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「<エンフィールド大武闘会> 〜第五章〜」 hiro


 そう言えば、俺が闘技場で戦っている人間のセリフを明確に描写しているのに不思議が
られた読者もいるかもしれないが。
 タネを明かせば、魔術によるものだ。
 音に指向性を与え、ここにまであたかも近くで喋っているようなセリフを持ち込ませる
――ま、早い話し、傍受(ぼうじゅ)させているのである。
 音声系魔術は近年、魔術師組合が独力に開発した、ニュー・メディアだ。
 むかしから存在していてもよさそうな魔術だが、これは悪用されやすい面が大きいし、
開発に至難な技術を要するため、敬遠されがちだったのだ。
 しかし自警団からの要請により、条件つきながらも組合は開発を了承した。なんにでも
応用が利きやすい汎用魔術(情報系や移動系)は、雑多な事件なんかに役立つ武器となっ
てくれる、それが自警団側の主張だったから組合も呑んだのだ。
 が。
 組合の長が良識を持って研究にあたった音声系魔術には、致命的欠陥があった。
 ひたすら扱いが高難度で、3級魔術師免許――この級から他者への魔法指導ができる―
―を得てる術者ですら、魔法の方に振り回されるのだ。魔力消費が小さいから、反動は恐
ろしくないが。
 意図してこういうふうにしたのでは、と思えるくらいだが、長の真意は読めないし、作
ってもらったんだから文句もいえない。
「イヤホンつけてるみたいだな、これって」
 これは、紅蓮の言い分。
 イヤホンって言うのは、AV機器とかにあるオプション品だとかなんとか。トウキョウ
っていう異世界から来た紅蓮は、たまにこちらの分からないたとえをしてくる。
「ともあれ、便利だからいいんじゃない?」
 その音声系魔術をどこかしらから入手した当人、アインが気軽に答えていた。こいつ経
由で、俺と紅蓮とメルク、それと総司にフィールがこなせるようになっている。


 準々決勝・第一試合は、アレフ対志狼だったのだが、あの満身創痍の身で志狼が出てこ
れるはずはなく、トーヤのドクターストップがかけられた。アレフの不戦勝だ。
 二試合目。禅鎧対総司。
 どちらもオールマイティな能力の持ち主。しいて違いをあげるなら、禅鎧は格闘術に、
総司は魔術に分がある。
「どう見る? 紅蓮は」
 メルクに魔法合戦でやぶれた紅蓮に、そう問いかけてみる。
「総司の実力はだいたい押さえてるんだけどよ、禅鎧の方はちょっと……」
「比論はできない、か」
 体操座り、そろえた両ヒザにアゴをのせ、横目で闘場を見下ろしている紅蓮は、こいつ
らしからぬ陰鬱(いんうつ)なため息を何回もついていた。
 四回戦落ちがそんなにショックだったのか?
「コラ、紅蓮! あんた、さぼらないでって言ってるでしょ?」
 そろそろ小腹がすくころだ。
 昼過ぎからいままで客の足並みが途絶えていたさくら亭出張店には、ちらほらと忙しさ
がぶり返そうとしていた。
 ひとりじゃ対応しきれなくなると予断したパティが、そうたしなめてきたのだ。
 ……あ、紅蓮が顔をヒザに埋めて、抵抗の意をみせてる。
 スコォーンッ!
 おでんに必須なオタマを飛び凶器に放ったパティは、めんたまに火花を散らしぐったり
とした紅蓮を、物でも扱うかのように引きずっていってしまった。
 ……見なかったことにしよう。
『オオオオッ!!』
 ウエーブのような音階の高低がはっきりしない人々のざわめきが耳を打ち、俺は視線を
その元となったそれに転じた。


『ヴァニシング・ノヴァ・ソード!!』
 総司の物理魔法。
 通常の範囲系とは違い、力のベクトルを直線状にすることにより、『カーマイン・スプ
レッド』の数倍の破壊力を生み出しているのだ。
 ……総司、なんだか遠慮がない。もしや、あのあとシェリルとなにかあったのか?
 魔法力が一気に束ねられ極太のレーザーとなり、それがまとう魔力圧は周囲の大気をそ
よがせる。
 禅鎧は熱に焦げる感覚を味わいながら、光を……光によって薙いでいた。
『心月流・龍牙断臂剣!!』
 柄から伸び上がりいまや剣のカタチをとっている光が、一刀両断にしてのけたのだ。攻
撃魔法は存在を固定しきれなくなり、多少の余波をせんべつがわりに消散した。
 魔法障壁が強風にあぶられたように小刻みに揺れ動く。
 切っ先を横にし、禅鎧は総司に急速に接近する。どのくらいの切れ味かは、先刻の攻撃
魔法をぶったぎった時点で了承済みだ。
 総司はあえて剣撃戦にのったらしく、踏み込みから強力な突きをほとばしらせた。
 ――が。禅鎧は刀身をしまい込み、手から生まれた光球――気――を地面へと吸い込ま
せた。
『心月流・光柱撃!』
 光が鏡に反射するように、水面に投げ込んだ石の中心から波紋が生まれるように、気が
地面で反射し波紋が起きる。禅鎧を中心として、それが光柱となった。
 馬車は急には止まれない。それは、総司にしてもまたシカリ、である。
 みずから突っ込んでしまった総司は、そのせいで衝撃が二乗され、あえなく高空に投げ
出された。


「あそこからああすれば良かったのか……」
 四回戦で総司にしてやられたゆーきが、禅鎧の戦術ぶりにしきりにうなずいていた。横
から俺が、
「そんな大したもんじゃないと思うけど」
「そうなんですか?」
「なんだか総司のヤツ、ほかの事に気を取られてるところがあったから。気づかなかった
か?」
「ゼンゼン。……僕、修行が足りないのかな」
 ゆーきは自己批判で落ち込み気味か。
 戦闘においてゆーきは目を見張るものはある。ただこの街が異常なため、影になりやす
いが。それにさっきの総司の心理を察するには、たしかに修行はいる。ただし、それは戦
いじゃなくて、男女間のなんたるかであるけど。
「武術もいいけどさ、ゆーき。もう少し、ほかの事に目を向けてみたら? そうすればい
ずれ分かるかもしれないぞ」
「……はい」
 そんなに大したコトは言ってないのだが、ゆーきは実直に受け止めたのか、神妙そうに
アゴを引いた。


 第三試合、才蔵対まるにゃん。
 斬馬刀が、砂塵と重低音を巻き上げる。才蔵の『剛刹』による横薙ぎが空気圧を起こし
ているのだ。
 一見、その風に翻弄されていたまるにゃんは、その実、風を利用しムダな力をはぶく、
そういう回避をおこなっていたのだ。これで、斬馬刀による斬撃は無力化したも同然。当
たらなければ、ただ重いだけの無用の長物だからだ。
 なにかしなければ、このままジリ貧になる。才蔵も気づいているはずだ。
 しなる枝とまるにゃんを見立てるならば、暴風によって根元からタタキ折るか、みずか
らも枝となるか。
 才蔵が採択したのは、前者だった。
 ひたっと攻撃の手を止めた才蔵は、斬馬刀を腰溜めに構える。切っ先は、微塵にもぶれ
ていず、どれほどまでに集中しているのかがうかがえる。
「いいねぇまるにゃん、オメーは強いぜ。この瞬間をもっと味わいてぇが……次があるん
でな。これで終わりにさせてもらう」
「きなよ」
 双方大胆に言い合い、そして決着のときがきた。
 腰溜めから放たれる突きは、発火しそうなほどの摩擦熱を斬馬刀の先端部分にもたらし
た。食らえば、肉片になるだろう。殺す気の、一撃。それくらいしなければ、まるにゃん
にはかなわない。
 まるにゃんの身がふわりと宙に浮き、上下反転し逆立ちの状態から、その真下を突き抜
ける斬馬刀の峰を手でつかもうとする。そうやって武器を制しつつ、そこを支点にして蹴
りを食らわすのが、まるにゃんの算段だったのだろうが……
 才蔵は、それを読んでいた。
 まるにゃんならそういうトリッキーなコトをやってのけるだろうと……そうするだろう
と賭けていたのだろう、才蔵は。
「!?」
 刀身が逆さになり、刃の方が上になる。そしてそのまま打ち上げてきたのだ。突進から
ブレーキをかけたときの反動をその斬り上げにのせているから、その斬力は底知れない。
 まるにゃんの左右に斬断された凄惨な姿が、いましも現実になろうとしていた。
 しかしまるにゃんは、構わずつかんだ。
 斬馬刀が振り上げられる寸前に、まるにゃんは予定を変更し、ただ降り立っただけだっ
た。
 ――その目前には、斬馬刀を振り切り、胴体がガラ空きの才蔵。
 ガッ!!
 刃でなかば指がおちかけ血にまみれていたまるにゃんの拳が、才蔵の胴体に食い込んで
いた。


 第四試合、メルクとフィールの対決は、メルクの勝利でおさまっていた。どうしてもメ
ルクとやり合うと魔法――ってことになり、そうなるとそういう駆け引きではメルクに敵
はいない。フィールだってあえてそんな勝負に持ち込みたくなかったのだが、その魔法の
多様性の前に、乗らざるおえなかったっていうのが敗因だろう。
 アレフ、まるにゃん、禅鎧、メルク。
 準決勝にコマを進めたのは、この四人だ。
 これは予想外もいいところだろう、ほか三人はともかくアレフがここまで来るなんて。
俺にとっては至極当然だったが。
『御霊遷し(みたまうつし)』
 神族のある儀式でもちいる、重要な儀礼だ。
 これが神族同士の場合は、ある事を誓うだけの意。しかし人間の――アレフにこれをし
た場合は、話しは変わってくる。
 あのクラウド医院での……つまりキスをしたときに、俺の中にある神族としての力――
『神霊』を抱合した種を、送りこんでいたのだ。神族同士だってこれをやっているが、両
人の力は同質なのだから、変化があろうはずはない。
 この一ヶ月間のうちに種が芽生え、生長していたってわけだ。
 ことわりもなく半神にしてしまったことについては、いつか謝ろう。どうせ、これから
付き合っていかなきゃならないわけだし……
 ……が、そんな俺の心情とは関係なく、アレフに変調が起こったのは、まるにゃんとの
試合がはじまる数分前だった。



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