中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<エンフィールド大武闘会> 〜プロローグ〜」 hiro


 この空も、そろそろ見納めか……
 俺は、澄んだ秋空を見上げ、そこはかとない感慨にふけっていた。
 十一月の終盤、秋気も目に見えて去ろうとし、冬の到来が間近に迫っていることを、西
風がささやいてくれる。雲の谷間にある太陽が、その風におされまいと力一杯、陽の光を
地上に送ってきていた。
 おもむろに、コッた肩をぽんぽんとたたく。かがんでする作業っていうのは、腰だけじ
ゃなく、肩や背中も痛くなってくるものなのだ。
「お〜い……なぁ、これさ、全部やらなきゃいけないのかぁ?」
 大きな透明の袋の口を縛っていた白髪の青年が、鼻にしわを寄せて、ぼやいてきた。
 まったく、こいつは。
「クダクダ文句いうんじゃない、アレフ。だいたいこの仕事を手伝ってくれるって言った
の、俺の聞き間違いじゃなければ、おまえからだったと思ったけど」
「こんな仕事って分かってたなら、付き合ってねえよ」
 とか言いながらも、アレフ……アレフ・コールソンは、慣れた手つきでゴミ袋をよっつ
さげ、回収馬車の中にそれを放り込んだ。
 役所から依頼、落ち葉回収の進み具合をたしかめるべく、周辺を見回す。
 さくら通り。そう呼ばれている理由は、言うまでもなく、サクラの樹が均等に植えられ
ているからだ。春になれば、桃色のあでやかな景観で、この通りは華やかな雰囲気に包ま
れる。
 しかし、だ。
 落葉樹である限り、葉は散ることになるのだ。それでも、秋の最初のころくらいまでは
紅葉とか言ってすますことはできる。だがこの時期ともなると、そうも言ってられない。
 ……これはイヤになる物量ではある。
 街道の大半を落ち葉が我が物顔で占領し、だれがこんな木を植えようなんて発案したん
だと、インネンつけてやりたくなるくらいだ。
 緑化運動……?
 この街のまわりは、森と山に囲まれてるじゃないかっ。なにごともほどほどでいいんだ、
ほどほどで!
 びき……ッ!
「あ、しまった」
 幹を傷つけちゃった。
 つい、力が入り過ぎてしまったみたいだ。
 再生系魔術を構成し、媒介となる手の平をそこに撫でるように押し当てる。ふわっとし
た温か味とともに、傷ついた部分が白光した。
「ごめんな」
 ものの数秒で治ったそこを、いたわり撫でながら喋る俺の姿は、ぶつぶつと独りゴトを
言っているヤツに見えるかも……
「な〜に、ぶつぶつ独りゴト言ってんだよ」
「なんでも」
 思ったことをツッコんできたアレフに、俺を口に手を当ててクスクスと笑い、たおやか
に半ターンする。
 ん? なんで顔を赤くする……? アレフ。
「なに? ぼぉっとして」
「……いや、さ」
 アレフは帽子で半顔をおおい照れくさそうに、
「きれいだな、と」
「……なにが?」
「おまえ――いや、きみが」
 ……こ、こいつ。真顔でいうなよ。身体中がかゆくなってきそうだ。
「そうですか、それはようござんしたね。――ンなバカ言ってないで、掃除だ、ソウジ!」
「おい! 俺はマジで」
「やれっつうんだ! 寝言は寝て言ってくれ」
 なおもしつこく言い寄ろうとするアレフを無下にあしらい、ホウキとチリトリを手に取
ったときだった。
 陽の当たる丘公園、そのベンチに、ちらっと人影を見たのは。
 この寒い中、外に出ているなんて、外勤者の人間か物好きくらいだろう。この季節には、
公園内での子供の楽しそうな声は聞こえてこないのだ。
 興味がもたげてしまうと、仕事にならない。
 なぜだか俺は、スゴク気になってしまったからだ。
「…………」
「どこ行くんだよ?」
 しっかり俺の方に注意を払っていたのか、アレフが見とがめてくる。
「あっちの方にさ、誰かいたような気がしたから」
「……仕事なんじゃなかったのか?」
「見てくるだけだよ。それに、掃除してるのは俺たちだけじゃないし。アインやクリス、
役所の人間だってしてるだろ」
「……思いっきりヘ理屈だが、まぁ、俺も付き合っていいならいいけどな」
「ご自由に」
 言って、俺は秋色に染まった……そんな大層なもんじゃなく、生彩のうしないかけた公
園に足を踏み入れた。
 後ろからそのベンチを見てみると、女の子だろう。長い黒髪の少女が、座っていた。
 ……前から行った方がいいだろうな。後ろからじゃ、なんだか体裁っていうか……不自
然だし。
「かなりの美少女とみた」
 どういう鑑識眼をもっているのか、アレフがそう断言してくる。後ろ姿だけでなんで分
かるのだろう……?
 つっても、どうはかったトコロで十歳にとどくかどうかとしか思えない。それくらいな
ら、俺でも分かる。アレフの交際範囲内には入らないだろうな、……まだ。
「なにか、ご用ですか?」
 銀鈴の音――そう例えたくなる声に、お人形さんのようなととのった造りの顔。充分す
ぎるほど、カワイイ娘だった。俺たちが近づいてきたのに気づいたのと同時に、自分に用
があることまで察したのだろう。利発な子だ。
「ねぇねぇ、お兄さんとデー――うぐッ!」
 ボケヤロウのつま先を、素知らぬ顔で踏んづけてやる。この娘には見えないようボディ・
ブローまで食らわせた。
 しゃがみ込んだアレフを、少女は小首をかしげて見下ろす。
「気にしないで。こいつの言ったことなんて」
「うん、お姉ちゃん」
 ……お、オネエチャン……か。
 なんかくすぐったいな。それに、違和感まで感じるし。
「ねえ。こんなところでどうしたの? 風邪ひくかもしれないよ?」
 少女のカッコは薄着じゃないが、厚着ともいえない。顔が火照っていて、寒いんだろう
ということが知り得る。それに、なんだか病弱そうな娘なのだ。ひゅうひゅうと吹く秋風
にやられて、肺炎でもこじらせたら、事だ。
「いいの。私、もう少しこうしてたいから……」
「でもね。お母さんが心配するかもしれないよ。もう、夕方だし」
 いつの間にか、赤茶けた光に取って返している陽光が、そんな時間だと告げていた。こ
うなると、夜になるのはあっという間だ。
 仕事開始が一時ごろだったから、三時間半くらい経ったのか。終了は六時だから、あと
少し……っていえばあと少しだ。
「お母さんは、違う街……お父さんも。ふたりとも、私のために働いてるの……」
「それって?」
 と、事情を聞こうとしたところへ――
「ルシアちゃ〜ん!! ドコォ〜〜〜〜ッ!?」
 ちゃん!? 俺が、ちゃんだってェ!!!
 憤りに歯をむき、俺はその声の主の方を振り返った。
 ディアーナ? あの偏屈ドクターのとこに押し掛け弟子をしてる、ディアーナ・レイニ
ーじゃないか。
「だ〜れが『ちゃん』だ!!」
「あれ!? ルシアさん!……あ、ゴメンなさい。そうじゃなくてですね……ああァ〜! 
ルシアちゃん!」
 へ?
 ディアーナの視線は、俺ではなく、ベンチにいる少女に向いている。
 ……って、まさか。おいおい。
「ディアーナ? まさかこの娘の名前って……」
「はい。ルシアっていうんです。ルシア・ステファニール」
 ……なにかの陰謀を感じないわけでもない。
 ともかく俺、ルシア・ブレイブと、この娘の出会いは、こんなふうだったのだ。



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