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「ベルファール交響曲 エピローグ」 埴輪  (MAIL)
 カーテンを通して窓から差し込む日の光が、優しくまぶたをたたく。まぶたの裏で光を感じた目が、脳を眠りから覚ます。
「・・・。」
 自分が何処で寝ているのか分らず、ボーっとした頭のまま、周囲を見渡すシーラ。
「・・・?」
 昨日の記憶が曖昧である。何となく、いいことが少し、すごく悪いことがたくさん、あったような気がする。
「・・・。」
 徐々に、昨日の記憶がよみがえってくる。それと同時に、現在の自分の居場所とつながる。思わず、涙が頬を伝う。
 扉がノックされる。
「どうぞ・・・。」
 涙をぬぐいながら、少し寝ぼけた声で返事をする。相手が男性かもしれない、とか、自分が今おきぬけである、とかそう言った配慮がすぽんと抜けている。
「おはようございます。」
 幸いにも、入ってきたのはマリーネであった。
「あ、おはようございますぅ〜。」
 まだ、眠気が抜けきっていないので、返事も何処か間の抜けたものになってしまう。
「今日、ベルファールを発つことになるから、その連絡に来ました。」
 マリーネの言葉で、急激に眠気が覚めていく。
「今日? ずいぶんと急なのね。」
「はい。」
 言外に、ここですべき事は、すべて終わったと言っている。
「だったら、はやく荷物をまとめなくちゃ。」
 寝台を下り、クローゼットのほうに歩いていくシーラ。パティ達と違い、かさばる御土産類はあまり買っていないのが救いと言えば救いだが、服の量を考えるとあまり大差ない。
「ごめんなさい。」
「?」
 唐突に、マリーネが謝る。
「どうしたの?」
「私とフォルテ殿下は、シーラさんに謝っておかなければいけないことがあるの。」
「昨日の・・・事?」
「ええ・・・。」
 大体、昨日何があったかぐらいは思い出している。だが、どう考えてもマリーネもフォルテも、謝らなければ行けないことは何もない。
「マリーネちゃんは、何も悪い事はしてないんでしょう? だったら、謝る必要はないわ。」
「でも・・・。」
「他の人が悪いことをしたからといって、貴方が謝ってどうするの?」
 当たり前のように言うシーラ。だが、それを当たり前と言える人間はほとんどいないだろう。
「で、出発は?」
「とりあえず、お昼ご飯を食べてからになるみたい。」
「分ったわ。」


「今回のこと、どう落とし前をつけるつもりなのですかな?」
 オラシオン公が、アインに詰め寄る。彼の顔には純粋な怒りのみがあり、気に食わない相手の失敗を喜んでいる色はない。
「とりあえず、爵位と領地は返上。今日中にここを出ていく。」
 あっさりアインが応えたので、肩透かしを食らった気分になる。
「領地と同時に、クリシード公爵家の財産も没収してくれて構わない。ただ、僕個人の持ち物はともかく、エンフィールドにある分はちょっと止めて欲しい。あれは僕の物じゃなくて、アリサさんのものだから。」
 潔すぎるアインの態度にそれ以上追求が出来なくなる公爵。そもそも、領地はともかく、財産の没収までは言い出すつもりはなかった。
「クリシード公。考えなおすつもりは無いのか?」
「僕は、この国にとっては疫病神みたいなもんだ。国の中枢にかかわるような関係はとっとと断ち切って、さっさと立ち去るのが一番だ。」
 そこへ、血相を変えたガリアンが入ってくる。
「アイン殿! また勝ち逃げなさるおつもりか!?」
「貴方との勝負は、すべて引き分けのはずだけど?」
「昨日の分が入っておらん!!」
 どうやら、流石と言うかなんというか、操られていた間の記憶があるらしい。どう見ても、そそのかされた口ではなかったと言うのに、である。
「その精神力、リカルド以上みたいだね。」
 因みに、他の騎士は大半が記憶を失っていたが、ジョシュアなどの、一部のそそのかされた口はばっちり記憶が残っていて、気まずいことこの上なかったりする。
「公・・・一つお聞きしたい。」
 ジョシュアが、沈黙を破ってアインに問いかける。
「何?」
「ティティスは・・・どうなった?」
「魂は解放した。でも、命を助けることは出来なかった。」
 アインがつかったのは最大級の禁呪。相手の存在を根底から消滅させる術。だが、ティティスを解放するために、あえて甘いかけ方をしたため、滅ぼした相手の記憶が世界に残ってしまっている。
「そうか・・・。」
 不思議と、アインを恨む気にはなれない。この男とて、最大限の努力はしたのだ。安易に奇跡を願ってもしょうがない。
「今回の事は、関係者全員の責任である。公爵一人を責めるわけにもいかん。」
 陛下の言葉にうなずくオラシオン公とベルナルド候。この場にいる全員が、アイン一人に責任があるとは考えていない。それは、アインを激しく毛嫌いしているオラシオン公とて例外ではない。
「まず、アインの処分だが、フォルテリュート殿下の命を護りぬいたことまで合わせて考えて・・・。」
 領地の一割を没収。重さとしては微妙な物である。だが、オラシオン公は異を挟まない。フォルテを護った功績を無視するほど、彼は視野が狭くないし、自分の感情をいつまでも主張しつづけるほど器の小さな男でもない。
「つぎは・・・。」
 全員の処分が下される。だが、不可抗力に近い部分が多く、どうしても処分の内容も重いと見るか軽いと見るか微妙な物にならざるをえない。
「それじゃあ、僕がここにいる理由は無くなったね。」
 フォルテがあの力を持っている限り、狙われることが無くなったりはしないだろう。だが、彼は自分の力を知った。使い方、訓練のしかたも教えてある。後は彼次第だ。
「それじゃあ、僕はこれで。もう会うことも無いだろう。」
「私は、意地でももう一度貴公に会うつもりだがな。」
 結局、誰がティティスにとりついた天使を呼び出したのか、そして、何故オラシオン公がアインをそこまで毛嫌いしているのか、この二つは分らずじまいであった。


「それじゃあ、ティグス。」
 クリシード邸の中庭。全員が既に帰宅の準備を整えてある。
「また、会おう。」
「そちらからエンフィールドに来る分には、大歓迎だ。ただ、僕からこっちに来ることはないと思うけど。」
 結局、ファーナもティグスも、国に残ることになった。元々、ファーナの留学期間は終わっていたのだし、ティグスにしても、いつまでもふらふらしているわけにも行かない。
「アリア・・・。」
「はい、何でしょうか?」
「君を、クリシード公爵領の代官に任命する。」
 凍りつくアリア。ティグスが苦笑を浮かべる。
「ようするに、ここでの僕の持ち物は、全部君に譲るよ。好きにしてくれていい。」
「そ、そんなわけには!!」
「ちゃんと、陛下にもティグスにも、今の代官の人にも話は通してある。それに、出来ないとは言わせないよ。」
 アインがまぎれもなく本気なので、折れざるを得ないアリア。何故暗殺者の自分が、貴族の領地、それも公爵家の広大な領地の代官にならなければ行けないのだろうか?
「まあ、運営の基本とかその他もろもろは、全部ティグスや前代官、後はベルナルドなんかに聞けば分ると思うから。」
 無責任な言い分である。呆然としていると、正式な任命書を渡されてしまう。
「それじゃあ、みんな元気で。」
 それだけをつげると、大集団を従えて、あっという間にエンフィールドに帰ってしまった。
「アリア殿、とりあえず、後始末をしましょう。」
 こうして、ベルファールを襲った大事件は幕を閉じたのであった。

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