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「ベルファール交響曲 その2」 埴輪  (MAIL)
「アイン、ああ言う事は早く言ってよ・・・。」
 パティににらまれ、肩をすくめるアイン。
「僕だって、いきなり陛下と会食する羽目になるとは思わなかったよ。」
「しかも、無茶苦茶心臓に悪い言葉遣いだし。」
 マリーネが横から突っ込む。
「昔っからああだったんだよ。大体、公式の場以外であんな薄ら寒い口調で話したくない。」
「・・・よかったわね、陛下が心の広い方で。」
「でなきゃ一時とはいえ戻ってくるもんか。」
 控え室の前に来たあたりで、アインが言う。
「もうしばらく、控え室にいてくれない?」
「どうして?」
「陛下が、今日の夜会の服をプレゼントしたいんだってさ。で、御針子さん達が来るから。」
「そんなに早くできる物なの?」
 パティが目を丸くする。
「うん。宮廷に出入りする人達だったら、採寸から本縫いまでかなり早いよ。その代わり、今日言って今日仕上げだから、あまり凝ったものは出来ないらしいけど。」
「そんな凝ったものなんていらない・・・。」
 ひきつり気味にパティ。
「じゃ、僕は部屋に戻って着替えてくる。」
「へや?」
「僕の分は、あるらしい。」
「ま、公爵様だから。」
 マリーネの台詞に苦笑を返す。
「で、なんで着替えるの?」
「答えは簡単。こんな格好じゃ買出しに行けない。」
「確かに・・・。」


「御疲れ様です・・・。」
 部屋に戻ると、見知らぬ若い娘に声をかけられた。
「ありがとう・・・って君は?」
「本日付けで、公爵のお世話をさせていただくことになりました、アリアと申します。」
 銀色の髪が鮮やかで印象的な美人だ。が、元々外見で心を動かされるようなら、シーラの苦労は違う種類になっているであろう。美人だ、とは思ったようだが、どうやらそこで異性としての興味は尽きているらしい。
「必要ないから、好きなことをしてくれてていいよ。」
「そう言うわけには参りません。」
「じゃ、控え室にいる面子の採寸やらなんやらを手伝ってきて。」
「ご命令とあらば参りますが・・・。」
 その台詞を言い終えることが出来なかった。アインが服を脱ごうとしたからだ。
「ご主人様!!」
「なに? これから着替えるからさっさと・・・。」
「ご自分で着替えるなどとんでもございません! 第一、なぜ着替える必要があるのですか!?」
「この格好じゃ買出しに行けない。」
 まじめな顔で斬り返すアイン。思わず額を押さえるアリア。
「買い物なら、城の物に申し付けられればよろしいではないですか・・・。」
「そう言うわけにも行かない。自分の目で見て選ぶ必要があるんだ。」
 ついため息をついてしまうアリア。英雄だなんだと聞いていたが、これではまったくの庶民ではないか。
「ま、僕は庶民だからね。正装をしたまま外をうろつきまわる習慣がない。」
「その服は確かに正装ですが、普段着に近い物ですよ?」
 考えが見透かされたのかとどきりとしながら、それでも食い下がってみる。
「どうしてもご自分で買い物をなさると言うのなら、そのままで行かれることをお勧め致します。」
「こんな目立つ格好で?」
「御忍びで行く必要があるのならともかく、そうでないのならば常に身分を示しておく必要があります。」
「とくに僕はほとんどここにはいなかったから、一部の人間にしか顔を知られてない、とか?」
 思わずうなずいてしまうアリア。
「じゃ、せめてこの紋章と勲章ははずしておこう。でないといくらなんでも目立ちすぎる。後は剣だけど・・・。」
「当然、帯剣しておいて下さい。騎士たるもの、平時でも剣を帯びるのは当然の身嗜みです。」
「はいはい。じゃあ・・・。」
 荷物から適当に一本用意しようとしたのだが、また制止が入る。
「折角陛下が下賜なされたのです。その剣をお持ちになられてはどうですか?」
「やれやれ、注文が多いな。」
 そうぼやきながら、洗練されたデザインの細身の剣を腰に帯びる。重量から言って、十分に実用に耐える物ではあろう。
「じゃあ行くか。で、ついてくる?」
「・・・お供させていただきます。」
 この男を一人にしておくと、何をしでかすかわからない。そう言った危惧から職務に忠実そうな娘は答える。苦笑しながらアインはうなずいた。


「さて、大体の買い物は済んだし、一服したら戻るか。」
 手ぶらのアインが二人の同行者に声をかける。ちなみに、アインの荷物はすべて、アリアが持っている。
「アインさん、いいの・・・?」
「どうせ使う予定のない公爵家の金だ。それにドレスを作ってもらったんだったらアクセサリも必要だしね。」
 買い物に同行して来たマリーネが、おずおずとアインを見上げる。彼女だけは採寸と仮縫いが早く終ったのだ。
「あの、これほど高価な物をいただくわけには・・・。」
「今回だけだから問題ない。どうしてもって言うんだったら、それに見合った働きをすればいい。」
 そう、アインは二人にアクセサリーを送っていたのだ。最も、高価だなんだといっても庶民感覚が支配している領域だ。贅沢と呼ぶほどのものでもない。
「でもアインさん・・・。」
「ん?」
「私はまだいいけど、アリアさんに贈り物するの、ちょっとまずくない?」
「どうして?」
 言い辛そうにマリーネが言う。
「だって、パティさん達が、絶対むくれると思うの。」
「大丈夫。みんなの分、かってあるから。」
「本当に大丈夫なの?」
 マリーネの心配に対して、苦笑しながら答えを返す。
「どうやら、クリシード公爵家っていうのは、相当な御金持ちのようだ。この程度じゃ、びくともしないらしい。」
「本当に?」
「何せ、公爵家といっても僕一人だし、代官の人は勝手に自分の給料限定しちゃってるし、維持しなきゃ行けない屋敷類もほとんどない。更には当主が不在だから催しの類による出費もない。」
 ちなみに、クリシード公爵領の税は、他の貴族の領地に比べてもかなり税金が安いらしい。ティグスの入れ知恵が働いているようだ。
「それならいいけど・・・。」
 どちらかというと、年間にジョートショップの売上の何百倍の蓄えが出来るような領地を自分に与えていいのか、ということのほうがアインにとっては疑問である。
「さて、どこにしようか・・・と?」
 カフェのたぐいを探していると、不穏な光景が目に飛び込んでくる。
「なんだ、ありゃ?」
「さあ?」
「・・・どうやら、あまり性質のよくない輩が女性を困らせているようですね。」
「ふ〜ん・・・。」
 とりあえず、どうやって黙らせようかと考えていると、後ろから押される。少しバランスを崩して数歩前に出る。まだ連中の射程圏外で、誰もアインの動きには気がついていない。
「・・・・・・。」
 憮然として後ろを振り向くと、マリーネとアリアが目で訴えている。思わずため息をついて、そのまま連中の間に割って入る。
「そのくらいにしておいたらどう?」
「なんだテメェは?」
「さあ、なんなんだろう?」
 真剣に考えこむアイン。なぜ自分はこんな所でこんな格好でこんな連中を相手にしなければならないのだろう?
「どこの騎士様かはしらねぇが、カッコ付けてぇんだったら他をあたりな!」
「別に、カッコつけたくてここに立ってるんじゃないんだけど・・・。」
 といいながら、さりげなく相手の力量を測る。とりあえず、お頭らしい相手は、並の騎士よりは強そうだ。左右のごろつきも、珍しく実戦的なレベルの力量を有している。
「で、退いてくれない? 今ならお互い、痛い目は見なくてすむ。」
「じゃかましい!! てめぇがいね!!」
 先ほどから交渉の主導権を持っていた男が腰の小剣を抜く。仕方がないのでとりあえず自分ももらったばかりの剣を抜くことにする。
「止めといたほうがいいと思うけど・・・。」
 この期に及んでまだ、そんなことを言うアイン。それを挑発と取った男が大きく剣を振りかぶる。マリーネの目には、十分鋭い一撃に見えたことだろう。
(遅いなぁ・・・。)
 だが、アインの目にはスローモーションを通り越して、止まって見える。とりあえず、剣になれるために軽く相手の小剣に上から打ちつける。変な位置にベクトルが加わったため、剣の角度が変わりそうになる。が、さすがにそれで武器を落としてくれるほど、相手は甘くなかったようだ
(ま、当然か。)
 仕方がないので、そのまま連続して絡みつけるように剣を振るい、下から跳ね上げる。上からの衝撃に対して備えていたため、下からの衝撃に耐えきれず、あっさり小剣を弾き飛ばされる。
「なに!?」
 ちなみに、ここまでの動きは瞬き一つに満たない間のものである。その場にいた人間の誰の目にも、アインの動きは止まっていまい。そのまま、連続した動きで左右のごろつきの剣も弾き飛ばす。
「弱い・・・。」
 思わずつぶやくアイン。ヤンやクラウスでも、もっとましだ。
「ば、ばけもの!!」
 逃げようとしたごろつき達は、異変に気がつく。
「やっと気がついた?」
 そう、アインがいつのまにか、彼らの靴を縫いとめていたのだ。それも、彼ら自信の剣で。
「・・・桁違いですね。」
「アインさんだもん。」
 思わず返答に困ることをアリアに言うマリーネ。しかし、こんなふうにまともにごろつきを始末したアインなど、かなり珍しい。
「どう言う心境の変化なんだろう?」
「何がですか?」
「なんか、正攻法で相手を撃退してたから。」
 そんなことを言っているマリーネ達を無視して、さあどうしようかと考えこむアイン。ノリとなりゆきでごろつきの動きを止めたのはいいが、どう始末するかまでは考えていなかったのだ。
「あの・・・。」
「ん?」
 少女が声をかけてくる。なかなかの美少女だろうが、外見的に、シーラやアリアには劣る。多分、同じぐらいの年齢ならマリーネのほうが上になるだろう。
「ありがとうございます・・・。」
「別に、大した事はしてないよ。」
 肩をすくめるアイン。ザコを蹴散らしたところで、偉くも何ともない。
「あの、何かお礼を・・・。」
 と少女が言いかけたとき、
「ジョシュア・ベルモンド参上!!」
 妙な口上と共に、アインと同じ騎士の服を着た男が現れる。顔立ちは悪くない。が、なんというか気障くさい、人を見下したような態度の男である。
「貴様ら何をしている!?」
「本当に、何をしてるんだろう?」
 ぼやくアインを無視して少女のほうに向き直る。
「おお、ティティス! 大丈夫か!?」
「ええ。この方が助けてくださったの・・・。」
 どうやらティティスというらしいこの少女、あまり嬉しくなさそうにジョシュアと名乗った男の対応をする。
「それじゃあ、こいつらの事はまかせるよ。」
 ジョシュアにそれだけ言って立ち去ろうとするアイン。
「あ、あの!!」
「なに?」
「何かお礼を・・・。」
「いいって。別にザコを蹴散らした程度で威張る気もないし。」
 きっぱり背を向けて、マリーネ達のほうに歩き出す。が、今度はジョシュアに呼びとめられる。
「待て! 貴様、なぜその剣を持ってる!?」
「ティグスに聞いてくれ。僕は別にほしいといったわけじゃない。」
 その台詞を聞いて、顔を真っ赤にする。
「貴様、それは我々を侮辱するつもりか!?」
「侮辱する気はない。単に価値の基準が違うだけだ。ま、縁があったらまたあうこともあるだろう。」
 そのまま、二人を連れて立ち去ってゆく。後には、苦々しい顔をしたジョシュアと、顔を真っ赤に染めてうっとりとアイン達を見送るティティスが残されたのであった。

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