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「<紅の鮮麗> 〜二日目・夜〜」 hiro


「問題は、だ。どんな布陣をひくかだね」
 早くもそういう方向に話しを持ち出してきたアインは、ホワイトボードに教鞭をペシペ
シとやった。こういうお店だから、掲示板がわりの白板があるのは常例みたいなもんだが、
ここでのソレは、室内装飾のかわり。ま、作戦会議のムードを醸し出すには丁度いい代物
なのだ。
 アインは面白がってるのか、教鞭を叩きながら話しを切り出す。
「まずこちらの自軍戦力の分析からだけど――の前に、アリサさんとテディはどこか別の
場所にかくまってもらわないと。カッセルさんの所なんてどうかな?」
 一同を見回すが、反論の意思表示がなかったから、つづけた。
「でもアリサさんたちを手放しにしておくのも心配だ。そこで、志狼とルシア、おまえた
ちふたりにボディーガードを頼みたいんだ」
「……俺とルシアさんがですか?」
 いぶかしげに志狼は自分のアゴを指差し、こりこりと銀髪をかいていたルシアに瞳を転
じる。ルシアに特に意見がないということは、それで正しいという事になる。もし誤って
いるのなら、ルシアが黙しているわけはない。
「万一に備えてだよ。念には念をってね。ってなわけで、店に残る戦力は僕、ヒロ、紅蓮、
輝羅。ほかのメンバーは、今回は関わらせない方がいい。このところ平和だったから。わ
ざわざ戦いに引き込む必要はないからね。――で、ルニくんだけど」
「あいつは……」
 ヒロは表情に陰をおとしながらつぶやいた。アインは莞爾(かんじ)と顔をゆるめなが
ら、
「僕たちの補助でいいよ。技量的にはヒロに多少劣るってところだろ?」
「すげェな、そりゃ」
 紅蓮が、ヒュ〜〜ッと口笛を鳴らした。これはルニの技量を見抜いていたアインにでは
なく、純粋にルニに対してだ。つまり、超がつくほどの一流ってわけである、ルニは。
「はからずも、あっちとの因縁はできちゃってるからね。ヒロはランディと。紅蓮はルタ
ークと。輝羅はライムと。僕はこれといってないけど……レンとだね。――なんだい、志
狼。なにか言いたげだ」
「俺は……あの男との勝負に…………俺がケリをつけたいんです、レンと」
「う〜ん、そう悲観的になることはないと思うよ?」
「……分からないんですけど」
「その心配はいらないかもしれない、とだけ言っておこうか。今一つレンの私心が読めて
ない以上、そうとしか言いようがないんだ」
 とりわけ難しい顔つきでアインは、教鞭を手の平にぽむぽむとやりながらうなる。うか
つな深読みは危局につながりかねない。しかし、考えうる限りの次善策はうっておいても
損はないのだ。
 こちらの戦闘能力がリサーチされているのは分かっている。その上で再確認しにきたの
がきのうの昼の出来事だろう。そのとき、確信したはずである。自分たちの方が上だとい
うことを。だとすれば、力押しでいいはずである。イチイチ話し合いなどという、どうせ
成り立ちもしないことをするワケ。宣戦布告……? いや、それ以外にもなにかあるはず
である。
 明白なのは、ルニを狙っている事。それに、この店を欲しがっている事。今朝のレンの
動向でなんとなく「そうなのか」と思い至っていたのだ。レンがルタークをさりげなく押
しとどめていたのが気づかせた理由である。
 ――そして。もうひとつ。これはあくまで憶測だったから、アインは議題にはしていな
い。ルシアにも話していないが、理解はしているみたいだ。だからこそ、アインの案をあ
っさりと呑んだのだ。
「ともかくきょうは、ゆっくりと身体を休めてくれ。あしたは血戦になるだろうから……」
 そこで解散となった。


 そんなの、望んでいなかった。
 ぼくは、普通でよかった。
 生まれいでたときから、その業苦を背負っていた。
 村のみんなは『それ』に驚き、そして喜んだ。現世ではふたつしか存在できない『それ』
が、ぼくの中にも宿っていたのだから。たとえ突然変異なのだとしても。
 もともと、旅をつづける冒険者だった父は、神族の血を引く村で、ひとりの女性と恋に
おち、婚姻をむすんだ。それは、異例だった。
 神族の血を汚さないため、薄めないために、同胞以外との婚約は禁じられていたのだ。
それに女性は、村の中でも本家にもっとも近い分家の血筋。認められようもなかったはず
だったが、長(ヒロの父)の柔軟な性格が、それを容認した。
 しかし一年後。女性は……母は死んだ。ぼくが生まれたから……強大すぎる神気を宿し
たぼくに、母のからだが耐え切れなかったから……
 罪を、ひとつ背負った。
 ぼくが五歳になったとき、ぼくを連れて父は村をあとにした。いたたまれなくなったの
か。後悔でもしていたのか。それから逝くまでの九年間、一度として語ることはなかった。
 また、罪を背負った。許されることが決してない、罪を。
 ――だから――だから――


「だから……」
 そこで、ルニは目覚めた。うわ言につぶやいたその言葉は、それだけが印象強くこころ
に鳴り響いていた。どんな夢を見ていたのか。……いい夢じゃなかったことは、瞭然だっ
た。汗ばっている服が、気持ちわるかったからだ。
 手を握ったり閉じたりしてみる。硬直までとはいかないが、多少ぎこちない。神経系統
に異常はないようである。
 と。清澄な室内の中で、自分以外の呼吸音を聞きとった。それと、意識がはっきりして
くるにつれ、足のあたりに重苦しさも感じはじめる。
「……マリア……?」
 組んだ両腕に顔をうずめて眠りこけていたのは、マリアだった。くぅくぅと起きている
ときとはまったく正反対の安穏な寝息を立てている。察するに、看病をしてくれていたよ
うだ。
 金髪の少女をいくら見つめていても、飽きがくることはなかった。
 父が亡くなってからの……いや、それ以前、人格が人格として形成されたときから、他
人をこうして見るという行為をしたことはなかった。
 目をそらし、顔をそらし、気持ちをもそらして。そうして生きていけば、誰にも迷惑を
かけることもない。そう考えていた。それでも嫌われるなら、仕方がないことだ。業苦を
宿した自分に、元来、そんな権利はないのだから……
「……でも、きみにだけは……」
 切願、しかしはかない願いだとルニは嘆息していた。――と。ドアが、開いた。
「あら、起きたのね」
「アリサ……さん……」
 部屋に入ってきたアリサは、ルニを安心させるようにほほ笑みながら歩み寄ってきた。
そっとルニのひたいに手を当てる。
「熱は、ないみたい。どこか、苦しいところはある?」
「……え、え……な、ないです」
 まごつきながらも、なんとか答える。不意に、母親というのはこんな感じなのだろうか、
と恥ずかしい自問をしてみた。外観が少女っぽく小柄なため、ルニは実年よりかなり若く
見えた。そのためか、アリサの態度もどこか子供を扱っているそれである。ルニの紅の髪
を優しく撫でながら、
「びっくりしたのよ。ルニくんが急にいなくなったと思ったら、お昼にアインくんたちが
あなたを背負って帰ってくるんだもの。まるで死んでいるみたいだったから……」
「……そうですか。ご心配をおかけしました……」
「いいのよ」
 礼儀正しく返されたアリサは苦笑する。
「生きてるってね、素敵なことでしょ? 私のように目の不自由な人、それどころか身体
そのものが不自由な人だっている。でも、心の底から死にたいなんて考えている人はいな
いと思うの」
 どうしてこんな話しを持ちかけてくるのか。ルニには皆目見当もつかなかった。おそら
くアリサは、目の良くないぶん、他我に人並みはずれたシンパシーをするのだろう。だか
らこそ、こんな思いもよらないことを語り出したのだ。
「うまくは言えないんだけど……死ぬことが幸せにつながると自分を責めている人は、勘
違いをしているだけなの。生きていろんな人に接して、感謝されて……たまには叱られた
りも……でもそれが生きてる証でしょう? 死ぬことで、生きてた証を立てても……そん
なもの自己満足なのよ。みんなが、悲しむだけでね」
 こちらの心を見透かされているような、そんな気がして、いたたまれなくなった。
「……だから、この仕事を選んだんですか?」
「そう――ね。ううん……あのひとのおかげかも」
 フフフっと思い出し笑いをして、アリサは、
「このお仕事をしはじめてから、さまざまな人達に出会えた。街の住人ともすごく簡単に
仲良くなれたのよ。それに、ルシアくんたちにも会えた」
「いいヒトたちですよね」
「ええ。頼りになる、そんな子供たちよ」
 アリサにとっては、いくつだろうが年下なら子供なのだ。この場にルシアがいれば、ら
しいな、と苦笑いをしていただろう。
 ほんわかとあたたかくなった心持ちのまま、ルニはすっとベットに沈んだ。少なからず
緊張していたらしい。
「――そうだ。食事は、食べられる? あなたの分も作ってとっといてあるのよ」
「はい。お願いします」
 アリサの申し出を無下に断るほど、ルニは無神経ではない。それに、空腹なのだ。実は
どう言い出そうか迷っていたところのそれだったから、渡りに船ってやつである。
 アリサが出ていってからしばらくして、ルニは悲哀にこう口にした。
「……でもねアリサさん。もう、手遅れなんですよ……」



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