中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

<紅の鮮麗> 〜三日目・昼・その二〜 hiro
<紅の鮮麗> 〜三日目・昼・その二〜





 必殺の間合いからのそれは、ゼガルの満面にふてぶてしい喜色を張り付かせることにな
った。スローモーションに宙を舞ったヒロは、地面に叩きつけられる。
 即死だと微塵にも疑っていないゼガルは、鼻を鳴らした。
「マヌケがッ。ちょっと剣が使えるからって調子にノッてからこうなるんだぜ」
 クロスボウをヒロに向けたゼガルの胸の刀傷が、みるみるうちに止血していく。まるに
ゃんの再生に似ているが、それとは異なる印象もあった。どちらにしろ、人間にはない回
復力ではあるが。
「待てよ? どうせ殺るならこっちの方が」
 言いながらナイフを取り出す。矢で射殺すより、これの方がより感触が楽しめると思っ
たからだ。首に刃を当て、横にずらすように引けば……鮮血が噴き出すだろう、そんな想
像を快感で持って堪能しながら、ゼガルはヒロに近寄った。


 出前帰りのパティは、戸惑いを覚えていた。
 近道に公園に入ろうと思ったのだが、なぜか足がそれ以上進んでくれない。と言うより、
潜在意識が何かに怖がって身をすくませているような……
 入り口前でしばらく立ち往生していたが、結局回り道をすることにした。
(なんでだろ……さっきから胸が痛い……)
 公園の横道を歩きながら、パティは無意識に胸元を押さえていた。ずきんと締めつけら
れる息苦しさに、物憂げな瞳は公園内に引き寄せられる。代わり映えのない景観を見つめ
ていたパティの耳に、
 バァン!!
「……な、なに!? なんなの……?」
 思わずおかもちを落としそうになる。それくらいド派手な音響だった。見回したり耳を
すましたりするまでもなく、音源は公園内。
 胸がうずく原因は、この中にあるような気がする。――でも、入りたくない。生理的嫌
悪感すらあった。『入れば不幸になる』それがアンサンブルのように鳴り響く。しかし『入
らなければ後悔する』というのもあった。そのふたつの合奏が、互いに打ち負かそうと躍
起になり、脳内で錯雑(さくざつ)する。
 パティは頭を押さえながら、それらを独語しつづけた。
 選ぶべき答えは出ているのだが、行動を起こすにはあとひと押し足りない。できるなら、
誰かの助言か助勢が欲しかった。
「パティさん?」
 うろんそうな、男の声がかかった。
「メルク!?」
「出前の途中ですか……? ……いまの音、聞きましたよね」
「うん。あれって……」
「分かりません。ついて来てなかったヒロさんを探していたら……ってのはどうでもいい
んですけど。公園に、こんな『モノ』がはられているなんて」
 メルクの後語は独り言のようなもんだったが、前語はパティにとっては無視できない
名が含まれていた。
「ヒロ? もしかして、この中にヒロがいるの!?」
「い、いえ……知りませんよ。ナニをそんなに興奮してるんです?」
 その慌てっぷりはパティらしくなく、メルクをして不審に思わせるほどのものだった。
「わかんないわよ、そんなコト!……でも、なんだかイヤな感じがするから……」
 こうやった話しているあいだにも、わだかまりがどんどん膨れ上がってきて、より一層
不安を高めていた。胸裏に浮かぶのは、あいつの――ヒロのことばかり。いままで、死ぬ
ような危険なメには何度となく合っているヤツだが、そんなときですら自分にこんな事は
起きたことはなかった。その心の変化に戸惑いつつも、幼なじみの身を憂慮するのは当た
り前だとパティは考えていた。
「はあ。まぁともかく、禁術系結界がはってあるんですけど、ココ」
「きんじゅつ……なに?」
「何者かが公園内に侵入できないよう、魔術による心理的境界線をはったんです。……だ
から、公園には入れないんですよ。パティさんも、そうだったでしょ?」
「う、うん……」
 まるで空気に不可視の壁でもあるみたいに、メルクは手の平を近づけた。
「それほど強力でもないみたいですね。少し気を引き締めれば、入れます。私は行くつも
りですけど。パティさんは……このまま帰ってください」
「あたしも、行くわ」
「この中からは、よこしまな魔力を放つ人間の波動も感じるんです。だから、来ない方が
いい」
「も、ってコトは、ヒロもいるってことね?」
「あ……」
「ゼッタイ、あたしも付いていくからね!」
 口を滑らせてしまったメルクが悪いが、こうなるとテコでも動かないほどパティは頑固
者なのだ。やると言ったらやるし、行くと言ったら行くのである。
 メルクは不承不承で、
「でも、ムチャはしないでくださいよ?」
「もちろん」


「――ッ」
 停止していた呼吸が復活したヒロは、酸素を求めあえぎだした。
 身をひるがえし、防御の姿勢をとっていたおかげで、見た目の派手さほどのダメージを
負ってはいなかった。骨にヒビくらいは入っているだろうが、そんなもの数時間と待たず
に完治する。それでも身体中がズキズキと痛みにむしばまれている自体は深刻だった。こ
れでは、戦闘の続行ができないからだ。
(油断した……)
 痛恨のミス。あっさりと、カタずけておくべきだったのだ。それを、激情に流されてい
たぶるなんてマネをするから……
「こいつは驚いた……まさか、生きてるなんてな」
 ゼガルが心底仰天したようにつぶやいた。きょうきょうとした瞳には、驚愕と幾分かの
おそれすらあった。こうなると、ヒロに接近するのはハイリスクになる。ゼガルはナイフ
をしまい込み、
「ヒロ・トルース……おまえは危険だ。つぎで、確実に仕留める!」
 正体不明の何か、それがヒロの間近に生まれた。質量はなく、魔力をかすかに感じる球
状のそれは、バスケットボール大にまで膨らみ――
 黒影が横っ飛びで乱入してきて、ヒロをその場からかっさらっていった。
 バゥン!!
 球状のそれは、いくつものリング――衝撃波を放ち、爆発した。直下の地面がえぐれ、
空間がたわむ。乱風が吹き、砂塵が舞い踊る。
 土のベールに視界をやられ、ヒロの姿を認めることができないゼガルは、イラただしげ
にクロスボウを乱射した。
「くそッ、くそッ、クソッ!!」
 補充のための矢もなくなり、八つ当たり気味に叩き付ける。もともと、ランディに化け
るために拝借した物だったから、どうでもいい武器ではあった。
 砂埃が晴れると、ずいぶんと離れた所に、ヒロを横抱きにしたメルクがいた。
「メルクさん……嬉しいですか? オトコの俺にこんな事して」
「……嬉しい、って言ったらどうします?」
「うえぇ、そういう冗談はよしてくださいよ」
 気色の悪いお話に舌を出してうめいているヒロを、メルクは無造作に後ろの人影に渡し
た。柔らかい感触。オトコのものではないそれに、ヒロがローアングルから見上げれば、
「なんだ、パティか。ルシアさんかと思ったんだけどな」
「……こんなときにまで減らず口。あんたらしいわ」
「お互いさまだろ」
「そうかもね」
 愁眉を開いたパティを見て、ヒロは動悸が激しくなった。メルクはそんな不器用な幼な
じみの会話を聞きながら、
「まぁ何にせよ。ふたりは、ここから動かないでくださいね。あのヒトは、私がなんとか
してみますから」
閑話休題。
 そこまではおっとりしていたメルクだったが、険を帯びはじめていた。自分が傷つくの
は全然かまわないのだが、仲間が傷つけられるとその傷つけた相手に対してかなり残酷に
なれるのである。
 険悪なオーラをまといながら近寄ってくるメルクを、ゼガルは吐き捨てるように、
「テメェ、横槍いれたことを後悔させてやるぜ。あのオンナともども、肉片にまで粉微塵
にしてやる!」
「……ザコが」
 そのメルクのひとことは、ゼガルに青筋を立てさせることになり、猪突猛進の言葉が似
合うダッシュをかけてきた。
 メルクを魔術師とみたのか、走りざまナイフを抜打ちにしてくる。しかしモーションが
大振りすぎて、戦士としての心得もあるメルクからすれば、鼻で笑うべき愚行だった。
 余裕綽々でナイフを持つ手首を左手でつかんだメルクは、右ヒジでゼガルのアゴを打ち
上げた。
「がッ!!?」
 反った上体が痛みにのめったときには、メルクの姿は眼前にはなく、出し抜けに首根っ
こを鷲づかみにされていた。むろん、メルクである。一瞬で側面に移動していたのだ。そ
して、そのまま思いっきり地面に叩きつけられた。
「さあ!! ヒロに謝れ!」
 がりがりと顔面を地肌にこすりつけられ、はたからだとまるで、偶像に礼拝を強要させ
られている平信者に見えた。
「謝れって言ってるんだ!! 命を命とも思わない愚者が!」
「ぐ……が……テ、テメ……ギャウ!!」
 ゼガルの抗議は、メルクの指先から生まれた火影(ほかげ)によってつぐまれた。それ
を目の先にまで近づけただけで、目の水分が枯れてしまったのだ。
「死ぬ前に、反省してもらわないといけないんだよ。ただ殺しただけじゃ、きさまらと変
わりがないからな」
「が……が……がぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!」
 凄惨な悲鳴。この人道に外れた残虐な行為には、一流の暗殺者、強欲な暴君すらも目を
そばめるに違いない。
「てめ、テメエ……!!」
「!」
 バッと飛び離れたメルクの鼻先で、高圧のカタマリが形成されていくのが視認できた。
魔力的視覚にしか見えない、特殊な現象。
 破裂音と、無数の針が突き刺さったような痛み。距離をおいたのと、瞬時に構成したエ
アリアス・シールド(風の盾)のおかげで、大した痛手にもならなかったが。
「……これは……なるほど」
 それだけで理解してしまったのか、口腔にたまった血片を、ペっ、と吐き出した。不敵
な笑みは、ゼガルに凛慄(りんりつ)をもたらす。
「予告してやる。つぎ、もしそれを使ったら、きさまは死ぬ」
 タネがわれた手品なんて、面白味などないのだ。くだらない、そんな感情がメルクの表
情を横行していた。
「う、わ……アアアアアアアァァァ!!!」
 狂気の叫び。
 球状の魔力の中に、空気の圧搾(あっさく)がはじまる。これを分かりやすくたとえる
なら、風船がいいだろう。ぱんぱんに膨れ上がった風船を作り、割れば、衝撃にじんじん
と痛くなるはず。それとおなじである。もちろん、爆力に差がありすぎるが。至近距離か
らならば、人間なんて文字どおりコナゴナだ。
 このゼガルの能力、その弱点は、破裂させるまでのタイムラグにある。そこを狙ってこ
ちらから自爆を促せば、すぐそばにいるゼガルが被害をこうむる事になるのだ。
「ハルク・ブレード(光の剣)」
 ――そして光が、それをあっさりと撃ち砕いていた。


 与えられた力を、オノレの強さと勘違いしていた男は、虫の息だった。血の息を吐き出
しながら、その目は死ぬ事の恐怖に彩られている。
「しぶといですね。どうも、普通の人間ではないようですけど……」
 口調はもどったが、無感情にゼガルを見下ろしているところからして、依然いかってい
るようである。
「た、たすけ……」
「命乞い、ですか。あなた、いままでそう言ったヒトをどれだけ手にかけてきたんです?
泣きながらですか? それとも金で釣って?
良いヒトも悪いヒトもいたんでしょうけど……これで、そのヒトたちの気持ちも理解でき
たでしょう」
 殺伐としたメルクの視線を、しかしゼガルは見ることすらできない。それは、幸運なコ
トだったのかも。どちらにしろ、そこで――
「いい加減、俺のカッコウでいるのは、やめてほしいんだが」
 苦味きったセリフに、鈍い爆音。
 ゼガルの胴体の半ばが吹き飛んだ。これでは、再生も間に合わず生き絶えてしまうだろ
う。
現れたのは、ランディだった。
「レンからの最後の言付けだ。おまえの力は、戦闘にはむいてない。暗殺にこそ、その本
領を発揮できる。それが分からないおまえなどに、用はない――だとよ」
「……そ、そ……んな……」
「殺せとまでは言われてないがな。――だが、俺の楽しみを奪おうとしたんだ。それにど
うせもう助からんだろう? 消えろ」
 左手をひとふり。ゼガルの頭部が割れて、脳漿や鮮血が飛び散り、完全に絶息した。死
体は粒子のように細かくなり、消滅する。キメラの最期は、無となるのだ。
 いくら敵だったとしても、これはむごすぎる。耐えがたい激憤と嫌悪に、メルクの双眸
が爛々と輝く。が、それを止めたのは、ヒロの声だった。
「メルクさん、ダメです! そいつには手を出しちゃ!! パティのいるこの状況で戦っ
たら……」
 分析するまでもなく、ヒロが正しい。メルクはいまいましそうに顔を歪め、きびすを返
した。ランディが襲ってこないことを、知っているかのようだ。
 大胆不敵なその態度にランディは鼻を鳴らし、ヒロに目を転じる。
「小僧、こんな三流にしてやられるとは……腕を上げたように見えたのは、気のせいだっ
たのか?」
 からかうと言うより、怒気を混ぜ込んだ声音である。
「その怪我を理由に、俺との戦い、キャンセルはさせんからな」
「するか」
 弾丸のごとく、ヒロも挑戦的な視線を叩き返す。その大地が波立つような凄まじい闘気
を浴びせられながらも、ランディは笑ってきた。かたわらにいたパティを見、
「ところで、そのオンナは……」
「こいつは関係ないからなっ。手出しするんじゃないぞ」
「……ふ。聞くだけ野暮か」
 パティを引き寄せ、守るように立ちはだかったヒロに、ひょいとヒロの神気から抜け出
したランディは、ニヒルな笑みを浮かべた。
「うちの組織はな、ああいう奴ばっかりだ。そこで、俺みたいな始末屋が不可欠になって
くるってわけだ。粛清ってやつか? レンの奴も気苦労が多いな。組織の頂点に立たされ
たあいつは、先を見据えているのかね」
「……なんだ、何が言いたいんだ? そいつに同情でもしろっていいたいのか?」
「おまえも少しは、先を見据えた方がいい。後ろしか見えてない奴は……」
 どこまでも倣岸な男であったはずのランディが、言い終わったあと、無量の愁色を見せ
た。
「それ――だけだ」
 ふ、と微苦笑を漏らし、苦渋をのせた背を向けた。




<ちっちゃいあとがき☆>

 本来ならば、こんな「あとがき」なるものは存在してはいけないんですが。
 ……まるで、ここで終わるみたいな(^^)
 この三日目の昼は、まったく必要なかったですね。
 でもどうしても、あの前の……ちょうど一年前に書いたSS。「永遠に流れゆくもの」
の二話目に出て来た女の子、その娘の能力だけでも明かす機会が欲しいな、ってずっと思
ってたんです。
 ほら。すぐに死んでしまったでしょ? 残酷でしたけどね……
 それに、伏線や、メルクくんも出せたからよしとしますか。

 よ〜く考えてみたら、これ、小説にすると二百ページいくんじゃ?
 スゴイ。はじめてですよ、これだけ長いのを書くのは。
 でも少しづつ送っているから、あんまりそういう実感はもてませんけどね。
 もうちょっとまとめる力つけろよ、って言いたいです、自分に。
 なんかひとつひとつの話しにそれほど重要性がなくて、気薄っていうか。中身のない話
しが多かったような。
 しっかりまとめる事ができれば、これの三分の二ほどの文量ですんでいるんですよね。
 一年と半年を書いてきて、この程度じゃ。……まぁ、先はまだまだですけど。

 ……疲れたぁ。
 中身のない「あとがき」ですが。このへんで、終わりにします。
 もっと、ちゃんとした事を書きたかったはずだったんですけどね。
 ド忘れしちゃって(苦笑)
 では。

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