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「<エンフィールド大武闘会> 〜エピローグ〜」 hiro


 冬の午前の空気は、張り詰めるくらい冷たいが、体内に浸透しづらい。
 表層に張り付くその寒さ、しかしこの場の誰とて身震いを起こしてはいなかった。
 幌馬車の中には白衣姿のトーヤと、たっぷりの毛布をかぶせられたルシアちゃんがいた。
その前に立っているのは、俺とディアーナ。
 トーヤが、
「ディアーナ、俺のいないあいだの留守をまかせるからな」
「は、はいッ」
 緊張とはじめて大業を任せられた喜びとをない交ぜに、ディアーナはハデにうなずいた。
 それは、危険なのでは。
 俺は軽い焦燥を感じながら、トーヤに聞いた。
「いつ帰ってくるんだ?」
「そうだな……三週間といったところか。あっちでの滞在が長引くならもっとだろうが―
―どうした、ルシア」
「早く帰ってきてくれよ、ドクター。エンフィールドの衛生のために」
 そのあいだ、この街では誰ひとり、怪我だろうと風邪だろうとできなくなる。ディアー
ナの診察や治療じゃ、上乗せさせてくれそうだからな。
 あいかわらずのディアーナは、俺のセリフの底にある真意を嗅ぎ取れず、トーヤの方は
微苦笑をみせ、
「あのなあ、ルシア。こいつは俺のとこに弟子入りしてからもう三年になるんだぞ? 基
本的な医術はマスターさせたつもりだ。――血は、まだダメだがな」
 寝食を共にしている少女の若草色の髪を、トーヤらしくなくクシャクシャと撫でた。デ
ィアーナはやめてくださいよぉ、とか言ってるが、それに小犬のように喜んでいた。
 意外だ。いつの間にやらあのトーヤにコミュニケーションが。
 驚愕に半身を引いていた俺に、トーヤが後ろを横目に、
「御者の腕が良ければ、何日間かは縮まるだろう」
 そこには、二匹の馬にジャレ付かれている御者兼護衛のアインがいた。
 魔法医術の先進都市であるライシスに向かうため、馬車をレンタルしたのだ。ライシス
へむかう直接定期便はないせいと、ルシアちゃんの容態を考えた上での配慮だ。護衛と御
者をやとうお金は節約のため、万能アインにお出まししてもらったってワケだ。
 護衛として、俺も行きたかったのだが。アインひとりで事足りるし、ジョート・ショッ
プを志狼だけでやらすワケにもいかない。……それに――
「お姉ちゃん……」
 つややかな黒髪がサワリと揺れ、ルシアちゃんは髪と同色の瞳から、悲喜(ひき)をに
じませていた。
 魔法医術と言えども失敗することはある。もう会えないかもしれない、そう思っている
のだろうか。同時に、治るかもしれない、そうも思っているはずだ。だから、両方の感情
を現しているのだ。
 哀別も、惜別(せきべつ)も、いらない。
「またお喋りしような」
「……うん」
 一時期の別れに、多くの言葉を必要としない、俺は。
 また会えると、分かっているから。
 馬車の車輪がゆっくりと回りだし、霜(しも)のおりかけた路面にわだちを彫り込んだ。
アインのこころ配りだろう。実に、ゆっくりと。
 黙のなか、互いに別々の形でのいつくしみを与え合った俺とルシアちゃん。たまりかね
たルシアちゃんは、泣きそうなほど顔をゆがめ、
「……お姉ちゃん。私、こういうとき、なんて言っていいか分からない……けど――」
 毛布をのけ、こっちに向けて前かがみになったルシアちゃんは、彼女の精一杯の気持ち
を込めて、こう叫んだ。
「ありがとう、お姉ちゃん!」


 あ〜あ。お姉ちゃん――か。
 板に付いてきたな、俺も。
 反芻(はんすう)するたびに苦笑になるそれを胸中に、はりきって診察室へと入ってい
ったディアーナをはた目に俺は、病室へと向かった。
 ドアを開け、中に入る。
 ベットにはアレフが寝かされていた。
 『神霊』の拒絶反応は決勝戦終了直後に暴発し、俺の目の前でアレフは血で全身を染め
た。血管のすべてがちぎれ飛んだかのようなそれだったのに、いまじゃ傷痕すら見分けに
くくなっている。
 そこで限界点ぎりぎりだったが、休息することで安定したようで、たちまちに順応した
ようだ。この回復力が、その証拠。
「寝てる、のか――」
 丸一日睡眠をとったくらいじゃ、足りないらしい。もしかしたら、今日中にも目覚めな
いかも。
 一室にもうけてあるイスを持ってきて、ベットの横、アレフの顔がよく見える場所へと
移動する。
「ルシアちゃんな、ありがとう……だって」
 ちょんとアレフのほおをつつき、
「ほんとに、おまえのおかげだよ。おまえがいなきゃ十万なんて大金、集められなかった
ろうな」
 大武闘会の優勝賞金は二万。
 アレフが大会に優勝できると踏んではいたが、それでも十万にはほど遠い。
 そこで、盗賊ギルドがやっているトトカルチョに目をつけた。こういうのは街の禁止令
のひとつになっているから秘密裏でおこなわれているが、公然として知られている。経済
の円滑には、こういうのがいることを自警団も公安も分かっているのだ。だからこそ、表
沙汰にならない限り暗黙の了解ですませている。
 アレフが優勝するとなれば大穴。俺はそこに賭けておく。
 しかし、それでもまだ足りない。
 そこに追い撃ちとした策が、あの作戦その一・その二だ。
 その手口により参加者をより増やし、アレフの倍率をさらに押し上げる。何百人の選手
の中に埋もれたアレフは、賭けの対象にもなっていなかったに違いない。
 こんな手管みたいなコト、したくはなかった。賭けが賭けとしてほとんど成立してない
からだ。盗賊ギルドがこの事実に気づけば、裏の世界に追われるリスクすらある。これは
返り討ちにできるできないの問題ではない。
「うまくいったかどうかは、知らないけどさ……」
 ギルド長のトラヴィスは口出ししてこなかった。アレフの強さの異常性を見ても。その
アレフ一点に賭けている俺が怪しまれてもいいはずなのに……
 もしかしたら。
 俺の事情をどこかしらで知ったトラヴィスが、黙認してくれたのかも。顔と職業に似合
わず、人情的なところがあるから。十万ゴールドなんて、あの大会の裏で動いた金額から
みれば、ハシタものだってのもあるだろうが。
 まあ、ともかく。
「優勝おめでとう、アレフ」
 言いたくてなかなか言い出せない言葉を告げた俺は、無意識にアレフの髪をなでていた
手を戻そうとして――
 素早く伸びたアレフの手がつかんできた。こちらの有無を言わさず……
『…………』
 二度目。
 みるみるうちに、顔が紅潮していくのが分かった。でも、抵抗をする気はなかった。ア
レフの体温を間近で感じるのも、悪くないかな、って。
 長々と俺と唇を寄せ合っていたアレフはやっと手を引っ込め、
「これ、報酬な」
 言って、笑った。
 こっちもつられるように冷め切らない赤面で笑っておきながら、ぼかりと拳を一閃。
「調子にのってんじゃない」
「ってェ〜〜〜ッ! かなりマジでやりやがったな」
「か弱い乙女にこんなことしたんだ。バチが当たって当然だろ」
「――か弱いオトメ、か。むかしのおまえからは、絶対聞くことができない言葉だな。
あ〜それにしても」
 そわそわとして、だけどスッゴク嬉しそうなアレフは、
「楽しみだなあ、温泉旅行。お、ルシア。おまえ、浴衣とかどうする? なんなら俺が買
ってやろうか?」
 思いを遠くにはせているアレフに、これから俺が告げる言葉にどれほどのパワーがある
か。分かっているだけに、笑いを殺せそうもない。
「温泉旅行のチケットなら、そのスジで換金しちゃったから。ルシアちゃん送迎用の馬車
のレンタルと道々の費用に」
「――え?」
 あ、アレフの顔にヒビが入った。
 石化していたアレフは、俺のチャカ入れのふぅっと吹いた吐息でカケラに変えられたよ
うに散らばる。そしてその破片を集め自分を形作る作業をのろのろとしていき終わったあ
と、しくしくと泣き出した。最大級の衝撃を描写であらわしたらしい。
 泣きっ面のアレフに、俺は、
「これから長い付き合いになるんだ。それくらい、どうってことないだろ?」
 言いながら俺は、このセリフをどうアレフが受け取るのかと、楽しみながらいろいろと
想像した。
 ちなみに、『御霊遷し』の誓いの意は。人間と結婚式のそれと同じ――
 ――あなたを、永遠に愛しつづけます――
「……ま、神族の命は悠久だから、疲れるときもあるかも知れないけど……」




<あとがき>

 これをもって、悠久幻想曲のSSは幕を閉じました。
 もちろんボクの中にだけですが(^^)
 思えば一年と半年ほど前。スターライトマリーのHPでの素人さんのSSを読んだとき
からはじまりでした。
 そのHPが閉鎖する一ヶ月前ですか。
 図書館に膨大な量のSS。当時から小説は好きでしたけど、素人のは読む気が起きませ
んでした。
だって、大したことないって思ってましたからね。
でもたまたま読んだそのSS、まるにゃんのだったと思いますけど、それに感化されて
ボクも書いてみよう、って。
 
 最初はね。
 ワード開いて三行ほど書いたら、もう書けなくなって。
 どうやって書いていいのか、あのころはさっぱりでしたからね。プロの小説家のを参考
に、四苦八苦して……
 十行書くのに一時間(苦笑)
 しかも、イスに座ってるのが辛くてつらくて。
 でも根気の勝利でしょうか。あきらめずにうまくなりたいって思ってやっていたら、な
んとか読める程度のレベルにはなれました。
 ボクの書き方、大したことないかもしれませんが、当時のそれと比べたら、スゴイもん
ですよ(^^)
 ここで昔話がしたかったワケじゃないんですが。
 悠久SSのおかげで、今の自分がいるんだぞ、って。

 さて。
 今度からは、完全オリジナル小説を書くわけですが……いままでのような真似はできま
せんねぇ。ヒロの技は、るろうに剣心から拝借してますし。大好きなんです、このマンガ。
「書けるかな」
 これですね。これが一番不安です。
 しかも今度からは、適当なことは書けないし。下調べを入念にしたりとか……
 なんか、メンドクさくなってきたかも(笑)
 残念なのは、これは見せられないことですね。はじめは読みたいヒトにだけ送ってもい
いかな、て思ってました。けど、それに時間をさかれるのも困るし、なにより試作品を見
せるのもマズイし。
 見せてこその小説なのは分かってますが……
 
 とにかく。
 今まで見守ってくれたみなさん、どうもありがとうございました。
 そして、ご苦労さま。こんな面白味のないSSを読んでくれて。
「別れに多くの言葉はいらない」
 ルシアが言っていた言葉ですけど、ボクの信条でもあるんです。
 上でさんざん語ってますが(^^)
 ――それでは。



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