中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「BRAVE SOUL」 埴輪  (MAIL)
「まったく、無茶するから・・・。」
「先に・・・、無茶・・・、したのは・・・、アイン・・・、さん・・・、だよ・・・。」
「はいはい、無理して喋らないの。」
 フォスター家の二階では、怪我人に看病される病人、という形容しがたい光景が繰り広げられていた。
「まったくリカルドも、こう言うときぐらいは傍にいてやればいいのに。」
「いいの・・・。ボクが・・・、無理に・・・、追い出した・・・、から・・・。」
 息も絶え絶えだが、単なる風邪だ。さすがに、秋物の服で雪に埋まれば、体も冷えるし只ですまない風邪も引く。
「さすがに、今軟気功をするのは避けたほうがいいだろうしなぁ・・・。」
 既に1週間たち、反動のほうはほとんど収まっている。が、慣らしをせずに下手なことをすれば、また反動が来かねない。反動が起こるのは筋肉痛と同じ原理だが、制御が怪しくなる分たちが悪い。
「しかし、1週間たっても直らないなって、相当ヤバイ風邪みたいだなあ・・・。」
 トーヤから受け取った風邪薬と相性のいい栄養剤を調合しながら、アインがつぶやく。
「アイン・・・さん・・・、責任・・・取ってね・・・。」
「どうやって?」
「今度・・・、デート・・・、して・・・。」
 氷嚢を取り替えたアインの手を握って、トリーシャが返事に詰まるようなことを言う。そこへ、
「トリーシャ様、それ以上は抜け駆け行為になってしまいますわ。」
「ま、俺は別にかまわんがな。」
 クレアと十六夜が見舞いの品を持って入ってくる。
「しかし、違和感を感じる光景だな。」
「アイン様が包帯を巻いている姿自体が、ものすごく珍しい物ですから・・・。」
「えらい言われようだ。」
 肩をすくめて苦笑するアイン。
「さて、そろそろ夕食の準備だ。それとも、クレアは出前でも持ってきてくれたの?」
「あら、わかりました?」
「冗談だったのに。」
 虚をつかれた表情をしているアイン。
「さて、とっとと食うぞ。」
「そうですわね。」
 ちなみに、結婚式まで挙げたくせに、この二人は小学生レベルの進展しかしていなかったりする。
「で、いつアルベルトを説得するんだ?」
 食事に手をつけながら、アインが質問をとばす。
「・・・いきなり何を言うんだ、小学生以下。」
 思わずとげをこめてしまう十六夜。動きが止まるクレア。
「・・・だって気になるじゃないか。」
「・・・俺はいつお前に特定の女が出来るのかのほうが気になるが。」
 固まったままのクレアが、やっと解凍される。
「あの・・・、トリーシャ様に絶対に聞かせられないことを話さないでください・・・。」
 顔を真っ赤にして窘めるクレア。
「さて、今日は帰らせてもらうよ。さすがに店を何日も空けるわけにも行かないから。」
 いろんな意味で引き際だと考えたあいんは、後をクレアに任せることにする。
「後はお任せください。」
「頼んだよ。やっぱり女の子同士のほうが色々やりやすいだろうし。」


 外はまだ雪が降っている。降雪量はさほどでもないが、降っている期間が期間だ。玄関口程度までは積もっている。
「やれやれ、この雪は一体いつやむことやら。」
 体の表面に気の幕を張りながら、アインがつぶやく。細かい制御はかえって辛いが、リハビリをしておかないといつまでたっても元には戻らない。
 とおりに、小さな人影が見える。
「あれ、マリーネ?」
「アインさん、傘・・・。」
 どうやら、迎えに来てくれたようだ。
「ああ、ありがとう。」
 別になくても困らないが、あった方がありがたい。と、もう一つの人影を見かける。
「シーラ、今帰り?」
「うん・・・。」
 まだ包帯の取れないアインを見て顔を曇らせる。
「まだ、治らないの?」
「今日明日中には治るよ。峠は超えたし。」
「峠?」
 簡単に反動のことなどを説明する。説明を聞いて、ますます顔を曇らせる。
「ごめんなさい・・・。」
「どうして謝るの?」
 心底不思議そうにしているアインを見て、ますます胸が痛むシーラ。
「だって、アインくんが辛い目に会ったのは・・・。」
「僕が勝手にやったこと。なんでシーラが謝るんだ?」
「だって・・・。」
 マリーネは小さくため息をついた。
「ノブレス・オブリージュ、か・・・。」
 両方の思考がなんとなく分かってしまうマリーネであった。
「ま、いいか。とりあえず送っていくよ。」
 怪我人の台詞ではない。
「・・・うん。」


「向こうは雪、降ってた?」
「うん・・・。」
「そいつはヤバイなぁ・・・。」
 何が、とは聞き返さなかった。どうせ先ほどの話に関係があるのだろう。
「で、どうだった? っと、愚問だな、これは。」
 多少精神的に不安定になっていてもそれを表に出すほど、彼女は弱くない。
「あまりできはよくなかったけど。」
 足跡が点々と残り、雪が埋めていく。
「そう言えば、トリーシャさん、大丈夫なの?」
「まだ熱は下がってないけど、体力が持ちなおしてきてるから、後はクレアの手腕次第だね。」
 その後、沈黙が続く。黙々と歩く3人。不意に、雪がやむ。
「あれ?」
 空を見上げると、不自然な形に雲が晴れている。満月が地上を煌煌と照らしている。
「なに・・・?」
「お客さん・・・だね・・・。」
 やっぱり、戻ってくるのは早かったようだ。
「ファルコン・・・。」
 アインのつぶやきに呼応するように、細身の剣が現れる。
「二人を守ってくれ。」
 雪の上に剣を突き立てる。軽く跳躍し、近くの民家の屋根に立つ。
「アインさん・・・?」
「しばらく、大人しくしてて。」
 アインの言わんとすることを理解したマリーネは、飾り紐を剣にかえて構える。おとなしくはするが、無防備のままでいるつもりもない。
 なんとも形容しがたいモノが二つほど、虚空から現れる。悪魔、魔族など、古今東西、さまざまに呼ばれている存在。生物を超えた生命体。アインを無視して、二人に襲いかかった。


「どこの馬鹿だ?」
「馬鹿とは失礼だな。」
 闇からにじみ出るように現れる悪魔。気配からして、なかなかに高レベルのようだ。珍しく、人形を取っている。
「いや、有能な部下をドブに捨てた馬鹿の事を聞きたいんだけど?」
 チラッと、月のほうにも視線を向け、アインが言う。
「下手な隠行なんぞ解いて、旦那も出てきたらどうだい?」
 悪魔も言う。
「なるほど、承知の上か。」
 純白の翼を生やして、その人物が言う。頭には輪が浮かんでいる。
「天使と悪魔が手を組んでわざわざお出ましか。」
「主の命により、貴様を排除せねばならん。」
「まったく、あの馬鹿上司も厄介な役目を押し付けてくれたもんだ。」
 ぼやきに近い台詞の影から、本気の思念がかいま見える。
「微妙に利害が食い違っていると、大変そうだね。」
「どう言う意味だ?」
「天使どのはシーラをしきりに気にしている。どうやら、彼女の天使の楽曲は咽から手が出るほど欲しいらしい。」
 苦笑しながら言うアイン。
「で、悪魔殿のほうは是非ともシーラを抹殺したい。二人の利害の一致は、僕とマリーネの抹殺までだ。」
「俺としては、別に抹殺できなくてもかまないが、上司にとっては致命的らしいんだ。」
「どちらも、僕が必ず敵対すると考えているらしい。馬鹿な話だ。」
「まったく、やぶへびもいいところだとは思うんだが。」
 どうやら、悪魔のほうは話がわかるらしい。だが、必ずしも友好的な雰囲気にはならない。
「なんにせよ、危険分子は排除せねばならない。」
 天使がなかなかに身勝手なことを言い出す。
「あっそう。じゃ、街をクレータにでもされたら困るから、とっとと蹴りをつけよう。」
 物騒なことを言う。最も、この程度に高位ならば、街どころか、大陸を焦土に変えることも出来る。そう言った行動に出ないのは、必要がないからだ。
「ほう、その状態で我々に勝つ気か?」
「得意技は、ほとんど使えねえんだろ?」
 その問いに答えず、相手を見つめる。月が雲に隠れ、雪がちらつきはじめる。


「いくぞ・・・。」
 悪魔の片割れが低く声を発する。地獄の底から涌き出るような、おどろおどろしい声だ。全身に鳥肌を立てながら、マリーネは精神剣を構える。
「無駄なことを・・・。」
 中級以上の悪魔にとって、彼女の剣は子供の拳ほどの脅威もない。むしろ、まだ発展途上のその力のほうが脅威である。
「あなたたち相手に、張り合うつもりはないわ・・・。」
「では、無駄な抵抗はよすのだな。」
 強烈な、それだけで人を殺せるほどの悪意が彼女を襲った、はずであった。だが、思念波は何者かによって掻き消される。
「こしゃくな小娘だ。だが、その貧弱な体ではな。」
 マリーネの最大の弱点である、子供ゆえの体力の限界、それは本人も自覚している。それゆえに扱いに体力を必要としない武器を、アインからもらったのだが・・・。
 悪魔が飛びかかってくる。魔法的、あるいは精神的な攻撃が通用しないなら、ということらしい。的確な判断である。シーラは既に、悪魔の気に飲まれて硬直している。もし動けたとしても、物理攻撃が主体のシーラは、この際員数外である。
 視界の隅で、なにかが動いた。だが、誰もそちらに意識を向ける事はなかった。そして、それが悪魔に取って命取りになった。
「私を忘れて、勝手なことをほざいてもらっては困る。」
 半透明の影が、地面に突き立てられていた筈の剣をふるい、悪魔を一撃でほふったのだ。
「なに?」
「甘いな・・・。」
 更に一閃し、もう一匹も切り捨てる。あっさり、すべては終ったのであった。


 アインは、静かな表情で天使と悪魔を見ている。その表情はにらむと言うよりは見つめるといったほうが正しい。
「どうした? とっとと蹴りをつけるんじゃないのか?」
「ならば、こちらから行かせてもらうぞ。」
 アインは答えない。ただ、相手を見つめつづけるだけだ。
「では、行くぞ。」
 審判、と呼ばれる天使特有の攻撃を放つ大天使。悪魔が黒の波動を放つ。着弾。だが、二人とも警戒は解かない。予想通り、光が収まった後には、無傷のアインがたたずんでいた。
「なるほど、やはりかなり強いな・・・。」
 町をクレーターにする覚悟も必要かもしれない、そう考える大天使。行動を起こす前にアインが口を開く。
「今、手加減する余裕は多分ない。降伏、してくれないか?」
「なんだって?」
「このまま二人を消滅させるのはもったいない。そっちも、こんな仕事で消されるのは不本意だろう?」
 いきなりのアインの申し出に、戸惑いの表情を浮かべる二人。確かに、怪我人を襲って返り討ちにあうのは不本意だ。
「何をたわけたことを。」
 あきれて大天使が言う。どうやら、今言っても無駄と悟ったアインは、正体不明の宝玉をいくつも宙に浮かべる。
「なんだ・・・?」
 思わず呆然とする悪魔。身の危険を感じ、反射的に攻撃に移る天使。一瞬はやく宝玉がアインの手に集まり、一本の剣に変化する。
「勝負、あったな・・・。」
 傍で様子を見ていた悪魔がつぶやく。二人は、はっきりと勝者と敗者に分かれていた。
「さて、もう一度聞くよ。」
「降参。」
 皆まで言う前に、とっとと降参を申し出る悪魔。元々乗り気でない仕事だ。すっぽかしたところで心が痛むこともない。
「そっちは?」
「く・・・。」
 勝敗は決している。この状況で悪あがきするのは彼の美学に反する。だが、素直に降参するのもプライドが許さない。
「殺せ!!」
「いやだね、そんなもったいないこと。」
 アインの台詞に、思わず呆然とする天使。アインは、二人に向けて、剣を一振りする。
「何を、した・・・?」
 自分の体の変化を感じ取り、天使がうめくように聞く。
「僕たちに、二度と危害を加えないように刻印を刻み込んだ。後は好きなようにすればいい。」
「といって、おめおめ帰ることが出来るというのか!?」
「天使の旦那に賛成だ。ここで滅ぼされるも、帰って粛清されるも同じことだぜ。」
「なら、うちに来ればいい。労働力が増えるのは大歓迎だ。」
 思わず顔を見合わせる二人。
「ちなみに、3食付けてもいい。」
 今、ジョートショップの経理・経営はほとんどアインが担当している。決定権はアリサが持っているが、基本的に3秒で承諾する人なので今回は障害にはならない。
「なかなかいい条件だな。」
「問題は、我々にとっては、人間の食事はあまり意味がないことだが・・・。」
 ここでも降参の意を示す二人。
「じゃあ、決まりだ。二人とも、名前は?」
 アインが今思い出したと言うように質問する。
「私はヴァルティエル、こう見えても第2位だ。」
「俺はカンティス。ま、見てのとおりのしけた悪魔だ。こっちの旦那とはあまり釣り合いが取れてねぇが、勘弁してくれ。」
「よくもまぁ、ぬけぬけと言える物だな・・・。」
 ヴァルティエルがあきれて言う。多分、勝負をすればよくて相打ちといったところであろう。
「ヴァルティエルっていちいち言うのは面倒だな・・・。ヴァルティでいいかな?」
「お前が主だ。好きにすればいい。」


「そっちも終ったみたいだね。」
「ああ。マスター、感謝する。」
 実体を持たない男が、頭を下げる。
「感謝しているのはこっち。君のおかげで、安心して行動できたからね。」
「また、御身にふるってもらえる日を、楽しみに待っている。」
 そう言って、男の姿が消え、後には一振りの剣が残される。
「その剣は・・・?」
 おずおずと尋ねるシーラ。剣を拾い上げたアインは、簡単に答える。
「聖魔剣ファルコン。古代の英雄の魂が宿った剣だ。」
「イドゥンとネフティスが一撃か・・・。なかなか洒落にならん剣だな。」
 感心するカンティス。肩をすくめるアイン。
「英雄の名は?」
 ヴァルティが聞く。アインは苦笑する。
「知らない。本人が言わないのに僕が知るはずがないよ。」
「そうか・・・。」
 天使と悪魔の姿を見て、シーラとマリーネが硬直する。とても、アインたちのほうに注意を払う余裕はなかったので、顛末が理解できないのである。
「あ、今日からうちに住むことになったから。明日、正式に紹介するよ。」

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