中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<悠久組曲> 導入編」 hiro


 ここは、とある国の、とある町にある私立学園。
 そこそこの規模とそこそこの生徒数。
 全国の学園からかんがみてもあらゆる意味で真ん中という。地味でもないし、奇抜とい
うほどでもない。
 ――と思われるのは、この学園を知らない者だけだ。
 実体を知れば、意見は百八十二度は変わるだろう。
 文部省も、この学園には頭を痛めているとのウワサすらある。
 生徒の一部と、教師の一部。その個性的すぎるキャラのおかげで、この学園は普遍では
いられないのだ! しかも、毎日。
 というわけで。
 その個性的な方々たちのいる――というか『住む』悠久学園というものをお見せしたい
と思う。
 まあ見た目なら、どうというほどでもないのかもしれないが……


「ふ〜む、ヒマだ」
 体育館の隅、紅の髪の少年があぐらをかいたままつぶやいた。
「なんでこー、世の中ってのは平穏なんだろうか」
 視線の先には、剣道具を身に付けた剣道部員が準備体操に明け暮れている。少年は、う
っそりとそれを眺めているだけだ。
「こー平穏だと、事件のひとつでも起きてくれないと、興奮のひとつもできないな――」
 めしっ。
 竹刀の剣先が、少年の眉間に突き刺さる。
 投げたのは、茶髪をショートにした少女だ。
「な〜にが興奮よ。この馬鹿ヒロ!」
「……痛いんだけど、パティ」
 ずきずきしているところをさすっているヒロに、ずかずかとパティが来て、
「部員でもないくせに、こんなところにいてほしくないんだけど? ジャマだから、どこ
か行ってよね」
「……ヒマなんだもん」
 すがるように、ヒロが見上げてくる。
「だったらうちに入部すればいいだろ?」
 と言ってきたのは、眼光鋭い女性。剣道部顧問のリサ先生だ。
「それともナニ? だれかお目当ての娘でもいるから、そうやって日々通って来てるって
のかい」
「それってあたしですか?」
 リサ先生の後ろからひょこっと顔をのぞかせたのは、黒髪の少女。パティと似たような
髪型だが、身長がかなり足りてない。
「かもな」
 苦笑気味で、ヒロ。少女――ルーティが喜色し、
「本当?」
「ああ。俺はアレフと違ってナンパなセリフは言わないよ」
「いま言ってるじゃない、思いっきり」
 と、やぶにらみでパティ。
「いやいや。俺はいつでもマジだ」
 ヒロは真顔で言ってくるが、内面ではニヤついているのはバレバレだ。
「と、俺なんかにかまけてないで、練習に戻ったらどうですか? リサ先生」
 忠告されたリサは、言われたとおり戻っていく。が、パティはそうせずに、
「あんたがいると、やりにくいのよ!」
「見てるだけだろ」
「それだけで大迷惑なの。することもないなら、さっさと帰れ!」
「やだも〜ん」
 これじゃ、すれたガキである。
 短気なことで有名なパティの怒気を察してルーティ、
「まーま、パティ先輩。ヒロ先輩も悪気があるわけじゃないんだし」
「そーそ。ルーティってば気が利くな。俺と付き合わない?」
「え、それは嬉しいんですけど……」
「どこぞのがさつオンナよりは万倍はいいから」
「…………」
 言い返さずにパティ、めろめろと燃え盛る双眼をヒロに送りつける。キレるひとつ手前
だ。
 たん! と後ろに飛びのいてヒロ、身構える。
「やるか?」
「のぞむところよ!」
「ふたりとも! やめた方が――」
「ルーティ! あんたは引っ込んでなさい!」
 荒くルーティを押しのけて、竹刀の先をヒロのノドにポイントする。剣道の基本的な構
えだが、パティの狙いがホントにノドであることは一目瞭然だ。
 ひゅん!
「相変わらず速いな」
 パティの身が沈んだ瞬間、突きが飛んできたのだ。シロウトなら、これでやられている。
 なんなくさけたヒロ、制服を見下ろして、
「これ一張羅なんだ。代えがないんだからな」
「制服より、自分の身の心配でもしたら?」
 空気中の気を吸い込むがごとく重厚に息をしたパティの手元が、消える。
「げっ」
「すごい……」
 ヒロのうめきと、ルーティの半ばの驚嘆。
 剣先が空間をうがつように、幾度も打ち込まれてくる。そのスピードといったら秒速二
百メートルを楽々と上回っていた。さすがに、全国大会で優勝しただけのことはある。
「こ、こわかったよぉ……」
 パティの体力ギレで烈風が過ぎ去ったあとには、ヒロが顔を強張らせながら外傷ひとつ
なく立ち尽くしていた。
「ヒロ先輩も、すごいかも……」
 ルーティが、汗を垂らしながらうめいた。
 息切れしながらパティ、
「る、ルーティ……」
「は、はい」
「練習に、はあはあ……戻る、わよ」
「……はい」
 なんやら諦めたのか、パティはヒロに一瞥もくれずに行ってしまう。
「それじゃ、ヒロ先輩」
「練習、しっかりな。あのオンナに負けんように」
「あはは。あたしじゃムリですよ。それでも、ガンバッてみます!」
 笑顔を振りまいて、ルーティもパティのあとにつづく。
 と、なぜかリサがやってくる。
「はい?」
「やっぱりあんたは、剣道部に入るべきだよ。さっきの体さばき、あれなら全国大会での
優勝も確実だね」
「イヤ、俺は……」
「女子の方はパティがいるからいいとしても、男子の方にはいささか戦力不足があったん
だ。丁度いい。入ってもらおう」
 一方的に決めてくるリサ。
「なんだい? どうせヒマなんだろ」
「う・うーん……」
「男のくせに! はっきりと答えられないのかい!?」
「……わかりました。わかりましたよ」
「それじゃさっそく……」
「待ってくださいって! 入るって決めたわけじゃないんですよ」
「どういうことだい」
「タダ入るんじゃつまらないんで、剣道部のやつらのうち、ひとりでも俺に勝てたら入部
してあげてもいいですよ」
 つまり部員全員と手合わせして、その誰かがヒロから一本取れればいいという、それだ
けのことなのだが……
 これは侮辱である。
 ナメられ切ってる。
 女性にも関わらず、リサが剛胆な笑みを浮かべ、
「それで、いいんだね? 後悔してもしらないよ」
「ええ、まったく構いません。それに後悔するのは、そっちですからね」
 というわけで、その勝負はあしたの放課後に決まったのだった。


 ――次の日。
 高等部校舎、3−Bの教室にて。
「あんた、きょうリサと一戦交えるんだって?」
 教師を呼び捨てたのは、ポニーテールにした黒髪の美少女。ヒロが机上に頬杖をつきな
がら、ちろりと少女を見上げる。
「輝羅、どこから知った?」
「あいつから」
 輝羅の指先を点線でたどっていくと、秀麗な容貌の持ち主でぶつかった。こちらに気づ
いたとみて、その秀麗な少年――総司がニコやかにほほ笑んだ。それだけで、こっちには
来ない。
「……なるほど」
 生徒会の副会長である総司は、校内のどんな些細な情報をも把握しているのだ。どうい
うルートで入手しているかは謎だが。
「ということは、すでにみんなに知られているってことか?」
「そうなるでしょうね」
 どやどやどや。
 廊下が騒がしいと思ったら、十数人の人間がこの教室に押しかけてきた。
 全員、ヒロの顔見知りで、しかも用事はヒロにあるようだ。
『リサ先生とケンカしたって本当なのか!?』
「なぜにそうなる……」
 うなって総司を見やれば、やはりニコやかにほほ笑んでくる。それだけで、あくまでも
こっちには来ない。
「スゲェ! あのリサ先生だろ? な? な?」
 これはビセット。
「ヒロ。いったいナニをやらかしたんだ? 謝るなら、いまのうちだぞ」
 これはアルベルト。
「謝ったくらいですむ問題とも思えんが」
 これはルー。
「ま、あの鬼教師(ランディ)に次ぐセンコーを敵に回したんだ。それなりの覚悟があっ
てのことなんだろ?」
 これはルシード。
「ヒロくん本気なの? やめといた方がいいって!」
「そうそう。さわらぬ神にたたりなしだって」
 これはトリーシャとシェールだ。
 ――このようにして、めいめいに十人十色な意見を告げてくる。
 ヒロ、うんざりと、
「収拾のしようもないな」
「で、ケンカしたの?」
 と、輝羅。
「してないってーの。勝負するだけだ、勝負。剣道でな」
「そりゃ無謀な。あんた、リサの腕前知ってんの? 六段だよ、六段」
「別にリサ先生とやるんじゃないの。部員とだけだ」
「なーんだ」
「ま、楽勝だな」
「そのセリフ、聞き捨てならないわね」
 言ってきたのは、となりの席にいたパティだ。そこには同じクラスのフローネと、この
騒ぎとは別件――お喋りしにきただけのシーラもいた。
「ほかはともかく、あたしはあんたに勝つからね」
「ふふん。きのう、俺に一発も入れられなかった分際で。俺に勝とうなんて、宇宙の歴史
より早い」
「意味……わかんないって」
 ささやかにツッコむ輝羅。
「和訳すると、百八十億年ほどかしら」
「フローネ……和訳って……」
 ばったりと机上につっぷして、ヒロ。
「いくらなんでも、そんなに長生きはできないわよね」
「シーラ、マジメに考えないで……お願いだから」
 めまいを起こす輝羅。
「ともかく!」
 八重歯をみせるほどカアアッ! と口を開き、パティが、
「病院送りにしてやるんだから。身のほどってヤツを、あんたのそのウダッた脳みそに叩
き込んでやるからね!」
「はん。身のほど知らずもほどほどにしとけよ」
 一同が引くほどの視線で火花を散らし、パティとヒロが睨み合う。
 いいようにまとまりかけてきたところへ、『山師』――もとい総司がやってきた。
 ぱんぱんと手を叩き、
「さあみなさん。各自、自分の教室へと戻ってください。一時限目が始まってしまいます
よ」
 これだけ自己主張の激しいヤツラを、取りまとめてしまう。
 来たとき同様、どやどやとみんな戻っていく。
 ヒロ、総司を横目にして、
「なんでこー、騒動を起こしたがるんだ、おまえは」
「なんの話です? 俺は陰謀を巡らしたりはしてませんよ」
「…………」
「それにヒロ。あなたヒマだって常日頃いっていたじゃないですか。こうやって盛り上げ
ていかないと、ね?」
「そして俺は先生方に目を付けられるってか?」
 好印象じゃなくて、悪印象をだが。
「どうせバレてたんですよ、剣道部と勝負って時点でね。だったら、大々的にやった方が
いいでしょう?」
「おまえが、面白いだけだろ」
「図星をついてきますね。その通りですけど」
 皮肉が皮肉になってない。ヌカに釘だ。取っ組み合いならともかく、弁論ではヒロは手
も足も出ない。……と言っても、総司に匹敵するのはあと三人はいるが。大学部一年のル
ーと教師であるゼファー、そしてもっともヤッカイな青年がひとり。その青年は、総司と
は違う意味で敵に回したくはない。
 大学部二年のアインである。
「あ〜、ヤな先輩の顔を思い浮かべてしまった……」
「それって、僕のこと?」
 ひきき!
 ヒロのみならず、輝羅やパティ、総司も仰天し、オモテを引きつらせた。
 どっから湧いて出たのか、爽快な笑顔をあちこちに注いでいるのは、ヤな先輩ことアイ
ンだ。クラスの女子がアインを認めて嬌声を上げる。
 ヒロ、
「な、なにしに来たんですか……」
「ヒロ、聞いたよ。剣道部と入部の諾否(だくひ)をかけて勝負するんだってね」
 総司の吹聴した内容を、しっかりとまとめていたらしい。ちゃんと、実体を理解しきっ
ているようだ。
(あなどれませんね)
 総司が暗中で握り拳を固めているのはどうでもいいとして、アインは、
「どうせパティを怒らせてつっかかってきたそれを、た易くかわしてみせたところをリサ
さんに見られて、強引に入部させられそうになったから、苦しまぎれにこんな事を考えつ
いたんだろ?」
「……あ、あの、あの場にいたんですか……?」
「あ、そうなの? いまのはただの憶測だったんだけどね。そうだったのかぁ」
(あなどれない、このヒトは……)×2
 総司が冷汗三斗の思いでアインを忍び見ているのは、やっぱりどうでもいいとして、ア
インは、
「僕も応援にいくから。ま、負けないよう、頑張って」
「は、はあ……」
『!!』
 親しげにヒロの肩をぷむぽむと叩いたアインが、ブレた残像を残して消滅したのだ。
「な、なんだ……」
 パティに目で答えを求めてくるヒロ。
「……わかるわけ、ないでしょ……」
 さらにそれを輝羅に送る。
「異次元にでも行った、とか……?」
「人間消失ですね、これって。ホラー小説なんかにもあるんですよ」
 と、フローネがピントのずれたことを言ってくる。
 総司が、
「瞬間転移です。詠唱もなしで、それを発動させたんですよ」
 この世界にも魔法はあるのだ。
「しかし、なんのためにあんな高度な魔法を……?」
 その答えは、すぐにわかった。
 ――鐘の音。始業ベルだ。
 授業に遅れそうだったから、ズルイ手を使っただけ。
 ヒロとパティ、見合わせて、
「あの人、あんだけのために来たのか?」
「じゃないの?」
(ふっ。さすがですね、アインさん)
 ひとりで決意らしきものをかき立てている総司はムシされて、一時間目の授業がとどこ
おりなく始まった。


「こんなに集まるとは……」
 困ったようにしてヒロが、体育館を見回した。
 数百人の生徒たちが、この場に集結しているのだ。うるさいこと、この上ない。
 総司による、校内放送がトドメだった。あれのおかげでこんなにギャラリーが増えてし
まったのだ。
「剣道具はどうする?」
 リサが、聞いてくる。
「いらない。動きにくくなるだけだ。このままの方が、やりやすいから」
「そうか。ルールは剣道のものをのっとってやる。異存はないね? それでケガしても、
しらないよ」
「しないですよ。それよりも、そっちの方がケガしないように。――ドクター、きょうは
患者がたくさん行くから」
「手加減は、してやれよ」
 ヒロの言葉に、最前列にいた校医のトーヤが返してくる。
「それでははじめたいと思います。審判はこの俺、龍牙総司がつとめさせてもらいます」
「ルール、知ってるのか?」
「ナンセンス」
「あっそ。おまえは頭脳明晰の美形の変態の詐欺師の――」
 悪口を列挙しはじめるヒロは置いといて、総司がゴングを鳴らす。
 問答無用で、勝負がはじまった。
「いきなし、まちがっとるじゃないか。というか、どっからゴングなんて持って来た?」
「むろん、ボクシング部からかりたんです」
 そんな部は、この学園にはない。
 こうやって審判である総司と会話しているあいだに、ヒロの相手方は間合いを詰めてき
た。ちなみにヒロは、竹刀を肩によりかからせたやる気のないカッコウだ。
「メェェェン!」
 ばしぃっ!
 威勢の良いかけ声と竹刀が物を強く打つ音、そして整のった姿勢。
 この三つが合わさって、はじめて一本になる。これが剣道の公式ルールだ。
 これでヒロの頭を打っていれば、一本だったんだろうけど……
「はい。メン、と」
 部員の『横手にいたヒロ』が、こずく感じでその頭をぽかりと叩く。
「面あり!」
 総司が宣告する。 
 ヒロのやり方は、公式ルールからすれば一本とは言えないが、それでもその文句もいえ
ないくらい鮮やかに決まってしまっていたから、リサ先生すら言葉が出なかった。
「ひとりめお〜わり。次、どんどん来てくれよ。ひとり倒すのに、五秒もいらないからさ」
 不敵なセリフ。
 で、予告通り、ばったばったとやっつけていく。
 観客にアピールするかのように、ワザとらしく派手な勝ち方だったから、勝負は一瞬で
も盛り下がることはない。
「おっと……おまえ、強いな」
 男子の主将を負かして、その次の――どうも高等部の一年らしいが、その後輩は相当や
るようだった。
 最後の砦として控えていたパティ、
「ゆーき! そいつから目を離しちゃダメよ! スピードだけが売りの、大馬鹿なんだか
ら!」
「ヤジはうるさい」
「なんですって!」
 それをムシしてヒロ、つば競り合いを繰り広げるゆーきに目線をそそぐ。実際、いい腕
だった。もう一年もすれば、パティより強くなるだろう。パワーもスピードもテクニック
も標準を超えている。
 が――
「ゆーき」
「なんです?」
「その引っ込み思案な性格さえ改善できれば、アレと同じくらい強くなれるぞ」
 ヒロがいうアレとは、ケモノ師のことだ。……じゃなくて、まるにゃんだ。でもなくて、
高等部三年の小鉄だ。
「あの人みたいには、なれませんよ……」
「そこだな。おまえの悪い癖。もっとポジティブに考えた方がいい」
「努力だけは、してみますけど」
 からませ合っていた竹刀が離れる。ヒロが引くのを狙って、ゆーきがその手元を叩いて
きた。
「こ――!?」
 小手とかけ声を上げようとしたゆーきは、呆然とする。どういった動体視力と反射神経
をしているのか、その一瞬の小手打ちを、手の位置を上に持ち上げることで回避してしま
ったのだ。単純だが、これが非常に難しい。
「メン」
 手首のひねりだけで竹刀を倒すようにし、ゆーきの面を打った。
 そして総司の宣告。
「おまえやっぱ甘いぞ、ゆーき」
「え……」
「一撃目かわされたあと、突いてくることもできたろ?」
「そ、それは。高校生だから……」
 基本的に学生は、突きは禁止なのだ。
「俺がいいたかったのは、そこだ。そこをもうちょっと……――って、そこがおまえのい
いところだしな。すぐにどうこうしろとは言わないよ」
「善処は、してみます」
 ゆーきが苦笑いと共に戻っていき、そして真打ちの登場だ。
 やる気満々のパティは、面をつけてきていない。
「なんのつもりだよ」
「あんた相手に面なんか不用よ」
 正解。
 視界がいちじるしくとぼしくなる面なんかつけていたら、ヒロの動きは捕らえられない。
リサもそのことに口出ししてこないし。
「はじめ!」
 総司の試合開始の言葉のあとにゴングが鳴る。
「いくわよ〜!」
 ヒロをうかがうようなマネをせず、パティはしょっぱなから攻勢に出る。
「わっ、とっ」
 凄まじい剣撃を、紙一重でよけていくヒロ。
「やっぱやるな」
「当たり前! あんたも反撃してきなさいよ」
 とか言いつつ、反撃させる気もないパティだが。間断なく打ち込み、ヒロを白線にまで
追い込んだところで――
 突きの連打。
 風圧が発生し、すぐそばにいた観客の何人かがよろめいている。
 きのうのより、さらに激しい。
「どう? これで全治二週間ってところかしら」
 技が決まったあとパティは、ヒロがどうなったかも見もせずに得意げに言ってみせる。
 ――上!
 誰かがそう叫んだ。
 思わず見上げれば、ヒロが頭上で宙返りをしているところだった。華麗にパティの背後
に着地してみせるヒロ。
 パシンっ。
 竹刀で軽く面打ちされるパティ。
「面あり!」
 総司の宣告を聞いてはじめて、自分がやぶれたことを知ったパティは、がくっとうなだ
れた。
 ヒロが両手を挙げると、ギャラリーがわっと歓声を上げた。
 完全完璧、文句なしの大勝利である。
 うなだれているパティに、さっとヒロが手をよこし、
「まあ、勝負は勝負だ。勝ちは勝ちってことで。俺を病院送りにできなかったのは、残念
だったか?」
 そう言ったあと、
「もしかして入院したら、見舞いとか来てくれたりとかしたのか? だったら病院送りで
も構わなかったかな〜。おまえに優しくしてもらえるならさ」
「し、しないわよ、そんなことっ」
 怒りと恥ずかしさを織り交ぜながらパティは、それでもヒロの手を借りて身を起こす。
 これで終わればよかったんだけど……
「まだ浮かれるのは早いよ。まだ私が残ってるじゃないか」
「リサ先生……やるの?」
「当然。誰も部員だけとは言ってないよ、私はね」
 ヒロが総司を見る。彼は肩をすくめただけだ。
「やりますよ……」
 そうしなければ、無理矢理に入部させられそうだ。
「私も、剣道具はつけずにやる。それとルールも変更だ。なんでもいいから相手に一撃入
れればそれで一本。いいね?」
 ヒロにとっては、そっちの方がやりやすいくらいだ。
 ――で、総司の毎度通りの試合開始のセリフ。
 剣道六段だけあって、そこから放たれる剣気は尋常じゃない。肌がぴりぴりとしびれる。
しかもまだ気を吐いてもいない。普通ならおじけるところだが、ヒロはやわらかく笑って
応えた。
 それにリサがどうこう思うヒマもなかった。
 パシンッ。
 前額部のあたりに広がる痛み。
 ただの打ち下ろしで六段のリサが一本取られた瞬間だった。
 超速で眼前に移動し、超速で打ってきたのである。
「さ〜てと。これで終了ですよね?」
「あ、ああ……」
 詰まるようにして、リサ。
 今回ばかりは、観客も湧かなかった。
 目の前で起こった事が、理解しきれてないのだ。リサに勝ったという事実も、にわかに
は認めにくい。
「勝負あり! 勝者ヒロ!」
 その総司の声を引き金にして、やっとまわりが歓呼してくれたのだった。


 ――で、翌日の3−Bの教室にて。
「きのう、そんなことがあったんですか」
 メガネの中縁を押し上げて、高等部二年の朋樹が言ってきた。きのうは朝っぱから『自
主』早退していたため、彼はいなかったのである。
「面白かったわよ〜。あんたもいればよかったのにね。そこでクールさを気取ってるあん
たもね」
 窓際で腕を組んでこちらの話を聞いていた青年――禅鎧(ぜんがい)に、輝羅が悪たれ
口を飛ばす。禅鎧はクラスは違うが、同年だ。
「俺は、きのう私用があってね。どうしても、はずせなかったんだよ」
 朋樹が、
「もしかして、音楽関係の?」
「ああ」
「もしかして、デビューするんですか!」
「それはまだ早いよ。そんな腕でもないしね」
「ま〜たまた、謙遜しちゃって。いいなぁ、僕もなにか得意なことでもあればな〜」
「きみにはきみのいいところがあるだろ?」
「……なにを、カッコつけたこと言ってんの。しかも同性に対して」
 輝羅が、半眼でツッコむ。
 のあとフローネと喋っていたパティに、
「それで? 英雄さんはどこにいるの?」
「なんであたしにあいつのこと聞くのよ」
「あいつって誰」
「だから! ヒロのこと言ってるんでしょ?」
 輝羅がにやりと笑みし、
「ふ〜ん。なるほど〜。――できょうは一緒に登校してこなかったみたいだけど、そのヒ
ロはどこにいるの?」
「あいつなら、アレとジャレてるわよ」
 パティにとってのアレっていうのは、ケモノ師――ではなくてまるにゃん、……でもち
がくて、小鉄だ。
 廊下の方から、笑い声と怒鳴り声が響いてきた。
「こらあぁ! まちなさぁぁぁい!」
「ヴァネッサ先生! これは違うんです! このケモノがですね……」
「にゃはは! それイケェェ!」
 見れば、廊下を犬や猫が行軍してきている。その先頭にいるのは小鉄で、そのあとを小
動物が随行してきていた。
 そられが過ぎ去ったあと、息も絶え絶えにヒロが教室のドアによりかかり、
「だ、だれかあのバカヤロウを止めてくれ! 俺じゃ、どうにもなら――ああ、来たぁ!」
「ヒロくん! あなたも小鉄くんと同罪! はやくあの犬猫を追い出して! あとでじっ
くりと説教してあげるからねっ!」
「なんで俺がぁぁ!」
 ヒロの助けを求める目をクラスメート一同、ムシした。
 いつものごとく小鉄の奇行に巻き添えを食ったらしいヒロには、関わらない方が無難な
のだ。
「友達甲斐のないヤツラめ……っと、おお、志狼ちゃんじゃないか!」
「なんだよ、この騒ぎ。また小鉄か?」
「いいから手伝え!」
「お、おい……」
 大学部一年の先輩である志狼をないがしろに扱い、急き立てるヒロに、トドメとなる一
発が来た。
 校内アナウンス――
「高等部三年! ヒロ・トルース! いますぐ進路指導室に来い! 来なけりゃいますぐ
落第だ!!」
 その声は、鬼教師のランディ先生だった。
「なんで!?」
 当惑しているヒロに、総司がやってきて、
「バレちゃったみたいですよ」
「なにが?」
「きのうの勝負で、賭け事をしていたという事を」
「……は?」
「誤魔化さなくてもいいですよ。あなたが胴元だということは、すでにランディ先生に報
告しておきましたから」
「……お、おまえまさか……」
「さあさ。早く行かないと、落第ですよ?」
 裏だらけの笑みで総司が言ってきた。
 問い詰めようとしたヒロに、小鉄の笑い声とヴァネッサの怒鳴り声が殴打してきて、追
い撃ちにランディの怒声がふりかかってくる。
「ヒロくん!」
「は、はぁ〜い、ただいま……」
 ヴァネッサに連れて行かれるヒロに、総司が、
「ありがとうございます。これで、生徒会費がうるおいましたよ」
『悪党……』
 パティとフローネと志狼と禅鎧と朋樹が、異口同音でうめいたのだった。





<久々のあとがき>

 はい。おひさです。
 読んでわかる通り、悠久組曲SSですね。
 キャラの多さを考慮して、シンプルな描写でやってみました。ゼンゼン、そのへんにこ
だわりは持ってません。
 三ヶ月ぶり?
 悠久SSは。
 なつかしさにウキウキしながら書いてましたですよ。
 
 この組曲SSはあと学園祭をやったらおしまいです。
 今回の導入編は、なんとなくでやっただけという……
 しかも長いし。
 やっぱあれですかね?
 長編小説かいていた影響でしょうか?
 そのせいで、これくらいの長さでもなんでもない量っていうか……
 前のボクなら、これはふたつにわけているでしょうね。

 ともかく、今年いっぱいまでは悠久SSつづけるんで。
 またよろしくお願いしますね。
 それじゃ!



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