中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<紅の鮮麗> 〜二日目・朝〜」 hiro

 
 夜明けから数時間もしないそんな時刻に、その訪問者は訪れた。
 このエンフィールドの街で、唯一『何でも屋』という――言わばフリーター的存在とで
もいおうか。気立てのいい、美貌の未亡人が営むお店、ジョート・ショップに。
 訪問者は全部で四人。
 その中のひとり、レンが、玄関のドアの鍵が開いていることを事前に知っていたかのよ
うに、入った。レンの両サイドをかためていたふたりの男女も、不仕付けに。最後に、壮
年からは幾分すぎた、五十代らしい男が入り口に体重をあずけるようにしてよりかかった。
 客と対応するためにもうけられたカウンター内側には、銀髪を梳(す)いたルシアが破
顔していた。
「いらっしゃいませ。当ジョート・ショップに、どのようなご用件で?」
 透き通った美声で、いけしゃあしゃあと前口上をつむいだ。こんな朝っぱらから客を待
っているわけもない。
「なかなかの待遇の良さですね」
 まいったな〜、と表情で語りながらレンが頭をかく。そりゃあそうであろう。ルシアの
他にもアインやら志狼、ヒロに紅蓮までがこの場に居合わせていたのだ。さりげなく、武
装もしている。
 紅蓮と男女の片方……ルタークは、早くも視闘戦なるものを繰り広げている。ヒロとラ
ンディも、馴れ合いには程遠い壮烈な視線を合わせあっていた。
「ランディさん、あなたですね? 教えたのは」
 半面をランディに向けとがめたレンに、ランディは野太い笑みで返してきた。頭を数回
やれやれと振って、ルシアの方をあらためて向く。
「まさか、こんなことになっているとは。これじゃぁ、荒っぽい戦略は御破算になってし
まいました」
 口を滑らせたというか、本音をしゃあしゃあと言われてしまったルシアは、逆に苦笑す
るしかない。そのまま顔を固定して、ルシアは、
「それで? 用件はなんなんだ?」
「用件はふたつです」
「ふたつ……?」
「ひとつは、あなたたちが良く知っているある装置の正確な位置です」
 レンはもったいぶって言い、人差し指を顔の横にまで持っていき、
「――火山制御装置」
 言おうとした瞬間アインに先を越され、レンは苦虫を潰した。とたん、店内がさざめい
た。紅蓮は話しでしか聞いたことがなかったから、いまいちルシアたちについていけない。
「それって、あの制御装置のことか?」
「そうですよ、紅蓮さん。活火山の激動すら沈めてしまう、超兵器です」
「ヘイキ……?」
 名前を知られていたことなんか、まったく気にもならない紅蓮の剛胆さに、レンは気を
良くしたのか、
「そう、兵器です。あなたがた、あれがただ抑圧するだけのものだと思っていたでしょう?
しかし古代に実在したアレは、火山を生成することができたという――」
「つまり、こういうこと?」
 アインがなんとなしに横槍を入れてきた。
「世界を制するには、相手の有無を言わせない強力な武器が必要だと。それでもって北の
新帝国に脅迫でもするつもりか?」
 言って一息つき、アインはさらにこうつづけた。
「つまりあんたたちは、どこぞの団体さん、ってことかな?」
「……あなたはサトいですね、アインさん。そうです。そしてもし制御装置を手に入れた
場合は、それもいいと思ってはいます。それが早道でしょうから」
 大それた発言である。このレンという男が、どれほどの組織力を擁しているのかははっ
きりしないが、国ひとつと渡り合うには兵器だけでは少々足りない。それが超兵器ともな
ればなおさらである。
 なぜなら超兵器は、あくまで交渉の材料としてしかその意味をなさないからだ。実際に
使用することは万が一にもありえないだろう。もし使えば、制するはずの大地そのものが
なくなってしまうからだ。
 バレたのなら隠すだけ骨折り損だとでも考えたのか、レンの軽い態度がどこか物々しく
なる。それでも、表面上の変化は軽微なものだ。
 何事もなかったようにレンは二本目の中指を立ち上げ、話しを戻す。
「そしてふたつめ。ルニ・ラージュをこちらに引き渡すことです」
「な!?」
 これにはヒロが声をあげた。
「ふざけるなよ? 誰がおまえらみたいなテロ組織に、ルニを渡さなきゃいけないんだ」
「こちらとしても、あんな幼い少年に頼らなければならないのには……大変心苦しいので
すが。しかし、これは譲れないのです。なんとしても引き渡してもらいます。そうでなけ
れば、ハメット氏がうかばれませんから」
「ハメット……!? おまえら、まさか……」
「ヒロさんのお察しのとおり、私たちは元ハメット氏の部下。いまは私が首領として、組
織の復興に全力を注いでいるわけです」
「……なるほど、な」
 ヒロが苦々しくつぶやいた。
 かつてヒロが自警団第三部隊の存続のため走り回っていたとき(悠久幻想曲 2nd 
Album)、自警団の裏に巣食っていた悪を斬り払った事があったのだが。その時の悪
の残り火らしい、このレンたちは。
「あの時たしかに、壊滅させたと思ったんだが……」
 ヒロの持つ紅魔――その刃の裸身が、鞘から垣間見えた。ランディはそれに目をやり、
嬉しそうに相好をゆるめる。ランディはレンの護衛。ヒロがレンに斬りかかるなら、止め
る必要がある。……ひっきょうするに、合法的に戦うチャンスが巡ってきたことを喜んで
いるのである。
 それを見てレン、お手上げのポーズをとり、戦う意志のないことを伝える。
「まぁまぁ。待ってください。きょう今すぐ、なんて言いませんよ。……そうですね、あ
したの夜、この街の鐘が九つ鳴った時間にでも、また来ます。その時までに、よく考えて
おいてください。――それでは」
 レンは連れに帰るぞというジェスチャーをし、先頭を切って出て行く。ランディは息を
つき、ルタークは紅蓮に冷笑を浴びせてから、そのあとを追っていった。
 おかしなことに――ひとり残った女が、アインに喋りかけてきた。
「おい。あのときの女はいないのか?」
「オンナ……ああ、輝羅のことかな。ここにはきてないけど」
「あの命知らずに伝えておけ。アタシと殺りあいたいのなら、レンの指定した時間におま
えもこの店に来い、ってね」
「分かった。伝えておくよ。――そうだ、きみの名前は? それも教えておいた方がいい
だろ?」
「……ライム」
「了解したよ。しっかり、輝羅に伝えておくから」
 どうもきな臭さとは縁遠いこのアインを前にすると、女――ライムは本調子になれない
のか、ため息までつきながら店をあとにした。


「宣戦布告は、これでいいとして」
 外の空気を肺に一杯にためたレンは、ゆっくりと吐き出した。内心ヒヤヒヤものだった
レンは、ルタークをかえりみる。
「ルターク。その血気盛んなところ、なんとかなりませんか? あやうく台無しになって
しまうところでしたよ」
 さすがに、あそこでの戦闘は控えたかったのだ。せっかくの清浄な土地が、血で染まる
のはいただけない。
「フン。あんなヤツラ、あそこで皆殺しでよかったんだよ。……だいたいなんだよ、あれ
は?」
「あれとは……?」
「カザン制御だかなんだか知らないが、そんなもの、僕たちには必要ないだろう? まさ
かただの話し合いにあそこにいくなんて、聞いてなかったぞ!?」
「あれが、話し合いだと?」
 ランディが、笑いを噛み殺して言った。ギラリ、とルタークは両眼をやる。今にも一戦
やらかしそうなふたりをとどめるべく、レンが口をひらいた。
「そこでケンカはやめてくだい。――ルターク、さっきもいいましたけど、あれは宣戦布
告なんですよ」
「…………」
「分からないのか? トンマ野郎」
 理解できず憮然としていたルタークに、よせばいいのにランディが罵声を食らわした。
もしあと数瞬、レンが制止の声をあげるのを遅れていれば、その場で死闘になっていただ
ろう。
「本当にいい加減にしてほしいですね、ふたりとも。ランディさん、あなたは私に雇われ
ているんですから……あまりうちの部下を刺激する発言は控えてほしいですね」
 内輪でこれでは、先が思いやられる……レンは頭痛がしてきた。
 任地で、ヒロたちにハメットが倒されたと聞いたときは、ヒドくショックをうけたもの
だった。あの人なら、世界にあらたな秩序をもたらす事ができると信じていたからだ。た
とえそれがどんなカタチであろうとも――だ。
 後釜についたのはいいが、組織は総崩れで、使える人材は自分も含め数人。この組織の
象徴とも言える合成獣、その研究データも断片的なもので、修復・解析するのには半年ほ
どかかった。
 ……しかし。
 専門者ではない自分たちの創り出した合成獣は、ハメットのより数段劣るのだ。まぁ、
ある領域では、ハメットのそれをもしのいでいるのだが。それだけでは、こんな街程度な
らいざ知らず、国ともなると首をかしげざるおえない。
 が。ルニを手に入れれば話しはかわってくる。あの少年の能力を解明し、それを合成獣
に活かせれば、神族・魔族すらも屈服させることができるだろう。
 ――とにかく――
「とにかく、すべてはあしたです。――あちらが私の意図に気づかなければ、とどこおり
なく物事が進むんですけど。アインさんか、ルシアさんあたりには看破されそうですね」
 どちらにしても、その程度の余興があった方が楽しめる。復讐と目的をいっしょくたに
達成できるのだから――レンは絶対の自信を持ってほくそ笑んだ。
 

「あのレンってやつ、なかなか頭が切れるみたいだ」
 ルシアの評価はそれだった。そのまま、アインに目で問う。
「レンの真意かな? 知りたいのは」
 うなずき返答したルシアに、アインは私案を告げた。
「あの口ぶりからして、火山制御装置はどっちでもいいみたいだね。あったとしても宝の
持ち腐れになるし。使えない兵器なんて、あってもなくてもいいんだよ。ま、国を脅迫す
るには、そんなものに頼る必要なんてないだろうし」
 ここまでは気軽に話していたアインだったが、いきなり声をひそめた。
「だが、どっちにしても、この街をただですますつもりはないみたいだ」
「どういうことですか、アインさん」
 不安を隠せず、志狼が聞いてくる。ヒロや紅蓮も、同じ面持ちだ。ルシアは、承知して
いるのだろう、腕を組んで黙したままだ。
「分からないのか? つまり、ひとつめの用件はほのめかしていたんだ。この街エンフィ
ールドを消す――ってね」
『!』
「簡単な推理だよ。もし僕たちが火山制御装置の位置を教えたとする。そうしたら、彼ら
はそれをどうすると思う?」
 問いかけて、順番に一同の相貌を見回していく。間を置き、こちらの言いたいことを飲
み込めたと思ったあと、アインは口答した。
「そう。彼らはそこから持ち出す。そうしたら、雷鳴山は活動を再開する。街は――滅び
る」
 静謐(せいひつ)な空気が、ことの重大さを物語っていた。
「――となると、もうひとつの」
 ルシアは言って、ヒロの方を見る。こくりと、ヒロがうなずいた。
「ルニは、ヤツラが本当に欲しがってるものですね。ハメットの残党だとすると、どうす
るのかも見当がつきます」
 カタ……
 かすかな、物音。ヒロが代表で二階へとつづく戸口へと歩いていき、静かに開いた。誰
も、いない。しかし、ほんの少し前まで居たと思われる、ヒトのぬくもりを感じた。
(ルニのやつ……まさか)
 急いで階段を駆け上がり、ルニの部屋に。
「……あいつ」
 ルニは、出ていったあとだった。こんな短時間で荷物をまとめられるはずがない。多分、
あらかじめ準備をしていたのだろう。
 両開きの窓が開けっ放しになっていた。
 ルニの置き手紙の代わり――そこから、あたたかなそよ風が舞い込んできた。



中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲