のシーラが付き従っていた。
「仕事? まさか!?」
「そんな陳腐な仕事は受けない。誰が好き好んで人殺しなんかをしたがる物か。」
 嘘をつけ、といおうとしたレジスタンスの一人が、アインの目を見て硬直する。幾多の人の死を見つめてきた目、そして、そのたびに自らの無力さに絶望した目である。強い目だ。
「だが、なぜレミを担いでいる?」
 壮年の、幾分落ちついている男が聞いてくる。
「襲われて撃退した。外に捨てておいて死なれでもしたら後味が悪いから持ってきた。」
 アインの言葉に納得した様子の男。
「どうして、あなた達は殺し合いをするの・・・?」
 そのとき、シーラがポツリとつぶやく。
「どんな犠牲を出しても勝ち取らねばならないものというのも、世の中にはあるんだ!」
 若いレジスタンスの言葉に、怒りの表情を見せてシーラが反論する。この街にきてから、溜りに溜まっていたものが爆発したのだ。
「犠牲をいとわないのと犠牲を無理強いするのは別問題だわ。」
 反論しようとした彼の言葉をさえぎり、後を続けるシーラ。
「大体、あなた達は、奪った命を、奪われた命を背負うことが出来るの?」
 戦場で言ってはいけない事かもしれない。だが、言わずにはいられなかった。
「人を殺したこともない小娘が、何をいきがっている!?」
「人を殺したことが、そんなに威張れることか?」
 アインがポツリとつぶやく。妙な重みを伴って、その場に浸透する。
「戦場ってのは、狂った世界だ。殺さねば、自分が殺される。」
 一度発言したきり、成り行きを見守っていた壮年の男が口を挟む。
「それぐらいは知ってるさ。何人手にかけたか分からない。時に、その血の重さがいやになる。」
 背負っていた女戦士を下に下ろす。
「で、どれだけの人間が、その覚悟が出来ている? 何人もの血を浴びる覚悟が・・・。」
 アインの言葉は静かだ。そして、それだけに圧倒的な説得力を持っている。
「どうやら、侵入者の勝ちのようだな。」
「カーツさん!」
「ま、あのボンボンにゃ分かっちゃいまいが。」
 アインのほうを真剣なまなざしで見る壮年の戦士。
「あんたが味方についてくれりゃ、俺としては死ぬほどありがたいんだが。」
「お断りだね。何で、理想に酔ってるだけの連中の味方をしなきゃいけない?」
「誰も、まともに戦争など知りはしないからな。」
 苦くつぶやく壮年の戦士。
「あなたがリーダだって言うのなら考えてもよかったんだけどね。無関係な人間を巻き込んで、理想のための一言で済ますような奴の下で働く気はないよ。」
 そう言って、シーラを伴って背を向ける。リーダーには会えなかったが、大体の事はつかめた。
「貴様か? 先ほどから私達のことを言いたい放題こき下ろしてくれたのは?」
「悪い? 心臓をぶち抜かれたのが無駄な気がして来たぐらいだ。どいつもこいつも影に取り付かれてる。戦争を知ってる人間が一番まともな始末だ。こき下ろしたくもなるよ。」
 飄然と、いつもの態度で言うアイン。完全に挑発モードだ。
「ほう、良く言った。そこまで行って生きて帰れると思っているのか?」
「瞬間移動の魔法なら、一瞬だ。」
「使わせると思ったか!?」
 号令と共に斬りかかるリーダーらしき人物。
「これだからこのボンボンは・・・。」
 苦い顔をする壮年の戦士。アインの正体にはとうの昔に気がついている。
「どうしたんだい? 使わせないんじゃないのか?」
 グレイブ一本で器用に3本の剣を同時に防ぐアイン。
「この時点で、並の魔術師なら十分に魔法が発動する。」
「くそ!」
 むきになって斬りかかるが、アインは必要最小限の動きしかしない。
「チェック・メイト。」
 その必要最小限で、しかもグレイブなどまともに振り回せないような狭い空間で、3人の武器をはじき、鎧に浅く傷をつける。わざわざ鎧だけを斬るように武器を引いたのが見えていて、それでもどうすることも出来なかったのだ。
「さて、いこうか、シーラ。」
「うん。」
 出て行く彼らを、誰も止められはしなかった。


「くそ! 一体何様のつもりだ!!」
「まぁ、落ちつけ。」
「これが落ち付いてられるか!!」
 どう言った物かと頭を掻き、仕方がないのでそのまま告げる。
「相手はベルファールの鉄壁だ。人間としての厚みも実戦経験も、そこらの若造がかなう相手じゃない。」
「なに? あれがベルファールの鉄壁だと!?」
「あんな若造がか!?」
 それを聞いて苦笑する壮年の戦士。彼とて、アインがあれほど若いとは思っていなかったのだ。
「本人の言葉の中に思いっきりヒントがあったぞ。」
「ヒント?」
「最初に言っていただろう? エンフィールドの何でも屋、アイン・クリシードだと。」
 確かに、ベルファールの鉄壁はアインと言う。誰もフルネームを知らないから彼である可能性もある。だが・・・。
「あんな男が・・・。」
「最も、一番の証拠は、あの目だがな・・・。」
 人を殺す覚悟が出来ている目。殺した相手の命を、背負う覚悟が出来ている目。
「あの若さで、一体どんな経験をしたのやら。」


「無茶はしないって、言ったじゃない。」
「シーラだって、結構きついこといったくせに。」
 内心、ひやひやしていたのだ。シーラの目の前で、人殺しをしなければいけないかと。
「だって、あんまり無責任で自分勝手なことを言うんだもの・・・。」
「さて、予想はしてたけど、ここまで予想通りだと嬉しいよ。」
 心底嬉しくなさそうにアインが言う。この場合の予想通りは、シーラのことではなくレジスタンスのことである。
「政府軍とやらのほうは言うに及ばず、だ。ああ言う馬鹿に付け入る隙を与えてるんだ。ろくな組織じゃない。」
「きついな・・・。」
 アインの台詞に苦笑するティグス。元々、彼はある程度知っていた節がある。
「勝負は、明日だな・・・。」
「明日のコンサート、何が何でも成立させないとね・・・。」
 アインの台詞に、マジな顔で答えるリサ。
「ただ、今までの傾向からして、まず間違いなくホールは戦場になる。」
「しかも、絶対に両方の軍がコンサート開始を狙って乱入してくるだろうね。」
「それを何とかするために、僕がついてきたんだ。取っておきを温存してたから、心臓をぶち抜かれる羽目になったけどね。」
 取っておきの分以外は力が落ちているのだ。ヤバイことこの上ない。
「大丈夫なのか?」
「ああ。こいつに、働いてもらうよ。」
 血染めのグレイブを見せて言う。もう一度、戦場に立つアインを見ることになったティグスは、内心複雑な思いを抱えていたのであった。

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