中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<紅の鮮麗> 〜一日目・夜〜」 hiro


 さくら亭では、ルニくん歓迎会なるものが盛大……とまではいかないが、おこなわれて
いた。ちなみに、このすべての経費は、ヒロもちである。パティの弁によれば、因果応報
とかなんとか。
 勝手にそれぞれ注文させないようにヒロは、目を光らせながら仕切るハメにおちいって
いた。特にアレフ・コールソンと橘由羅、まるにゃんやヘキサあたりはヒロの迷惑なんて
そっちのけで頼んでしまうから、ときには武力行使もやむえなかった。のために、戦場と
化していた。主に騒いでいたのは、上記の五人だけだが。
「あのバカ、ちょっとは静かにできないのかしら……」
 視線だけでヒロたちを眺めていたパティは、頬杖をついた。とりあえず一同に足りるだ
けの食料は提供したから、自分もテーブルについたのである。
「そのバカって、ヒロにぃのことですか?」
「そ」
 差し向かうように座っていたルニ・ラージュに、いち単語で返答する。歓迎会のはずな
のに、ルニはその中心にはいず、隅の方からこの騒ぎを見ていたのだ。
「……ヒロにぃのこと、そんなに気になるんですか?」
「はあ? ンなことあるわけないでしょ?……でも、ああやって騒いでると一番目立つの
はたしかだけどね」
「ちょっと性格かわったのかなぁ……ぼくの知ってるヒロにぃは、実直で聡明なイメージ
だったんだけど……」
「むかしのアイツって、どんなのだったの?」
 関心のなさそうに、パティが尋ねてくる。が、内心知りたがっているのが素振りの微妙
な変化で察したから、ルニはちいさく笑った。
「残念ですけど、そんなに知らないんです。ぼくが村にいたのは、生まれてから五年ほど
でしたから。そんな子供のころのコト、おぼえてると思います?」
「そうねぇ……あたしもあんまり覚えてないわね、そんなむかしのことなんて」
「でしょ?」
 そのあと見せたルニの表情。パティは、一見して識別することはかなわなかった。ルニ
の目は茫漠としていて、どこを映しているのかは分からない。そして、つぶやいた。
「……ヒロにぃの存在だけ、それだけ知っていれば、それで充分なんです。それが、ぼく
の心のささえでしたから……」
 悲しいのか。怒っているのか。泣いているのか。笑っているのか。……とにかく、複雑
な心境をかかえているのは確実だった。
 なぜかパティは、胸のうちに吹くすきま風を感じた。まるで、ルニの心情に接触したか
のように。悲しかった。胸がつぶれそうな、そんな感覚。この少年は、こんな痛々しい気
持ちを背負ったまま、生きてきたのだろうか?
 もしかしたら、ヒロに逢いにきたのも、ただ懐かしいからとかそんな理由からではない
のかもしれない。なにかしらの決意とともに。もしかしたらオノレの命すらかけて……
「……パティさん?」
「あっ、…………ごめん。どうもぼーっとしてたみたい」
 目じりに溜まっていた真珠のようなしずくを指で払いとり、パティは、ルニにできる限
りの笑みを浮かべてみせた。
「なにか、追加注文でもある? あるなら作ってきてあげるわよ?」
「そんな、悪いです」
「子供が遠慮しないの!――そうだ、このあいだあたしの考えた特別メニューがあるんだ
けど。それ作ってきてあげる」
「……なら、お願いします。ヒロにぃには悪いですけど」
 あくまで遠慮勝ちなルニの態度だが、それでもちゃんと言ってはくる。旅人特有の癖み
たいなもんだろう。もらえるものはもらっておく。食えるときに食っておく。これが旅す
る者の鉄則である。
 調理し運んできた料理を食べはじめたルニは、目を丸くした。パティが、にっこりとほ
ほ笑む。
「どう? おいしいでしょ?」
 言葉なく感嘆に首を縦に振ったルニは、パティを上目づかいで見、
「これなら、いい奥さんになれそうですね。夫にはヒロにぃなんてどうですか?」
 噂好きのオバサンみたいに言ってくる。目の色が笑っていた。ここで動揺したらルニの
思うつぼだと分かっていたパティは、
「ば、バカなこと言ってオトナをからかってんじゃないの! さ、と・とっとっと、食べ
ちゃいなさいよね……」
 本人にとっては至極冷静に対処したつもりだったんだろうが、モロバレだった。世の中、
怒ってテレを隠す人間はたくさんいるが、ここまで分かりやすいのも珍しいのかもしれな
い。
「なんの話しをしてるのかなぁ?」
 わざとらしくコップに口を当てたまま、トリーシャ・フォスターが忍び寄ってきていた。
半眼で、険が混じっているところから推察するに、聞いていたのだろう。
「な、なんにも……そう、なんにも話してなんかいないわよ? トリーシャ」
「…………」
「と、ところで。ルニはここで泊まっていくでしょ?」
 この話題替えは不自然ではなかったが、トリーシャの機嫌が良くなるにはいささか無関
係すぎた。
「えと……ぼく、お金がないんで。野宿するつもりだったんですけど」
『の、野宿!?』
「ヘンですか?」
 ルニにとっては自然な事だったのだろう。パティとトリーシャの声をそろえてまで驚い
た反応には、ルニの方がよっぽど驚いていた。
「ねぇ、パティ。ただで泊めてあげたら?」
「……っていってもね〜……こっちも商売上、タダってわけにもいかないし……。トリー
シャの方は?」
「きょうはダメだよ。自警団の夕方のあの騒動、パティだって知ってるでしょ? 帰って
きたお父さん、ピリピリしてるもん。ここに来るのにも大変だったんだからね」
「そっか……」
「いいですよ。ここに公園とかありません? そこでキャンプでもはりますから」
 そんなこと言われたって、『はいそうですか』と無責任な発言は返せない。ほとほと煩
悶(はんもん)したあげく、もううちに泊めようかな、とパティが思い直しはじめた頃、
「アリサさんのところにご厄介になったらどうですか?」
 と、龍牙総司が提案してきた。この青年も活況から離れ、静かなここに移動してきたら
しい。パティは、
「アリサさんのとこに?」
「あのひとなら、快く了解してくれるでしょう?」
「それはそうだけど……それってなんだか、アリサさんの人の良さを利用してるみたいじ
ゃない。ルニもそんなのイヤでしょ?」
「でも、それしかないんじゃないかなぁ」
 うなずくルニのとなりで、トリーシャが総司を容認する意見をのべた。そこにまた新し
く輝羅(きら)が入ってくる。
「それがいいでしょうね。本当はヒロの部屋に泊めるのがいいんだけど。基本的に自警団
寮には、関係者以外は入っちゃいけない規則だし」
「そうなの? ボク、知らなかった」
 まぁ、いちおうトリーシャもフォスター隊長の身内であるからして、出入り自由にはな
っているのだ。それを言うならルニも……となるのだが。
「それにヒロのとこじゃ、まともな食事はとれないしね」
 この輝羅の言葉がすべてを決めた。それからはつつがなくジョート・ショップにするこ
とが決定し、最初は断っていたルニもついには折れたのだった。


「パティのやつ、俺にこんなメンドーな役押し付けやがって……」
「……ごめんなさい」
「おまえが謝ることはないよ。悪いのはコイツなんだからな」
 紅蓮は、自分の背に背負われたいるヒロに毒づいた。
「たかがコップ一杯の酒飲んだだけで立てなくなっちまうとはねー。志狼に匹敵する下戸
だな。せめて、アインかルシアがいれば、わざわざ俺がこんなコトしなくてもいいはずな
んだけどな」
 さくら亭には、ジョート・ショップのメンバーはひとりも来てなかったのだ。ンなワケ
でウェイターである紅蓮にお鉢が回ってきたわけである。ルニをジョート・ショップに案
内するのは。距離的にはそれほどでもないが、うっすらと包むこの蒸し暑さは屋内を超え
ているから、できる限り外には出たくないのである。ただの出不精ともいう。夏といえば、
家の中か海なのだ。
 じきに会話もなくなり、土を踏みしめる音だけがふたりの耳朶(じだ)を打っていた。
「……おかしい」
「…………」
 紅蓮は疑念をぽつりと、ルニは黙したまま、立ち止まる。
 風が、突然消えたのだ。むろん、肌に感じるほどの風はもともとなく、戦いに身をおく
者の研ぎ澄まされた超感覚だけがとらえられる、そんな弱いものだった。しかし、気流そ
のものを感じられなくなるのは、いくらなんでも不可思議である。
 出し抜けに。突風にも似た風――殺気が吹いた。
 全身のうぶ毛がそそり立つ。ご無沙汰だったこの緊張感。前面が圧迫されるぐらい物凄
い気。あきらかに、ただ者ではなかった。
 街灯に照らされ、地面にできている光の輪に人影がひとつ浮かび上がる。殺気さえなけ
れば、幽霊と勘違いしそうなシチュエーションではある。
「……てめぇ、何者だ?」
「さあ? 僕が何者だなんて、そんなこと、どうだっていいんじゃないのかい?」
 澄ました、気に入らない口調だった。紅蓮がそういう気分にひたっているのはどうでも
いいのだろう、その人影はルニに、
「そこのアホウを巻き込みたくないのなら、こっちに来てくれないかなあ、ルニちゃん」
「誰がアホウだぁ? テメェの方こそ、こんな時間に誘拐でもしようってのか、トンマ野
郎」
「僕にケンカでも売ってるのかい? アホウさん」
「おう。上等だ、このトンマ野郎!」
 話し自体は低レベルだが、ふたりのあいだに激突し合っている気のでかさは、高レベル
だ。
 人影が、さらに歩み寄ってくる。街灯の射す範囲から出たため、輪郭程度しか判別でき
なくなる。互いに、良く見えるところにまで移動しようというつもりだろう。
 そのあいだに、紅蓮は無言でヒロをルニに預ける。まさか、ヒトひとり背負ったまま戦
うわけにもいくまい。どういうわけか、それでもヒロは眠ったままだった。状況に気づい
てないのか、それとも……
「こいつ、俺を信用してんのか?」
 それなら期待にそえなきゃならないな、と気合を込めて構えた。
「殺してやるよ」
 見下すようにそう断言してきた人影は、青年だった。まだ。二十歳にも満たないだろう。
紅蓮は知らないだろうが、自警団訓練所を襲ったあの女に似た容姿だ。目が冷たい光を放
っているって点が違うが。
「それは、俺のセリフだ」
「身のほど知らずがッ!」
 挑発と受け取った青年は、プライドが痛く傷ついたのか、憎々しげに吐き捨てる。思い
っきり踏み込み、火を噴くような拳撃を打ち出した。目にも止まらぬ速さ。そう言っても
語弊はない。
 意想外の速さに面食らった紅蓮だったが、ストレートすぎるそれを受け流すのはそう難
しいコトではなかった。
 容易に拳の流れをそらし、密着の間合いにまで入り込む。
 どんっ!!
 ゼロ距離からの掌打は青年を数メートル吹っ飛ばした。片ヒザ、片腕を地面につき、青
年はうめく。内臓に損傷が起きるほどのものでもないが、それでもしばらくは立つことさ
えできないはずだ。
「どっちが身のほど知らずか、これでよく分かったろ?」
「紅蓮さん、よけて!」
 緊迫したルニの叫び声が、紅蓮を突き動かした。ともかく出来うる限りの反応速度でそ
の場を飛びのいていた。
 ヴオオオオオオッ!!!
 大気が、爆裂音という名の悲鳴をあげた。
「ちっ、かわしたか」
 青年は、うめいていたのがウソだったかのように、舌を鳴らしていた。痛がっていたの
は演技だったのだ。
「あれぐらいならどうってことないんだよ、僕はね」
「まるにゃんか、おまえは……」
 驚愕というより、呆れて紅蓮がつぶやく。同時に。この青年の能力もいくらかだが見切
っていた。どういう原理かは知らないが、超音圧ともいえるそれを、標的にぶつけている
のだ。物理的な力として具象化したそれを、たとえ指の先といえども食らえばどうなるか
は、想像にかたくない。
「――もう、そのくらいにしろ、ルターク」
 渋い、男の声だった。闇から現れたその男は、青年――ルタークに制止をかけた。空間
そのものが男を恐れているかのように、敏速に声をルタークに届ける。 
「ランディ……か。あんたに命令されるおぼえはない」
「レンがもういい、と言っているとしてもか? ひとりで勝手に出ていって、派手になれ
ば、ヤツの怒りを買うだけだぞ」
 それに面白くなさそうに舌打ちをし、ルタークは、眼光でも殺せるんじゃないかと思え
るほどの視線を紅蓮にたたきつけた。捨て台詞の代わりか。
 去っていくルタークを一顧だにせず、その男――ランディ・ウエストウッドは、いまや
しらふと化したヒロと正面から向き合っていた。
「何年ぶりだ、小僧?」
「さーね。少なくとも、一年以上は経ってるんじゃないのか?」
「また、腕を上げたな」
「あんたがいなくなったあとにも、色々あったんでね。――で、この街にはなんの用があ
るんだ? 物騒極まりないあんたには、早々に出ていってもらいたいんだけどね」
「嫌われたもんだな、オイ」
「この街に害をなすつもりなら、こんどこそ――」
 急激に、ヒロの気――神気が高まりはじめる。それに呼応して、空気が火花をあげてい
た。しかし、歳の差か、ランディは軽く受け流す。
「俺はただの雇われ人だからな。依頼主の命令通りにするだけだ。……おまえとのリター
ンマッチは、また日をあらためるとしよう」
 それはヒロの言葉を肯定するものだった。背を向けたランディはこちらを見もせず、
「そうそう。あしたは朝早くから、ジョート・ジョップって店に依頼人がくる。おまえも
いた方がいいんじゃないか?」
「…………」
 意味ありげなセリフを残して、ランディは夜の街へと消えていった。



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