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「Powder Snow その1」 埴輪  (MAIL)
 アインは、ここ数日の日課となっているクラウド医院での診察を受けていた。
「アイン、具合はどうだ?」
「とりあえず、身動きは出来る。」
 あの後調べたところ、心臓の傷がまた開いており、両腕は関節が半ば砕けていた。しかも、どうやら化け物じみた回復力は今回はほとんど働いていないらしく、両腕はまだ、ほとんど使い物にならない。
「どうやら、今回は普通の人間の治療が必要そうだな。」
「ま、のんびり治すよ。」
 包帯を交換し、そのまま外に出て行くアイン。トーヤに言わせれば、歩いている時点でおかしい怪我なのだが、むしろそんな状態が何日も続いているほうに驚きを覚えてしまう。
「俺も、焼きが回ったのかもしれんな。」
 回復力が落ちていることに驚いている自分を、そう自嘲するトーヤ。
「さて、普通の患者の診察の準備をするか。」


「なんか、トーヤがひどいことを言ってるような気がするなぁ。」
 いまいち定まらない足取りで、ジョートショップへの帰路につくアイン。
(なんにせよ、そろそろヤバイかもしれないなぁ。)
 内心そんなことを考えていると、店の前に旅姿のシーラがいた。
「これから講演?」
「・・・うん。」
 表情がいまいちさえない。
「どうしたの?」
「やっぱり、わかってくれないのね。」
 寂しそうに笑う。この男が、自分自身のことを気遣うはずが無いのだ。
「え?」
「私がいない間、無理はしないでね。」
「あ、そう言うこと。大丈夫、無茶しようにも出来ないから。」
 その台詞を聞いて、ますます不安そうな顔をするシーラ。アレフあたりなら、こんな顔も綺麗だ、とか、君に不安そうな顔は似合わない、とか言いそうだが、アインにはそこまでの度胸も甲斐性も無い。
「悪いね、心配かけちゃって。帰ってくるまでには治るから。で、今回はどのくらい?」
「1週間とちょっと、かな?」
「近場なんだ。」
「・・・うん。」
 なにかあったら知らせてくれ、とパティやトリーシャには頼んである。だが、それでも距離の壁は厳しい。
「それじゃあ。」
 挨拶をして、シーラが立ち去る。
「恋する乙女は、盲目ね。」
 いつのまに来ていたのか、マリーネがポツリとつぶやく。
「そうだ、今日の仕事は?」
「無し。」
「へ?」
「もう、アレフさん達が全部分担して出ていったわ。」
 ちなみに、事前に手回しをしたのはマリーネである。彼女自身の学校は? という質問に対しては今日は午前中が休講である、という答えが返ってくる。
「やられた・・・。」
「これだもの・・・。」
 あきれたように肩をすくめるマリーネ。拾われた頃からは考えられないほど、いろんな表情を見せるようになった。今ではアインとも、まるで本当の兄妹のように振舞う。
「で、僕は?」
「とっとと布団には言って、体を休めること。」
 にべも無い。このときには、この後の騒ぎは、誰も予想だにしていなかった。本人を除いて・・・。


「・・・え〜っと?」
 アインは、見覚えの無い場所に自分がいることに気がついた。
「何が起こったんだ?」
 思い出そうとして、記憶の混乱に気がつく。その時点で、ある可能性に思い至る。
「・・・まずいな。」
 目の前から、幾何学的な仮面をつけた人物が歩いてくる。体格的にはアインと大差ない。どうやら、予想は当っていたようだ。
「わざわざ、内面世界に引きずり込んで、どう言うつもりだ?」
「汝の意思だ。」
「僕の、意思?」
 思わず怪訝な顔をしている。
「ここならば、汝の最も見たくない光景にあわずにすむ。」
「まいったな・・・。それじゃあ、まるで確定事項みたいじゃないか。」
「確定事項ではない。汝は我の欠片、事象は常に揺れ動いている。」
 思わず、穴があくほど目の前の相手を凝視してしまう。
「それなら、どう言うつもりだ?」
「ここならば、汝の最も見たくない光景にあわずにすむ。」
 どう質問したところで、堂堂巡りは避けられないようである。アインは質問を変える。
「ならば、目覚める方法は?」
「望めばよい。だが、まだ時は満ちてはおらぬ。」
「どう言うこと?」
「夢の具現が終るまでは、因果が確定している。」
 どうやら、避けなければいけない、最悪の事態にはいたっていないようだ。同時に、先ほどの言葉の意味もわかる。
「わかった。すまない。」
「我は汝に忠告をしたに過ぎぬ。この場に引きこもったのは、汝の判断だ。」
「それでも礼を言うよ、『王』。それから、父さん達によろしく。」
「我が伝えるまでもない。」
 謎の人物は唐突に立ち去る。アインは、目覚めるタイミングを計るために意識を集中した。


「あれ、雪だ・・・。」
 空を見上げて、マリアがつぶやく。朝から天気が悪く、また10月上旬とは思えないほどの寒さだったが、まさか雪が降るほどとは思わなかった。
「もしかして、魔力的なものかも・・・。」
 思わず、マリアを刺激するようなことを言ってしまうクリス。
「違う・・・。これは自然現象・・・。」
 マリーネが、クリスの言葉を否定する。彼女の紫色のひとみには、はっきりとそれが見える。
「それにしても、季節はずれだね。」
 トリーシャが珍しそうに言う。その間も粉雪がしとしと降り注いでくる。妙な静寂が漂う。
「・・・あれ?」
「どうしたんです?」
 シェリルがマリアに声をかける。マリアは答えずに一点を指差す。
「・・・ええ!?」
 そこには、大人になったマリアがたたずんでいた。服装はシックなドレス、いや、いっそ喪服と表現してもいいような代物である。
「違う、マリアじゃない。」
 大人のマリアとそっくりではあるが、決定的に違う点が1箇所だけあった。目の色が黒いのだ。翡翠を思わせるマリアの物とは違う。
「なんなんだろう・・・?」
 その間も、雪は降りつづける。女性は、じっと空を見詰めつづけていた。


「え? なにこれ・・・?」
 ローズレイクにまで配達に来ていたパティが、思わず呆然とつぶやく。墓地のほうに人影があったので、好奇心が働いて近くまで移動したのだ。
「アリサ・・・おばさん・・・?」
 そこには、墓標にすがり付いて泣き続けるアリサの姿があった。雪に吸い込まれたかのように、声は聞えない。
「大地の記憶が・・・。」
 カッセルのところに往診に来ていたヤスミンが呆然とつぶやく。
「大地の、記憶・・・?」
「ええ・・・。でも、なぜ・・・?」
 しばらくして、今度は別の光景が映し出される。若き日のトーヤが、花を手向けている。その顔には、なんの表情も浮かんではいない。ただ淡々と事実に向かい合っている。
「何を、している?」
 しばらく呆然としていると、後ろから声をかけられる。振り向くと、そこにはトーヤがいた。
「あ、ドクター。」
「もしかして、あれ・・・。」
「あまり、覗かれるのはいい気分はしないな。」
 多少顔をしかめて、それだけを言う。妹の事は、この街では比較的知られている。
「ヤスミン、戻るぞ。」
「え・・・?」
「急患がいる。手が足りん。」
 それだけ言って、トーヤはきびすを返した。
「寒・・・。」
 なんとなく寒気を感じて自分の体を確認するパティ。寒いはずである。体に少し、雪が積もっている。ずいぶん長い時間、幻を眺めていたらしい。
「かえろ・・・。」
 パティは、そそくさとその場を立ち去った。


「アインさん、ちゃんと大人しく寝てる?」
 控えめにノックして、マリーネが控えめにたずねる。だが、返事は無い。
「・・・アインさん?」
 もう一度、今度は強めにノックをしてみる。やはり返事は無い。
「寝てるのかな?」
 アインの気配を探っても無駄な事は分かっている。どうも、その手の技術が通用しない相手なのだ。邪眼の一つ、透視を行ってみる。
「・・・・・・?」
 本棚と机、それに箪笥とベッドくらいしかない比較的殺風景な部屋。いつもと同じだが、なにかがおかしい。少々躊躇して、中に踏みこむ。
「・・・アインさん!?」
 ベッドはもぬけの殻、机の上には紙切れが一枚。たたまれた寝巻きが、ぽつねんとベッドの上に取り残されている。
「・・・やられた・・・。」
 机の上の紙は書置きらしい。それを読んだマリーネは思わずそうつぶやく。布団に触れてみる。まだ温かい。どうやら、出ていったのは、それほど前のことではないらしい。マリーネは、即座に行動を起こした。

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