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「<紅の鮮麗> 〜三日目・朝・その一〜」 hiro


 きのうの深夜にクラウド医院で起きた殺人事件は、夜明けとともに大々的な捜査は打ち
切られていた。エンフィールド史上類がない事件を、住人たちに悟られるわけにはいかな
かったのだ。
 入院していた自警団第一部隊の二十人。そのうち、六人の惨殺死体が発見された。みな
頭部、もしくは心臓を一突きにされたものだった。腕力、それか魔法力が並外れているの
がその事からうかがえる。しかも、第一発見者であるトーヤが来るまでの数分間のあいだ
に犯行をやってのけたのだ。窓ガラスを割って侵入した何者かがやったんだと思われるが、
動けない患者にここまで容赦なくできる人間がいるとは信じがたい。
 戦争から何十年かが過ぎていて、それを体験していない若い世代の団員には、こんなふ
うな惨死体を直視していられるわけもなかった。医者のトーヤや、古株の団員、それにリ
カルドなどでも検死以外では見ていたくもないと思うくらいだ。
 おかしな事は、残りの十四人がどこに消えたかだった。現場検証から、侵入者はひとり
かふたりだと思われるのだが、たかだか数分程度でどうやって連れていくことができよう
か。しかも、動くことすらままならない人間を。
 これに関して、魔法説は即行でボツとなっていた。魔力を感知できなかったからだ。魔
術師組合の長のお墨付きだから疑う余地はない。
 それでは、団員たちはどこへ――?
 いまだ殺されず、どこかに監禁されているとしたら。森か山……街もか。
 可能性はいくらでも考えつくが、どれも確信性にかける。人員が裂けない以上、あまり
無策な捜索では功を奏せない。
 ……しかし。
 自警団のこの捜索は、まったくの徒労でしかなかった。なぜなら――
 

「何も、見つからないわね」
 重いまぶたを引きずりながら、輝羅がつぶやいた。徹夜は得意ではないのだ。だからっ
て責務を放棄するわけにもいかない。しかも、同僚が殺されているのだ。怒りや憎しみも
ある。
 教会に程近い並木道を、輝羅とアルベルトが並んで歩いていた。
 三人一組での分隊が街中をたむろしていたら住民に勘付かれる恐れがあったため、『二
人一組』という安易なカモフラージュが厳命されていた。これがおよそ五十組。総勢百人
で消えた団員の捜索活動をしていたのだ。
 第三部隊である輝羅と第一部隊であるアルベルトが一緒に行動するのはヘンなのだが。
ライムのおかげで第一部隊で使える団員は十数人ほどだったのだ。こういう場合、実力の
近しい者同士で組んだ方が何かとやりやすいってのもあったが。
「どこのどいつかは知らんが……ゼッテェ許さねェ……!」
 ライムにやられた肩の痛みもなんのその、アルベルトは槍の柄を潰すように握り締めた。
「頭に血がのぼって、まわりの怪しいトコ、見逃しちゃダメよ?」
「分かってる」
 主旨を念押すことで、輝羅は殺気だっているアルベルトをなだめる。あたりに怒気を放
出しているから、通行人にいらぬ注目を集めてしまうのだ。
「気持ちは分かるけど。もうちょっと冷静になった方がいいわね。あくまで私たちのする
べき事は犯人逮捕ではなく、団員の捜索。そのついでに犯人も見つけることができれば、
私たちの裁量で『解決』する」
 解決ってのは建前で、犯人をただですますつもりは一片もなかった。アルベルトはその
輝羅の含む言い方を察して、胸中で了解していた。
 こんな犯罪人を法で裁くのは、不適当なのだ。
 アルベルトはともかく、いつもは物静かな輝羅までが激情に心を奪われていた。ふたり
がもし犯人を発見した場合どうするかは……おのずと想像できる。
「お〜〜いっ! アルベルトーー!」
 背後からの呼号とともに、フィール・フリーエアが駆け寄ってきた。かたわらに、男の
子がひとりついてきている。孤児院の子だろう。フィールは教会で寝食をしていて、普段
は孤児院で保父さんみたいな事をやっていたりもするのだ。
「なんだ、輝羅もいたのか。ふたりして、巡回でもしてるのか?」
 上背のあるアルベルトと一緒にいたのが輝羅と知って、フィールは眉をひそめた。フィ
ールは臨時で自警団にも加わることがあったから、団内の構成とかも認識しているのだ。
「……なんだ、なにか用なのか?」
「なんだよアルベルト。その冷たい言い方。クレアとケンカでもしたとか?」
「…………」
「また化粧を買ったのがバレたんだろ? あのとき付き合わされた俺はなんだったんだろ
うな」
 公衆の面前で思わぬことが暴露され、アルベルトは肝を冷やした。事実無根なのだから、
憤慨だってしたくなる。……本当か?
「そんなコトしとらんだろうが!? なにをワケの分からんタワゴトを抜かしとるんだ、
おまえは!?」
「ほら、このあいだの日曜日に。わすれたのか?」
「行ってない!」
「またまたぁ。トボけるのがうまいんだから、アルベルトは」
「行ってないって言っとるんだ、このヤロー!」
「うんうん、そっちの方がアルベルトらしくて俺は好きだよ」
 アルベルトの分厚い胸板をぼすっと叩き、フィールが笑う。なぶられたのだと分かった
アルちゃんの顔が、だんだんと赤くなってくる。
「いやぁ、捏造(ねつぞう)したかいがあったってもんだよ」
「……フィール、逃げたほうがいいわよ。しかも、あと三秒以内にね」
 輝羅が呆れながら忠告し、男の子を胸に押し当てるように抱きかかえた。これから起こ
る惨事を見せないようにするためだ。
 ――で。一分後。
「な、何もグーで殴ることないだろ……体重差に体格差、どれをとってもおまえの方が上
なんだぞ……!」
 めそめそとしながら、フィールがわめいた。
「やかましい! だいたい俺を呼び止めておいて、冗談にならない冗談を言うとは。こっ
ちは仕事で忙しいってのによ!?」
 ガィンと石突きを路面に叩きつけて、アルベルトはぴしゃりと言い放つ。ご立腹もご立
腹。これでニコニコ笑ってられるほうが、それはそれで不気味だが。
 ビビリながらフィール、男の子の腕をつかみ寄せ、
「……この子のさ、犬を探してたんだよ。それで、見かけなかったかどうか聞こうとおも
ってたんだけど」
「ならそれだけを単刀直入で言いなさいよね……」
 ぐったりとして、輝羅。
「そういえばさっき、首輪をつけた小犬が一匹、うろうろしていたわね。ふわふわの白毛
のが」
「どうして保護しなかったんだよ」
「……あ、ごめん」
 責められた輝羅は、弁解しなかった。重大任務の最中だったから、小犬の一匹ぐらいと
思ってしまっていたのだ。これを言ったら、フィールが本気で怒りそうだったから、素直
に謝ったのである。
「それで。どこで見たんだ?」
「たしか、水晶の館あたりをうろついてたわ」
「そっか。――行くぞ」
 男の子を促し、フィールは走り去った。その後ろ姿を見送っていた輝羅は、なんだか気
が重くなってため息を吐いていた。自己嫌悪からきたソレに、輝羅はげんなりとしつつ、
「一度、事務所に戻りましょうか?」
「……そうだな」
 もしかしたら、新しい情報が入ってきているかもしれないからだ。
 朝とは言え、夏だとそう寒くはならない。だからと言って厚着をすると、昼前にはバテ
るコトになる。そこらへんは、当人の性格・体質しだいか。
 そんなことを思量しながら歩いていた輝羅は、とっさに柄に手が伸びていた。視界にそ
いつを認める前に、気配だけでそうしていたのだ。
「……どういうつもり?」
 問いかけてみる。路地から現れたライムに。
 となりのアルベルトも、すでに戦闘態勢に移行している。
「どうって。……ちょっと」
「あなた、指名手配されてるの、知らないの? 私たちには、あなたを捕らえる義務があ
るのよ?」
「い、いまはそんな事、どうでもいいだろ……」
「?」
 どうもライムの様子がおかしい。好戦的な気をあたり構わず放っていたはずだ。それが
どこかしおらしさまで感じる。一瞬、ニセモノかと思った。
「あ、あのさ……」
「……なによ」
「だから……」
 ライムはこくりと生唾を飲み込み、なんとか口に出そうと勇気を振り絞っているようで
ある。
 それをふたりしてけげんに眺めていた。ワナかもしれないからと用心もしていたのだが、
どうにもそんな気配はしない。
 そして、ついに決心がついたのか、ライムは、
「おまえと、あ、あの男……アインってやつと……その、付き合っていたりするのか?」
『はい?』
 無関係なアルベルトまでが、間の抜けた返事をしていた。
「し、真剣に答えろッ。あ、アタシは真面目なんだからな!」
「……付き合ってなんかいないわよ」
 輝羅が正直に答えたとたん、ライムはもう誰の目から見ても分かるほどパァっと表情を
明るくした。
 よほどの朴念仁でない限り、ピンと来る反応である。
「これは面白いわね」
「……な、なんのことだ……」
 不覚なところを見せてしまったライムは、尻込みしかける。
 そこへ、噂のアインくんが登場した。意味のある散歩か。それとも考えなしの散歩かは
知らないが、出番ってやつを心得ているようである。
「面白い組み合わせだね。どうかしたの?」
「あ……あ……あ……」
 ライムは『あ』としか言えず、狼狽しまくっている。輝羅はこの好機を活かさないわけ
にはいかないと、ことさら皮肉っぽくアインの肩にしなだれかかった。
「あ、ああ……!!」
「さっきのはあなたを偽るための方便。実は私はアインと付き合っていたのよ」
『はい?』
 無関係なアルベルトまでが、間の抜けた返事をしていた。これで二度目。
 嫉妬心でいまにも激発しそうなライムをシニカルに見つめ、輝羅はひそかに笑っていた。
 憤激を声にして、ライムは、
「や、やっぱりおまえは敵だっ! 必ず殺す……! いや、いますぐにでも!!」
 手品のように出現した小剣で、ライムは斬り込んできた。それは瞬息ほどの時。
 ギャンッ!
 刀身の根元のあたりで、輝羅は切っ先を受け止めていた。素晴らしく俊敏な対応だ。そ
の切っ先を刀身の腹に滑らせつつ刃先のあたりで大振りに弾いた。それで体勢を崩したラ
イムに、お返しとばかりに刺突(つき)を繰り出す。
 ライムは上身をのけぞらせてかわし、右足を後ろへ一歩踏み込む。体勢を立て直すため
のものかと思っていた輝羅は、左手に現れたもう一本の小剣を目にし、愕然となった。
 殺られはしないが、致命的だった。
「はい。そこまでだよ」
 まるでオイタとでも言いたげに、アインは、ライムの左腕をつかんでいた。
 ライムは哀しみに瞳を揺らめかせ、
「……離せ……」
 それだけ言うのが精一杯だったのだろう。無言のまま、身をひるがえしていた。



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