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「アルディーナ奇想曲 その6」 埴輪  (MAIL)
 シーラは、ピアノの前にたたずんでいた。既に、戦争に対して、彼女に出来ることなどないに等しい。外では、アイン達が傭兵に指示を出して、布陣を固めているはずだ。
「・・・・・。」
「大丈夫。私、今凄く気持ちが落ち着いてる。今ならば、自分の限界も超えられそうだわ。」
「・・・・・。」
 心配そうな少女に向かって、優しく語り掛けるシーラ。その様子は、まるで仲の良い姉妹だ。結局、今日まで彼女の名はわからずじまいだ。
「・・・・・。」
「ごめんなさい。私は、アインくんほどあなたの言葉を上手く聞き取れないから。」
 少女は、あれ以来一言も喋らない。アインに対して何事かつぶやいた、それが最後の言葉だった。
「・・・・・。」
「大丈夫。何も怖いことなんてないわ。」
「・・・・・。」
「絶対に、大丈夫。」


「相手を倒そうとは思わないこと。攪乱したらすぐに戻る。そのままマークをはずして防衛に参加する。」
 アインが、傭兵達相手に打ち合わせをしていた。相手の戦力は、両方足して1000に届くか届かないか、一方こちらは全部集めても100名ちょっと。近くには色々な建物があり、行軍して来れる道は2本しかない。
「どんなに数がきても、直接相手にする人数はたかが知れてる。飛び道具はアインが無効化するから、接近戦だけを考えろ。」
「それから、仕留めた人数で報酬が代わったりはしない。今回は、拠点防衛に対してどれだけ功があったかが報酬の査定だ。」
 ティグスとリサが、最後の注意をする。生き残ることにかけては達人急の連中だ。これだけ注意をしておけば、無駄な人死にを出さずにすむだろう。
「さて、こっちも十分飛び道具は用意したし。」
 リサの後ろには、マーシャル武器店からかっぱらってきたホーリーナイフ1年分がある。
「アインのほうも、そろそろ奥の手を展開するようだな。」
 建物をはさんで正反対の位置に、お互いが配置されているので、アインの姿は見えない。だが、気配でなんとなく、それぐらいは分かる。
「戦争するために能力を使うの、アインにとっては不本意だろうね・・・。」
 リサがポツリとつぶやく。苦い顔でうなずくティグス。
「だが、やらねばならんことだ。」
 二人がそう話をしている頃、アインは力を蓄えていた。
「さて、そろそろ準備だけはしておくか。」
 そう言って、以前半身と呼んだ剣を抜く。クリシードの武器。アインの気と力がたっぷり染み込んだ、封印の鍵。そして、世界で最強の剣。
「輪が半身たる剣よ、わが命に従い、すべてを退ける力をここに示せ。」
 客席の目立たない場所に剣をつきたてる。特に感覚の鋭い物は分かったであろう。それは、すべてを退ける不可侵なる結界である。強い力で客席と舞台を護る。
「さて、もう一丁。」
 アインが力を蓄える。翼は広がらない。そして
「アイン・クリシードのなにおいて命ずる、具現せよ、神王の楯。」
 もう一つ、結界を張る。少しでも力を節約するために、建物ではなく、客席と舞台を護るように。
「やっぱり、今の体調じゃあ、きついか・・・。」
 血の塊を吐き捨てて、アインがつぶやく。どうやら、誰にも見られなかったらしい。深く、ゆっくりと呼吸をする。
「汝ら勇気あるもの達よ、我は女神の名において、すべての勝利を約束せん。」
 歌うように魔法を詠唱し始める。普段なら、詠唱を伴わなくても発動する魔法だが、今回はそうもいかない。しばらく、詠唱−というよりは歌−が続く。
「ゴッデス・サイ」
 アインの最後の準備が整った。これで、ファランクスクラスならともかく、人間が普通に扱える飛び道具などは効かない。傭兵達も限界をはるかに超える力を発揮してくれるだろう。


「愚か者どもに、思い知らせてやるのだ!」
「大儀は我らにあり! 勝利を我らの物に!」
 さして内容のない演説を終え、突撃を指示する双方の指導者。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「いくぞ!!」
 気合を入れて、双方が突っ込んでいく。一刻もはやく銃器の間合いに入る必要があるからだ。
「第一隊、発射!」
 轟音を立てて、銃撃が放たれる。その様子を、高台の特等席から眺める指導者たち。最も、位置はかなり離れているので、お互いを認識する事は出来ないだろうが。
「余所者どもはこれでかたがつくとして、問題はレジスタンスだ。」
「果たしてそうでしょうか?」
 彼の目論見では、警備をしている連中を最初の一斉射撃で葬り去り、ホールを破壊、演奏している人間と観客どもを見せしめに血祭りに上げ、相手の恐怖を誘う、というものであった。
 稚拙、としか言いようがない。進んでそう言った行動こそ取らないが、レジスタンスとて市民を巻き込むことには躊躇しないのだ。ピアノの演奏などをのうのうと聞きに来ている連中が虐殺されたところで、戦意を喪失したりはしないだろう。
「どう言う意味だ?」
 傍らの男のつぶやきを聞きとがめる。フードを深くかぶっているため、表情はよく分からない。だが、あまり余裕を持っているとは言いがたい様子である。
「どうやら、飛び道具は無力化されているようです。」
「なに?」
 見ると、傭兵達に命中したはずの弾丸はすべて、明後日の方向に飛んでいっている。外れた弾は、コンサートホールの壁に穴をうがっているというのにだ。
「さすが、といったところでしょうか。」


 戦場は、最も少数である防衛隊のものであった。アインの初歩的な内部攪乱に引っかかり、思いっきりよく同士討ちを始めていたからだ。
「貴様、裏切ったな!!」
「貴様こそ!!」
 両軍ともに、武装や服装に統一がなかったことゆえの悲劇、いや喜劇であろう。マーキングだけで判断し、ろくに指令の伝達方法も決めていないような認識の甘い軍隊が、戦場で雄になれるはずがないのだ。
「しかし、キリがないね。」
 ホーリーナイフを投げきったリサが、ドラゴン・ボーンを構えながら言う。
「だが、ずいぶんと楽にはなったぞ。」
 剣を抜いて、ティグスが答える。負ける気がしない。全身に力がみなぎる。
「さて、行くぞ。」
 近寄ってきた政府軍の兵士を一刀両断にしたのを皮切りに、彼らの周りで戦闘が始まった。


「さて、今はとても手加減は出来ない。死にたくなかったら、退いてくれないか?」
 血染めのグレイブを構えたアインが、静かにそう言う。全身包帯まみれの優男を見て、勝てると踏んだレジスタンスは、次々にアインに襲いかかる。
「そうか、聞いてはくれないか・・・。」
 つぶやくと共に、グレイブを横に薙ぎ払う。血染めのグレイブは、兵士3人を一刀両断にし、更にその後ろにいた兵士の腕を斬り落とす。
「もう一度言う。無駄な殺生はしたくない。退いてくれ。」
 ここは戦場だ。聞き入れるわけはない。分かっていて、かすかな望みにすがりながら問う。
「う、うるさい!!」
 一人の戦士が悲鳴と共に斬りかかる。それに呼応するように次々に斬りかかって来る。だが、
「そうか・・・。しょうがない。」
 いずれもグレイブの一撃で体を両断される。腕云々を差し引いたとしても、とんでもない破壊力だ。まるで呪いでもかかっているかのようだ。
 実際、呪われているのかもしれない。何しろ、持ち主を心臓を貫いたグレイブだ。
「頼むから、死にたくなければ、退いてくれ。」
 アインが、守りの手を休めずに、そう懇願する。一人として、彼とまともに打ち合えない。グレイブが舞ったが最後、一刀両断にされる。
「ひるむな! 相手は怪我人だ! 数で押せばいつかは力尽きる!」
(正しい判断だ。)
 しかし、ただ数で押せばいいわけではない。上手く連携を取って、相手を疲弊させなければならない。でなければ、いつか力尽きる前に、自分たちが全滅の憂き目にあいかねない。
「へ、こんな個人プレーの集団が、俺達に勝てるとでも思ったのかよ!!」
 一人の傭兵が挑発する。事実、アインはほとんど体力を消耗していないし、彼らも、ほとんど無駄なく挑んでくる相手をしとめている。既に乱戦になっているため、砲撃はほとんどない。戦況が劇的に変化する可能性は、退くそうである。


 ホールでは、静かに演奏が続いていた。開戦直後こそ、大砲の直撃などに怯え、騒然とした雰囲気が漂っていたが、今では、誰一人取り乱してはいない。
「・・・・・。」
 舞台の袖で、少女が見守っている。ホールの天井は、大砲によってぶち抜かれている。壁もそろそろなくなってきた。もうじき裸になるだろう。
「・・・・・。」
 だが、ピアニストは、黙々と演奏を続ける。静かに、だが情熱的に・・・。
「・・・・・。」
 観客は聞きつづける。静かに、熱心に。曲が途切れる。拍手が渦巻く。戦の御とに負けないほどの音量で。そして、次の演奏が始まる。


歌いましょう

大きな声で

力強く


 弾き語りが始まる。ピアニストの声は細く、戦の音に比べれば、あまりにも儚い。だが、掻き消されることなく、隅々まで響き渡る。


悲しみよりも喜びを

辛さよりも

楽しさを


 小さな、儚い声。だがそれは、確実に戦場に響き渡っていた。
「なんだ、この歌は?」

歌いましょう

「誰か・・・、この歌を止めろ・・・!」

いつまでも歌える

 謎の男が苦しみ出す。

難しくはない。

「ええい! 何をしている! 早く蹂躙せんか!!」
 指導者がわめいている間も、確実に歌は続いていたのだった。


上手じゃなくてもいいから

「これは・・・。」
「シーラの歌だね。」
 二人がうなずき会いながら手を止める。

心配せずに

 周囲の兵士たちも、突如聞えてきた歌に、戸惑っている。

ただ、歌いましょう



 体の各所から、血が吹き出している。左の肘がいかれたので、そろそろグレイブを振るうのも、限界に近付いて来ている。
(前にも、こう言うことがあったな。)
 だが、彼の周りに築かれた死体の山を見れば、彼の体の惨状も理解できるだろう。むしろ、敵からはまだ、一撃も受けていないことのほうが脅威だ。

ラララ ララララ ラララララ

 シーラの歌声が流れる。様子から言って、戦場のすみからすみへと届いているようだ。コンサートホールは酷い惨状で、舞台と客席意外は、すべて瓦礫といった有様だ。歌声をさえぎる物は、戦場の喧騒だけだ

歌いましょう

世界中の

声を合わせて

「あなたのために・・・。」
 誰かが、口ずさむ。

私のために

 歌姫の声が響く。演奏されているピアノに比べれば、確かに稚拙といっていいかもしれない。だが、それは確実に至上の歌声であった。
「歌いましょう・・・。」
 徐々に、声が集まる。既に、喧騒はやんでいた。

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