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「<紅の鮮麗> 〜二日目・昼・その二〜」 hiro


 ルタークの突き出した腕の外側を沿うように回転し、ルニはヒジをその横顔に打ち込ん
だ。
『神閃流・旋風撃』
 ルニの得意とする、カウンター技だ。
 もろに手痛い打撃をもらったルタークは、三歩ほどよろけて踏みとどまる。もうそこに
は、冷笑などカケラもない。
 そこからダメージを受けたかどうか推し量れず、ルニは当惑した。とっくに何十発と当
て身を食らわしているのだ。いくらタフとはいえ、徐々に体内に衝撃が蓄積し、ついには
立てなくなるはずなのだ。なのに、これは?
(これが、キメラ(合成獣)の技術ってやつなのか?)
 背筋が凍る想いだった。もしこれに、自分のいまいましい能力が加われば、大変なこと
になる。誰にも、止めることはできなくなってしまう。
(……そんなこと、させない!)
 神気を放出させたルニは、右手を鉤爪の形にする。ルタークの一撃をかわしざまふとこ
ろに入り込み、それを胸の中央にあてがう。
『神閃流・狂風打』
 メキャッ!
 思わず耳をふさぎたくなる音響がそこから漏れ、ルタークは後進しあお向けに倒れた。
 胸骨がなかばでヘシ折れたのだ。これをもらったあとの大きな動作は、肋骨を肉に食い
込ませ、さらなる苦痛と悲鳴を交錯させるコトにもなる。あきらかに、殺しのための技だ。
 ルニは、樹上で静観していたライムを見上げる。
「このヒトはもう動けないよ! さあ、あんたはどうする?」
「誰が?」
 薄い笑みを浮かべ、ライム。ルニのひとり仕留めたという高揚感は、その一言で冷めて
いた。半信半疑のまま、身体ごと振り返る。
 ルタークが首から上を垂れさせながら、生きた死体のように立っていた。冷気の威圧感
が、ゆるやかに上昇しはじめる。
「……なぁ、ライム。こいつ、腕の一本や二本…………なくても構わないよな?」
「どうせ、ダメだって言ってもそうするつもりなんだろ?」
 猛悪な笑みでルタークは応えた。……瞬間。
「!?」
 そのルタークの速さに、ルニは目を見張った。もともと速かったルタークの走速が、一
気に倍近くまで伸びたのだ。どうやらさっきまでは、力を抑え目にして戦っていたようで
ある。
 気づいたときには、右手に回り込まれ腕の関節を掴まれていた。前言どおり、腕を折る
つもりだ。
 カッッ!!
 その後の一瞬の攻防は、常人の動体視力ではついていくコトはできなかった。……なん
にせよ、ルニは腕を折られることもなく、ルタークと対峙していた。
「やるなあ、ルニちゃん。いまのはイケたと思ったんだが。この僕の速さについてこれる
なんて……と・なると、だ。――これしかないかな」
 ヒュン。
「え?」
 なにをされたのか理解できず、マリアは惚けた声を上げる。風が踊った直後、ルターク
はマリアの背後に移動したのだ。
「すまないね、お嬢さん。でもね、ルニちゃんのためなんだ」
 その左腕を真後ろにひねり動けなくしてから、マリアの首筋に手の平を押し当てる。人
質ってヤツだ。勝てないと思ったわけでもないんだろうが、これがもっとも手っ取り早く
すむ方法だと考えたのだ。
 それに対し、ルニより先に味方のライムが非難した。
「ルターク! あんた、そんな畜生にも劣るマネをして、なに考えてんのさ!?」
「黙ってろよ。キミはこいつと手を合わせてないからイマイチだろうけど、こいつ、かな
り手ごわい。僕たちふたりがかりでも、無傷で取り押さえることができないくらいね」
「だからって……こんなの。それに、その娘は関係ないだろ?」
「い〜や。関係大アリだね。このお嬢さんを抑えとけば、ルニちゃんは手出しできなくな
る。――だろ?」
 嘲弄(ちょうろう)を満面に張り付かせ、ルタークはルニに目線を送る。そこに悔しげ
なルニを認め、ますますルタークを喜ばせた。
「恋愛に時間はいらないっていうけどね。この大好きなお嬢さんを死なせたくなかったら、
僕たちのモトに来てもらうよ。いいね?」
 勝ち誇った、そんなルタークに、ルニは怒りを抑えきることはできなかった。限度とい
う壁が崩壊していく。どちらにしろルニは、歳を経るにつれ、感情の抑制機能が弱まって
いたのだ。
「おお……お……おおお……」
 異の意識……それを意識と呼んでいいのかどうかは分からないが。ルニはそれに、自ら
をすんなりと明け渡した。
 

 もしかしたらと思い、ヒロはさくら亭におもむいたのだが、いず、それどころか尋ねた
ヒロにパティは第六感が働いたのか、事情説明を求められた。それで、説明し終わったあ
とのセリフが、これである。
「あたしも行くわ!」
 その申し出に、ヒロは渋い顔をする。
「なるべくなら、俺ひとりの方がいいんだ。だから志狼たちにも協力してもらってないし。
見つけても、連れ戻せるのは――」
「俺だけって? あんたね、いいきになってんじゃないわよ! あの子はね、あんたみた
いなデリカシーのカケラもない男に説得されたくらいじゃダメなのよ」
「言いたい放題だな。でもな、俺の方がおまえよりはルニのこと、分かってるつもりだぞ」
「……分かってない……」
「なにがだよ」
「分かってないわよ、あんたは! あの子はね、ひとりにさせちゃダメなの。誰かがつい
ていてあげないと。それなのに、あんたは……」
 きのうの夜、ルニのこころに同調した。それは、保護を欲している赤ん坊のものだった。
パティの勘がルニを独りにさせてはいけないと訴えていたのだ。
「……か、勝手にしろ」
 異様な迫力に押されながらもヒロは、さくら亭から出て行こうする。
「あっ、ちょっと。あたしも行くって言ってるでしょ!」
 その制止にヒロはイライラとそれでも律義に立ち止まり、エプロンを外してカウンター
から小走りで寄ってくるパティを待っていた。
「まさか、俺について来るつもりか?」
「その方がいいでしょ。説得役は任せといて」
「……俺は探知器かなにかか?」
「はいはい。さ、行きましょ」
 不平そうにしていたヒロの背を押しはじめて、パティ。が。突然、ビクとも動かなくな
った。苦情を言おうとパティが顔を上げれば、真剣な顔付きのヒロがあらぬ方向に瞳をや
っていた。
「神気の波だ……」
 言うやいなや、パティをほっぽりだしてヒロは飛び出していった。


 『銀髪』のルニの蹴撃が、ルタークの身をはねとばしていた。幹に激突し、それでも勢
いはおとろえず、四本目の幹を真ん中で砕き折ってからようやく停止した。
 いくら頑丈に創られているからと言っても、ベースは人間なのだ。ここまでの痛手を受
けて、ぴんぴんしていられるはずもない。
「こ、これが……この子の能力……!」
 おののき震えていたライムは、悪夢を見ているようだった。レンからは超兵器に見合う
価値があるとだけ聞いていたが、それも話半分だった。しかしこれなら、この三ヶ月間送
りつづけたうちの追跡員たちがどうにもならないのもうなずける。
「くっ……!」
 さすがに静観者をしているわけにもいかず、仲間を助けようとその前に飛び降りた。
「――――」
 ルニの銀の瞳に、変色はない。獲物が一匹増えた、その程度のことなのだ。一歩一歩ご
とにそこから神気の風が波紋のように広がり、それだけでも恐怖に値する。
 ライムは小剣を抜き放ちざま、水平に一閃。
「! きゃう!」
 だが、次の瞬間には。横っ面に裏拳を叩き込まれ、スピンしながら上空に躍らされてい
た。木立に背中を超打し、ずるりずるりと根元にまで滑り落ちてくる。
 気絶したふたりをルニは絶息させるため、掌に神気を集束させはじめる。
「や、やめて! ルニ、どうしちゃったの!?」
 マリアの声は、いまのルニにとってはわずらわしいものでしかなかった。そちらに腕を
振り上げる。マリアがビクリと身を震わせた。
「風に在るは――」
 そのルニの気法言語をかき消すがごとく、叫び声がこだました。
「ルニィィィィィィィィィっ!!!」
 反応し振り返るが、視界の先には何も見えない。振り仰ぐ――と、そこにはカタナを振
りかぶったヒロがいた。
『神閃流・雷風閃』
 ほぼ頭上のため、かわすも受けとめるもできない――はずだった。可能とすらなら、反
射速度が常人の数十倍はいる。そして、それをやってのけた。ルニは。
 ガッ!
 ヒロの全力の一撃を手の甲で止めたルニは、仮面のような表情のまま弾いた。宙を切り、
機敏に着地するヒロ。その顔には、冷や汗が。
 地獄で仏とはまさにこの事。マリアはヒロのもとに走ろうとするが、
「来るな! おまえはじっとしてろ。いまのルニは、動くやつすべてが破壊の対象だ」
「わ、分かった……」
「パティ。おまえもだ」
「あ、あんたね……速いのよ……」
 ヒザに手をやり肩で息をしていたパティは、ぼやいた。そのまま木によりかかり、ヒロ
の言う通りにする。
 ヒロがルニをどうするのか気がかりなのか、マリアは、
「ね、ねぇ! ルニを、ルニをどうするつもりなの?」
「……あの時の俺とおなじなら、強いショックでも与えるしかないな。それでダメなら…
…」
 苦渋に気色をゆがませながら、ヒロは言葉を吐いた。そこからヒロのするであろう意を
察したマリアは、さっと顔を蒼くする。
「そんな……! お願い、やめて、ヒロ!」
「……分かってる」
 安請け合いをしたが、自分とルニの実力差は、天と地くらいの違いがある。しかし嘆く
はずのその事態に、ヒロの瞳はやり遂げる意志で満たされていた。
(誘ってみるか)
 切っ先を右後ろななめに向け、ヒザを曲げる。これでルニには、ヒロが突撃してくるで
あろうという予測が成り立つ。いくら我がなくとも、修行でつちかった戦法は身体の方が
覚えているものだ。
 案の定、ルニもそれに対抗した構えを取る。走りを殺さないぎりぎりに腰を落とし、左
手は地面にかざしながら右手は胸の前。
(十中八・九、あれだな)
 カタナを備えているヒロに対し、ルニは素手。となると、ふところに入り込まなければ
ルニに勝機はない。突進系でありなおかつ敵の攻撃をかいくぐれる技とくれば……
「いくぞ!」
 言っておいてヒロは、後ろに向かって跳んだ。剣先を前に向ける。
 ルニは構わず走った。銀の疾風が地面に陰をおとし、やがて眼界からその姿を消す。は
たのパティやマリアには、残影くらいは視認できただろうか。直線状にいるヒロには、そ
れすら見えない。
『神閃流・翔風打』
 地を這うような走りのバランスを崩さず、目標の直前に左手で地面を蹴立て、その反動
でいちじるしく加速する。そして相手の首に掌を叩き込み、空へとはね飛ばすのである。
 ダンッ!
 それを聴覚で聞き取った刹那。ヒロは体を右に開いていた。左方向から黒い腕が伸びて
くる。首を一杯に反り、それに噛み付かんとする手を振りきる。
(かわせた!)
 憂いのなくなったヒロの全身がぐるんと半回転し、ルニの背部に向けて――
「おおおおおっ!!」
 腹の底から響くヒロの雄叫び。マリアにはそこからのシーンの一面一面が、はっきり見
ることができた。知らずしらずに、悲鳴をあげそうになる。が、実際は極微時での事。そ
れを声にする前に――


 多量の汗を噴き出しながら、ヒロはカタナをおさめる。
 背中への攻撃は致命傷になりかねず、うまくしなければ打撃でも殺しかねなかったりす
る。しかしそれでも、ルニなら気絶くらいですむはずだ、と目算していた。それが的中し
たってわけである。
 当てずっぽうとも言う。
 それを察したってわけじゃないんだろうが、眉間にしわを寄せたパティが、ヒロの頭部
をひっぱたいていた。
「あんたね! ルニを殺す気だったの?」
「おまえな……」
 頭をおさえながら、ムスッとしてヒロは口をとがらせる。
「ああでもしなきゃ、みんな死んでたんだぞ? 俺の機転のよさで、助かったんだ。感謝
されるならまだしも……こんな暴力を振るわれる覚えはないぞ!?」
「だからってね、もうちょっと手加減ってもんがあるでしょ!」
「できるか!?」
 両手をわななかせ、ヒロがわめいた。
「紅の枷(かせ)……イヤそんなのはどうでもいいが、とにかくルニの神気力は、俺の数
倍だったんだ。神気結界を抜けてルニに俺の攻撃をくわえるには、俺の全力にルニ自身の
全力。そのふたつを足して、はじめて当てることができるんだ。だからこその、あの技だ」
 神閃流・旋風撃。あえてルニに突進技を誘ったのは、これで返すためだ。そうでなけれ
ばヒロの言う通り、かすり傷すら負わせられなかっただろう。
 ――そこに。
「なんだ、もう終わっちゃったのか」
 割り込んでくるセリフ。一段落したと思っていたヒロたちは、その声に身をかたくする。
こずえがバサっと揺れて、すたりと一同の前に降り立ったのはアインだった。
 ヒロが声をかけた。
「びっくりしたんですけど……」
「ここから物凄い気を感じてね。それで気になってきてみたんだけど。――この子か。そ
の発生源は」
 土まみれになっていたルニの顔を、マリアが拭き取っているのを眺めながら言ったアイ
ンは、それとなく視線を回りに向ける。
「……ん? あれは」
 こちらも気を失っているふたり、ルタークとライムを発見する。とりあえず、近くに倒
れ伏していたライムに歩み寄った。
 しゃがんで、鼻に手をやり呼吸しているかどうか。それと手首を取り、脈があるかどう
かの確認。活(かつ)をいれようとしたが、それより早く弱々しいながらもあらがってき
た。薄目で、唇からは力すらない声が漏れる。
「あ……たしに……さわるな」
「そんなこと言ってもねえ。きみ、ひとりで立てないんじゃないのか? なんなら送って
あげてもいいけど」
「…………」
 チャカされているのかと思い、ライムは憤りに上目でアインを見るが、そこからは純然
たるあたたかさしか感じ取れなかった。
 不思議な想いで凝視していたライムに、アインは小首をかしげた。
「どうか、したの?」
「……いや、なんでもない」
 湧き上がってくる感情を押さえつけるように、息を吐いた。手足の自由が戻りはじめた
のか、無意識に赤い髪をかいていた。
 ふと現状を思い出し、はっとなり立ち上がろうとするライムだが、ずきりと痛みの信号
を発した背に美麗な顔をひそませた。
「ダメだよ、ムリしたら。もしかしたら、背骨をいためてるのかもしれない。行き付けの
いい病院があるんだけど。そこまで連れていってあげようか?」
「い、いい! それより、あの子はどうなった?」
「ルニくんのコトかな? それならヒロがなんとかしたみたいだ。――ほら」
 しるべの代わりか、アインは指をさしてライムに告げる。と言っても、マリアやヒロ、
パティの陰になりよくは見えない。三人が哀しんでいないところを見ると、死んではいな
いことくらいは想像できるが。
 ふっと安堵のため息を吐いたライムは、瞳を閉じ、上体を樹木にあずけた。
「……ヒロ・トルースに助けられたのか。レンの傾倒していたハメットを倒した。あの子
を止めるなんてね。自警団ナンバー2ってのも、あながち伊達じゃないみたいだ。リカル
ド・フォスターは、もっと強いのか?」
「経験の差だと思うけど。ヒロは戦争なんか体験してないから」
「……そうか。あの時そのふたりがいないくてよかったよ。ハ……ハハハハ……」
 自嘲に笑っていたライムは、唐突というか、先刻から聞きたがっていたというか……と
かく、それを口にした。
「おまえは、不思議な男だな」
「よく言われるよ」
「敵であるアタシに普通に話しかけてくる時点で、おまえはおかしいぞ」
「好きだからだよ」
「な……」
「こうやってヒトの世話をするのがさ」
「…………」
 心の臓が飛び上がる一言のあと、アインはことさら嬉しそうにその言葉につなげる一言
を放つ。からかわれたのだ。わなわなと朱色に染めながら面差しを震わせ、ライムは、
「ふざけた男だな」
「それもよく言われるよ」
 アインは、中性的な容貌にほほ笑みを浮かべて答えた。



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