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「<エンフィールド大武闘会> 〜第六章〜」 hiro


 ガラン。
 俺とメルクは、その音に振り向く。
 無気力に突っ立っていたアレフの背中を、ふたりでうろんに見つめた。
 控え室の隅に置いてあった清掃用のバケツをひっくり返したアレフは、直そうとも、行
こうとしていた水飲み場へも足を動かそうとしなかった。
「時間、もうないぞ? 水飲みに行くなら、早くしないと」
 さざなみのように内心をゆるりと不安がおおいながらも、つとめて普通にそう声をかけ
た。
 心臓の鼓動が早くなる。波打つ波動をこの手で感じることができるほど、静けさに満ち
た室内。身体の芯が凍る冷たさの中、まさか、もしかして、と懸念を脳裏に思い描いた。
「おかしいですね」
 言って、近づこうとしたメルクは、動けなくなる。アレフのその威圧感に。実際にこち
らの身を殴りつけてくる圧迫感は、驚異だ。
 壁の表面が粉微塵になり、足元から縦に裂け目が走る。
 いまにも噴き出しそうな神気が、アレフの内から雄々しい叫びをあげていた。
 ――しかし、そこまでだ。
 突然なえてしまい、がくりとヒザをつく。一律とした息づかい、それを床に向かって吐
きながら、アレフは気をととのえていく。
 ぽたり……
 自分の口からこぼれ落ちた液体を見て、アレフの顔が一瞬……ほんの一瞬だけ、こわば
った。
 こちらからはあいつが影になってそれが見えなかったし、そのときは安堵で一杯だった。
カッコ悪く、よだれでもこぼしたんだろう……だから、慌てて拭いたアレフの挙動は、な
んの疑問も持てなかった。
「行ってくるよ」
 俺たちに声をかけるいとまもくれず、アレフは出ていった。


 宙でくるんと一回転したまるにゃんは、体重と遠心力の乗った蹴りをアレフの頭頂部へ
と放った。
 これがいつものアレフ相手ならば、こんな妙技をしたりしないが、客からは優勝候補と
ささやかれ、まるにゃんも決してナメてかかったりできないと、カンが告げているのだろ
う。
 アレフも跳び上がり、首をかしげつつ直撃をさけ、まるにゃんの首を右手でつかみとる。
左腕はがっちりとまるにゃんの右足にからませ、これで足での抵抗はムリ。そうなるとま
るにゃんは拳撃で――となるのだが、この姿勢では充分な一撃を放てなくなり、
 ゴンッ!!!
 大地に叩きつけられたまるにゃんは、押さえつけられたままのため、衝撃を地面にしか
逃すことができず、大半は首一本に集中してしまった。
 ……折れるどころか、コナゴナになっているかもしれない。
 まるにゃんだから死なないが、これは過剰だ。
 ……アレフ……
 水を打ったようなコロシアム。アレフは無機質な表情に汗を浮かべながら、すっくと立
ち上がった。


 このあと、メロディが大泣きしたことは言うまでもなく、ゆーきやヒロからは、ののし
りと言っていい言葉を浴びせられた。
 由羅は、そこから笑みだけを取りのぞき、黙ってアレフを見つめていただけだ。それが
返って、由羅の怒りの度合いを語っている。
 ――だけど、アレフは、
「どいてくれ」
 通路の前に立ちふさがった友人たちを無下にして、なにもかもそのままに、どこへとも
知れず歩き去った。


 ……とりあえず、もうひとつの準決勝に話しを移す。
 メルクと禅鎧(ぜんがい)。
 魔法だけならばメルクが突出しているが、ほかの面では禅鎧が優勢だ。バランス的な良
さのおかげで、禅鎧はここまで順番に勝ち上がってきたのだ。
 剣での噛み合いはさけたいところだろうメルクは、牽制に得意の魔法を繰り出した。
『ガイア・グレイブ!!』
 練達しているせいか、メルクの魔法に予備の動きはなく、その不条理な現象を引き起こ
させた。
 盛り上がりをみせた地面が、急速に硬質化し、分子レベルから構成転化させられたそれ
らは、石槍となって土を弾けさせた。
 さすがはメルク。
 槍と言っているが、殺傷力を軽減するため穂先は丸くなっていた。メルクが競技用にア
レンジを加えたのだろう。
 無数に突き出したそれらのひとつ、突起部分をよけきれないと判断した禅鎧は、心外そ
うにそれを手の平でつかんだ。
≪おおっと、これはスゴイ、禅鎧選手! その場で逆立ちだぁぁ!!≫
 ……ひさしぶりに聞いた実況者の興奮声は、禅鎧にとっては皮肉にしかとれない。もし
穂先がとがっていれば、手を突き抜けていただろうからだ。その時点で、アドバンテージ
はメルクに奪われ、負けていたかもしれない。ある水準以上の力量のヤツじゃないと、こ
の事には気づかないだろう。
 頭と足の位置が逆転――つまり片手で逆立ちしていた禅鎧は、片腕の力とよじった下半
身でもってその場を飛びすさる。
 宙空から、禅鎧の親指が数回にわたり、弾かれる。
 気で詰まったビー玉ほどの指弾が、可視できない速度でもってメルクへと接近した。上
下左右、どこによけようとしてもどれか一発は食らうことになる、そんな射撃。
 だがメルクには必要なかった、回避など。
 濃圧縮した『風の盾』がメルクの前方に展開し、指弾をべちゃりとした形容が妙にしっ
くりくる破裂をさせたのだ。
 メルクの魔法の展開は、それだけではすまなかった。
 『風の盾』の魔術構成にひそませ、もうひとつ練っていたのだ。これは魔術用語で『二
足掛け』と呼ばれる超過技術だ。
 禅鎧の背面を『空間転移』したメルクの剣撃が襲ってきた。
 横薙ぎを禅鎧は身をひねってかわそうとしたが、ふとももに血線を刻まれ、それにより
体勢を崩しかける。剣を下に突き立て踏みとどまった禅鎧は、カラダごとメルクにぶつか
っていった。
 これで、メルクの次手はふせげた。
 どちらともなく起き上がるふたりだが、メルクにとっては危険な間合い。すぐさま飛び
離れ、禅鎧は――こちらは追おうとはしない。
「これで、導くことができる」
 言ったあと禅鎧がクールに笑い、横っ飛びする。それはフェイントだ。メルクでなくと
も、誰しもがそう思った。
 シュ……
 微音、それは客席からは決して聞き取れない、そんな響き。次の瞬間――
 雷光と激音が咲き乱れ、禅鎧の下方から生まれた雷撃が、地面を蛇行しながらメルクへ
と突進していった。それはさながら、大地を導火線とした地雷のごとくだ。
 転移しているヒマはなく、とっさにメルクは上空へと跳躍する。
 ……どうやら、導火線とするのは空中でもらしい。
 追うように虚空を滝登りしていった雷撃はメルクをとらえ、その力を解き放った。
「心月流、雷龍閃波」
 禅鎧が、言った。
「メルク、おまえにぶつかったときに、この技の目印をつけさせてもらったんだ。魔法で
も逃げられないようにね」
 言いながらもその心根は、複雑か。やはりこの試合、メルクが勝っていただろうから。
もしこれが死合なら、それは動かしようのない事実になっていたはずだ。
 手を貸してもらい立ち上がったメルクは、わだかまりのない顔で応えていた。
 そのふたりに、ギャラリーはおしみない拍手をおくったのだった。


「アレフがいない?」
 決勝戦、いましも始まろうとしているのだが、肝心のアレフが見当たらないのだ。役員
はおろおろとそれだけ告げて、探しにいってしまった。
(どこ行ったんだ、あいつ)
 効率良く、仲間と散開して探し回っていた俺は、コロシアムの外、外壁に寄りかかって
いるアレフを見つけた。
「アレフ……?」
 どこか近寄りがたい雰囲気に、思わずおののいてしまった俺だったが、意を決して歩み
寄った。
 その足元、そして壁には赤黒く汚れたあと。
「それ……血か?」
「……知らねえよ……」
 このごに及んでの強がり。ゴホッ、と咳き込んだアレフは、血を吐き出した。壁にかか
ったそれは、川となり、下方を赤で満たす。
 ……しまった……拒絶反応だ。
 徐々に『神霊』をカラダに馴染ませなきゃならないのに、この大会で相当にきついスケ
ジュールをこなしているのだ。アインとの戦いで短い時間に格段の進歩をしたが、その分
カラダには負担になっていたのだろう。あのあたりから、アレフの様子がヘンだった。
「きけん……棄権した方がいいよ、アレフ!」
 こころの底から出た心配の言葉だったが、アレフは首を縦に振らなかった。
「そんなわけには……いかないだろ? ここでは、休憩してただけさ。俺は出るよ。……
応援、しててくれよな」
 カラダ自体がつらくても、だるいとかそんな症状じゃないのだろう。吐血と、むしばむ
内面からの痛みに悩まされているだけなのだ。試合に臨むことは、可能だ。……でも、さ
らに症状が悪化する。
「やめて……! もう、いいから! 俺が……俺が悪かったんだから……」
 このままだと、命すらあやぶまれる。
 ここで止めなきゃ、一生後悔する気がした。
「……ルシアちゃんの、ため……だろ?」
 アレフにそう言われた俺の心中で、どきりとなにがか跳ねた。
 見てないようで、しっかり見ててくれてたんだ……こいつ。俺が仕事の合間に、それと
は別の事で駆けずり回っていたことを。
「知ってたのか……」
「知らないとでも思ってたのかよ。……これに勝ちさえすればいいんだろ、これに」
 どうしよう。
 アレフが勝たなきゃルシアちゃんが……でもそうなればアレフが……
 こんな葛藤は、はじめてだった。
 確率なんかで……そんなことで物事をはかりたくない。可能性もイヤだ。絶対じゃなき
ゃ。
「……おまえ、俺が死ぬとか思ってないか?」
 怒ったような顔をみせたアレフは、それをキッと、でも優しさを込めて引き締めた。
「絶対、だから。俺は絶対勝って、絶対ルシアちゃんを助けて、絶対……」
「――――」
「おまえを悲しませない」
 歯の浮くセリフだ……自意識過剰なんじゃないのか、バカ……
 俺は無言のまま、うなずいた。



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