中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<エンフィールド大武闘会> 〜第四章〜」 hiro


 この大会初、険悪な空気におかされた闘技場では、今まさに、志狼とフィアとの血をみ
るであろう勝負がはじまろうとしていた。
 四回戦・第一試合。
 ここまでくればより抜きの猛者しかいないことを、客も知っている。ふたりのあいだか
ら押し寄せる、研ぎ澄まされたシャープな情調感に余計な水を差さないよう、いつになく
静黙(せいもく)としていた。
≪始め!≫
 それに感化された審判の硬質な宣言とともに、ふたりは攻撃的な気を、相対している相
手に叩きつけた。
 志狼の蒼と、フィアの青が衝突しあいプラズマを生み出す。押し合いをしていたそれら
は、上方と下方にそのエネルギーの流れをかえた。轟然(ごうぜん)と観客席に飛び回り、
障壁にぶつかって断末魔をあげ、四散していく。
 客がどよめいている。
 自分たちの危険よりも先に、その凄まじさにだ。中にはすでに負けてしまった選手らも
混じっているが、みな一様に泡を食っているだろう。そして、ここまで来れなかったこと
に安心感を抱いているはずだ。ブザマな姿をさらさずにすんだ、と。
「……――ふん」
 初撃で、志狼が思った以上にできると認知したフィアは、イラ立ちはどこへやら、美顔
を愉快げにと一変させた。
 両刃で、さらに刀身の幅が大きい――ブロード・ソードを片手でぶら下げていたフィア
は、敏捷に志狼へと迫った。
 この武器に受け止めはマズイ。こいつは叩き潰すためのもので、志狼の片刃剣のような
斬るための用途で造りだされたものじゃない。よけるか、流すか。
 フィアの一閃。
 ピュッ!!
 振ったとき、太刀筋が精確でなければこんなキレのいい音はマズしない。重量武器を片
手で、しかもここまで入神的にこなすとは。"グローバルナイツ"っていうのは伊達じゃ
ないな。
 唐竹できたそれを、志狼は真っ向から迎え撃った。
「――ふっ!」
 呼気とともに少しばかり志狼が沈んだと思ったら、剣の横腹を柄頭でぶっ叩いたのだ。
これでフィアがバランスを崩せば反撃に持っていけたのだろうが、微動だにもせず、しか
しその表情は面食らったそれだ。
 一応、剣撃を横払いで飛ばしてみた志狼だが、顔をそらしただけでさけられてしまった。
「甘くみていたのは、私の方だったようだ」
 自らのうぬぼれに自嘲したフィアは、青い瞳を伏せた。志狼の技量を見切れなかった自
身に対し、叱責でもしているのだろうか。
「こっちとしては、なんだかワケの分からないうちに責められるのは勘弁してほしいな。
リカルドのおっさんに認められたつもりも認められる気もないが、そんな事でとやかく言
われるのも面白くない。――だから、白黒だけはつけよう」
 左手を柄にそえ、志狼は顔の横に剣をやる。カラダを弓としたら、剣は矢か。そこから
繰り出される斬撃は、ひとつしかない。
「それで、すべて解決だろ?」
「…………クス。そうだな。その通りだ。――いくぞ、天羽志狼!」


「それで? ここまでやるワケって、どういうワケがあるんだよ」
 タンカで運ばれる志狼に寄り添って、俺は笑みを噛み殺しながら尋ねた。後方からもも
うひとつ、タンカが向かってきていた。気を失っている、フィアだ。
 あ〜もう、あんまりセツメーしたくないほどの惨烈さでもって、このふたりに決着がつ
いていた。勝者は、かろうじてだが志狼だ。運良く、か。
「ああいう手合いには、これくらいしないとダメでしょうが……」
 それで喋る気もなくなったのか、志狼は疲れた様相のままはふぅとため息をついた。寿
命が数年は縮んだな、こりゃ。一歩間違えれば、どちらかが死んでいただろう。
 ふむ、とつぶやいた俺は、フィアをのぞき込む。
 たしかに、闘いのあととは思えない幸せそうな顔だ。
 しかし――志狼はひとつ忘れている。こういう剣に生きる女の心ってやつを。
「もうひと波乱、あるかもな」
 そう言われた志狼は、不可解そうに眉をひそめた。


 アインとアレフの試合は短いものだったが、迫力は他の追随を許さなかった。
 最初から、アインは「そのつもり」だったのだろう。
『リドリア神剣術・天の奥義! 星王剣舞陣!!』
 しょっぱなからのこれだ。
 星光(せいこう)をまとった刀身をアインが振りかぶり、振り切るごとに光が乱舞し、
その鮮やかな体さばきはダンスでも踊っているようだ。
 まばたきひとつの内に数十発は叩きこまれているはずの剣撃を、アレフが厳しいながら
も弾き返しているさまは、ちょっと信じられない。アレフのコトを知っている人間なら、
そう思わずにはいられないはずだ。
 しばし撃ち合っていたアインは、表情をかえず、だからとて無感動というわけでもない
微妙な顔立ちのまま、
『疾風斬・地!』
 アインの青い髪がなびき、そして刹那のうちにアレフの後方数十メートルを駆け抜いて
いた。そのあいだに、何十回と斬り込んでいたのだ。それでもアレフの防御陣は崩しきれ
なかったが。
 そして――
 そこには顔をかばいながら立ち尽くしているアレフと、棄権したアインの図があった。


「なんでだ」
「なんのこと?」
 飄々と戻ってきたアインに、俺はそう尋ねずにはいられなかった。
 たまにだが、この男の事が分からなくなるときがある。それが、こんなときだ。俺もこ
ういうふうに知らぬげにしたりするコトもあるが、それでもなにかをそれとなく気づかせ
る素振りくらいは見せる。
 が、このアインの場合は、とぼけているのか本当に知らないのか、それすらこちらに匂
わせたりしないのだ。
 疲れる奴だが、それでも頼りにしていいはず……だと思う。
「アレフがこのまま優勝した方が、そっちとしてもやりやすいだろうって思ってね。それ
とも、本気で負かした方が良かったかな」
「いいや、それでいいよ。おまえがこの大会で一番やっかいだったからな」
「僕は、今回はなにもしなくていいみたいだから。せめてこれくらいサービスしておこう
かって思って」
 なんだ。そのためだけに出場したのか。あの一戦のおかげで、アレフと『神霊』の同調
が進行し、いまや融合しかけていると言ってもいい。
 って事は組み合わせ、アインのやつ、魔法かなんかで細工したな。むろん、黙っていた
方がいいが。どこで誰が聞いているか分かったもんじゃないからな。ま、その気になれば
この場に防音の空壁(くうへき)を作れるが。
「感謝するよ、アイン」
「お互いさまだね。ギブ・アンド・テークでいこう」
 ……涼しい顔で、よくも言ってくれる。
 多分いまの俺の表情は、苦りきったものなんだろう。通行人がいぶかしげに通っていっ
たからだ。
 なんかこいつに、一杯食わせる方法ってないものだろうか?


 禅鎧とリサの試合は禅鎧に。
 総司とゆーきの試合は総司に。
 ――と、ここまで立てつづけに一本で落ち着き、そして……
「これは、面白いカードだな」
「そうだよねぇ。いっつもケンカばっかしてるふたりだけど、こんなふうに巡り合うなん
て珍しいよ」
 パティの売店の近くが穴場だと知ったみんなが、いつの間にか寄り集まってきていた。
俺のつぶやきに答えたのは、トリーシャだ。
 この試合は、刮目(かつもく)に値するものだと観客も含め、全員が知っていた。
 ヒロ・トルース。
 まるにゃん。
 秩序と混沌みたいなもんか。決して馴れ合うことはないが、本気で反発し合うコトだっ
てあまりない。それは互いに同じような属性を抱えていることに気づいているから。
 号砲は、ヒロの技から。
『神閃流・雷風閃!』
 あきれた跳躍力から跳び上がり、冬の弱光に照り返すカタナを引き抜き、その身がかす
むほどの速度でまるにゃんへと降っていった。
 ほいっと掛け声ひとつあげたまるにゃんは、左足をカラダごとひくことで半身になり、
たやすくその一撃をやりすごす。
 瞬間。
 片ヒザをついてカタナを振り下ろした状態のヒロと、そのスキを捕らえたまるにゃんと
の視線が、ばちっとからみ合った。
 嬉笑(きしょう)。
 ふたりは、笑っていた。
 冬風をからめたカタナが息吹きを鳴らし、半回転した横殴りの剣閃がまるにゃんの攻撃
より早く到達する。単純な速さならば、ヒロの方が上。
 パシッ。
 小気味良い音とともに両手の平で挟み込んだ刀身を、まるにゃんは思いっきりひねり込
んだ。白刃取り、そしてそこからヘシ折るのは常套手段。
 反射的カンの良さで柄から手を離していたヒロだったが、素手ならば、単純に考えれば
まるにゃんの方が上。
 戦況はこれによって決した。
 カタナを至近から投げ返され、ヒロがこれを払ったところを、まるにゃんの唯一の技が
炸裂したのだ。
『ゼロ・カノン!!』
 体内の気を管理する中枢、その大急所とも言うべき所に、『御霊抜き』とも呼ばれる気
を抜いてしまうそいつを食らったヒロは、意志の強さとは裏腹に、負けを認めるしかなか
った。


 対戦組み合わせ表をしげしげと観察していたトリーシャが、意外そうにうなっていた。
「ヒロが負けたのが、そんなに意外だった?」
「そんなんじゃなくて、これだよ、これ。これも珍しいんじゃないかな」
 表を俺に見せてくる。
「輝羅と才蔵ねェ……まぁ、あいつってばよく分からないヤツだからな、いろんな意味で」
 あいつってのは、才蔵――鬼塚才蔵のことだ。
 なかなかにハンサムで精悍な……そうだな、アルベルトのアップバージョンとでも言う
か。身長だって、百九十を超えてるらしいし。
 しかしなぁ、あのニヤケ面、それと不精ヒゲだけはなんとかしてほしい。あれさえなけ
れば文句なしにイイ男なんだけど。
 戦いが好きなヤツだから、だいたいの友人とは手合わせしてるが、女とはしていない。
輝羅、リサとも。……それと不本意ながら、俺ともだ。
 ずぅん……
 それをおろしただけで、重みに地面が低いうなり声を響かせた。
 ――斬馬刀『剛刹(ごうせつ)』
 斬馬とは、馬すら一太刀で斬り飛ばせる鋭利な刃の総称のことだが、才蔵の『剛刹』は
その重量によって叩き伏せる、って言った方がいいだろう。
 大きさにして二メートル、重さ数十キロあるそれを軽々と持ち上げ、才蔵が肩にかつぐ。
 対し、輝羅の武器はカタナ。柄頭から切っ先まで、一メートルちょい。斬馬刀を受け止
めるとか流すとか、そんなこと言ってられない。
 これは、輝羅が圧倒的に不利か。
『星守流剣闘術・五の法! 八岐大蛇!!』
 その手できたか。
 瞬斬(しゅんざん)――八つの刺突(つき)を輝羅の最速でもって繰り出す技。これな
らば、才蔵にはかわすことはできない。
 才蔵は斬馬刀の腹を目線と合わせ腰を落としていた。これで、ムキ出しになっていると
ころはほとんどなくなる。斬馬刀を知り尽くした、うまい防御手段だ。
 発動中の技に待ったをかければ、そこにスキが生まれる。
 輝羅はしょうがなく、正面から高速の刺突を放った。
 常人ならば、何が起きたかも理解できず、弾痕のようなあとを全身にうがたれるだろう
が……
 剣先がかすった才蔵の黒髪の毛先と服すそが舞い――そして輝羅は見た。
 斬馬刀の裏に隠されたあのニヤケ面を。
 たちまちのうちに斬馬刀が放り捨てられ、輝羅の手首が掴まえられていた。腕力という
点で輝羅が才蔵にまさっている可能性は、ない。
 才蔵は持ち前の怪力を発揮し、しかしオンナだからだろうか、骨を折らずに大地に輝羅
を組み伏せたのみ。
「まぁ、スピードって戦法は誉めてやるけどよ、あとがお粗末だったな、輝羅」
「あんたの行動が読めなかっただけ……これでも、勝ちにいったんだけどね……」
「相手が悪かったって、あきらめな」
「……そうする」
 組み伏せを解かれた輝羅は、両手を挙げて、お手上げのポーズをした。


 紅蓮とメルクの試合はメルクの勝利で終わり、そして四回戦、最終組み合わせ。
 フィール・フリーエアとケイ・ラギリオン。
 対魔族用魔法剣『アスラ』をたずさえたフィールと、徒手空拳のケイ。これならば、互
角ってとこだろうか。
 ……フィールのやつ、左腕の打撲傷はいいのか?
 始まりと同時に、ふたりの剣と拳が青白い光に包まれる。魔力らしきものを集束したよ
うだ。
 互い、相手の持ちフダをある程度知っているから、ここは心理戦となるか、それとも大
技の撃ち合いとなるか。
 ――ケイらしい、撃ち合いに持ち込むか。
 突っ込んできたケイに、フィールのアクションは不動。移動したところで、ケイにすぐ
さま追いつかれると踏んだのだろう。
 戦闘のあらゆる面でフィールはケイに数段劣っている。
 フィールは、奇策あり、って顔つきかな。
 前面に飛び込んだケイの拳がはね上がった。
『覇皇滅殺拳!!』
 異なる魔力を拳撃に介して目標に叩き込み、内側から破裂させる技。威力的には加減し
ているだろうが、フィールの入院は決定だな。
「ブレイク!」
 フィールは剣にためていた魔力をその一言によって解放し、それにぶつけ、相殺する手
段をこうじたのだが……
 ケイはめい一杯しゃがみ込み、その魔力撃をかわしてしまったのだ。そしてその拳は、
起き上がる勢いに加速され、フィールの腹にめり込むはずだった。
 油断だった、ケイの。
 フィールの左手には注意をあまりはらってなかったのだ、ケガをしていることを承知し
ていたから。
 ちょうどフィールの左手の平が、ケイの側頭部にそえるような位置になり――
「ハッ!!」
 その気合の呼気とともに、そこにためてあったフィールの魔力が放出したのだ。密着状
態からの魔力衝撃波は、さすがのケイですら空中を数回転し、地に叩きつけられるハメと
なった。
 ケイはやたらカラダが頑丈だったから、フィールも手加減してなかったようだな。
「てててて……」
 頭蓋が砕けていいはずのそれに、ケイはふらんふらんと頭をゆらしているだけだ。死ん
だっておかしくないのに。
「ケイさんて、まるっきり化け物だね……」
「でも、立ち上がれないみたいだよ、トリーシャ」
「フィールさんの、勝ちかぁ」
 トリーシャとゆーきの会話を横耳に、俺はフィールに喝采を送っていた。



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