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「<未来と現在と最強と> 〜エピローグ〜」 hiro


 さざめく風が吹きつけ、ソウイとヒロの紅い髪をくしゃりと撫でる。そよそよと肌を刺
激する軟風は、北へ流れていき――
 それをまとってソウイが走った。
 突進の勢いをそのままに、それをのせたソウイの横薙ぎを、ヒロを片手一本で流しつつ
たたずんだままだ。
「なんのつもりだ……!」
「わかってないな、おまえは」
 余裕をみせつけられたみたいで憤るソウイに、ヒロは短く嘆息しただけ。
 銀光が、ヒロの肩口に吸い込まれる。
 そいつも軽くいなしてヒロは、ななめに突き上げる斬撃を繰り出してやった。
 ばっ。
 後ろに倒れ込みつつカタナを上にやりすごし、ソウイは、右手を支点に逆立ちし左足を
飛燕(ひえん)の速さで打ち放った。カタナは知らぬ間に鞘におさめている。
 リカルドを追いつめた、あの技。
 伸びてきた足を、ヒロはゆとりをもって左方向にかいくぐり、さらにヒザを曲げて襲っ
てきた第二撃目すらもひょいとかわしきる。
「そんな……! こいつはオレのオリジナルなのに……!」
 驚愕と動揺をありありと、ソウイはひとりそれらに打ちひしがれている。
 ヒロ、 
「わかってないな。わかってないんだよ、おまえは。神閃流って流派を」
「くそぉ!」
 闇雲にしてくるソウイの恐ろしく速い打ち込みを、ヒロは物憂げにさけていく。なんだ
かさっきからヒロが圧倒的に強いみたいに見えるが、なにかがおかしい。
「ハアアッ!!」
 右の回し蹴り――ヒロは左手の甲で受け止め、ソウイが空中三連発の神風打に移るより
速く、彼の軸足である左足を払ってやった。……いや、払ったという言い方は生ぬるい。
ソウイの頭と足との位置が逆転してしまったのだから。
 天地が逆さまになってソウイは、地面に叩き付けられた。
「神閃流……影風か」
 うつ伏せになりながら、気の抜けた声でソウイがつぶやいた。すべてを失ったかのよう
に、動く気力もなくしている。
「立て。まだ決着はついてないぞ」
「もうついてるさ。オレは負けたんだ……」
「――おまえが何者かなんてどうでもいい。ただ、ハンパなまま終わりたくないからな。
だから、立て」
「…………」
 気迫がごっそり抜けた面差しだったが、それでもソウイはよろりと起き上がる。
 くしゃくしゃと髪をかき回していたヒロは――次の瞬間、紅の瞳を鋭利なそれに変貌さ
せた。どちらかというとだらしなさそうな印象の彼だが、こうなると厳格さが前押しされ
て、ヒロがヒロじゃなくなってしまう。
 ヒロから発された剣気の苛烈さに、ソウイは一歩引きかけた。
「これが……神閃流正当後継者の真気(しんき)……」
 どういうワケか、これほどの気を叩き付けられながらココロは弾んでいた。これに応え
たいと叫んでいる自分がいた。
 ソウイは、純真な、少年の笑顔を浮かべた。


 ――勝負は、抜刀術の撃ち合い。
 ふたりは鞘に白刃をおさめたまま、じりじりとつま先を動かし、距離を詰めていく。そ
して、間合いに入った刹那――
 ごうッッ!!
 両者を支えている大地が、大爆発の音響をとどろかせた。
 踏み込みによるそれからカタナにさらなる力をのせ、超々神速で抜き放つ。
 しかし同じ抜刀術といえど、中身はまったくの別物だ。
「ハアアアアッ!!」
 ソウイの刃は、周囲を巻き込むかのように高速で自転しはじめる。左手をも柄にやり、
両手首をひねっているのだ。これでは抜刀術としてのスピードは減速してしまうが、かわ
りに破壊力は格段にあがる。
 それはまるで、暴風だ。
「おおおおおおおっ!!」
 ヒロのは、なんらかの特色のある抜刀術とは思えない。ソウイもヒロも、踏み込みによ
る抜刀術、『紅蓮咆哮』が基本になっていて、ヒロはその基本から逸していないようだ。
 それはさながら微風か。
 暴風対微風。
 ただの力比べならば、ソウイが勝つ。しかしこれは、内に秘めた風の勝負でもある。風
に強い弱いは果たして関係あるのか――
 ソウイの暴風がヒロの微風に接触し、粉微塵に変えようとした瞬間。
 微風は、その下へと移動した。
 まるでカタナが、みずから軌道を修正したかのような……
 ――そして――
 単純に速かったヒロのカタナが、ソウイを上空へと叩き上げていた。


 ――とどのつまりは、ハナシは至って簡単だった。
 ソウイがヒロに似ていたりとか、彼の持つカタナがヒロの『紅魔』そのものだったりと
か、神閃流の技を使ったりとか……
 とどのつまりソウイは、未来の人間だったのである。
 むろん、ヒロの子孫だ。
 三百年後の未来からはるばるやってきたそのワケは、当然として"最強"の二文字を得
るためではなく――
「兄貴とオレ、どちらが神閃流のホントウの正当後継者かが知りたかったんだ」
 神閃流を継ぐ最低限の条件は、強大な神気を内包していること。しかしこの神気は、ど
れだけ望もうと最初に生まれた一子にしか宿らない。
 ――が、例外が三百年後に起こった。
 次男のソウイも、その神気を受け継いでいたのである。長男の方はソウイに後継者の地
位を譲ると申し出てくるが、それで納得するソウイじゃない。
 そこで知り合いのジェスクン博士に協力をあおぎ、試作品の時空干渉装置……たいそう
な名前だが、要はタイム・マシンってやつで、過去の神閃流後継者で"最強"とうたわれ
たヒロを負かしにきたってワケだ。
 このヒロに勝てれば、晴れて自分が正式に後継者になれると思ったのだ。
「惨敗したけどな。あ〜あ、これならルシードの言うとおりやめときゃよかったな……こ
の時代に恥をかきにきただけじゃねーか」
 いままでガラにもなく肩肘はっていたらしく、重荷を下ろしたような晴れやかな顔付き
でソウイがぼやいた。
 芝生の上で大の字に寝っ転がってソウイは、自分をのぞき込んでいる連中のうちのひと
り、ヒロに目をやり、
「あの技はなんだよ? オレの『車輪』をかわしやがったぞ」
「あれが俺なりにつかんだ神閃流の極意――ま、奥義ってやつだな」
 神閃流の伝授に奥義はなく、後継者は自身で感得しなければならないのだ。流派の機軸
は『風』。ここから後継者なりに何かを得て編み出すのである。
 ソウイの『車輪』も彼の奥義だったのだが……
「名を……そいつの名前を教えてくれ」
「――『天籟』だ。風の音という意味さ」
「てんらい、か。ありがたくもらっておくぜ」
「おいおい。あんまりヒトの極意を盗んでくれるなよ」
 と言っても、マネしようたって並の天才じゃマネもできない。ソウイなら、一度食らっ
てるワケだし、それに天賦の才の持ち主だから物にしてしまうかもしれないが。
「どっちにしろ、いい土産話がいろいろできた。兄貴やビセットが喜ぶだろうな……」
 きしむ全身にムチうって上体を起こしたソウイは、純然と笑った。戦いに身をおいてい
なければ、彼はただの少年だ。
 西の空が夕映えをみせている。
 話し込んでいるうちに、夕方になっていたのだ。
「――そろそろ、時間かな」
「え……」
 ソウイのひとりごとに、彼を一番見ていたローラがそう声を漏らした。楽しいひととき
がもう終わってしまうかのようなムードを、ソウイが放っている。
「博士に言われてるんだ。ここにいられるのは半日だけだってな」
「そんなぁ……まだこれからなのに……まだ仲良くなっただけじゃない……」
「オレみたいなヤツと友達になって嬉しいのか……?」
 ヒロの鈍さは、三百年後の子孫にも脈々と受け継がれているらしい。この調子じゃ、ソ
ウイの兄とやらも似たようなモンだろう。
 それを聞いてパティ、ヒロを小突き、
「あんたの子孫らしいわね。そのまんまじゃないの?」
「うっさいなぁ……おまえにそんなコト言われたくないんだよ」
「なによ? ホントのコトでしょ」
「うっさいつーんだ。ならおまえの子孫は口が悪いだろうな」
「それ、どういう意味」
「そのまんまだ」
 ジャレ合いというか、ヒロもパティも口ゲンカを楽しんでいる。
 ソウイ、ふたりの手を取ってその手を重ねさせた。ヒロとパティ、不可解そうにソウイ
に返答を求める。
「言ってなかったけど、オレは「ソウイ・ソール」って言うんだよ」
 ソウイはいたずらっぽく笑った。
 ふたりがそれを理解するのに要した時間は三十秒。重ね合わせたままの互いの手に視線
をやって固まったいたふたりは、ほおを夕焼けより赤くして互いを見合わせ、すぐに照れ
たようにそっぽを向いた。
 こういうコトは伏せておかないと未来が変わるかもしれないが、このふたりなら心配は
いらないだろう。
 ――ぼぅ――
 フェード・アウトしはじめるソウイの身は、彼にもう時間がないことを知らせている。
「楽しかったぜ。オレのいる街、シープクレストとおんなじくらいな」
 まぁ、ソウイに戦いを挑まれた人間の方――リカルド、朋樹、禅鎧、総司、志狼、アイ
ンは彼をどう思っているかわからないが、少なくとも、粗暴だったがどこかすっきりした
後味の悪さを残さない少年だったって感想は抱いてるだろう。
 賞金狙いのヴァネッサたちは、もう燃え尽きたような表情で沈んでいたりする。ソウイ
はいなくなってしまうのだ、捕まえたところでどうしようもない。
「じゃあ、な――」
 あと一歩でソウイが空気と化す――そこへ、
「って、悪いんだけど。そういうワケにはいかないんだよね」
 いまのいままでいなかった、ソウイのハナシの途中でどこかへ行っていたアインが、転
移して現れてソウイの手首をつかんでいた。
 アインとともにいなくなっていた総司も現れて、
「感動的でいいんですけど。もっと現実についての問題も正視してください」
 その手の中には、極太の紙束が握られている。
「はい、どうぞ」
 紙束を渡されたソウイは、「ガーン!」と大口開けて硬直してしまった。
 それはソウイが来たために起こった、街の損害の明細書だったのだ。街の門、クラウド
医院の玄関ドアに、さくら亭の屋根、ヒロが間違って追っかけられたときにできた街路の
破損、……ほかにもまだまだある。
「え〜っと、全部で二十一万一千五百六十五ゴールドになりますね。それをしっかり返済
しない限り、帰ってもらっちゃ困りますよ」
 冷酷な総司のセリフ、そしてアインが、
「時空に干渉して、もう一ヶ月ほどここに滞在してもらうようにしたから。頑張って働い
てね」
 よくよく見ると、フェード・アウトしかけていたソウイのカラダが、フェード・インし
はじめている。アインのハイ・レベルな魔法により、ふれただけでこの時代に彼をつなぎ
とめてしまったのだ。
 総司、物凄く愉快そうに、
「手始めに役所に行きましょうか。そこで二十万ゴールド手に入れて、残りの一万ちょっ
とは労役で返してくださいね。役所の――評議会にはそう通してありますから」
 手回しが良すぎ。
 アインとふたりしてどこへ消えていたと思ったら、そういうコトをやっていたワケだ。
ご苦労さんなコトだ。
 ソウイくん、さっと青色になった顔で拳を握り締め、
「こんな街……大ッッッッッッッキライだーーーーーーーーーーー!!!」




<あとがき>

 終わりましたよ……
 もうこの際デキなんてどうでもいいです。
 終われたことが、何より嬉しい。

 ま、こんなオチですね。
 だいたいソウイに関して説明してるはずです。
 ソウイの兄は、ヒロ・ソール。ヒロの名を受け継いだ青年です。で、三百年後のソウイ
がいるのは、悠久幻想曲3の舞台になるシープクレスト。
 悠久3が未来のハナシなのは、ゲームをやったコトあるヒトなら予想くらいできるはず。
 で、ボク的に悠久3は三百年後に設定してますです。
 ヒロ・ソールはブルーフェザーの新任さんで、ソウイは保安局とはカンケイなくただ単
にブルーフェザーに居着いてるだけ。
 ま、書いてて楽しいですよ、このふたりとブルーフェザーの面々との掛け合いは。

 これで、しばらくは悠久SSは中止。
 でもまた書きますよ。
 だってこのSS書いててひとつわかったコトがあるから。
 ボクは悠久幻想曲が――エンフィールドの街が心底好きなんだなぁ、ってね。
 それじゃ。



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