中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<紅の鮮麗> 〜三日目・昼・その一〜」 hiro


「こうやって歩き回っていても、ムダだよなぁ〜」
「……おまえは歩いてないだろ。飛んでるんだから」
「これだって魔力を消費しながらだから、疲れるんだぜ? ちなみに魔力っていうのは、
精神力とイコールじゃないぞ。体力ともな」
 ウンチクをたれながらヘキサは、三回転宙返りをして自分の前でふんぞりかえる。ヒロ
はそれをうるさそうにドケながら、先を急いだ。
「っんだよそれェ! ヒトがせっかく高説してやろうとしてるのにさ〜。ちゃんと聞いて
けよなぁ」
「ヒマなら、さくら亭にでも行ってろ。俺は、巡回をつづける」
 身も世もないヒロは、義憤に燃えて双眸をぎらぎらと熱情に焦がせていた。同僚にあん
な死に方をされて、穏やかでいられるわけもない。仕事のときは決して私情を挟まないヒ
ロだったが、このときばかりは別だった。
(見つけしだい……殺す!!)
 世の中には、やっていい事と悪い事がある。その犯人には人の情も法の裁きも無用だ。
殺して地獄に叩き落とす。
 もしかしたら、自警団員の大半は、それを望んでいるのかもしれない。
 ときたまヒロ姿がぼやけて見えるのは、攻撃的な神気が空気にかすかな断層を作り上げ
ているからだろう。もう少しヒロが気を込めれば、神気が実体を持ってまわりを斬り刻む
はずだ。
「さて……街のおおかたは見てまわった。捜索は街中のみって命令だが」
「だいたいさぁ、ソイツ、街中の路傍(ろぼう)あたりでウロついているのかよ? こう
いう場合は、聞き込みに宿を片っ端からあたってみるのが妥当なんじゃねーのか?」
「ふん?」
 ヘキサにしてはごくごく常識的なことを言う。たしかに、それが常套手段ではあるのだ
が。一般の人々にこの事が漏洩(ろうえい)しないよう、緘口令(かんこうれい)も出て
いるのだ。数人を虐殺したような人物が、このエンフィールドにいると知れたら、大パニ
ックは必至だからである。
「エライぞ、ヘキサ」
「……おめェ、オレのこと馬鹿にしてんだろ?」
「よく分かったな、ヘキサ」
「ム……ムッキィィッ!!」
「黙ってろよ。やっぱおまえ、さくら亭にでも行ってろ。注意が散漫になるからな」
「ンだとォ〜! それじゃオレがまるで邪魔してるみてェじゃねーか――って……あれっ
て」
 中指おっ立てていたヘキサの視線が、自分じゃなく後ろの方に固定されたのをけげんに
思い、肩越しに見る。それを理解したと同じくして身体が条件反射で動き、ヘキサを抱え
込んで路地にひそんだ。
 目だけをのぞかせ、再確認。ヘキサが、
「あいつら……デートか?」
「……だろうな」
 商店街の通りを楽しげに並んで歩いているのは、ルニとマリアだった。和気あいあいと
しているさまは、思わずこちらまでほころんでくる。
 機先を制するつもりで、ヘキサの襟首をつかんだ。
「ナニするんだよ!」
「ちょっかいかけようと考えてるだろ? だから、事前防止策をうっただけだ」
「……なんで分かったんだ」
「おまえとの付き合いは長いからな。まぁ、一週間……いやいや半日も付き合えばそれく
らい分かると思うが」
「くぬぬぬぬ……」
 歯ぎしりしながら抗議しようと画策していたヘキサだったが、別の誰かに上から頭を押
え込まれ息が詰まってしまい、その機を逃してしまった。
 振り向けば、メルク・フェルトが笑みを浮かべて立っていた。
「ヘキサさん。そんな野暮なことするものじゃない。ここは黙って見守りましょう」
「見守りましょうって……それってデバカメなんじゃ……。ルニの義兄として、そんなの
は認めませんよ」
「かたいコトは言いっこなしですよ、ヒロさん。ああ、ほらほら。早くしないと見失っち
ゃいます」
「この手を離せェェ!」
 ヘキサの頭部を鷲づかみにしたまま行ってしまうメルク。それを眺めながらヒロは、ど
うしようかと悩んだが……
「そう言えばあのヒト、いきなり出て来たな」
 合点のいかないふうに、悩んでいる自問と違う言葉を口にした。とりあえず歩き出そう
としたちょうどその時。
 猛烈な殺気がその背を焼き、ヒロの右手が閃いていた。
 飛来したそれを、中空で縦に真っ二つにかえてやったが、左右に分かれ失速しつつもヒ
ロの両ほおを切り裂いた。そこから赤い糸が、プッ、と吹き出る。
 それは、矢だった。
 矢尻からふたつに断ち斬られた黒光りするそれは、金属製の物だった。魔法強化されて
いるのが一見して分かる。
 しかしヒロの視線はそんなモノにはいってはいない。それを放った人影に向けられてい
たのだから。クロスボウを片手で操作したそいつは、にやりと獰猛に笑った。
「さすがだな、ヒロ・トルース。今のをなんなくさばくたぁ、リサーチ報告で聞いていた
以上だ。うちの諜報員も、役にたたんな」
「――――」
 その人影――ランディの独白らしきものを聞きながら、ヒロの顔がいぶかしげのそれに
かわっていた。疑念を口にしようかとも思ったが、それより。
「あの医院での殺人、おまえらの仕業だな?」
 問いかけるというより確認のためのものだ。ランディたちが現れたのと、あの殺人事件
の時期がほぼ同じ。結論はひとつしかなかった。
「殺していない団員はどこへやった」
「さーな。だがそうさなぁ……あの世に旅立っているのは、間違いなさそうだぜ? はっ
きりしたコトは言えんがな。あれになって意識があるはずはないからなぁ」
「……そうか」
 ぎりぎりと歯を噛み締め、拳を握り締る。両方ともから血がしたたりこぼれる。内包し
ていた神気が超新星のごとく爆発寸前だった。
 ドゴォ!!
 側壁に拳を叩き込む。クモの巣のように亀裂が走り、朽ちかけた石片がぱらぱらとこぼ
れ落ちてきた。五指をべきぼきと鳴らしながら、
「で――おまえの用事はなんだ」
「くっくっくっく。ついて来い。戦いにおあつらえむきな場所がある」


 公園だった。
 だいたいこの街でそういうマネができる所など、かぎられているのだ。公園にローズレ
イクのほとり。郊外に出るなら、森か。
 昼下がり、ヒトはいない。偶然か、それともなんらかの魔法でも働いているのか。
 それよりもひとつ、確信に近いだろう答えがあった。
「……おまえ、いったい何者だ」
 疑念を言葉にした。ランディが惚けたようなそんな顔をみせ、しだいに肩がゆれはじめ
た。笑っているのだと気づかせたのは、のけぞるように反り返ったからだ。よほどおかし
かったらしい。
「声を出さずに笑うのは、オレのクセでね」
 声質が、がらりと一変した。若い男の軽薄さ。それを連想させた。ランディなのに、ラ
ンディではない。
「ランディはな、俺のことをフル・ネームで呼んだりはしないんだよ。化けるなら、もう
少し下調べでもしとけ」
「そりゃ失礼。記憶まではコピーできないからな。努力のキライなオレには、ムリな注文
だね」
 ざれたように肩をすくめ、そいつは、
「しかしどうだい? このハメットさんの研究の成果は。すがたかたちはそっくりだろ?
レンが合成獣の研究データとともに復元させたこの複写能力。暗殺するにはもってこいだ
ろ?」
 無能者に多い、まるで自分の手柄のように自慢するヤツらしい。胸くそ悪くなりながら
もヒロは、引っかかりを覚えていた。これと似たような事が、昔あった気がするのだ。そ
れもたしか……
「オンナ……の子……?」
 意識せずに漏れ出した単語は、そいつに興味を持たせることになった。
「おんなぁ? ああ、そう言えば、この複写能力の試作品は、おまえと縁があったんだっ
たな。ランディに始末されちまったがな。おしいことしたぜ。あれが生きてりゃ、早く研
究も完成してたのになあ」
「あれ、だと……? きさまごときクズ野郎に、彼女を口にしていいと思ってるのか?」
 ヒロの自制心がそろそろ決壊し、私憤が氾濫しそうである。
 あのとき(永遠に流れゆくものニ参照)の、なにも出来なかった自噴がプラスされ、も
はや言葉もなくなりかけている。
「おまえを殺れば、組織内でのオレの地位もあがるってもんだ。ハメットさんを倒したお
まえを殺ればなあ」
「また先走りした、大馬鹿ヤロウか。ルタークとかいうヤツと一緒だな」
「あの能無しと一緒にしてくれるなよ? オレはあんな低能とは格そのものが別格だ。こ
のゼガルはな」
 クロスボウをこちらに向けたそいつに、ヒロは無表情になっていくオノレを自覚してい
た。精神に隠れ住んでいる凶暴なそれがとどめなく噴き上がってくる。
 ヒロが、言った。
「死ぬのが、半日早まった――おまえのな」
 抜刀、そして、神速から斬りつけた。速いが、ゼガルは予期していたのか、あわてず後
方に飛び離れ矢を放つ。――改造された三連射。至近距離なため、その軌跡すら見えない。
「かっ!!」
 気合だけで、飛びくる矢を弾き返した。睥睨(へいげい)し、ヒロは、
「おまえは、この程度か」
「ナメるなぁ!」
 挑発にまんまとのったゼガルが息巻いて突っ込んでくる。目と鼻の先から、速射してき
た。その腕はかなりのものだし、相手が並ならその殺傷力は脅威のはずだ。……だが、ヒ
ロには無効だった。
 剣圧の一閃でそれらを吹き飛ばしたヒロは、愛刀をゼガルに向かって投げ飛ばした。
『神閃流・虚風閃・烈』
 苛烈な蹴りが、刀身越しにゼガルの身を易々とはね飛ばす。
 休む間も与えず、ヒロはカタナを拾いざま切っ先を地面に滑らせるように引いた。ジャ
リジャリと地をバターのように裂きつつ、ゼガルの目前で溜めた力を解放する。
『神閃流・地風閃』
 すくい上げる一撃が、その胸に真一文字を刻み込む。数瞬後れで、鮮血が湧き水のよう
に噴出した。
 ガッッ!!
 駄目押しにアゴ先に蹴打を食らわせ、昏倒させる。
「やはり、この程度か」
 怒りがこれくらいでおさまるわけもなく、しかしとどめを刺そうと切っ先を心臓に向け
て伸ばした。その瞬間。ぐにゃり、と大気が変質した。
 バァン!!
 空虚な破裂音。いともたやすく、ヒロの身が数十メートルもかなぐり舞っていた。



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