「ベルファール交響曲 その3」
埴輪
(MAIL)
ベルファールに来たその日に、早速舞踏会は開かれていた。
「なんで、王族ってのはこう、パーティだなんだってのが好きなんだろう?」
「私に聞かないでくれ。」
豪華絢爛なパーティ会場はパティやトリーシャにとっては別世界であろう。だが、アインもティグスもなれることこそ無いが、何度も参加させられている。驚く気にもなれない。
「しかし、主役が壁の花を気取っていて、いいのか?」
「面倒くさい。」
肩をすくめて答える。美貌の公爵と美丈夫の騎士がそろって壁の花を気取っているのだ。非常に目立つ。
「僕なんかと踊っても、楽しくも何とも無いのに。」
「少なくとも、姫様はそうは思っておられなかったようだぞ。」
アインは、パーティのはじめのほうでファーナと踊ったっきり、周囲の人間の観察だけをしている。
「やっぱり目立つなぁ・・・。」
アインが視線を向けたのは、エンフィールドから来た男性陣である。特に、十六夜、アルベルト、ルー、アレフの4人は目立つ。体格、容姿共に十分過ぎるほど高水準だからだ。
「まあ、お前ほどではあるまい。」
ティグスの言葉に、何でという視線を返す。4人それぞれ見事に言い寄ってくる相手の対応が違うのが面白い。
「意外とパティ達もなじんでるね。」
特に話題を呼んだのはシーラだが、パティ達も十分過ぎるほどもてているようだ。好感度の高い相手とはちゃんと踊っているあたり、見る目は厳しい。他の人間よりなれているせいか、マリアなどは貫禄すら感じる。
「あっちは変わらないな。」
由羅にまとわりつかれて困惑しているクリスとリオ。騒ぎが大きくなりそうになるたびにクレアやマリーネに物理的に黙らされそうになる。そのクレアはというと、結構断るのが大変そうである。メロディ初はしゃぎつかれて、隅のほうで休憩している。
「まったく、こういうときぐらいは大人しくしてたらいいのに。」
苦笑しながらティグスに答えるアイン。更に視線を泳がせると、どこぞの壮年の騎士と話し込むリカルドが目に入る。やはり、武人同士気が合うのだろう。
「あらら・・・。」
いつのまにか、シーラが男どもに囲まれて、にっちもさっちもいかなくなっている。いい加減公式の場に出ることも多くなったというのに、いまだに押しの弱いところが治らないようだ。
「いい加減なれたらいいのに・・・。」
思わずつぶやきながら観察する。顔を真っ赤にしながら必死に断ろうとしているが、相手の押しの強さにたじたじになっている。
「そろそろ潮時か・・・。」
とりあえず、シーラを助けに行くことにする。巧妙な動きでシーラのもとに近付くと、思わず背筋がかゆくなりそうなのを懸命にこらえながら、精一杯この場に合わせた口調で声をかける。
「お嬢様、私と一曲、踊っていただけないでしょうか?」
アインの姿を見たシーラは、ぱっと顔を輝かせて答える。
「ええ、喜んで。」
「いい加減なれたら?」
「うん・・・、でも・・・。」
踊りながらのアインの言葉に、顔を真っ赤にしたまま口篭もるシーラ。傍目には優雅に踊っているカップルに写ることであろう。
「どうしたの? 顔が赤いけど・・・。」
踊り始めたときからシーラの顔が赤い。最も、アインがそれ以上先に気がつくわけが無いのだが。
「な、なんでも無いの・・・。」
ちょっとボーっとした表情のまま、否定するシーラ。ここまで来ると、見事過ぎて突っ込む気も起こらない。やがて、曲が終る。
「ありがとう・・・。」
「困ったら僕を頼ってくれればいいから。」
その言葉に小さくうなずくシーラ。そのままアインはその場を離れる。どうやら、自分から誰も誘わなかった彼がシーラを誘ったことに対して騒ぎが起こっているが、そんな事は気にしない。そのまま廊下に出る。
「ふう、やっぱりああ言うのは性にあわない。」
廊下のテラスで空を見上げてつぶやく。肩がこることこの上ない。
「いい月ですね。」
突然声をかけられる。だが、アインは既に気配に気がついていたので驚いた様子も無く振り向く。
「あなたも避難なさってきたのですか?」
そこには、気品たっぷりの少年が立っていた。10歳代中盤だろうか? 文句なしに美少年といっていいだろう。きっちり整えられた金髪に、月を連想させる銀色の瞳。
「うん。やっぱりこう言うのは柄じゃない。」
満月の光を受けながら、青い髪の青年は苦笑気味に答える。美しく整えられた庭が月明かりに浮かび上がっている。澄んだ青い瞳は、まっすぐに少年を見詰める。
「あなたも、そうなんですか?」
「うん。仲間相手にあんなまだるっこしい、気障くさい言葉遣いで声をかけるのは面倒くさくてしょうがない。こんな長時間はとてもやっていられない。」
ぼろくそである。そもそも、相手が王族かもしれないとか、いまは舞踏会だから一応は体裁を整える必要がある、とかそう言った事は一切気にしていない。
「手厳しいですね。」
「大体、別に尊敬してない相手に敬語を使う気にはなれない。」
アインの言葉を聞いて目を丸くする少年。それを見てまた苦笑を浮かべる青年。どうやら、こう言うことを言われるのは初めてらしい。
「そう言えば、お互い名乗ってなかったね。僕はアイン・クリシード。」
「やはり、あなたがベルファールの鉄壁でしたか。私はフォルテリュート・ウィル・ガレイスディーンです。」
「フォルテでいいかな?」
その言葉に、嬉しそうにうなずくフォルテ。そのまま隣に並ぶ。
「いい眺めだ・・・。」
「どこかで、月の女神が水浴びでもしているのかもしれませんね。」
この地方に伝わる言い伝えをつぶやくフォルテ。
「月の女神はともかく、色とりどりの女神様は向こうにいるよ。」
「確かに。でも、あまりあそこにいる女神様方は私を気にいては下さらないみたいですが。」
表面上は特に表情を変えずに少年がつぶやく。その様子をなんとなく眺めていたアインは、そのまま普段通りの表情で声をかける。
「なんの用だい?」
「・・・・・・。」
その人物は一言も声を発しない。音も無くフォルテの傍に近寄ると、いきなりナイフをつきたてようとする。
「こんな日ぐらいは、大人しくしてたらどうだい?」
相手の細く華奢な腕をつかんでアインが言う。暗殺者は細腕からは想像も出来ないほどの力で振りほどこうとする。
「まったく、大人しくしてたらどうだい、アリア。」
ナイフをあっさり奪い取って握り潰しながらアインが言う。それを見て観念するアリア。
「それから、そろそろ出てきたら? シーラ、マリーネ。」
その台詞を聞いて、顔を真っ赤にした二人が出てくる。どうやら、手持ち無沙汰になったマリーネが、あの後再び囲まれたシーラをつれて出てきたらしい。
「ちょっと、出てくるタイミングを逃しちゃった・・・。」
テレながらマリーネが言う。苦笑するアイン。そこへ
「ジョシュア・ベルモンド参上!!」
昼間の騎士が現れる。礼服を着ているので、参加者だったようだ。
「曲者ども! 覚悟しろ!!」
そう言って、いきなり儀礼用の短刀を抜く。仕方がないのでアインは副の隠しに手を入れ、何かを取り出す。甲高い音と同時にナイフが宙を舞う。
「こう言う場で、問答無用で武器を抜くんじゃないの。」
平然とアインが言う。ナイフの近くには小石が落ちている。どうやらはなから用意していたらしい。
「ベルモンド家って言うのは、偉いんだっけ?」
となりの少年に質問する。その間もアリアの腕はつかんだままである。
「確か、伯爵家だったような・・・。」
アリアが補足する。
「そうなんだ。」
それなりに偉いらしい。それを侮辱と受け取ったらしい。顔を赤くしてヒートアップするジョシュア。
「貴様! 一体何様のつもりだ!?」
「さあ? どうやら爵位と領地はあるらしいけど、一回も見たことが無いからよく分からない。」
「公爵、あまり人をからかうのはよくありませんよ。」
苦笑しながらフォルテが窘める。
「こ、公爵だと!?」
「らしいね。本気でどうかしてるよ。」
「公爵という爵位についてはともかく、あなたの功績を考えるとこの扱いも問題ないと思いますよ、クリシード公。」
「アインでいいよ。」
身分で判断されるのは心外だ、といわんばかりのアイン。小さくうなずくフォルテ。
「あ、アイン・・・!?」
驚愕し、動きが止まるジョシュア。だが、すぐに立ち直りアインに言う。
「では公爵! その曲者をお引き渡しください!!」
「いや。」
のほほんと答えるアイン。それには、ジョシュアのみならずフォルテも驚く。
「どうしてですか?」
「折角のパーティだ。死人は出したくない。それにこの子は僕の侍女らしい。なら僕がどう扱っても問題ないはずだ。」
「公爵!!」
どうやら納得が行かないらしい。噛みつかんばかりのジョシュア。
「くどい!」
毅然とした態度でアインが突っぱねる。月明かりを受けたその姿はふだんからは想像もつかないほど凛々しい。
「それとも他国の王子がパーティで刺客に狙われたとでも公表するのか!?」
静かなその言葉にビクッとするフォルテとジョシュア。ジョシュアのほうは、どうやらそこまで頭が回らなかったようだ。そしてフォルテはというと、
「知っておられたのですか?」
驚愕の表情で質問する。
「名前を聞けば想像もつく。」
先ほどまでのどこかとぼけた雰囲気にもどってアインが言う。
「さてと、とりあえず後で話を聞かせてもらうよ。自殺および逃亡は無駄だから。とっくにそこらへんの制約はかけてある。」
美しい月が、煌煌とその場を照らしていた。