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「ベルファール交響曲 その8」 埴輪  (MAIL)
 夜のしじまを甲高い音が破る。剣戟の音だ。
「もう一歩分、思いきって踏みこむ。」
「はい!」
 中肉中背の人影と、ほんの子供ぐらいの体格の人影が、互いに短い剣を持って打ち合っている。いうまでもない、アインとマリーネだ。
「脇を締める。」
「はい!」
 なかなか鋭い一撃だが、アインにはかすりもしない。
「相手に予想されちゃ駄目だ。何か一つでいい、相手の予想を覆すんだ。」
 冷静に、的確にマリーネを指導するアイン。アインの言葉に従い、さまざまな小細工をかけてみる。
「小細工に頼るだけが、相手を騙す方法じゃない。見切れないほどのスピードで剣を振るうのだって、立派に相手を騙す手段だ。」
 そういって、マリーネに対して軽く剣を振るう。次の瞬間、マリーネの目の前に切っ先が突き付けられる。
「ま、大分上達はしたね。気のほうもずいぶん充実して来たし、明日にでも、リドリア神剣術を教えてあげるよ。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
 肩で息をしながら、マリーネが答えを返す。ずいぶん体力がついたと、自分でも思う。
「御疲れ様です。お茶を用意しておきました。」
「ありがとう。」
 クリシード邸のテラスに、3組の茶器が用意されている。
「一服したら、適当に自習して寝る事。分からないことがあったら、だれかに聞けばいい。」
「マリーネちゃんには、甘いのね。」
 アインとマリーネの会話を聞いていたシーラが2人のカップにお茶を注ぎながら微笑む。
「そうかな? 保護者として、当然の事をしてるつもりなんだけど・・・。」
「だけど、十六夜さんにはあんなに丁寧に教えて上げなかったんでしょ?」
「基礎の出来てる人間に、何を丁寧に教えればいいんだ?」
 その言葉を聞いて、苦笑するシーラ。アインは、十六夜がうめいていたのを知らないらしい。
「十六夜さん、愚痴ってたわよ。マリーネには丁寧に教えるくせにって。」
「だから、基礎の出来てる人間に、何を丁寧に教えればいいんだ?」
 きょとんとしているマリーネ。どうやら、アインの教え方は、だれに対しても同じだと思っていたらしい。
「そんなに、違うの?」
「みたいよ。」
 マリーネの問いに答えるシーラ。仲のよい姉妹の様だ。
「ま、いいや。音楽関係はシーラに、魔法系統はクリスとシェリルに、その他雑学はルーとイヴに聞けば大抵分かるから。」
「アインくんは?」
「流体力学と熱力学、かな?」
「・・・なに、それ?」
 さらっと、難しそうなことをいう。
「他には航空力学や材料力学、ってのもあるよ。」
「だからなに、それ?」
 どれも、エンフィールドには馴染みがなかったり、本来存在すらしないはずのものである。
「なんなら今度、実演して見せようか?」
「・・・遠慮しておくわ。」


「マリーネ、どんな感じだ?」
「まずまずなんじゃないの? 別に遅くもないし早くもない。神剣術をマスターするのも、そんなにかからないと思うよ。」
「子供に教える技術じゃないな。」
 マリーネが剣術の稽古をはじめたのはさほど古い話ではない。世間一般では才能がある、と言えなくも無いのだろうが・・・。
「で、役に立ちそうなのか?」
「使い方次第。」
 当然といえば当然の話である。
「さて、そろそろ寝るか。」
 少々かけた月が中天に昇っている。
「ああ、お休み。」
 そう声をかけたときにはすでに、アインの姿は消えていた。


 翌日、クリシード邸中庭でアインとマリーネが剣術の稽古をしていると、少々変わった来客が訪れた。
「久しいな、アイン殿。」
「レギウスか。久しぶりだね。」
「そちらのお嬢さんは、貴公の弟子か?」
「ま、そんなとこ。」
 訓練を続けるようにマリーネに指示を出すと、アインはレギウスのほうへ歩み寄る。
「で、なんの用? 単に懐かしい人間にあいに来た、って訳じゃないんだろう、公爵殿?」
「貴公も立場上は同じなのだが?」
「お姫様のプロポーズを断ったから、その内爵位も無くなるだろう。」
「陛下も殿下も、そんなに心の狭い方ではないぞ。」
 肩をすくめて返事に変える。
「さて、用件を聞こうか?」
「フォルテリュート殿下のことなのだが・・・。」
 かなり深刻なはなしになりそうである。
「フォルテになにかあったの?」
「いや、まだ、大丈夫だ。」
「まだ?」
 まるで、これからなにかある、というような言い分である。
「何かあってからでは遅い。そこでだ、貴公の剣術を、殿下に身を守るすべとして教えていただけないだろうか?」
「断る。」
 どうやら、この返事は予想外だったようだ。驚いてアインを見返す。
「なぜかな?」
「僕の剣術は、普通の人間が扱うような代物じゃない。それに、生兵法は怪我の元だ。」
 その台詞を聞いたマリーネは、ハンマーを振り下ろしたかのような姿勢でたたらを踏む。すさまじい轟音が響き渡るが、刀身は地面には着いていない。まるで巨大なハンマーでも叩きつけたかのように地面が大きくえぐれているからである。
「マリーネ、ちゃんと集中しとかないと駄目じゃないか。」
 あきれてアインが釘をさす。顔を真っ赤にしてマリーネが謝る。
「今のは、このお嬢さんがやったのかな?」
 レギウスが凍りつくのも無理もない。マリーネの剣は、彼女の体格にあわせた小剣で、どう振りまわしても地面にクレーターを穿つような真似は出来ない代物である。また、子供そのもののマリーネの体格では、これほどの力で武器を振るうことなど出来はしない。
「ほかにだれがやるって言うんだ?」
 地面に手を当てて、何かをしながらアインがいう。
「リドリア神剣術・地の奥義、戦王烈破。初歩の技の一つだ。」
「これで、初歩なのですか?」
「ああ。これで初歩だよ。」
 見ると、既に地面は修復されている。
「なんだなんだ、何があったんだ?」
「今の音は何?」
 屋敷に残っていたアルベルトとパティが出てくる。
「マリーネが技を失敗したんだ。」
「あ、そう。」
「なんだ、そう言うことか。」
 あっさり納得して中に戻る二人。
「あ、あれで納得なさるのか?」
「エンフィールドじゃね。」
 最全盛の頃のマリアほどひどくはないからでもあるのだが、それを説明するためには本人を連れてこないといけない。
「まあ、フォルテが普通じゃない事ぐらいは分かってる。本人には自覚はなさそうだけど。」
「ならば・・・。」
「でも、今から仕込んだところで絶対有事には間に合わない。身を守る手段を用意しろって言うんだったら、むしろ剣術よりは道具に頼るほうが確実だ。」
 更にいうと、アインは別の心配もしている。
「それに、下手にリドリア神剣術なんて教えたら、単独で戦場を覆せる、とか考え出すかもしれない。」
「殿下に限ってそれは・・・。」
「性格とかにはあんまり関係ない。そういう意味で力を持つと、一度は考えることだ。更にはそれを試さずにはいられなくなる。僕だって、そういう時期があった。」
 真剣な顔のまま、アインは続ける。
「しかも、困ったことに、リドリア神剣術ってやつは、使いようによっては、本当にそれだけの力を発揮する。マリーネを見れば分かると思うけど、あの体格、あの剣で城壁ぐらいは簡単に崩せる。訓練を続ければ、一太刀で城そのものだって壊せる。」
「・・・・・・。」
「これほど、生兵法が危険な剣術はほかにはない。幸い、僕は父さんに何度も鼻っ柱をたたきおられてるし、マリーネは別口の力で何度も痛い目を見てる。狂う気にもなれない。でも、フォルテは?」
 返す言葉もない。
「では、剣術は教えない、と。」
「その代わり、僕が責任を持ってガードをする。ただ、現状のままでは絶対とは約束できない。」
「フォルテリュート殿下には、こちらで寝泊りしていただくことにしよう。」
「話が早くて助かるよ。」


「変わらないな、アイン殿は・・・。」
「ええ。奔放なようでいて、その実思慮深い所などは、ここに来た当初とまったく代わりません。」
「それに、多少とはいえ年月を重ねた分、人格の重みと深さが増している。つくづく、彼を陛下と呼べないのが残念だ。」
 最も、前代未聞過ぎて、世迷言の一言で片付けられてしまう可能性が高いが。
「さて、色々と手配をせねばならないな。何から手をつけたものか。」
 レギウスが思案をはじめる。ベルナルドが口を挟む。
「何よりも、まずは身の回りの物の運び込みです。寝泊りする場所さえ確保してしまえば、後はどうとでもなります。」
「そうだな。しかし、また厄介事を押付ける羽目になってしまったな。」
「ですが、天使が動いている以上、多分我々の手におえる状況では無くなるでしょう。」
 実際のところ、天使を『斬り捨てる』事が出来る騎士など、そう数は多くない。
「こうも続くと、われながら無力さに涙が出てくるよ。」
「私もです。」
 ベルファールでも五本の指に入る重鎮二人が、そろいもそろってため息をついている様など、とても他人には見せられない。まるで国が滅ぶ間際、といった風情だ。
「まあ、我々は、我々が出来る内容で最善を尽くすしか有るまい。」
「ええ。」


「きたか。」
「?」
 技の指導をしていたアインが、門のほうを見てつぶやく。それを見学していたパティが、怪訝な顔をする。
「今日から事が終るまで、フォルテが寝泊りするから。」
「え゛!?」
 実際のところ、とても見せられたものではない生活をしている物数名がいるところに、亡命中とはいえ他国の王子殿下を招くのは、非常に問題がある。
「あ、あの・・・、アイン・・・?」
「変更は効かないよ。一つぐらい、貴族としての勤めを果たしておかないと。」
 そう、アインはここではほとんど仕事はしていない。せいぜい、屋敷を尋ねてくる他の貴族の相手をする程度だ。それとて、ほとんどしないのだから、サボっているといっても問題はあるまい。
「とはいえ、相手がどう動くか・・・だな。」
 色々準備をしながら、アインはまだ見ぬ敵のことを考えるのだった。

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