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「<紅の鮮麗> 〜三日目・朝・その二〜」 hiro


 由羅邸の朝は遅い。
 そこのあるじは昼が朝であり、夕方が昼、夜が夕方で……つまりは、ひとつずづ時間が
ずれているのである。だから、『朝』っぱらからヒトんチの庭で組み手をされるのは、夜
中に騒がれているのと同義だった。
「もォ〜〜ッ! うるさくて眠れやしないじゃないッ! そういう野蛮なコトは、どっか
ホカのトコでしてくれないッ!?」
 障子をピシャッと開け放ち、よれよれの夜着をかぶったまま、由羅が怒鳴った。気持ち
のいい朝日に顔をしかめている。……ヴァンパイアの化身か、このオンナは。
「あ〜ッ。おねえちゃん、おはよ〜〜ッ。きょうはすごくはやおきですねェ」
 のほほんと、縁側にいたメロディ・シンクレアが声をかけてくる。
「……あたしはねェメロディ? 起きたんじゃなくて、起こされたのよっ。あのふたり組
に!」
 柳眉を逆立て、ビシリッ、とこちらの言い分など意に介さずバシバシと猛打な組み打ち
をしていたまるにゃんと紅蓮に指を差した。
「きィ〜〜〜〜!! って、あんたたち!? ヤメなさいって言ってるのよ!」
 由羅は歯をきしませたような金切り声でたしなめるが、聞いちゃいねェ。
 アクロバットのごとくの空中戦を繰り広げていたが、黒影がひとつ、勢いよく墜落して
きた。まるにゃんに叩き落とされた紅蓮である。
 紅蓮は、しかしすぐさま片手を支点にして横殴りの蹴撃(しゅうげき)を放った。地面
に降りたばかりのまるにゃんは、ぴょんとウサギのように跳ねて、なんなくかわす。
 ――で。そのままキックを紅蓮の顔面に食らわしてやる。
「勝ったぁ。まるにゃんの勝ちだね」
 靴底をめり込ませたまま言ったまるにゃんに、紅蓮はこくこくうなずいた。
 シュポンッ、とか言う栓抜きで栓を抜いた酷似音とともに、紅蓮がポテンと横倒しにな
る。
 ……なにか、キテレツな光景だった。
「ヤメたよぉ、由羅ちゃん」
 おっと。由羅の訴えを聞いていたらしい、まるにゃんは。のんびりと後ろ頭に手を組ん
で、そう言った。なにやら気が晴れたような顔つきでいるのは、このあいだの夏祭で負け
た分を取り返すコトができたからだろうか。
「あの、もしもし、お師匠様? つぎは、僕の稽古に付き合ってくれるはずなんじゃ……」
 魔法剣ヴァイパーを手にし、ゆーきがおずおずと言ってきた。ゆーきの毎日の日課のは
ずの稽古が、来てみたら紅蓮に奪われていたのだ。参考にもなるから、観客になっていた
のだが。
「どうしよ、由羅ちゃん」
 ノンキに聞いてきたまるにゃんに、由羅はジト目で、
「いいわよ、なんてあたしが言うと思う?」
「思う」
「思うなッ。……でもそうねェ、ゆーきくんならいいわね。そこのヤカマシ男はダメだけ
どさ」
 あぐらをかいてぼりぼりと髪をかきむしっていた紅蓮を一瞥し、由羅はつっけんどんに
言いやった。由羅は紅蓮にベェ〜っと舌を見せてから寝室に引っ込む。
「なんか、俺って嫌われてるみたいだな」
「あれもひとつの愛情表現なんじゃないの? 由羅ちゃんが他人を嫌うなんてこと、あん
まりないと思うよ」 
「……そうなのか?」
 不可解そうに首をひねって、紅蓮。
「そうだと思っておきなよ。――それじゃ、ゆーきちゃん、さっそくはじめようか?」
「はいっ」
 いまかいまかと待ち焦がれていたゆーきは、威勢のいい返事をかえした。ところが。
「あれれ? 志狼ちゃん」
 庭先に入ってきた志狼を見かけ、まるにゃんが声をあげた。その志狼の放つジョークの
つうじなさそうな情調から、ゆーきはまたも自分の番が後回しになったと知り、嘆声して
いた。


「あし、足ねぇ。アインちゃんが言っているのは、ああいう意味でかなぁ」
 話しを聞いたまるにゃんは、アゴをこすこすとこすりながらつぶやいた。
 志狼がレンに抜刀術の打ち合いで競り負けた一因は、足、とアインは言ったのだ。分か
らず、こういうコトの相談に打って付けのヒロを訪ねたのだが、仕事に忙殺されていた。
そこで、そのライバルっていうか天敵っていうか……まるにゃんに頼ってきたってわけで
ある。
「ゆーきちゃん、ゆーきちゃん?」
「なんです……?」
「ためしにさぁ、志狼ちゃんと打ち合ってくれない?」
「ぼ、僕がですか!? ムリですよ、僕じゃ勝負にだってなりませんって」
「いいから。ケガはしないよ」
「……でも、痛いんでしょう?」
「当たり前じゃないか。剣術っては痛いもんなんだよ。志狼ちゃん、やるよね?」
「……あ、そりゃ構わないけどさ」
 事の成り行きに、鳩が豆鉄砲を食らったようになっていた志狼は、それでもOKのうな
ずきで返した。
 両膝においていた片刃剣を腰に差している志狼をはたに、まるにゃんはひそひそとゆー
きに耳打ちした。その後、ゆーきの肩をぽんぽんと激励するように叩き、まるにゃんはひ
とくせありそうな顔で言った。
「合図は……そだねぇ、この小石が地面に落ちたら、ってことで」
 そばに落ちていた石かけを拾う。
 ゆっくりと腕を下げ、瞬間、屋根に届くくらいにまで放り上げた。
 変哲もなく宙に浮き上がり、そして投擲(とうてき)力の頂点までのぼりつめた小石は、
重力に引き寄せられ落下してくる。
 かつん……
 静止状態でいたふたりは、音と同時にその手が動いた。
『…………』
 ゆーきの斬撃が、志狼の胴体を寸前でとらえているのに対し、志狼の剣はそれよりさら
に劣る位置にあった。寸止めにしていなければどうなっていたかは、火を見るより明らか
だ。
「……な、なんで……」
 ショックを隠すことも出来ず、志狼はうめいた。まさか年下のゆーきにまで負けるなん
て、範疇にもなかったんだろう。
「なんで負けたのか、志狼ちゃん、分かる?」
「い、いいや……」
「アインちゃんが言ってた、足。これは、二の足を踏む、って意味なんじゃないかな。な
かなか面白い言い回しだねぇ」
「…………」
「さっきまるにゃんがゆーきちゃんに何か言ってたでしょ? あれはね、思いっきり振り
切ってみろ、そうアドバイスしただけなんだ。それだけ、それだけで歴然たる差がしょう
じるんだよ」
 諭しながらまるにゃんは、樹木から一本の古枝を折った。それを適当に扱いやすい長さ
にカットして、ぶるんと薙ぎ払った。
「極端に言うとね。この枝で、志狼ちゃんの技を受け止めるコトもできるんだ」
 志狼を侮辱しているとしか言いようのないセリフに、しかし志狼は打ちのめされている
のか抗議の弁もないようだった。
 嘆息ひとつして、志狼は、
「分かった。なら――いくぞっ!」
 猛進から抜刀術につなぐ、天羽流剣技・疾風刃を仮借なく繰り出した。まるにゃんを両
断せん気迫である。吹っ切れたのだろうか。
 カッ。
「……ぐ……っ!」
「言ったでしょ。この枝で受け止められるって」
 抜刀する刹那を見極め、まるにゃんはそれより速く柄頭を枝の突端で押え込んでしまっ
たのだ。鞘口から白刃が顔を見せているが、なかばも出てはいない。
 速さの勝利と言えばそれまでだが、実はまるにゃんは志狼に合わせていたのである。つ
まり同じ速度で競り負けているのだ。
「志狼ちゃんはね、思いきりのよさが足りないんだよ。それが抜刀術に明確な差を生む要
因になってるんだ。なにかに、怯えてでもいるの?」
「おびえてる……?」
「ヒトを殺すことにかな? 剣術は殺人術ってこと、まさか知らないとは言わせないよ。
まるにゃんやヒロちゃんはその事をちゃんと理解してる。だから、ここぞと言う時に迷い
はない。――でも、志狼ちゃんには」
「……無理だ。どうしても、躊躇するんだ……」
「魔族相手には、本気でやれるのにねぇ。人間ってだけで、怖くなっちゃうんだ。志狼ち
ゃんのおじいちゃんも草葉の陰で泣いてるんじゃないかな。なんのための天羽流だ、って
ね」
「俺の剣は……殺すためじゃなく、活かすために……」
「そう? なら、いまよりもっと確固たる信念で……ってナニ言ってんだろ? ゼンゼン
似合ってないねぇ、まるにゃんには」
 マジメくさった口弁が気恥ずかしくでもなってきたのか、まるにゃんはハニャ〜と気分
を軟化させた。
「とにかく、修行には付き合ってあげるからさ。時間、まだあるんでしょ?」
「ああ。よろしく頼むよ」
「お師匠様ぁ、僕の稽古はぁ?」
 世にも情けない顔で、ゆーきが訴えてくる。
「俺が相手してやろうか?」
「紅蓮さんが!? ……あは、あはははは……僕、やっぱり帰ります。店番しなくちゃい
けなかったから」
「どうして逃げる?」
「だって、手加減してくれないでしょ!? 痛いのはヤなんですぅ! その手を離してく
ださいぃ〜!」
「なっさけねェな。メロディもそう思うだろ?」
 ジタバタと暴れるゆーきを取り押さえながら紅蓮は、かがみこんでこちらを眺めていた
メロディに尋ねてみた。うにぃ、と小首をかしげ、
「よくわからないですけど、そっちのほうがたのしそうですねぇ」
「あああっ! メロディさん、言ってはならないコトを〜〜!!」
「よし、メロディの気持ちはよく分かった。たっぷりとしごいてやるからなっ」
 にんまりと底意地が悪そうな笑みを浮かべていた紅蓮に、ゆーきは嬉しくない悲鳴をあ
げた。



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