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「<紅の鮮麗> 〜一日目・昼〜」 hiro


 ――陽の当たる丘公園。
「ったく、ヒロのやつ……思い出しただけでも腹の立つ……!」
「それは、おまえが、朝寝坊、するから、悪いんじゃないの?」
 どれだけ汗をかいてもいいように、上はTシャツ一枚、下はズタボロのズボンを着用し
た志狼が、普段着のままのアインに向かって絶え間なしに剣を打ち込んでいた。刃の方を
使っているが、アイン特製の魔法のおかげで鈍刀と同じになっている。
 トレーニングである。
 普段はアルベルトやリサ、ケイやヒロあたりとしているのだが、なぜかいつもは付き合
ってくれないアインが付き合うって言ってくれたから、物珍しさも手伝って付き合っても
らっているのだ。
「罠を仕掛けた張本人が……なにを、気楽なコトを……!」
「一度、やって、みたかった、から」
(……にしても)
 さっきからとにかく当てにかかっているのだが、すいすいとかわされてしまう。フェイ
ントを混ぜてもダメだし、速さに訴えてもダメ。ムキになって気がはやればはやるほど志
狼の攻撃は単純化する一方なのである。それをもてあそぶのは、アインにとって楽なこと
この上ない。
 それに、アインはまだ、攻勢に回っていない。
「アインさん……受け身ばっかに回ってないで、攻撃してきたらどうですか……?」
「なら、そう、する」
 なんとなしに、ってな気分でつぶやいたアインが、まばたきひとつのうちに消失してし
まった。
 ドン。
「……え?」
 軽く背中をつき飛ばされた志狼が振り向けば、両手をこちらに向けたアインがたたずん
でいた。
「後ろだよ、うしろ」
「ど、どうやって……? それにいつの間に?」
 その質問にアインは、アゴに手をやり考える素振りをする。別に、小難しい顔ではない。
「まぁ。それはどうでもいいんだけど。志狼、おまえは目に頼りすぎてるね。僕の動きを
いちいち視覚だけに捉えてるんだ。他の知覚も働かせてみたら? そうすれば、一撃なり
とも僕に加えることができるかも」
 これが余裕ぶったセリフなら立腹していただろうが、アインにはそんなところは一点も
ない。これがイヤミに聞こえないから、アインなのだ。
「――そう思わない? そこのギャラリーさん」
 アインが横目をやる。そこではじめて志狼は気づいた。男がひとり、立ち尽くしていた
ことに。気配が微量なものだったから、察知できなかったのだ。口ぶりからして、アイン
の方は最初から知っていたみたいだが。
「第三者の私には、そんな権利はないと思いますが?」
「なかなか敬遠なヒトみたいだ」
 親しみを込めて、アインが志狼に同意を求める。アインにおどけるなんて理念があると
は思えないが、なにか楽しんでいる様ではある。
 三十代前半だろうか。目は細いと言えば細く、身体の線も細いと言えば細い。外見に取
りたてて特徴はない。しかし動きや気配の扱いからして、剣士だと見受けられる。
 その男は、慇懃(いんぎん)と言っても大げさではない調子で、申し出て来た。
「できれば、私と一手お手合わせ願えないでしょうか? こう見えても私、剣で生活をま
かなっている身分なもので。あなたたちのような方に出会うと、どうしてもその、戦って
みたいという想いが――」
「いいんじゃない」
 あっさりと、アイン。なぜかニコニコと相好を崩し、志狼を前に押し出す。
「……俺にやれと?」
「うん。がんばってね。そのヒト多分、強いと思うよ」
「しょうがないなー……それじゃ、えっと」
「私、レン・トッシュです」
「あ、俺、天羽志狼って言います」
「……知ってますよ」
 小さな、そう、小さすぎる低音で、レンは言葉をつぶやく。近くにいた志狼は聞こえな
かったらしいが、アインはとらえたらしい。表情は素のまま変わらないが。
 平等にするため、立ち位置は剣の間合いのはるか外。初手の動きは好きなように取れる。
得物が双方とも剣であるからして、一度接近戦に入れば、そこから外れるのは難しい。
 レンという男の抜く武器を見て、志狼が声を上げた。
「カタナ……?」
「珍しいでしょう? 私の使う剣術には、これがかかせないんですよ。――ところで、あ
なたは抜刀術を知っていますか?」
「それは、もう」
「ならば、抜刀術のみの勝負、これでやってみませんか? そちらの時間をわずらわせる
ことにもなりませんし」
 つまりレンは、一撃でケリをつける、そう言っているのだ。さいわいにも、志狼のそれ
もカタナに似たラインを持っているから、抜刀術でひけはとらない。もともとカタナとい
うのは、片刃剣のことをさしているのである。……ウンチクだな、ただの。
「いいですよ、なら――いきます!」
 抜刀した刃を鞘におさめ、志狼は半身で腰をさげる。右手は柄のやや上。姿勢は完璧で
ある。瞳は鋭く、相手を射抜いている。
 レンもそれは同様だった。腰がさらに下がっているように感じるが。
 ちゃり……
 鯉口(こいくち)から刃の光が反射したと思った瞬間!
 ドウッ!!
 砂地を蹴る音はまったく同時。ふたりとも、神速と言っていいくらい速い!
 志狼は上から叩き付けるような、レンは下から切り上げるがのごとくの刃同士の交錯。
 ガギッッ!!!
 噛み合う音響のあと、相対したときとはまったくの逆位置にふたりが移動する。砂塵を
巻き上げながら制動をかけたふたりに、決定的な違いを見出していた。アインは。
 しかし、いまはそれを告げるときではない。それよりも――
「志狼、ケガ、見せてみろ」
「……って」
 浅手とも、深手とも言えない、判断の難しいキズを負っていたのだ。勢いに負けて、胴
に受けてしまったらしい。つまり、敗北したのである。
 回復魔法で治すのはた易いが、こういうものは魔法に頼らず自己治癒能力で自然に癒す
方が正しい。持論というわけでもないが、こういうお説教をするこの街一番の医者の顔を
思い浮かべた。
「ドクターのとこ、行くぞ」
「うっ……くっ……あれ? あのヒトは……?」
 おてんとうさまが淡々と光を送っているだけで、たしかにいたはずのレンが煙りのごと
く消えていた。
「ま、力量調べ、ってとこじゃないかな」
 言って、アインが肩をすくめた。


「このヒトのこと……知らないか?」
 店に入ってきたとたんそう問われて、パティ・ソールは困惑した。
 頂上にあった太陽は西に傾きはじめ、もうお昼時の目の回るような忙しさは過ぎている。
ちょうど一服でもしようかと思っていた矢先である、この怪しげな人物が来たのは。
 砂漠迷彩のローブだけをまとったその小柄な身体、そして幼さの残った声色からして、
あきらかに自分より年下である。顔はフードが陰になりよく見えないが、雰囲気から結構
な美少女なんではないだろうか。パティは、その少女を十四、五だろうと見当をつけて、
子供をさとすように言葉を口にした。
「この写真の男の子のこと?」
「そう。知らないか?」
 口調は落ち着いているが、いまどき珍しい写真を持った手は、彼女の気持ちを代弁して
いるみたくパティの眼前につきつけてくる。
「ちょっとちょっと……」
 困った笑みを浮かべつつも、パティは写真をよ〜く眺めてみた。
 背景は竹薮。瓦ぶきの屋根をもつ一件の家屋が半分ほどを埋めていて、その横に十歳く
らいの少年。緊張でもしているのか顔が少々強張っている。そしてその手を握り締めてい
る小さな少女。短絡的だが、この少女が目の前の子だろうとパティは直感した。
「……知らないのか?」
 さらにもう一度尋ねてくる少女に、パティはうなる。
 場所は東の方の国。独特な建築様式からして間違いはないだろう。しかも、田舎だ。
 さっきからひとつ、気になる点があった。それは、少年の髪の色。
 燃えるような紅なのだ。
(まさかねぇ)
 この街にひとりだけ、同じ髪色をしたオトコがいるが……
(……あいつは、こんなカワイくなんかないし)
 パティの知っているそのオトコは、一言で言えばお気楽なヤツなのだ。この写真の少年
のような無垢な気質など微塵も感じない。
 結局、パティはかぶりを振った。
「悪いけど、あたしは知らないわよ。商売柄この街の人間の顔はだいたい知ってるけど、
そんなヒトいないでしょうね、この街には」
「そうか……」
 はっきりすぎるほど落胆を示した少女はため息をつき、「邪魔したな」、そういって身を
ひるがえしかけた。
 カラン♪
 カウベルとともに、ひとつの人影が。すぐに判然とした。さっきパティがお気楽なヤツ
と断言したヒロ・トルースだ。
 その瞬間。パティは知覚した。それを。
 店内に電撃の嵐が吹き荒れたのだ。あくまでそういう気がしただけであって、現実には
ただローブをはおった少女がわなわなとその身を震わせていただけだ。
「う〜、暑い暑い。パティ、なにか冷たい飲み物お願いね」
 そうとも気づかず、ヒロは手ウチワで自身を扇ぎながら歩み寄ってくる。夏真っ盛りで
あるからして、まだまだ外の気温はうなぎ登りである。どちらかと言うと、昼を過ぎてか
らの方が暑いくらいだ。
 パティは、少女の妙な反応の仕方も気にかかったが、いちおうヒロに返答した。
「あ、うん。分かった……」
 ――と。
「……ヒロにぃ」
 ローブの人物から漏れでた言葉だと理解するのに、およそ半秒。たしかに、この人物か
ら自分の名前がつむがれたとヒロは認めた。
「……え?」
 状況把握ができず、パティのノドから発されたのはそれだった。パティは、どう言って
いいのか分からず、ただただ唖然としていた。
 少女は音もなく走り、ヒロの首に抱きついていたのだから。
 どういうリアクションをしていいのか戸惑っているヒロをよそに、その少女はうわ言の
ように「ヒロにぃ」を連呼しているだけだった。



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