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「<エンフィールド大武闘会> 〜第三章〜」 hiro


 トーヤのとこにも顔を出しておこうかと思った俺は、救急室へとおもむいた。
 馴染みの消毒薬のニオイに出迎えられひょこっと入れば、
「フィール。ケガ、したのか?」
 服のすそを肩のあたりまでめくりあげたフィールが、左腕に包帯をまいてもらっている
ところだった、ディアーナに。
 どうも俺の見てないあいだに、こいつの試合は終わっていたようだ。
「ルシア、か。ああ、ちょっとね」
「強かったのか、相手?」
 そう尋ねたのに、フィールはバツが悪そうに顔をひそめているだけだ。なんだか聞いて
欲しくない話題だったようだが……ディアーナがいることを忘れてはいけなかった。
 思い出し笑いのように童顔を輝かせ、ディアーナは、
「フィールさんてば、KO勝ちはしたんですよ。でもねェ、そこでですね――」
「わー、わー、わーー!! 知らないヤツに教えるなぁ!」
「いいじゃないですか。どうせ、お客さん全部が目撃者なんですからァ」
「いいからダマらんか、この口軽ムスメ!」
「キャーキャー♪ ルシアさ〜ん、助けてぇ♪」
 ここにトーヤがいれば、怒鳴りつけてしずめているのだろうが、残念ながらそのストッ
パーはいないかった。
 俺も止めるつもりがない以上、この騒ぎは大きくなる一方だな。
 そこに、
「フィールさん、大丈夫なんですか!?」
 と、あまり間延びしてない緊迫した口調でこの場に飛び込んできたのは、セリーヌだっ
た。最近、しっかりしてきたのか、放心のような感じが遠ざかり、それにつられて口調ま
でがマトモなものへと変わっていっていた。
 そんなセリーヌが気にいらないヒトもいるかもしれないが、それは大人になってきた証
拠ってことだろうな。
「そんな、包帯なんて巻いて……ディアーナさん、この人は大丈夫なんでしょうか!」
 こ、このヒト。
 重大発言なのでは? 
 もしこれにディアーナが気づいていればまたもここは大騒ぎになっていたんだろうが、
セリーヌの迫力に押されてそれどころじゃないようだ。
「タ、ただの打撲傷ですって! アザになる程度ですみますよ。だから落ち着いてくださ
い、おねがいしますから〜〜!」
 セリーヌの怪腕で襟元を絞められたら、そりゃ泣き言のひとつふたつ言いたくなるだろ
う。俺でもそうなるな。
 俺はディアーナを介抱してからフィールに向き直り、
「幸せになれよ、おまえら」
「……え?」
 出し抜けなそれに、フィールはそう返答しただけだった。


 救急室から廊下に出てしばらく行ったとき、先の方から女性の悲鳴があがった。
 からんでいる男ふたり、そして……シーラ?
 な〜にやってんだ、警備のやつらは。こんなゴロツキをのさばらせて。どうせ、街の外
からきた連中だろう。じゃなきゃ、シーラファンクラブを恐れてこんな低俗なマネ、する
わけがない。
 小さく嘆息した俺は、口で、なんて手ぬるいことはせず、文字どおりこの神の拳で叩き
伏せるつもりだったのだが……
 ――ビキッ!
 その不可思議現象に、男ふたりは腰を抜かしかけた。
 シーラと男たちのあいだ――その壁に、ちゃっちゃく陥没した半球ができ上がっていた
のだ。鼻先でそれが起こったんだから、ビビるのはしょうがないだろう。もし直撃してい
れば、顔面が砕けていたのだから。
「シーラにおかしなちょっかいかけてくれるのは、そのへんでやめてくれないか」
 右手をグーにした状態で俺とは反対方向から現れたのは、鮮やかな銀髪にロイヤルブル
ーの細い瞳を造作とした青年……朝倉禅鎧(あさくらぜんがい)だった。
 とすると、あの奇妙な現象は――指弾か。気の固まりを創り、それを指ではじき飛ばす
っていう単純な技だが、実は熟練した気の使い手しか扱えなかったりする。
「な、なんだ、テメェは!?」
 連れより早く立ち直った男Aが、そのカッコよく登場した禅鎧に脅しつけた。
 やれやれ。さっきのあれが、禅鎧の仕業だと気づかなかったみたいだな。
「やめてほしい、そう言ったんだけど……分からなかったのか」
 ビシッ!
 今度はちゃんと撃つ瞬間のモーションを見せる。砕けた石片が、粉のように床に降りそ
そぐ。音は一発分だが、三発撃っていた。素晴らしい、早業だ。
 禅鎧が、にこっと笑い、
「ばん!」
 絶妙のタイミングで俺が後ろからそう声を上げると、男ふたりはヒィと分かりやすい退
散の仕方で逃げていった。
「助かったよ、ルシア」
「俺じゃない、助かったのはあいつらの方だろ?」
「ちがいない」
 俺とそういう掛け合いをした禅鎧は、なにも言えずに黙していたシーラに声をかける。
「大丈夫だったか、シーラ」
「う、うん。ありがとう、禅鎧くん、ルシアくん」
 シーラが少しばかり震えてみえるのは、俺の気のせいじゃないだろう。禅鎧もそれを察
したようで、気づかうように、声のイントネーションをやわらげる。
「ドクターのところに行こう。あそこで、少し休んだ方がいいよ」
 ここは気を利かせるべきだろう。せっかく禅鎧にとってのチャンスなんだから。
 俺は静かに、その場をあとにした。


「なるほど、そういうことだったのか。フィールのやつってば。らしいな」
「まぁまぁ、あんまり笑わないでやってくださいよ。フィールもやりたくてやった失敗じ
ゃないんですから」
 闘技場入場口で出番待ちしていたメルク・フェルトを見かけた俺は、メルクの試合が始
まるまでの時間潰しに付き合っていた。
「だってさ、勝ってポーズつけようとした拍子に転んで、さらには自分の剣で腕を打撲す
るなんて。笑いのツボをおさえてるじゃないか。爆笑の渦だったんじゃないか?」
 あ〜腹痛い。
 オナカをかかえてヒーヒー言っていた俺は、苦笑いをしているメルクの肩をばしばしと
叩きまくった。
 これであいつ、きょうから有名人だな。外も出歩けないよ。
「にしてもルシアさん。どういうつもりなんですか」
「ナニがぁ?」
「温泉旅行の件ですよ。あれって、頼まれたわけじゃないですよね? だいたいそんなこ
と、大会運営委員会の方から依頼してくるわけがないでしょうし。そんな事したら、あし
たの太陽が拝めなくなりますからね」
「…………」
「なにを、企んでいるんです」
「……さて、ね。気を回しすぎなんじゃないか、メルク。だから身長が伸びないんだよ」
 現在は、ピートやクリスより低い。
 お約束だがこのふたり――クリスは俺とどっこいどっこいだが、ピートは俺より頭半分
ほど上になってしまっている。ちなみに俺は百七十。この数年で一気に伸びたのだ。伸び
ざかりだからなぁ。まだまだ高くなりそうだ。
「それは、関係ないでしょう」
 なんだ、気にしてないのか。怒ったフシが感じられない。
≪勝者、ライン≫
 この審判の宣言は、メルクの番が回ってきたことを意味していた。
 メルクはあまり戦いに向いてなさそうなふうだが、魔法に関しては右に出るものはほと
んどいないだろう。戦士としても鍛練をつんでいるようだし、余程の相手でない限りは快
勝だな。
「それじゃ、行ってきますよ」
「行ってらっしゃい」
 暗い入場口から冬の鈍い光の外に、メルクは溶け込んだ。


 三回戦まではおおかたは予想通り、一瞬で勝負がついてしまうという……あらためて、
この街の戦闘レベルの高さをあらわしていた。
 しかし四回戦ともなると、友人同士がぶつかり合うことになるのは当然。というか、ひ
とりをのぞいて全員、この街のヤツしか残っていなかったのだ。
 ――そのひとりというのが……
「志狼、おまえにお客さんだぞ」
 俺が控え室にまねいたのは、少女から女性へと変身を遂げる、そんな微妙な年頃の女の
子だった。廊下でここを尋ねられ、案内したのだ。さらに聞くと天羽志狼に用があるとか。
だからこその、このセリフだ。
「え、俺に、ですか?」
 ヒロとしゃべくっていた志狼はフイに顔をあげ、あまりのことに上体を後ろに引いてし
まった。女の子――名はフィアが、ブルーアイに険呑な光をたたえ、志狼を睨み付けてい
たからだ。
 フィアは、志狼をぶしつけに眺めまわし、
「こんな……こんな男が……」
 金髪碧眼の美女にこういうふうに見られて言われたら、誰だって唖然としてしまうだろ
う。しかも志狼には、フィアに恨まれる身に覚えはないはずだ。
 救い船というかなんというか、ともかくフィアがただ睨んでいるだけだったから、俺が
横合いをいれた。
「このヒトはフィアって言って、志狼、おまえの対戦相手なんだ。シード選手だから、四
回戦からね」
「シード?」
「ああ。彼女、これでもあの"グローバルナイツ"のひとりでね。大会運営委員会が、か
なりムリしてまねいたらしいよ」
『"グローバルナイツ"!?』
 って言えば、超がつくほど有名だ。
 ナイツとはいうものの、どこかの国に仕えているわけではなく、呼称のとおり、『世界
を守護する騎士』って意味なのだ。強さの純度を保つため、あくまで前任の技を継ぐのは
ひとりだけ。必ずその時期その時期に七人しかいず、結成させた三百年前からいままで次々
と継承されつづけていたのだ。
 志狼やヒロが驚いたのも当然だった。こんな二十歳にも満たない少女が、"グローバル
ナイツ"だなんて。信じろという方が、ドダイ無理な話しなのだ。
「ふん。やはりおまえも見た目で判断するのだな」
 志狼に、フィアが苛立ちを込めた冷淡さでそうつぶやいた。
「天羽志狼。おまえ程度があの方に認められたとは、到底思えんが……次の私との試合、
女だからだと甘くみるなよ? もしそういうつもりで戦うなら、三秒と持たないだろう
な」
「あの方……?」
「"グローバルナイツ"のサイドマスター。リカルド・フォスター殿だ」
『はぁ?』
 初耳だ。
 強い強いとは思っていたが、まさかナイツのサイドマスターとは。実質のナイツのまと
め役。二番目の実力者ということだ。
 これで、フィアの態度のワケが読めた。
 リカルドは、志狼を自分の後継者にと考えているのだが、それは同時にサイドマスター
の地位も譲るという意味にもなりえるのだ。フィアとしては、ナイツの一員としてその男
がどのくらいの器なのか見定めたい。それで、実際会ってみたら……
「リカルド殿の慧眼もおとろえたのだろうか。……とにかく、その不甲斐なさそうな性根、
一から叩き直してやろう。覚悟しておけ!」
 ちょびっと志狼の傷つくことをさらりと言ってのけたフィアは、凛とした物腰で出てい
ってしまった。
「なんだったんだ……」
 会話に入れてもらえなかったヒロが、そう漏らした。



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