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「<エンフィールド大武闘会> 〜第二章〜」 hiro


「な〜にシケたツラしてんだよ」
 受付の順番待ちの最中、あまりにアレフが自信なさげだったのだ。
「だって、な……これだけ参加者がいるんだぞ? 俺なんかじゃ、予選も勝ち残れねェよ」
 大武闘会、その当日。
 グラシオコロシアムのホールには、今大会をエントリーする希望者で、まさにヒトの海
状態。千人はいるのではないだろうか。屈強そうな傭兵たちが軒を連ねるように並んでい
るところを見ては、アレフの不安がる気持ちも分からないでもない。
「大丈夫・大丈夫。おまえなら絶対突破できるって、予選くらいなら」
 こんな街の外からきたヤツラよりも、街の中にこそ強敵がたくさんいるのだ。まぁ、そ
のほとんどは本選からの飛びで出場できるのだが。大会の上位入賞経験者は、そういう特
権があるのだ。
 というより。ここまでの参加者は予定外。事務所の方もこの思わぬ事態に、パニクるヒ
マすらなく、その応対に当たっているってわけだ。
 ……やはり、あのフレコミが抜群だった、のか……
「効き過ぎかも」
「なにか言ったか、ルシア」
 それに小さくかぶりを振った俺は、そのとき、闘技場からあがった歓声を聞いた。心細
げなアレフの肩を数回たたいて叱咤してやってから、小走りでその場を出る。
 視界が大きく開け、空をいつもより近くから眺めることができる。そのスタンドから見
下ろせば、地ならしの行き届いた円形の大地で、いままさに予選の一組目の試合がはじま
るところだった。
 おや? 珍しいな。
 まさかあの総司――龍牙総司が、この大会に出場するなんて。こいつは初参加だから、
予選から受けなくちゃならない。どうせ、勝つだろうが。
 カワイそうに、あの剣士ふうの青年。
 と思っているそばから――
 剣士の身が突如浮き上がったと思ったら、フェンスに激突していた。
 並の動体視力を置いてけぼりにするほどの、神速の動きだ。あれでもかなり手加減して
いるはずだ。ホンキでやったらあの青年、即昇天していただろうな。
 ……フ。少々イタズラをば。
≪キャ〜〜〜〜〜ッ!! 総司さ〜〜ん!≫
 音声系魔術により、声をスピーカーのごとく拡声したのだ。
 らしくない黄色い音調だが、俺を知らない観客には効果はバッチリだった。
 ヤジの雨あられ。
 総司は男どもの非難のマトになりながら、ほうほうの体(てい)で逃げるように退場し
ていった。
 それを見送ってから俺は、本選出場者の控え室に向かった。
 ばったりと。その部屋の前で、総司と出くわした。
 総司は開口一番に、
「なんのつもりですか!?」
「なにかした?」
「した? このヒトは言うにことかいてシタって……してるから怒ってるんじゃないです
か! あれをシェリルに見られでもしたら……シェリルは人一倍思い込みの激しい娘なん
ですよ!?」
「まさかぁ。シェリルが来てるわけないじゃないか」
「トリーシャが来てたんですから、いないとは限らないでしょう!」
「なんで、大会に出場してるんだよ」
「いえ、自分の腕がどこまで通じるかと思って。これだけ集まっているなら、まだ見ぬ使
い手もいるかもしれないでしょ……って、誤魔化さないでくださいよ」
「――総司・総司」
「なんですか?」
 激怒をあらわにしている総司の顔の前で、俺は人差し指を縦に立てる。で、分かりやす
くそうしておいてから、指を横にした。
 温度が絶対零度にまで下がり、氷柱と化した総司は、血も凍る思いでその少女を見つめ
ていた。
「あ……」
 何か言いかけたシェリルは、そのままきびすを返し駆け去った。多分、こちらに気を利
かせるつもりで、しかしその目尻にあったシズクを、俺は見逃していない。
 やりすぎたか。単に、あのパフォーマンスで総司の敵を増やしたかっただけだったのだ
が。少しでも、アレフに好条件を作ってやろうとしてだ。……その小細工が、裏目に出て
しまったようだ。
「追いかけないのか」
「言われなくても、そうしますよっ」
 恨みがましい視線で一瞥してきた総司は、シェリルのあとを追いかけていった。
 ……考え物だな。自分のこの容姿を利用するのも。
 自分の顔には、その程度にしか思い入れがない。……だって、もともとはオトコだった
んだからな、俺は。
 この大会の盛況ぶりも、それによるものなのだが。
 それもこれも、ルシアちゃんのため!
「……ちょっとは、罪の意識を感じるけど……」


≪あまりの参加者数の多さに、本選が午後からになってしまいましたが。そんなコトは気
にせず、ガンガン参りましょう!!≫
 実況席からのアナウンスに、観覧席がやかましいほどの喚声をあげていた。
 ちなみに、俺はその実況者のとなりにいた。関係者以外はいてはいけないはずの席に俺
がいるわけは――
≪なお、今大会は優勝賞金二万ゴールドのほか、副賞として――≫
 上空――そこに大スクリーンで映しだされたのは、誰であろう俺だった。全体像ではな
くバストアップされた生の画像だ。
 これは投影用魔術機による、空中映像投射だ。俺も、はじめて見た。
 驚いて見上げている自分が映っていることに気づき、あわてて手を振ってほほ笑みを浮
かべた。
≪エンフィールドの一輪の花!! このルシア・ブレイブさんとペアでの温泉旅行があた
えられるのです!!!≫
『おおおお!!!』
 クソやかましく盛り上がるオトコたち。観客も、出場者も。
 これだから男ってやつは……まぁ、このあいだまで自分もそうだったが。だからこそ、
こういう手を思いつくのだ。
 これが、作戦その二。みずからをエサとするこれは、しかし俺が男ってフレコミじゃう
まくいくわけはない。街の人間だって俺を男だと思っていたはずだが、そこは由羅やロー
ラ、トリーシャに『ルシアは実は女だった』というウワサを故意に流させたのだ。それが
作戦その一。疑念されてないところをみると、みんなにあっさりと俺が女だと受け入れら
れたようだ。……ちょっと悲しいが。
 ……どうでもいいが、実況者。あとでどうなってもしらないぞ。一輪の花とか言ったら、
まるでこの街にはブスばっかしかいない、って聞こえるじゃないか。
≪それでは、はりきっていきましょう!!≫


 本選出場選手は百二十一人。
 あまりのひとりはシード選手で、これはマスクマンではない。いつもならそうなるはず
だが、一選手として一回戦からだ。で、ゆーきが対戦相手だった。
「パティ、こっち、弁当ひとつね」
「あ、ルシア。あれ? まだ、食べてなかったの?」
「まぁね。なかなか、ひとりになる機会がなくてさ。それで、強引に抜け出してきたんだ
よ」
 仕出し弁当売り場、そこで売店をしていたパティに俺はため息まじりでぼやいた。ここ
からは眺望がよく、闘技場がみやすかった。少々、視力がよくないといけないが。
 石段に座り、ヒザに弁当をおく。
 となりに、パティが相席してくる。目線は、ゆーきとマスクマンとの闘い。
「どっちが強いと思う?」
「そだな……僅差(きんさ)でマスクマンってとこかな。――でも」
「?」
「勝つのは、ゆーきだね」
 ぱくり、とポテトを口に運んだ。
 ゆーきの中空からの斬撃が、ななめの光線を生み出した。右に体を開いてかわしたマス
クマンは、左からフックを放つ。宙で身をひねったゆーきはかすめつつも無事着地し、し
ゃがみつつその場で一回転。足を払われたマスクマンは倒れ込みそうになるが、そこはそ
れ、反射的にバランスをたもとうと手を地面にやり――
 ぴたり。
 マスクマンの眉間に突きつけられているのは、ゆーきの魔法剣『ヴァイパー』。
≪そこまで! 勝者、ゆーき!!≫
 審判の大音声がとどろく。
 昼御飯のおいしさに表情をほころばせながら、俺はパティにひと言、
「な?」


「おかしいね……」
「なにがだよ、リサ?」
 いつの間にやら紅蓮とリサが増え、勝手に喋りだしていた。俺は気にしつつも、知らん
ぷりしておく。
 あれからいくつかの試合が終了し、いまはアレフと炎星っていうここの馴染みの拳法家
だ。実力からいって、アレフに勝ち目があるとは思えない。そこそこの技量では、炎星に
は歯が立たない。が――
 俺が貸してやっている武神具『白翼の光』を振るったアレフ、それをさけたと思ってい
た炎星が天高くはね飛ばされた。客席までいきそうになるが、見えない壁に阻まれて、コ
ミカルにはね返ってくる。
 魔術師組合が総出で創り出した、魔法障壁だ。指定された以上の衝撃力に反応し、もし
それを超えていた場合、自動的に弾き返すのである。客を考慮した、安全対策だ。
「ほぉ〜、やるもんだねェ、アレフのヤツ。あのオッサンに勝っちまったよ」
「…………」
 紅蓮が素直に感嘆の声をあげているのに対し、リサはおどけ回っているアレフを見据え
ていた。なにかを、見極めるように。
 ……やば。
 リサのやつってば、たまに勘がいいからな。特に、こういう戦闘に関しては。
「……あの武器、ルシア、あんたのだね?」
「べ、別に貸しちゃいけないってルールはなかったと思ったけど。俺は出場禁止だし、そ
れにゲスト扱いだから。代わりに、剣だけでも出そうかなぁ……と」
 あくまでリサの鋭い目をみないようにしながら、言い開きをした。
「そうだね。代理戦闘ってのも認められているくらいだから。それくらい、どうってこと
はないね」
 うぁ。それくらい、ってとこだけスゴク強調してるし。
 やっぱり、勘付かれてはいないが、疑われてはいる。あのアレフの力が、俺のに酷似し
ていることに。
 ……でも、言わなきゃバレないだろう。


「おつかれ〜」
 控え室に入ってきたアレフに、俺はスポーツタオルでかいてない汗を拭いてやろうとし
たら、
「それより、きみの祝福のキ――げェッ!」
 こっちの腕を取って顔を近づけてきたから、思わずヒザが飛んでいた。
 調子にのってんじゃない……ってセリフは心の中だけ。こいつの機嫌を損ねるのは、あ
とあとメンドイことになりかねないから。
「思ったんだけどね。あんたたちって、仲がいいの? 悪いの?」
 星守輝羅が、ほおをかきながら尋ねてきた。
 普通なら即行で『悪い』と答えるところだが、ここは――
「いいに決まってるじゃないか」
 真実味を持たすため、アレフの胸に抱きつく。ヘンなコトさせないように、背の肉をぎ
りぎりとつねっておいた。
 ほかの出場選手から、敵意の目でアレフが見られているが、アレフはそれを負け犬のも
のだとでも思っているらしく、優越感にひたっていた。
 ……ムカつくけど、ガマンだ。
「ふ〜ん。でもね、ルシア。ライバルがたくさんいそうね」
 輝羅が、扉を横目にしながら言った。その向こう側では、アレフの活躍ぶりを拝見した
こいつのファンが押し寄せていて、騒乱しているのだ。それがさらに、男たちに殺意すら
湧かせる一因になっていた。
「いいの、いいの」
 ――どうせきょうだけだから、って言葉はやはり心の中だけ。
 ばたんとドアが開き、役員が報せにくる。
「星守輝羅さん、次、試合なんで。早目に出ておいてください」
「はい」
 カタナを手にとって出ていこうとする輝羅に、エールをおくった。
「負けるなよ」
「もちろん」
 


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