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「ベルファール交響曲 その6」 埴輪  (MAIL)
 クリシード邸の庭から、声を押し殺した悲鳴が聞えてくる。最も、それが分かるのはアインだけであろう。
「これで三人目っと。」
「全部でか? それとも今日だけでか?」
 酒を飲みながらトランプをしていた十六夜が、質問をとばす。当然、傍らにはクレアがいる。
「今日だけで。」
 ちなみに、アインが言っているのは、トラップに引っかかった暗殺者の数である。致命的でこそないが、引っかかってただで済むほど甘い物でもない。
「・・・それだけの暗殺者を、全部罠で撃退しますか。」
 思わずため息混じりにもらすアリア。この主人が人間ばなれしているのは知っていたが、こういった方面にまで才能を発揮しなくても、と思わずぼやきたくなる。
「暗殺者の癖に、罠なんぞに引っかかるほうが悪い。」
 こいつの前で人を襲って、よく無事だったと本気で思うアリア。
「さて、ティグス。あんまりこちらに長居するのもまずいと思う。そろそろ全部話してくれないか?」
 アインの台詞に、一緒に酒とトランプに付き合っていたルーとアレフが興味深そうにティグスを見る。ちなみに、ここにいる女性陣はシーラとアリア、クレアの三人だけである。リカルドとトリーシャは親子で観劇に、それ以外は観光とショッピングである。もうそろそろ夜も遅いというのに、誰一人帰ってこない。マリーネは既に部屋に引っ込んでいる。
「まず、僕に是非合いたいといっていたのがフォルテだっていうのは分かった。彼が、何らかの事情で亡命してきていることも。だが、それだけの理由で僕を無理やりこちらに引っ張ってくるなんて、あんまりにもらしくない。」
「そうだな。まず確認しておくが、わが国とガレイスディーン朝シュトゥルークとはあまり仲がよくない。これはいいな。」
「ああ。その戦争にまきこまれたんだから、分からないはずが無い。ここで問題になってくるのは、なんでシュトゥルークの王子様が、ここでそんなに大事にされてるのか、だ。」
 手元の札を二枚交換しながら、アインが最初の疑問を切り出す。
「ガイレスディーン朝に変わる前は、あそこの国とも仲がよかった。これは知っているはずだ。」
「ああ。最も、今の王朝になる前って、まだ僕は記憶喪失になってなかったし、実家のほうで修行してたから話しか知らないけどね。」
 少し考えこんだシーラが、三枚交換する。来た手札を見てほっとしたような表情をしているので、どうやら、悪い手ではないらしい。いまだにポーカーフェイスは苦手なのだ。
「で、今から10年ほど前に、革命が起こって王朝が変わった。ベルファールは、革命自体には非干渉の立場を貫いた。もちろん、亡命してくる人間の受け入れは行っていたがな。」
「大体分かった。フォルテのお母さんって、前王家の生き残りなんだ。」
「ああ。勘違いしないで欲しいのは、王子殿下はれっきとした現王の息子だ、ということだ。問題なのは、王子殿下も妃殿下も親ベルファール派だが、現王は何故かわが国を敵視している、ということだ。」
 ルーが二枚交換する。
「で、二人がベルファールに好意を持っているのが面白くない国王様は、二人とも処刑しようとした。国政も安定し、他にも世継ぎがいる今となっては、二人を生かしておく謂れはない。」
「まあ、王子殿下についてはそうだが、妃殿下に関してはそう言うわけでもない。身柄を拘束はしているが、命までは奪うつもりはないようだ。」
 全部交換するティグス。
「まあ、フォルテについては分かった。でも、わざわざ他国に暗殺者を飛ばすほど、あそこの王様は暇なのか?」
「そう言うわけではないし、第一その程度でお前を引っ張り込むわけがないだろう。」
「そりゃそうだ。じゃあ、ほかになにか絡んでるの?」
 クレアは札の交換を行わない。十六夜が一枚交換する。
「ああ。宗教がらみでな。」
「また、面倒な・・・。」
 それ以上を聞くことはしない。聞かなくても予想が出来るからだ。アレフが三枚交換して、全員の手札交換が終る。
「フラッシュ。」
 シーラが手札をオープンする。悪くない手だ。番号が一つずれているので、惜しくもストレートフラッシュならずである。
「フルハウスです。」
 クレアが手札を広げる。下手に変えなかった理由がよくわかる。
「スリーカード。」
 ルーが淡々と告げる。
「私も、フルハウスだ。」
 一発でそろったという点では、ティグスも代わらないようだ。因みに、アレフと十六夜は勝負を降りた。
「悪いね、フォーカードだ。」
 アインが飄然と答えた。これで、全員の勝ち負けが平均化される。さすがに、こういうゲームでズルをするほど、アインは卑怯でも大人気なくも無い。ゲームでないのなら、話は別だが。


「何? こんな夜更けに呼び出して。」
「どうしてもお尋ねしたいことがありまして・・・。」
 真剣な表情のファーナ。
「・・・どんなこと?」
 相手の表情につられて、やや真剣な顔をするアイン。
「私では、駄目なのでしょか・・・。」
「どういう意味で?」
「私は、あなたの花嫁として、ふさわしくないのでしょうか?」
 ストレートな言いまわしに、思わず虚を突かれるアイン。だが、ファーナが勝負をかけてきた理由も、わからないでもない。ファーナとてもうすぐ成人、いつまでもエンフィールドに居る訳には行かない。
「・・・どうして、黙っていらっしゃるのです?」
 答はもう、きまっていた。だが、それをどう伝えるべきか、アインは考えあぐねていた。
「覚悟は出来ています。はっきり仰ってください!」
 その台詞に、アインも覚悟を決める。小さくため息をついて、彼女の頭を、ぽんと一つ、たたく。
「ファーナのことは、好きだと思う。でも、君の想いには答えられない。」
「やはり、私では不足なのですね・・・。」
「いや、違う。これは、僕の方の問題だ。」
 ファーナの目を、真正面から捉えてアインが言う。
「君が単なる貴族だって言うのならばまだいい。当主がほとんど不老不死でもさほどの問題にはならない。でも、これが王族、それも絶対君主となると話は別だ。」
「どうしてですか!?」
「為政者がずっと同じだっていうのは、マイナスにしかならない。そういうシステムは硬直を生んで、変化に対応しきれなくなる。そうなったら、後は滅亡しかない。」
 淡々と、自分の考えを述べる。
「では、私が継承権を捨てれば!!」
「それを、陛下や僕が許すと思う? 今のこの国の状況を考えた場合、きみの王位継承は、もはや義務だ。母さんのときとは状況が違う。」
 これが、立憲君主制に移行段階、もしくは完全に移行しているのなら、アインはこんなことを言わなかっただろう。もしくは、彼女以外に、現王の直系の子供がいれば、彼女の行動を止めたりはしなかっただろう。ファーナの想いがかなうかどうかは別問題だが・・・。
「やはり、私では駄目だったのですね・・・。」
 ファーナが、小さく微笑みながらいう。彼女の目じりに浮かぶ小さな雫が痛かった。だが、自分から視線をそらしたりはしない。それが、彼の受けるべき責めなのだから。
「もし、私が生きている間に誰かを愛することになったのなら、せめて、エンフィールドにいらっしゃるどなたかにしてくださいませ。」
 穏やかに、たおやかに微笑みながら、ファーナが頭を下げる。そのまま、優雅に背を向けて彼の前から立ち去った。アインは、最後まで目をそらさずに、ファーナの背中を見つめつづけた。


「振っちゃってよかったの?」
「見てたんだ、マリーネ。」
 パジャマ姿のマリーネが、ひょっこりアインの前に姿をあらわす。
「折角の逆タマのチャンス、逃してよかったの?」
「答えは、さっき言った通り。僕が国王もしくはそれに近い地位についた場合、本来なら自然に起こるシステムの揺らぎを、人為的におこさないといけない。わざわざ好んで混乱を起こさなきゃいけない統治者が、本当にいい統治者だと思う?」
「ううん。でも、それならタイミングを見て隠居でもしたら良いんじゃないの?」
 マリーネの台詞に苦笑するアイン。
「僕の子供が、同じかそれに近いほど長命である可能性は、考えに含まれてるのかな?」
「あ・・・。」
 それは盲点だった、とばかりにマリーネがつぶやく。
「それに、まだファーナに対する好きは、そういう意味の好きじゃなかったし。」
「っていうと?」
「うーん・・・。感じとしては、マリーネやテディ、リオなんかに対する好きに似てるかな。」
 かなり絶望的な言葉である。用は、相手を異性としてみていない、と言っているようなものである。
「ファーナさん、覚悟してて正解だったみたいね。」
 思わず苦笑してしまうマリーネ。
「さ、帰ろう。子供はもう、寝る時間だ。」
「じゃあ、大人未満は?」
「出来れば寝たほうがいい時間、かな?」
 マリーネを担ぎ上げながら、アインはそう答える。彼らの姿は、闇に溶け込むように消えていった。

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