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「ベルファール交響曲 その4」 埴輪  (MAIL)
 目が覚めて、パティは思わず戸惑いの声を上げてしまった。
「あれ? えっとここは・・・。」
 徐々に昨夜の記憶がはっきりしてくる。たしか、ここはクリシード公爵邸である。館があるらしい、というアインの言葉に好奇心をくすぐられた彼女達は、パーティが終った後、こちらに引き上げてきたのだ。
「とりあえず、顔でも洗ってこよ・・・。」
 おいてあった服に手をかけ、のそのそと着替え始める。昨日飲んだ酒が、まだ多少残っている。五分ほどかけて着替えを終え、脱いだ服をたたむ。扉がノックされる。
「は〜い。」
 着替えは終っているので、開けても問題はない。
「おはようございます。」
「あ、おはよう。」
 扉をノックしたのは、銀髪の侍女である。昨日、何かの騒ぎを起こしていたらしいが、詳しくは知らない。
「朝食の用意が整っております。」
「ありがとう、すぐ行くわ。」
 どうも調子が狂う、などと考えながらタオルと歯ブラシを持って洗面所に向かう。中庭から甲高い音が聞える。どうやら誰かが稽古をしているようだ。
「昨日の今日だって言うのに、元気ね〜。」
 まだボーっとする頭を振って、そんなことをつぶやく。洗面所には先客がいた。クレアだ。
「おはようございます、パティ様。」
「おはよう、クレア。」
 どうやら、女性陣のほとんどがまだ、夢の中のようだ。先ほどの音の数から言って男性陣はほぼ全員起きているようである。
「そう言えば、いつ目が覚めたの?」
「先ほどですわ。ピアノの音が聞えて・・・。」
「シーラも熱心よね・・・。」
 思わずあきれてしまう。折角の休暇なのだから、たまにはピアノのことを忘れたらいいのに、などと思う。
「まあ、シーラ様ですから。」
 クレアの台詞を聞いて、思わず納得。良くも悪くも、それがシーラだ。


「おはよう、ってこれだけか・・・。」
 アインがあきれ気味につぶやく。来たときの男女比は女性に傾いているのだが、この場の男女比は男性に傾いている。
「ま、半分以上集まってるだけましじゃねぇの?」
 アレフが口を挟む。
「折角の料理が冷めちゃうのに・・・。」
 アインがちょっと勿体無さそうに言う。思わず苦笑するシーラとマリーネ。作った人間の正体を知っているが、この場でそれを言うわけにも行かない、という表情だ。
「で、本当に大丈夫なの?」
 イヴが淡々とした口調で聞いてくる。アインはあっさりうなずく。
「この状況で毒を盛るほど無謀じゃないよ。そもそも、毒を盛られた程度じゃ、僕はびくともしないし。」
「相変わらず、人間やめてるな・・・。」
「父さんに言ってよ。」
 苦笑を返すアイン。そうこうしている内に、山ほどの料理が運ばれてくる。とは言っても、人数から考えれば妥当な量であろう。
「それじゃあ、いただきます。」
「いただきます。」
 料理を口に運ぶ。どうやら、毒は盛られていないらしい。チラッとマリーネが考えていると、
「だから大丈夫だって。無味無臭の毒だろうがなんだろうが、見れば分かるから。」
「どうやって見分けてるの?」
「見た目にいやな感じがすれば、それは命にかかわる物だ。この感覚は記憶喪失の頃からで、一回も外れたことが無い。」
 ならば安心、とばかりに全員がいつもの調子で食べ始める。はなから上品なクレア、シーラ、イヴ、中間ぐらいのアレフ、パティ、マリーネ、とても上品とは言いがたいアルベルトなど、さまざまなバリエーションがある。
「失礼します。面会希望の方が何人かおられますが・・・。」
 給仕を追えたアリアが、食事中のアインに声をかける。
「ちょっと見せて。」
 食事の手を止めてアインが言う。彼については、仕事などはないに等しい。これが普通の公爵様だったら、やらねばならないことが山ほどあるところなのだが・・・。
「うーん、全部パス、って言いたいところだけど・・・。」
「ある程度絞り込んで会うべきでしょうね。」
 妥当なことを言うアリア。その取捨選択が面倒なのだが・・・。
「大半が昔の英雄に取り入ろうって腹で、残りの内半分が英雄気取りの田舎ものをからかいたいって口だろう。」
 といいながら、一気に4分の3を線で消す。残りの4分の1について思案する。
「厳しいのはこの内2人。下手に断れないし、かといって会っても面白い事は無いだろうし。」
 残り4分の1は、彼がどう言う人物かの見極めである。その頃の彼は、英雄というイメージが先行しすぎて、実態はほとんど闇の中だったのだ。更には、リストの中の人間は、ほとんどがその頃は地方で領主をやっていた口だ。アインと面識があるはずがない。
「しかしオラシオン公とウェリド伯爵がなんで今ごろ・・・。」


「ふう、疲れた・・・。」
「御疲れ様。」
 シーラが紅茶を入れてくれる。たぬきっぷりは堂に入っているが、悪意をぶつけられつづけて喜べるほど彼の脳みそはおめでたくない。
「あのおっさん、偉く悔しそうな顔してたけど・・・。」
 どこぞの貴族が悔しそうな顔をして出ていったのを見ていたアレフが、アインにそう聞く。
「知らない。適当にからかってたら向こうから話を打ちきってきた。」
「貴族相手に適当にからかえるところが怖いと思うんだけど・・・。」
 シーラが思わずつぶやく。正論なので、苦笑してすませるアイン。
「ご主人様、お客様です。」
「誰?」
「ベルナルド侯爵です。フォルテリュート殿下もご一緒です。」
「分かった。通して。」
「かしこまりました。」
 一礼して退出するアリア。ちなみに、所謂召使と呼べる人間はアリア一人だ。それでなんとかなっているのはひとえに主人も客も手がかからない人間だからだ。
「久しぶりですな、アインどの。」
 ダンディな中年ぐらいの男性が入ってくる。見事なひげが更にダンディだ。
「久しぶりだね、ベルナルド。」
「御邪魔しております。」
「いらっしゃい、フォルテ。ま、座って。」
 適当な椅子を引く。二人とも指示にしたがって腰掛ける。
「オラシオン公はどうでした?」
「僕がはなから権力を望んでると思ってる。権力なんて義務のほうが大きいからいらない、なんて言葉をまったく信用していない。」
「まあ、大半の人間はそうでしょうな。」
 アインの言葉に苦笑を浮かべるベルナルド。
「それはそうと、彼女の処分はどうなさるのですか?」
「どうするもなにも、このままここで働いてもらうよ。家事万能で暗殺も出来る侍女なんて珍しい物、そう簡単に手放しても面白くない。」
「そ、そう言う物なのですか・・・?」
 時と汗を浮かべながら聞くフォルテ。アインの台詞に思わず吹き出すシーラ。あまりにもすさまじい言い分である。
「おいおい、ホントにそれで大丈夫なのか?」
 アレフが問う。
「大丈夫。とっくに刻印は打ってある。この子にゃ逆らう力はないさ。」
 あっさり言う。そのやり取りを唖然として見つめるフォルテ。
「そう言えば、ヴァルティさんもカンティスさんも、その手口で店員さんに仕立て上げたのよね。」
「手口って・・・、それじゃあまるで僕が悪役みたいじゃないか。」
「素質は十分だと思うけど?」
「う、反論できない。」
 などと、エンフィールド組が漫才を続ける。それを聞いて吹き出すフォルテ。
「ベルファールの鉄壁が、こんな愉快な性格をしているとは、思わなかったでしょう。」
 フォルテに語り掛けるベルナルド。
「ええ・・・。想像してたのとはちょっと・・・。」
「ごめんね、軽い性格で。」
 笑いながら言うアイン。
「い、いえそんな、悪いとかそう言う事は・・・。」
「そんなにあせんなくても大丈夫だよ、別に怒ってるわけじゃないから。」
 焦って恐縮するフォルテに苦笑を返すアイン。
「確かに愉快な性格だよな。」
 アレフがあきれて言う。くすくす笑うシーラ。どうやら笑い出したら止まらない癖が出ているようだ。
「そう言えば、こっちの侯爵閣下とはどういう関係なんだ?」
「ここで居候してた頃、僕の弁護に回ってた数少ない物好き。ベルナルドとかガリアンとかがいなきゃ1月ここにはいなかっただろうね。」
「なるほど、そう言う意味ではベルナルド候はこの国を救った英雄なのですね。」
「いえいえ、私に出来たことなど、いく当ての無い記憶喪失の少年に、幾ばくかの居場所を与えることにしか過ぎませんでした。」
 苦く笑いながらベルナルドがフォルテに答える。
「そして、その見かえりに少年は勝利を運んできた、って所かな?」
「そう言うことですな。無理難題を押しつけられて、顔色一つかえずに行動を起こし、私達が望んだ以上の結果を見せてくれたのです。」
 懐かしそうに話す侯爵。聞き入る若者達。当事者の一人は静かにお茶を飲んでいる。
「ただ、少々派手に活躍しすぎた。べったり頼りきる者、無意味に反発する者、そして敵視する者・・・。」
「で、英雄になった少年はそれに嫌気が差して出ていった、っと。」
 アレフの突っ込みに苦笑を浮かべるアイン。
「ああ言った連中にもてはやされても、嬉しくも何とも無い。っと、そろそろ昼時だな。」
「用意致します。」
「お願い。あっそうだ、二人とも一緒にどう? にぎやかでいいよ。」
 少し考えこむ侯爵。
「そうですな、いただきましょう。」
「喜んでご馳走になります。」


 ティグスまで現れて、その日の昼食は非常ににぎやかな物になった。何せ、総勢で20名をはるかに上回るのだ。
「ルーさん、お塩、取ってくださらないかしら?」
「これか?」
「おいアレフ! それは俺の肉だぞ!!」
「名前書いてるわけじゃないだろ!!」
「あ、それ美味しそう。トリーシャちゃん、取ってくれない?」
「うん。あ、ローラ、そっちとってくれない?」
「はい。」
 などにぎやかに食事を続ける。一部の人間を除いて、テーブルマナーなどあったものではない。
「そうだ、アイン。」
「どうしたの、ティグス?」
「昼からでいいから、ガリアン殿が宿舎のほうに顔を出して欲しいそうだ。」
「分かった。」
 その会話に口を挟むシェリル。
「あの、ガリアンさんって、どう言う方なんでしょうか?」
「ああ、ベルファール唯一の聖騎士で、最強の騎士でもある。多分、力量的にはリカルドと大差ないはずだよ。」
 その台詞を聞いて、一人静かに食事をしていたリカルドが顔を上げる。
「ガリアン、とは、ガリアン・フォードどのことかね?」
「うん。そのガリアン。別名が白銀の闘将。さて、用ってのはリベンジなのかな?」
 アインの言葉に怪訝な顔をするリカルド。
「リベンジ?」
「何せ、10戦10引き分けだ。出て行こうとしたとき、なんて言ったと思う?」
 困惑した顔を見せるシェリルとシーラ。
『アインどの!! 勝ち逃げするおつもりか!!』
 口をそろえるベルナルドとティグス。おもわず吹き出すフォルテ。
「引き分けなのに、なんで勝ち逃げになるのかがいまいちわかんないんだよなぁ。」
「普通、貴公のような若造に引き分けらるというのは、彼のような立場では負けに等しいのですよ。」
「第一、その当時お前はせいぜい16歳だったはずだ。」
「確か15と半分ぐらいだったよ。出ていったときが16と少しだから。」
 記憶をたどるアイン。今はすべての記憶(一部を除く)が戻っているので、正確な年齢もわかる。
「やはり、ガリアン殿がまけたと考えてもおかしくない。」
「そう言うもんかなぁ?」
「そう言う物だ。」

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