中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

<紅の鮮麗> 〜三日目・夕方〜 hiro
<紅の鮮麗> 〜三日目・夕方〜





「じゃっじゃじゃ〜〜〜ん!!」
「みゃっみゃみゃ〜〜〜ん!!」
「にゃっにゃにゃ〜〜〜ん!!」
「う、うわぁ!?」
 上機嫌で玄関のドアを開けたとたん、ミョーな登場音とともに現れた三人に、クリスト
ファー・クロスは顔を引きつらせた。ちなみに、由羅、メロディ、まるにゃんの順番であ
る。
 あわわ、と四つん這いに逃れようとするクリスのお腹のあたりに、腕が回ってきた。
「クリスくんに出迎えてもらえるなんて、由羅さん感激ィ〜〜」
「ど、どうして……?」
「あ〜らあたしはお邪魔かしらん? せっかくクリスくんが来るって話しだったからオメ
カシしてきたのにィ〜」
「ごめん、クリス」
 由羅に羽交い締めにされているクリスのかたわらにしゃがみ込み、ゆーきが片目をつむ
って平謝りをする。
「お師匠様に話しちゃったら、そこから由羅さんにも漏れちゃって」
「そ、そんなの当たり前じゃないか〜〜! きょうは平和にすごせるって思ってたのに〜
〜〜!!」
 悲痛な慟哭(どうこく)をワンワンとわめいていたクリスだったが、このままではメロ
ディまでがすり寄ってきそうな気がしたのか、
「ととと、と、とにかく……あがってください」
 はぐらかし、奥にいざなった。
 ジョート・ショップのダイニングルーム、それにリビングは、喧々囂々たる騒がしさに
包まれていた。いるのは見知ったメンバーだけだが、それでも三十人くらいはいるかも知
れない。みんながこうやって一度にここに集結するのは非常に珍しい。
 きょうのお昼ごろ、夕食会なるものが急に決まったのだ。大抵は数日前から予定しみん
なにフレ込んでおくのだが、今回のコレは発案が数時間前。でもこれだけ集まってきてい
るのは、暇人が多いからだろうか。
 ダイニングのテーブルに各種料理が大皿にもられていて、それを好きな分だけ取り分け
て持っていく……つまるところバイキング料理なのだ。これくらいの人数だとこの形式じ
ゃなきゃ料理を作っているアリサが倒れかねない。こういう場面で助っ人になるはずのパ
ティやらトリーシャは、ヒロを挟んでおぞましい――ヒロにとっては――熾烈戦を繰り広
げていた。
「は〜い、ヒロくぅん。あ〜んして」
「こっちの方がおいしいわよぉ、ヒロ」
「い、いや……ぼ、ぼくは自分で食べるから……き、キミたちはキミたちで食べてくれな
いかな……」
 普段からは考えられない待遇表現を駆使しヒロは、たははと苦笑いをしている。ふたり
のフォークにのせられているモノ、どちらを食べてもカドが立つ。それならば態度をぼか
していた方が上策ってもんだ。
 クリスに引っ付いてきた由羅が、
「あらヒロクン、モテモテじゃな〜い」
「これのどこがだよ……由羅」
 いい具合にひやかしてくれたから、それをキッカケにしてヒロは、その場から抜け出し
た。せいせいしたような顔つきであえいでいるヒロに、由羅は、
「両手に花だったのに、いいの?」
「いいんだよ……」
 げっそりとうめいたヒロは、シーラととりとめのないお喋りで盛り上がっている志狼を
見、
「ふっ、あのヤロウ、ひとりだけいいメみようなんて千年早い」
「他人の幸せを摘み取っちゃダメよ」
「うっせい。俺ばっかヒドいメに合うのは納得いかないんだよ」
「あ、それなら僕もお供するよ、ヒロさん」
 こちらも由羅の束縛から脱するキッカケを模索していたクリスが、ここぞとばかりに挙
手してきた。
「あ〜ん、クリスくんが行くなら由羅もぉ〜〜」
「おまえは幸せを摘み取りたくないんだろ?」
「だってだって」
「……あそこにリオがいるぞ」
「どこ!? あ、リオくんだぁ〜〜」
 由羅の注意をカワイらしい少年リオ・バクスターにそらしておいて、感謝カンシャとし
ているクリスと連れ立つ。
「……って、あぁぁ〜〜〜〜! どうしてそんなヒドいコトするのよぉ」
 うっとりとしているスキにひとりになってしまった由羅は、しつこくアタックしようか
とも考えたが、ヘンな組み合わせの輝羅とアインを見かけ、興味にかられた。
「ここ、いい?」
「ええ。構わないわよ」
 卓に頬杖をついてアインと何事かと話し合っていた輝羅は、視線だけでこちらを見、う
なずいた。
「色気のある話しでもしてたのぉ?」
「……ま、それに近いかもしれないわね」
「ウソ? ホントに!?」
 由羅は、このふたりに限ってそれはないだろうと頭っからそう思っていたから、この輝
羅の返事には素でビックリしてしまった。
「まさか、あんたたちがね〜」
「ち、違う!」
 由羅の思い違いに一秒で勘付いたのか、輝羅は両手を振って否定した。
「そんなんじゃないのよ……!」
「そうやってムキに否定するなんて……ますます」
「ほ、本当だって! アインからも何か、言い返してよッ」
 あんまり関心なさそうに眺めていたアインは、輝羅に話しをふられたから、おもむろに
意見した。
「……どっちかと言うと、あれが色気のある話しかどうか、その辺からして疑わしいんじ
ゃないかな?」
「そんなのはいいからッ。誤解を解いとかないと、今日中ちゅうに言いふらされちゃうで
しょ!? アインはいいかもしれないけど、あたしは困るのよ!」
「いや、待ってくれ」
「何が!?」
「僕も困る。はっきり言って、迷惑この上ない」
「――!」
 たしかにその通りなのだが、面と向かって言われるのはたいそう自尊心に傷がついてし
まう。わなわなと身を震わせている輝羅を横目に、由羅は、
「そういうところが怪しいって言えば怪しいけど……そうでしょうね。輝羅に限ってそれ
はないでしょうからね〜」
 グラスについであるジュース(この夕食会にお酒はないのだ)をごくりとノドに流し込
み、クスッと笑った。輝羅にはちゃんとした本命さんがいるのを由羅は承知してるし、こ
の親友に浮気なんてそんな不誠実な概念があるわけもないコトも熟知していたのだ。
「それで? 実際のトコ、なんの話しをしてたワケ」
「女心について」
「お、オンナゴコロ……?」
 その単語は予想外もいいところだったのか、由羅は眉をひそめた。したり顔でうなずい
た輝羅は、
「アインには、女性の心ってものが分からないのよ。ライムのあなたに対する気持ち、気
づいてないでしょ?」
「こころ……ライム……?――察するに、アインクンがまた女の子を引っかけちゃったの
ね」
「また、ですませられる問題じゃないでしょ!?」
 メクジラを立てて輝羅は、アインをじろりと見据えた。
 知らずしらずのうちに女性を引き付けてしまうアインの特殊能力とも言うべきそれは、
ミサカイがないのだ。これを受けて平気でいられるのは、意中の相手がいるか、それとも
その気がないのか――そのどちらかであろう。
 ふぅ〜、と大きくため息をついたアインは、開き直りとも取れる態度で輝羅に尋ねた。
「僕にどうしろって言いたいんだ? 彼女の気持ちを受け入れろって? それともきっぱ
りとフッた方がいいのかな」
「それは……でも、いくらあいつがヤな奴とはいえ、同じ女として、これだけは憐れでし
ょうがないのよ……」
 尻窄みになってしまった輝羅は、つづく言葉が思いつかず、口を閉ざした。
 今夜の血戦で、ライムをその手にかけていいのかどうか。アインに好意を寄せている彼
女を、自分は割り切って剣を向ける事ができるかどうか。心中でつかえているそれを抱え
たまま戦いに臨んで、それでいいのかどうか。
 輝羅のほのかな苦悩、それを思いやったアインは、青い前髪をかきあげ、
「……別に考えてないわけじゃないさ。だけど、僕には誰かを愛する権利なんかないんだ
よ。それに中途半端に接したところで、その誰かを傷つけるだけだしね。彼女とも、いい
友達にでもなれればって思ってる」
 ライム本人が聞いたら気落ちするだろうが、同時にもっと好きになっちゃいそうなそん
なセリフである。このあたりがアレフをして、『たらし』と呼ばせている由縁だろう。
 軍配はアインにありと由羅はみたのか、まだ納得のいってなさそうな輝羅に、
「ま、ま。ここはアインクンの言い分でいいんでしょうよ。オトコもオンナもイロイロな
んだから、ね」
「……分かってるわよ、そんなこと……」


「傷の具合は、いいのか?」
 グラスをかたむけ聞いてきたヒロに、シーラと幸せいっぱいで対話に興じていたのを壊
された志狼は、
「脇腹の傷か。そんなもの、とっくに治っちまったよ」
 おとといレンに付けられた裂傷の部分を撫でる。そこに痛みが走ったわけじゃないんだ
ろうが、眉をしかめ、随分とニギヤカになってしまったまわりを一瞥した。
「せっかくシーラとのランデブーが、おまえが来たせいでオシャカになったじゃないか…
…どうしてそういう無慈悲なコトができるんだよ……」
「ランデブーって、おまえ……こんだけたくさんいるのに、ランデブーもクソもないだろ
うに」
「俺的には、ランデブーなんだ!」
「……つまりは、いまだに告白してないってことだな?」
 図星も図星、いっちゃん聞きたくもないコトを聞いてしまった志狼は、心ノ臓を押さえ
分かりやすい動揺をみせてくれた。
「ひ、ヒロ……きさま、言ってはならないヒトコトを……」
「シーラがローレンシュタインから帰郷してきてそろそろ一年だぞ? もうそれくらいは
すませてると思ってたんだけど」
「ヒトのこと言えないだろ!? おまえの優柔不断のせいで、あんなコトを招いているっ
ていうのに!」
 言い争っているパティとトリーシャを指差し、志狼は、テメーの方が立場がわるいじゃ
ないかと指摘してきた。
「知らん。俺には何も見えなし、聞こえないし、言わない」
 有名な三猿――『見ざる・聞かざる・言わざる』――ってやつでごまかしにはいったヒ
ロだったが、手がふたつしかないから隠しようがなかった。
 ソファーに丸まりなんとか実行しようとしていたヒロを苦笑し、志狼は、
「分かったから。もういいって。――それより、おまえの方の傷は癒えてるのか? ドク
ターの話しじゃ、二の腕と鎖骨にヒビがはいってるって言ってたぞ」
「それなら、もういいって。もう治ったから」
 寝そべりながら、見てみろとでも言いたげに腕をとんとんとクロスする。
 神族の血の影響が、ある事件をさかいに色濃く現れるようになってきていたのだ。ため
してみたいとは思わないが、カラダの一部分がなくなったとしても、再生するだろう。人
間という許容量をはるかに超え、もしかしたら寿命すらも延びているのかも。
 素晴らしい回復力だが、この街だとそんなに驚くほどのものでもない。まるにゃんを筆
頭に、その程度なら十分と経たずに修復してしまうのも何人かいるからである。
「ランディとの勝負に、ハンデは不要だからな。……ま、志狼はカッセルじいさんの家で
ゆっくりしててくれよ。カタは、俺たちでつけるからさ」
「それも、あまり言われたくないな……俺ってやっぱ、足手まといなのかな……」
 歯がゆいのか、切々として言ってくる志狼に、ヒロは言葉を探そうと一瞬、黙り込む。
「分からない。けど、倒すっていうのはキレイゴトで、実際は殺すんだ。どんな言葉――
美辞麗句で取り繕うとも、それが真実。輝羅や紅蓮もそうかもしれないけど、志狼、お
まえに人間を殺せるか?」
「…………」
「迷いはスキを生み、自らを死地に追い込むことになる。できないなら、どんなに強かろ
うと足手まといと等価だよ」
「まるにゃんにも、そんなこと、言われた。俺の剣は、活かすために――人を殺すために
あるものじゃない」
「それを語るのは、まだ、早いんじゃないか? 真に実行してからこそ……だろ?」
「……つらいな。そう言われると」
 いつの間にかシビアな話題で盛り下がっていたふたりに、クリスが横合いから入り込ん
できた。
「志狼さん。アレフくんはどこ行ったの? それに、ルシアさんもいないみたいだけど」
「うん?……そう言えばそうだな」
 ここから全員を観察することができるが、銀と白の髪のふたりがいない。そこに貪欲に
料理をむさぼっていたまるにゃんが、むしゃむしゃと口の中にモノを詰め込んだまま、
「ルシアちゃんと……アレフ、ちゃんなら、ゴキュ……っ。さっきふたりして二階にあが
っていったよ?」
 飲み物で食道に流し込み、まるにゃんはまたハグハグと食べはじめる。その何気ない言
葉に、ヒロ、志狼、クリスはお互いに見合いながら想像を巡らせた。
「ま、まさか……!」
「そんなバカな……」
「あるわけないよね、そんなコト……」
 三人の考えていることに多少のズレはあったが、基本的に同レベルだった。
 むかしっからアレフがルシアにちょっかいをかけているのは周知の事実だったが、なび
くなんてこと、あるわけなかった。
 それなのにそれなのに……
(まさか、気づいてたのか、アレフのやつ)
 ヒロがひとりごちた。
 男と思われているルシアが――ある意味それで正解なのだが――実はオンナだと分かっ
たのはほんの半年ほど前の事だった。本人ですら、知らなかったらしい。だって、そのと
きまでホントにオトコの身体だったから。
 でも、いまは――
「……もしかしたら、ルシアさん……」
 意味深すぎるそのヒロのセリフに、胸をどきどきさせつつクリスが、
「な、何……?」
「カラダをあたためあってたりするかもねェ」
「わ、わぁぁ!!」
 クリスの耳元をなぶるような嬌声とともに、背後から抱き付いてくるような恥知らずは
ひとりしかいない。
「あ・た・し・た・ち・も、あたため合いましょう〜、クリスク〜ン♪」
「あ、わ、ユ、由羅さん……!! や、やめて……やめてくださ〜〜〜〜〜いッ!!!」
 助けを求めることすら忘れ去り、ただ絶叫をあげるクリスは、オオカミに捕まったあわ
れな子ヒツジだった。
 そんなありさまを眺めながら志狼は、首の後ろをかきながらヒロに言った。
「いいのか、あれで?」
「……それはいいとして。二階、行ってみようか?」
「ヤメとけ。もしアレだったりしたら、描写するのもまずいから」
「アレってナニ〜? ぼく、子供だから分かんな〜〜い」
「…………」
 解説に困窮(こんきゅう)している志狼を見て、ヒロが声をころしクククククと笑った。
「冗談だよ、冗談。だいたい、ンなことあるわけないだろ?」
「――ふん」
 いじけたようにソッポを向いた志狼は、料理に手を伸ばしはじめた。その食べっぷりは
まるにゃんに比肩するもので、見るものの食欲を削いでしまいそうなそれくらいのモノだ
った。
「運動の前にそんなに食うなよ。腹にもたれるぞ」
「いいんだよっ。どうせ、俺なんて……!」
 自暴自棄な志狼の食い方にうんざりしたヒロは、やっと赤みはじめた空に目を細めた。
 ――前面衝突まで、あと二時間を切っていた。




<あとがき……?>

 文量の都合。それに、あんまり思いつかなかったため、こんなモノになっちゃいました。
な〜んか意味なし。でも、戦いの前にこうやっておいた方が、気が楽でしょ?

 それで次。
 いよいよ戦いのヒブタが切って落とされます。だいたい想像済みで、書くのに難はない
と思われるんですが……おかしいんです、近頃。
 ゼンッゼン、思いつかない!
 頭に想像がない。働かないんです。
 これだって、かなり悩みながら書くハメになったし。スランプとは違って、書けない、
ってコトはないんですが。
 もしや、これがうまくなれるかどうかの、大事な瀬戸際なのでは……!
 だとしたら、意気消沈なんてしてられませんね。もうここまで来てるんですから。ヤル
しかありません。


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