中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<紅の鮮麗> 〜一日目・夕方〜」 hiro


「――それで?」
「それでって……」
 こちらに非難の視線を叩き付けながらのパティの一声に、ヒロはうめいた。
ひとしきり抱き付いていた少女は、今はヒロのとなりの席に座っている。ヒロと同系の
紅色の髪・瞳、勝ち気そうな……というか旅に必要な諸条件が揃っている顔つきである。
パティによく似たショートカットの髪、質は柔らかいより固めか。
「誤魔化さないでよね! これはナニよ、こ・れ・は?」
 バシンとテーブルに置いてあるフォトグラフの近くを叩き、キツイ目つきでねめつけた。
「写真だな。うちの隣りで写したものだ」
「そんなこと聞いてんじゃない! この娘とのカンケーを聞いてるのよ、か・ん・け・い
を!!」
「婚約者だ」
 ドカスッ!!
「お、おうっ!?」
 聞くや否やの正拳突きが、ヒロの真顔にクリティカルヒットした。無様にしりもちをつ
いたヒロのむなぐらを掴み、パティは噛みつかんばかりに、
「ヒロ、あんた、こんないたいけな娘をダマして……なに考えてんのよ!?」
「だ……ダマしたって……」
「あの〜」
 少々言いにくそうに、横合いから少女が声をかけてくる。
「なに? こいつをかばおうっていうなら、やめておいた方がいいわよ。こんなおんなっ
たらし……」
「いえ、そうじゃなくて……」
「ああ。あなたも殴りたいのね! そっか、ダマされた腹いせに慰謝料でもふんだくりに
きたんでしょ。いいわよ、どんどんやっちゃって」
「それもちがくて……」
「う〜ん、それでもダメなの? なら、コンクリ詰めにして、川にでも沈めちゃう? 火
あぶりの刑ってのも捨てがたいわね〜」
「…………」
 話しがまったく噛み合っていないが、とにかくヒドいことを平然と言っているパティに
恐れをなしているようではあった、その少女は。
 聞き流してしまいたいような、だが聞き逃せない内容を耳にして、ヒロは、
「なんでおまえにそこまでされなきゃならないんだよ……」
 ふてくされながら、つぶやく。
「あんたは黙ってなさい!」
 パティは、ヒロの首に腕を巻き付け、締め上げはじめる。あと数秒で、おちるのではな
いだろうか。
「ぐぅわ〜〜……くるしィ…………」
「……ヒロにぃ、なんだか知らないけど、苦労してんだね」
「わ、分かってくれるなら……この凶暴オンナをなんとかして、して……!」
 少女が、しんみりとアゴを引いた。パティの一連の暴挙を、少女は要約し、もっとも適
したこの場の解決方法を導き出した。自身にも被害がないし、ヒロも解放される、みんな
が幸せになれる方法である。
「すいません。ヒロにぃの悪ふざけが過ぎました。ホントはぼく、『男』なんです」
「…………へ?」
 素っ頓狂に、パティ。信じられない、そんな目を少女――もとい少年にやり、次にヒロ
にやる。それを感じたのか、ヒロは、
「分かったか? ルニはオトコなんだ……だから手を放してくれ……」
 しかし、放されると思っていた腕の力はゆるみもせず、パティはおとろしい音声で質問
してきた。
「じゃあ、なに? あたしをかついだってワケ……?」
「あ、イヤ、そんなぁ……まさかルニものってくるとは思ってなかったし……かついだな
んてそんな大袈裟な……――パティさん?」
「……ふ・ざ・け・ん・じゃ・ないわよ〜〜〜〜!!」
「ギョワァーーー!!」
 ジタバタともがき苦しみ、ヒロ。トラもひねり殺せる圧力が、ヒロの首にかかっている
のだ! ヒロの命運はつきた――


 この日は、クラウド医院にとって、まさに戦争ともいうべき多忙さであった。
 怪我人ひとりひとりに手が抜けないが、だからといって付きっきりで治療にあたるわけ
にもいかない。この病院にはトーヤ、それに弟子であるディアーナしかいないのだ。ディ
アーナには、ほとんど治療の終わった患者の残りの処置程度でしか役に立たないから、実
質トーヤひとりで何十人もの怪我人を看なければならなかったのだ。
 そんな中、ふたりの青年が訪ねてきた。
「これっていったい……何があったんだ、ドクター」
 自らの傷すら忘却したかのように、志狼が尋ねた。殺気立つ、とまではいかないが、そ
んな言葉にいちいち答えている余裕もないのか、トーヤはにべもなく、
「知りたいのなら、ディアーナにでも聞け」
 言い、患者の手当てに集中しはじめる。診察室、待合室、ともにヒトで溢れかえってい
た。気になったのは、すべて自警団員というところだろうか。
 そんなに広い病院でもないが、このヒトだちの中からディアーナを見つけるのには一苦
労だった。
「あ、志狼さん、アインさん……」
 顔面蒼白を越え、真っ白になっていたディアーナは、ふらつく身振りで包帯を巻いてい
た。普段は血を見ただけで卒倒するという、病院には場違いといっても過言ではない彼女
だが、今は一世一代の気力を振り絞り、立ち向かっているのである。
「ど、どうしたんで……!」
 言い終わりかけて、志狼のシャツにこびりついている黒いシミを直視してしまったディ
アーナは、頭をふらりとさせた。
 身軽に、アインが彼女をささえた。
「あ、あ……ありがとうございます……アインさん」
 ディアーナのしていた処置を、アインがかわりにしていく。その自警団員に意識はある
のだろうが、まともに言葉を喋るには身体が重傷だった。
「それにしても、ひどいな……ここまでするなんて」
 アインのコメントに、ディアーナも賛同の相槌をうち、
「……はい。先生も、こんなことまでする人間がいるなんて、って怒ってました。ヒドい
ですよね……これじゃ、死んだ方がマシですよ……」
「再起は可能だけど、その寸前を見極めて、精一杯痛めつけたって感じだ。普通の人格の
持ち主に、ここまでのことはできないだろうね。もう、ココロが壊れている人間か……」
 裂傷に打撲傷、さらに刺し傷。ほとんどの自警団員が、肩をえぐられるように刺し傷を
もらっていた。モンスターでは、ここまで狙いすました攻撃はできない。間違いなく、人
の仕業だ。
「やったのは、女のヒトって……」
「女……!?」
 志狼が思わず叫んだ。
「ここにいる連中って、第一部隊のヤツらだろ? 自警団の中では一番戦闘に慣れている
はずなのに……」
「場所は?」
「自警団事務所の訓練場です……アインさん! その女のひとを止めて下さい! こんな
のってひどすぎます……!」
 肯定のうなずきをみせたアインは、新たに担ぎ込まれてきた怪我人の横を通りすぎ、病
院内から出ていった。


 それは、なにか場似合いな光景だった。
 似合い過ぎて、コッケイとすら思えるほどの……
 当人たちにとっては、真剣そのもの。なにがなんでも、全滅だけはまぬがれなければな
らない。隊員たちは果敢に挑み――そして鮮血とともに打ち倒されていった。
 誰もが、勝てないことは分かっていた。しかし、白旗をあげるわけにもいかない。いま
不在の隊長の威信にも関わるのだ。なにせ、栄えある第一部隊が、たかだか女ひとりに歯
が立たなかったなどと……そんな不名誉極まりない風評を受けるわけにはいかないのだ。
 その女は、ここに感極まるとでも言いたげに、哄笑していた。
「なぁに? この弱さ! あんたらそれでもこの街の守護にあたってる軍隊なの? あん
まり手応えがないから、もうあきちゃったわよ、こっちは」
「テメェ……調子に乗りやがって……それにオレらは軍隊じゃねェ」
「どっちでも同じことよ。このカス!」
 足元でうめいたアルベルト・コーレインに、ツバを飛ばしてやる。繊細そうな容貌にそ
の行為は、あまりにギャップが激しすぎた。白いやわ肌に、赤いショートボブの髪。見か
けは深窓の令嬢と言っても通用しそうな、そんな風体ではある。
 回りの壁に張り付いている隊員たちを一瞥し、女は鼻で笑う。
「さ〜て、任務だけはしっかり果たしていかないと。悪いけどあんたら、全員例外もなく
病院送りにしてあげるからね」
 天使のほほ笑み。しゃらん、と、女の手におさまっている小剣が鳴る。これが高速で動
き、相手を斬りさいなむのである。
 と――
「待ちなさい!」
 凛(りん)とした女声。
「……誰、あんた? オンナがこんなとこになんの用なの? そのキレイな顔が大事なら
とっとと出ていってくれない?」
 訓練場の戸口に立っていたポニーテールの女性――星守輝羅に、女はメンドクさそうに
告げた。
「女って言うなら、あなたも同じじゃないの?……とにかく、もうこれ以上横暴な振る舞
いはやめてもらうわ」
 女の瞳が、すっと細くなる。獲物を前にした、ヘビのような目だ。ヘラヘラしていた女
の気が、殺気にすりかわる。
「……月並みだけど、もしイヤだと言ったら?」
「実力で止めます」
 それをはねつけて、きっぱりと輝羅が言ってのける。女は輝羅の腰に差してある物を見
て、声をあげた。
「剣術の心得くらいはあるみたいだね……」
 他人に気づかせないほど何気なく、女は一歩分の歩をとった。見逃してしまいそうな、
そんな足取りである。
(できる……)
 輝羅が胸中で、戦慄のセリフを吐いた。
 多分、輝羅が何か少しでも動きをみせれば、たちまち女は斬り込んでくるだろう。いま
の自分は、あまり守勢には適してない体勢である。意表をついて、攻勢にでもでるか。そ
んなジレンマに悩まされていた時だった。
「見てるのも楽しいんだけど、そこらへんでやめといてもらえないかなぁ」
 ふたりの間合いに、アインが滑り込んできた。女とは別の意味で、分かりにくい足取り
である。女の殺気が消散していくのがよく分かった。というより、しらけたとでも言おう
か。
「きみ、ここは仮にも一部の行政を取り仕切る自警団本部なんだよ? いくら私設の組織
って言っても裁く権限もあるし、道場破りまがいの遊びなら、お門違いなんじゃないかな」
「フン……そんなこと、アタシのしったこっちゃないね!」
「捕まりたいのかい? それなら遠慮なく取り押さえさせてもらうけど?」
 言動は光風霽月(こうふうせいげつ)なんて言葉が似合いそうな青年だが、さっき一瞬
で間合いを取った動作は本物だった。悩みもせず、女は引くことにした。
「……命拾いしたね」
 輝羅を一目(いちもく)してから女は、堂々とその横を通りぬけていった。



中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲