中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<未来と現在と最強と> 〜中編・2〜」 hiro



「――そう思わない? 朋樹くん」
「あやしいって言えばあやしいけどね」
 診察室を覗き見ているのは、ディアーナと式朋樹だ。
 そのふたりに注視されている少年は、トーヤに触診されている。赤黒に染まった脇腹を
丹念に診てトーヤ、
「これは、転んでできたものではないだろう。何をした?」
「…………」
 少年は答えない。
 青の帽子のつば下から、ふてぶてしい眼光がトーヤを睨んでいる。
「あんたはただ、オレの傷を治してくれるだけでいいんだよ。急いでるんだ、早くしてほ
しいな」
 患者の態度じゃない。トーヤも医者の態度じゃないが、あんまり。
「……いちおう軟膏と包帯で応急固定はしておこう。ただし、ムチャはするんじゃないぞ」
「そうもいかないぜ。オレにはするべきコトがあるんだからな、この街で」
 ジャケットを羽織った少年は、さっきから感じていた視線の主に視線を返した。朋樹が
けげんそうにする。
「ここで『こんなヤツ』に会えたのは幸運だった」
 ずかずかと少年が、待合室の方に歩いてくる。
 朋樹とディアーナがそれに圧されて後ろに下がった。
 少年の目深にかぶった帽子から紅の髪がこぼれていて、ジャケットの下からは青いTシ
ャツが。そして腰にはカタナ。
「やっぱりこの子なんじゃないかな」
「…………」
 ディアーナが耳打ちしてくるが、朋樹には答える言葉を持ち合わせるコトすらできない。
気を抜きでもしたら、この少年が襲いかかってくると確信していたから。それくらい危険
な気を放っていたのだ。
 間違いなく、この少年がリカルドをやったのだろう。
 そして次にその戦闘本能の食指は、朋樹に向いている。
「ディアーナ、下がってて……」
 何も言わさず強引に彼女を下がらせて、朋樹は不本意ながら構えを取った。
「戦いは場所を選ばない、って金言は知ってるか?」
「ここでやるって意味かな」
「御名答――オレの名はソウイ」
「……僕は朋樹」
 そして――
 ディアーナには、少年がパッと消えてパッっと現れたように見えた。出現位置は、朋樹
の眼前。
 ガッッ!!
 朋樹のカラダが後方へ吹き飛ばされた。
 放物線すら描かずに、直線的にドアに叩きつけられる。それによってドアがボール状に
ヘコミ、ささくれがいくつもしょうじる。
 とんでもない掌底の一撃に、しかし朋樹は勇猛な笑みを浮かべた。
 パラパラと木くずを払いながら、朋樹が立ち上がりざま猛進した。低姿勢で、床を這う
かのようにだ。
「らあああああッ!!」
 ソウイの視野――その端に、横殴りの朋樹の脚が襲ってくる。速いがシンプル。あざや
かにそいつをさばいた――とソウイが思ったその蹴りが、軽快に踊った。
 初撃の太もも狙いが跳ね上がり、左肩の関節部を狙った蹴撃へと変転する。こいつも流
すが、再度左腕に向かってくる。執拗な連撃に業を煮やしたソウイは、受け止め捕まえよ
うとする――が、
 ピタ。
 寸前で停止し、一瞬タイミングをずらされる。
「はあッ!!」
 ヒザから先だけが独自の生き物のごとく、防御の甘かった側頭部を蹴り上げていた。
 脳を揺さぶる衝撃に、ソウイは数歩後退を余儀なくされる。
「……テメェ、おもしれェコトやってくれるな」
「そんなコトないさ……式流武術・四断をことごとくふせぐんだから……」
 最後の一発も、入ったように見えてしっかりソウイは防ぎきっていたのだ。そうじゃな
ければ目まい程度じゃすまされない。
「オレも見せてやるよ」
「見たくないけどね」
 ソウイが飛び上がり空中で猛回転する。
「天風撃――!」
 回転力をのせたケリが、朋樹の防御をいともた易く突き破り、はね飛ばさせた。二度目
の衝撃にドアの方は耐え切れず破砕し、朋樹を外界に吐き出す。
 後転を繰り返しようやく止まった朋樹の視界一杯に、中空で前転しているソウイがいた。
「もう一発!」
 ドガッ!
 これはソウイが朋樹を蹴り飛ばした音ではなくて、横からソウイが蹴り飛ばされた音。
 うまく着地したソウイは、邪魔立てした青年をねめつけた。
「テメェ」
「理由は知らないけど、やり過ぎなんじゃないのか」
 朝倉禅鎧が、沈着に告げてきた。
 少々強めの風が一陣、駆け抜けた。眼界のすべてが動的になる。それに揺さぶられるよ
うにソウイが疾駆した。
 こいつも――強い!
 戦う理由はそれで足りている。
「気をつけて、禅鎧さん! そいつは強い!」
「わかってる。おまえがそうまでされるんだ。それにこの少年――只者じゃない」
 ソウイの姿態(したい)がしだいにかすみ、禅鎧の動体視力でもついていけないほどに
かわったとき、大地が爆発音をかなでた。
(この技……!)
 爆発音は左手を地面にたたきつけたからだ。そしてそれによりさらに加速し、右手が禅
鎧の首を鷲づかみにしようとしてきた。
 この技を、禅鎧は知っていた。
 だからこそサイドステップでかいくぐれ、その背中に手刀を叩き込むこともできたのだ。
「がッ!?」
 自身の勢いと禅鎧の攻撃に、ソウイは身を折って投げ出される。
 これは彼にとって予想外だったらしく、受け身すらとれずにブザマに地をなめる結果と
なった。
「……く……テメェ、オレの動きが見えてたのか……?」
「いいや。知っていただけさ、その技をね。だから対応もできた……」
「だとしても翔風打をかわすなんてな。やっぱテメェは強い!」
「光栄だ」
「いくぜ!」
 土を蹴上げて突進したのは、むろん、ソウイの方だ。
 その速さに抵抗してくる風をかなぐり捨てるようなダッシュから、跳躍する。数回に及
ぶ宙返りから繰り出すのは、朋樹をやったあの天風撃とかいう技か……
 これに対して防御など無力。
 一寸見切りからカウンターを食らわす方がまだ分がある――そうまとめた禅鎧は、迎撃
を採択するが……
 ミシ!
 禅鎧のその考えを裏切り、両肩口にソウイのかかとが決まる。前のめりになった禅鎧に、
ソウイはそのまま地面に両手をつく。――この場面は、両足首を禅鎧の首にかけながら逆
立ちしていると思ってほしい。
「ハァッ!!」
 たっぷりと溜まった回転力と勢い、そして全身のバネを最大活用し、その体勢で禅鎧を
投げ飛ばしたのだ。つまり、足で投げたワケである。
 たまらず禅鎧は、背中を強打した。
 肺から呼吸の信号がプツリと止まり、禅鎧は苦しみにあえぐことすら許されない。
 ゆらりと立ち上がったソウイは、にやりと笑い、
「天風撃・殺には、対応できなかったみてェだな。――さてと朋樹、テメェともしっかり
決着つけておこうぜ?」
「……うん」
 幾分か回復した朋樹は、さっと構える。
 禅鎧との戦いで、ソウイがトリッキーな技を好んで使ってくるのは理解できていた。相
手の嗜好が読めれば、少しはやりやすくなるってもんだ。
 なめらかに朋樹が地を駆け、その手のひらを突き出す。
「!」
 ソウイは瞬間的にイヤな予感がし、流そうともせずかわしただけだ。
 つかみかかったその手のひらが、代わりに空間を圧縮し握り潰す。その余波に、ソウイ
はよろめいた。
「……式流裏奥義・重獄轟掌(じゅうごくごうしょう)」
「またおもしれェ技だな」
 どうやっているのかは不明だが、掌に何十倍もの重力を発生させているらしい。これに
かかれば鉄板だろうとヒン曲がってしまうだろう。人間なんて、内部は空洞だらけ。もし
この技を食らえば……
「おだぶつか――」
 死ぬかもしれないそれに、しかしソウイは果敢に朋樹の間合いに飛び込んだ。重力掌を
横手にし、朋樹の肩に手をかける。
 バッ!
 一瞬で朋樹を踏み台にして、ソウイがその頭上高くに飛翔した。
 戦闘において、これほどの死角はない。
 朋樹もわかってはいるが、踏み台にされたとき蹴られていて、体勢をたもつだけで精一
杯――それでも無我夢中でその場をとおのくコトに成功していた。
「終わりだ!」
 ソウイは建物の壁を蹴り上げ方向をかえ、朋樹の背を蹴突こうとする。
 ――ここで朋樹がコケたのは、ただの偶然だった。
 その上空をマヌケ面でソウイが行き過ぎ、昨夜の雨でできていた水たまりに突っ込んで
しまっていた。
「…………あ」
 ソウイがマヌケ面でマヌケな声を上げた。
 ここをたまたま通り掛かった通行人――もとい、ルシア・ブレイブが、茶色く濡れた銀
髪をかきあげた。
 頭から思いっきり泥水を引っかぶっていて、その表情はうかがい知れない。冷めた目で、
ソウイを見ている。
 くぐもった、……そう、ひたすらくぐもった悲鳴をソウイが上げた。
「る、る、る、る、る……ルシア姉ちゃん!? なんでこんなトコに!……あ、いや、ル
シア姉ちゃん、これは偶発的な事故であってだ、決してワザとじゃないんだ!」
「おまえに「姉ちゃん」呼ばわりされる覚えはない」
「……あ、そ、そっか……」
 思わず「姉ちゃん」と口走ったが、今現在のルシアは彼のことなんて知らないのだ。失
言にソウイは口をパクパクとするだけ。ソウイ、恐怖によりちゃんとした判断ができてい
なかったりする。
「俺の彼女になにをする!」
 アレフが、どさくさ紛れに言ってルシアを抱き寄せた。
 デート中だったのかどうかはともかく、これをトドメにルシアがキレた。
「飛んでけェ!!」
 ドッカン!!
 一秒で大陸を十周できるようなアッパーカットが、アレフとソウイを綺麗に並んで空中
散歩させていた。
「はははは……ルシアさんて、つおい……」
「あいつにだけは、逆らいたくないな……」
 朋樹と禅鎧が、青っぽい顔でつぶやいた。


 ドガシャァ!!
「なに……?」
 屋根を突き破り、何かが店内に落っこちてきたのだ。
 パティとローラがそれに唖然とする中、粉塵とともに人影がひとつ起き上がる。木片ま
みれのまま、それを裂くように出て来たのは少年だった。
「あ〜……まさかあんなところでルシア姉ちゃんに会うなんてなぁ……怖かった……」
「なんなの、あんた」
「オレ、か……アレ? あんたもしかして……」
 尋ねられたソウイは、パティをじっと見詰めた。
「パティ、とかって言わないか、名前」
「そうだけど……、なんであんたが知ってるのよ?」
「パティちゃんのファンなんじゃないの〜」
 ローラが冷やかしてくる。
「あ、あのねぇ! そんなはずないでしょ。この子とは会ったこともないんだから」
「そうかなぁ。忘れてるだけじゃないの?」
 その一切合切をムシし、ソウイが店内を見回しながら、
「って事は、ここはさくら亭か?」
「そうよ」
 なんだか言い方的に、知ってはいるが来るのははじめてって感じだ。
 それにこの少年とははじめて会ったはずなのに、ミョウな親近感。いつもどこかで喋っ
ているような――
 カララン♪
「なんかスゴイ音がしたんですけど……大丈夫ですか?」
 龍牙総司が入ってきた。
 ソウイの物珍しそうにあちこちと見ていた紅の瞳が、総司に向けられる。それまで少年
らしい気配を放っていたソウイが、まるで別人格でも宿したかのように一変した。
 ジャケットのポケットに突っ込んだソウイの手が、素早く何かを取り出し、指をはじい
てそれを飛ばしていた。
 ぴし。
 総司の手前でそれははじかれ、床に落ちる。それはただの石かけだった。
「なにをするんですか、いきなり」
「やっぱやるな」
「なんの話です」
「つまり、テメェと勝負するってことだ」
 流麗に距離を詰め、ソウイが拳撃を打ち込んでくる。総司はさばきつつ、ソウイの顔を
間近から眺めた。
「おや?」
「なによそ見してやがるッ」
 そのソウイの猛攻をすべてからくも受け止め・流しつつ、総司はピンと来た。
 ゴシッ!!
 総司とソウイのドタマに、イスが直撃する。
「あんたたち! ケンカは外でやってよね!」
 的確にヒットしたのか、しばしふたりは声もなくうずくまる。
 総司、
「きみでしょう? リカルドさんは倒したってのは」
「……だ、だったらなんだ……」
「なんのためにこんなコトをするんです?」
「"最強"になるためだ……」
 違うな、総司はそう察した。いまのセリフ、心から出たものじゃない。なにかほかに、
理由があるのではないだろうか。
 それはともかく。
「そうですか、"最強"ですか。――ならば、手っ取り早く"最強"になる方法があるんで
すけどね」
「本当か?」
「ええ、間違いありません。だから俺にはもう手を出さないでくださいね。……それに、
あそこのお姉さんがコワイでしょうし」
「あ、ああ……わかった」
 さっきからパティが険悪な目つきでこちらを睨んでいるのだ。
 だからか、ひそひそ声でふたりは話し合っていたりする。
「それじゃ、行きましょうか」
「……どこへだ?」
「あるヒトのところへですよ。そのヒトに『勝てれば』、きみが"最強"のようなものです」
 ふたりして店を出ていこうとするが、パティがそれを許さない。
「ちょっと! 総司はいいけどそこのあんた! 屋根を壊しておいて帰るってどういうつ
もり!?」
「…………」
「まあまあ。彼も忙しい身の上らしいですから、カンベンしてやってください」
「ふざけんじゃないわよ!? これじゃ店を開けられないじゃない!」
「その件については、もしかしたらなんとかなるかもしれませんよ? 良かったら、パテ
ィたちもついて来てくださいよ」
 取り成すように言って来る総司は、策士で方便をよく使う。パティもそれは知っていた
から全幅に信用はおけないが、その場限りのウソをつくようなヤツでもない。
「それに、面白いものが見られるかもしれませんよ」
「あたしは行く」
 あっさりと挙手するローラ。
 それにローラは、ソウイに王子さまをカンジはじめているらしく、胸をトキめかしてい
た。目深にかぶった帽子のせいで顔は見えないが、きっと美形だ。そんな雰囲気なのだ。
「……わかったわ。あたしも行く。これでいいんでしょ?――でももしなんともならなか
ったら、総司、あんたに払ってもらうわよ?」
 うなずきたくないが、総司はしょうがなさそうにうなずいた。
 ソウイ、
「行くなら行くぞ。どこにいるんだ、そいつは」
「多分この時間なら、公園にいるでしょうね。絵でも描いているんじゃないですか?」
「絵?……そんなヤツが強いのかよ」
「会えばわかりますよ、会えばね」
 総司がオモチャで遊ぶ子供――それとはまったく正反対の笑みを浮かべた。あきらかに
裏がありそうな、そんな笑みだった。




<あとがき・中編・2>

 オイオイ……
 ナニしてる、自分……
 いまボクが疲れてるせいかもしれませんけど、これ最悪ですね(泣)
 でもすでに六月まであと三日!
 ボケてる場合じゃありませんからね。

 えっと。
 ルシアはボクのキャラ。
 朋樹はともさんの。禅鎧は輝風さんの。総司は総司さんの
 すいませんね、輝風さん。完全に禅鎧はやられるために出て来たようなものです。その
ためだけに出しました。少しでも多く、技を使いたかったんで。……物書きの風上にもお
けないですね、ボクは(苦笑)



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