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「天使の休息」 埴輪  (MAIL)
「留守中、何か変わった事は?」
 ベルファールから帰ってきた翌日、早速仕事モードに入ったアインが、ヴァルティたちにそう尋ねる。
「いや、特にないが・・・。」
「うそつけ。」
 ヴァルティの返事にニヤニヤ笑いながら突っ込みを入れるカンティス。憮然とするヴァルティ。
「なにかあったんだね。」
 苦笑を浮かべるアイン。最も、二人の様子からいって、さほど深刻な問題ではないようだ。
「今日はいつだろうな?」
「死にたいのか?」
 訂正。どうやら、ヴァルティにとっては十分深刻な問題であるようだ。
「何があったのやら・・・。」
 あきれつつ、依頼票を覗く。ずいぶんな数だが、どれも簡単な物だ。他のメンバーは来ないが、問題はなさそうである。
「とりあえず、今日はこれぐらいかな?」
 大雑把に自分の取り分を決めるアイン。と、入り口のカウベルがなる。
「いらっしゃいませ。」
 入り口に向けて、そう声をかける。入ってきたのは女の子である。年のころ14、5歳ぐらい、上品な雰囲気を持った、綺麗な少女である。
「主よ、ちょっと仕事にいってくる。」
「だめ。」
「どうしてだ!?」
 それには応えずに、お客様に向かって声をかける。
「ご用をどうぞ。」
「あの、天使様はいらっしゃるでしょうか?」
「というわけだから、ちゃんと相手をするように。」
 その光景を見て、きょとんとする少女。
「ああ、知らないんだっけ? こいつは俺達の主、アイン・クリシード。ここの店の実働部隊の親玉。」
「なんか、無茶苦茶な紹介だね。」
「他にどう紹介しろって言うんだ?」
 そのやり取りをぽかんと見つめる少女。
「で、天使様に何の用?」
 逃げようとするヴァルティをしっかりと掴んでアインがいう。
「あ、そうでした・・・。」
 少女が、はっとする。
「あの、天使様、これ、食べてください・・・。」
 その言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をするヴァルティ。
「じゃあ、お茶を用意するね。」
 力技でヴァルティを椅子に押しこみ、台所に向かう。
「観念したらどうだ?」
「できるものか・・・。」
 苦々しくいう。やはり、迂闊だったようだ。そこへ、お茶を入れ終わったらしいアインが戻ってくる。
「で、何があったの?」
 好奇心ではなく、アインが聞く。色恋沙汰かどうかはおいといて、二人の関係はしっかり把握しておきたい。でないと対応がやりづらい。
「あら? ミシェーラちゃん、来ていたの?」
「おはようございます、アリサ様。」
 アイン達がいない間に、すっかり顔見知りになった二人が、のんびり挨拶をする。
「そういえば・・・。」
 ふと、アインがあることに気がつく。
「ミシェーラだっけ、君、つい最近この街に?」
「はい。10日ほど前にこちらへ引っ越してまいりました。」
「丁度、僕達がベルファールに行ったぐらいか。」
 どうやら、入れ違いだったらしい。
「ベルファール?」
「うん。ちょっと頼まれたことがあってね。」
 その単語を聞いて、じっと考え事をするミシェーラ。
「もしかして、貴方はクリシード公ですか?」
「へ?」
 上流階級の人間らしいところから、自分の異名が出てくる可能性は考えていたアインだが、自分の身分まで知っているとは思わなかった。
「ほう、主は貴族だったのか。」
 先ほどのお返しとばかりにヴァルティが言う。知らなかったことだが、別段驚く気にもならない。
「まあ、あれだけ暴れてりゃな。」
 カンティスも、当然といわんばかりである。こいつはある程度知っていたふしがある。
「もしかして・・・。ベルファールの人?」
「はい。」
 上品に微笑んで肯く。
「主殿、そろそろ仕事に行きたいのだが・・・。」
「そんなに焦らなくても、それこそ昼からでも十分今日中に終る仕事だよ。」
 結局、逃げるなどという礼儀知らずをアインが許してくれるわけがなく、少女が持ってきたクッキーをお茶受けにのんびり朝のティータイムを満喫するはめになってしまったのだ。


「で、ミシェーラのどこが嫌いなんだ?」
 話してみて、特に嫌いになれる点が見つからなかったアインが、首をかしげながらヴァルティに聞く。
「別に、嫌いなわけではない。」
 憮然として言い捨てるヴァルティ。
「じゃあ、なんで?」
 どうしても、ヴァルティの態度が腑に落ちない。
「彼女の信仰が、私に向くのを避けたいだけだ。」
「なるほど・・・。」
 確かに、今のヴァルティは間違っても信仰の対象にはならない。彼を信仰すると言う事は、アインを信仰する、と言う事である。
「確かに、迷惑極まりないなぁ・・・。」
「だろう?」
「だけど、ああいう態度は感心しない。」
「・・・・・・。」
 自分の態度が感心しないものであることなど、ヴァルティは重々承知している。だが、もう一つの可能性も考えると、やはり彼女は避けたい。
「それとも、暴漢から助けただけで恋に落ちるとでも?」
 古今東西のベタなパターンをぼそりと言うアイン。苦笑を浮かべるヴァルティ。考えなかったわけではないが、それこそ考え過ぎである事ぐらいは分っている。
「私が恐れているのは、情が写ることだ。彼女のほうはともかく、私がどうなるかというと、自分でも保障できない。」
「それでいいんじゃないか? 別に今更天使の掟に縛られる理由もないだろう。僕にしたがってる時点で、立派な堕天使なんだから。」
 アインにさらっと言われて、ぐらっと体が傾く
「じゃあ、俺はなんなんだ?」
「さあ?」
 悪魔については、裏切りが常套手段なのでそういう単語が用意されていない。
「ま、なんでもいいか。今の俺の立場って、所詮は使い魔だからな。」
 最上位の天使と戦って一方的に負けない使い魔と言うのも、ずいぶん贅沢な話である。
「所詮、私の立場など、その程度なのだな・・・。」
 ずんとおちこむヴァルティ。いつか飽きるだろうと言う予想をあっさり裏切って、ミシェーラの訪問は朝の風物詩となったのであった。

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