中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

<紅の鮮麗> 〜三日目・ジョート・ショップの夜・その一〜 hiro
<紅の鮮麗> 〜三日目・ジョート・ショップの夜・その一〜





 西の方角の赤焼けの名残もついえていた。夏の夜らしく、下界ではリンリンと虫たちが
声をからして鳴いていて、縁側で浴衣姿で一杯引っかければ、最高な気分になれそうだ。
 ジョート・ショップにいる五人もその風情を味わいたいトコだろうが、いかんせん、戦
いの前にはそんな気にもなれそうになかった。
 予定通りここにいるのは、アイン、紅蓮、ヒロ、輝羅、そしてルニ。アリサとテディ、
それにルシアと志狼は、一刻ほど前にカッセルの家へと避難している。
「……やっぱり、ぼくひとりが出て行けばいいんじゃないかな」
 夕食会がお開きになったあとからずっと考えていたコトを、ルニは告げた。カウンター
に腰をおろしていたアインは、かぶりを振り、
「いいや。事はすでにきみひとりの問題じゃないんだ。彼等の言う通りにしたところで、
結果は同じ。狙いはきみだけじゃなく、この店――ひいては関係者全員という可能性もあ
るからね」
「でも、ぼくが来なければ……」
「遅かれ早かれ、だよ。どっちにしろ、いつかは狙われることになってたんだ。ふりかか
る火の粉は、払い落とさないと」
 頼り甲斐があるっていうか、物騒というか、そんなコトをさらりと言ってのけたアイン
はウインクした。時計に目をやれば、九時五分前だった。
 緊張にピリピリと空気を震わせ、その時を待つ。
「店の外に、出ようか?」
 アインの提案に、反対する者はいなかった。店内で荒事になれば、店の物が壊されるの
は目に見えている。さらに言うなら、狭すぎて闘争の適地ではない。
 左右に走る通り。目の前のムーンリバーでは、とうとうと川水が流れていっている。ち
ょうどこの店は、ガス灯に挟まれる形だから、視界はきいている。こんな時間に歩いてい
る人影なんて見当たらないが、ゼロとも言いがたい。
 とりあえず視界の範囲にヒトがいないコトを見て取ったアインは、
「フィアー」
 呪文を省略し、魔術の発動をした。しかも、合成までやっていて、その効果に制限や限
定まで付け足しているのだ。もともとは目標に恐怖を植え付けるものだったのだが、内容
を変更し、ここを中心に半径二百メートル以内に入った者だけとしていた。効果自体は大
したことはないから、レンたちにはききもしないだろう。あくまで、一般人のみだ。
「……おまえって、とんでもないことを平然とやってのけるよな」
 唯一、アインの魔術構成を理解した紅蓮が、末恐ろしそうにつぶやいた。
「そんな、誉められることはしてないよ」
「誉めてない。ただ、この構成からして、終始魔力を消費しつづけるんじゃねーか? そ
んなんで戦えるのかよ?」
「気遣いは無用だよ。これくらいなら、どうってことない。――ほら、来たよ」
 月明かりの下、こちらにやってくる三人。
 殺気丸出しのひとり、ルタークが紅蓮を目にとめ、にたりと笑う。はやるルタークを手
で制し、ライムが先頭に立って言ってきた。
「きのうの朝の用件の返事、聞きに来たよ。――呑むのか、呑まないのか……どっちだ」
「レンが、いないみたいだけど」
 アインが、ライムたちの動向をうかがうように尋ねた。そこにいるのは、ライム、ルタ
ーク、ランディの三人だけ。……それと、あたりの物陰に無数の気配。デタラメにデカイ
殺気のために、首筋がちりちりした。あきらかに、人間外のモノだ。
「あいつは、別件でほかのトコに行ってる。――さぁ、どっちなんだ」
「言うまでもないだろ。呑まないよ。ノーってことだ」
「……そうか」
 ライムのアインを見つめる赤い瞳が潤み、しかしすぐさま、きっと引き締められた。し
ゃんと抜剣の音ともに、その優美な右手から小剣が現れる。
 ルタークがもう辛抱できないとでも言うように、
「さ〜、始めようじゃないか。――殺し合いをね!」


「ルニ、きみはヒロのサポートについて!」
「はい」
 アインの言葉を受け入れて、ルニはヒロのがわに走り寄る。仲間がそれぞれ相対し散っ
ていくなか、アインはひとりたたずむ。
「さて、と。僕のお相手はきみたちかな?」
 ひそんでいる連中を順繰りに、もう居場所はバレているんだぞ、と警告のつもりで見や
ってやった。
 声も、音もなく、『それ』らは姿をさらした。
 光沢を失った黒真珠をヒト型にすれば、こんなモノができるんじゃなかろうか。イメー
ジ的にはそれが正鵠を射ている……ただそれを造るには、巨大な、そう等身大ほどの大き
さがいるが。
 歪みきった生命。殺気をとどめなく発する『それ』は、人の生み出した最悪の造形物―
―合成獣(キメラ)だった。
「いま、救ってあげるから」
 殺すしか、この生命体たちを助けるすべがない。憐憫(れんびん)の情を浮かべたアイ
ンのまわりに、光の粒が具象化した。
 キメラの数は全部で六。ムダなく一撃で仕留めるつもりだったから、光の粒も六発分だ
った。一発一発が、ルーン・バレットの数十倍の威力を持っている。これで街の一区画を
半壊にすることだってできた。
「アストラルブラスト」
 手やなにかで差し示されたわけでもなく、光の粒は急速な勢いでキメラたちに襲いかか
った。
 見た目からはその実力を推し量れなかったが、キメラたちは、ほとんど紙一重と言って
いいよけ方でかわし、猛烈なダッシュをかけてきた。思考能力も高いのか、一体ずつ間を
おいての連携攻撃。
(この攻撃パターン……)
 まずは逆袈裟(右肩から左脇腹に走る斬撃)をさけ、後頭部を突いてきた手刀を首をか
しげてかわし、頭上からの蹴りを左手で受けつつ弾きかえした。
 三体のこの波状強襲が終わる間もなく、控えていた残り三体の猛攻。
 なめらかな動作で次々とさばいていっていたアインは、このキメラたちの統率ぶりに胡
散臭さを感じていた。これはもしかして、キメラになる工程でプログラムされたものでは
なく、最初から刷り込まれていたものなのでは……
(――とすると。このキメラの正体は)
 事実はいつも残酷なものだ。受け入れる覚悟がないなら、知らない方がいい。しかしそ
の本当を知ったからと言って、アインに心変わりはない。
「葬ってやるのが、彼等に対するせめてもの情けかな」
 そこそこ名の知れた傭兵だとしても、このキメラたちの襲撃をいなしつづけることは難
だろう。アインはそれをもう三分もおこなっていた。最小の動きで回避し、一歩ずつ後退
していく。
 ――そして――
「さよなら」
 どぉんッッ!!
 アインの哀別の言葉とともに、先刻さけたはずの光の粒が、キメラたちを直撃していた。
その一瞬後、光の華を咲かせ、紙ふぶきのように散っていった。自分たちがどうやってや
られたのかも気づかずに。
 光の粒は、遠隔操作で通りを一周し、戻ってきたのだ。操作は完全に感覚のみの曖昧な
ものだったが、それでもなんとかなったらしい。防御にてっしていたのは、こうして好位
置にまで誘い出すためのものだったのだ。
 遠隔操作した上に、あれだけの猛撃をあしらっていたとは……もうスゴイとかいう賛美
ではすまない。それなのにアインは、そんな誇ったところなんて微塵にも見せず、
「ゆっくり、眠ってくれ――」
 チリと化したキメラたちの残骸に、黙祷をささげた。


 輝羅とライムの激闘は、剣舞のように鮮やかなものだった。そこに殺意さえなければ―
―の話しだが。
「おまえだけは……おまえだけは……必ずしとめる!!」
 ライムの小剣が銀刃となり、夜の闇に映え渡る。その横薙ぎを、首をしずめてかわした
輝羅は、肩口を狙って剣先を放った。が、あっさりとライムは、半身になってかいくぐる。
勢いでそのままライムの横を転がるように過ぎ、輝羅は身構え直した。
 白の羽織とはかま、羽織には銀糸で四聖獣の刺繍が施してある。そでとすそには濃い青
――藍色のグラデーションになっていて、それとツイをなす、朱色の手甲と額当てを装着
していた輝羅は、
「まだ、今朝のことを怒ってるの?」
「うるさい!」
 面差しを震わせるライムは、場がこんな場でなければ、泣く一歩手前に感じるかもしれ
ない。狂おしい愛情を押し殺し耐えているライムは、輝羅にとっては共感すべきものだっ
たのだ。やはり、どうしてもツメが甘くなってしまいそうだ。
「一応、誤解をといておきたいから言っとくけど……アインとは、なんでもないから。そ
れだけは、伝えておく」
「ふ、ふんッ。それでアタシがやめようなんて言うと思うか?」
「思わないわね。ただ、あなたと決着をつけるなら、これだけは知っていてもらいたかっ
たの」
「……いくぞ」
 銀刃とともに斬り込んできたライムの剣筋のキレが増しているのに気づき、輝羅は困っ
たようにほほ笑んだ。
 牙を立て飛びかかってくるそれを、輝羅は後ろへ滑るように引きつつ、
『参の法! 彗星!!』
 気を全身にまとった突撃技で弾き返し、強烈な体当たりを食らわせた。数十センチの宙
空を飛びつつ、ライムは地面に背中からずりゃずりゃと引きずられ、止まった。
『壱の法! 流星!!』
 輝羅のたずさえる武器、妖刀・神狩(ようとう・かがり)が、気と魔力を融合した球体
を複数撃ち出した。動き回っている相手には狙いを定めるのが難しく、使い勝手が悪い技
だが、こういう局面では絶好なのだ。
 だが、しかし。何事もなかったようにライムは跳躍し、それらを下方へやりすごす。キ
メラ技術による耐久性の強化により、並大抵の攻撃なら無効なのだ。
『剣幻流・秘空幻舞!』
 ライムの投擲(とうてき)した小剣が、風を切って向かってくる。上空からのそれを、
横に転がってかわした輝羅は、耳元に響いたその風切り音にほおが引きつった。無我夢中
で全身のバネをフルに使い、その場から飛びのく。
 ざくっ、ざくっ!!
 ひとつは離れたところから、もうひとつはすぐそばで。
 おそらくライムは、隠し持っていたもうひとつの小剣を、輝羅が回避動作をみせたあと
に放ったのだろう。
 追撃をおそれさらに横転を繰り返した輝羅は、片ヒザをついて体勢を取り戻した。しか
し眼前に、剣先が鈍く光っていることを認め、愕然とする。眉間に突きつけたままライム
は、
「剣幻流……その極意は、相手にこちらのすべてを見せず、相手のすべてを見切る。……
あんたは太刀筋が大味すぎて、読みやすいのさ」
 そう言って、剣を引いた。そこには、一本の剣しか握られていない。もう一本は、隠見
として、見当たらない。
「どういう、つもり?」
「今回だけだ。つぎは、容赦しない」
「後悔するかもよ」
「そんなことには、ならない」
 不敵に笑ったふたりの女は、同時に斬り込んだ。
 刃が噛み合い、擦過音をかなでる。速さは互角だが、力という点ではライムの方が数段
上回っていた。弾き飛ばされた輝羅は、カタナを地面に突き立てそれを支点に後方に飛び
さがった。
 地を這いつつ、ライムの身が暗闇を裂きながら赤の流線となる。加速させた斬撃は銀刃
と化し、輝羅の血を求めてうなった。
『四の法! 輝閃!!』
 超速の居合いがそれを易々と迎撃し、鮮血を散らす。余韻にひたる気もなく、輝羅は刺
突をほとばしらせた。
 ズシャッ!
 ぴ、と輝羅のほおに赤い液体が付着し、苦痛にうめいた。
 刺突はかわされ、かわりにどこから現れたのか、左手の小剣に脇腹を浅く突き立てられ
ていたのだ。
「……秘刃」
 腰をひねった拍子に赤黒い血を噴き上げ容貌を歪めた輝羅は、二手目から逃れようと転
がった。そして、またも目前にたたずむライムを見、呆然とした。回り込まれたことすら
気づかせないほどの、無音の歩法だ。
「これが、秘足。秘刃と秘足は剣幻流の基礎だ。――言ったろう。こちらのすべてを見せ
ず、だって。アタシの前じゃ、あんたはピエロなんだよ」
 顔をしかめてしりぞきつつ、輝羅は、
『弐の法! 弧月!!』
 薙ぎ払われた刀身から、何者をも斬り捨てずにはおけない斬撃波が奔出した。『流星』
の広範囲バージョンで、射程は短いが、この距離でなら外す方がおかしい。
 ライムが、かっと目を見開いた。
『剣幻流・飛瀑幻舞!!』
 両手から放たれた銀刃がいくつも閃き、怒涛となって斬撃波を押し返し、どれどころか
そのいくつかが、輝羅の身を食い破った。衝撃に、血とともに吹き飛び、受け身すらとれ
ず、激しく大地に叩きつけられた。
 血のカタマリを嘔吐した輝羅は、呼吸をも苦しそうに四つん這いのままうめいた。ライ
ムは何一つ感情を見せないまま、歩み寄ってくる。
「終わりだね」
 真っ向から、ライムは小剣を振り下ろした。
 ガギっ!
「!?」
 ライムが、驚愕に口を開いたが、言葉が詰まっているのか声を出さなかった。
 パシピシと、漆黒の稲妻が駆け抜ける刀身が、輝羅の意志とは無関係にライムの剣撃を
受け止めていたのだ。釣り糸でツッているわけじゃあないが、なんの支えもなく中空に静
止していた妖刀は、これまたひとりでにライムの剣を弾き、輝羅の前に突き立った。
 白の羽織に黒い斑点を模様としていた輝羅は、自笑気味に、
「やっぱり、あんたが死なせては、くれないか……」
 応えるように、ヒトキワ妖刀が鈍く輝く。
「卑怯かもしれないけど……使わせてもらうから、あんたを!」
 柄をにぎったとたん、足元から脳天にかけて異なる力が駆け上ってきた。内なる何かが
弾けそうな……でも心地よい感覚が輝羅を鼓舞し、物怖じをかなぐり飛ばす気概を与えて
くれる。
 黒の瞳が妖光を映し出し、ほむらが燃え上がっているような……そんな輝羅は、
「もう一戦、やろうじゃない」
「……なにをしようと、結果はかわらない」
「そうかなぁ? 次はちょっと、自信があるのよね」
「――ためして、やろう――」
 ライムは後ろに向かってトンボを切り、着地した瞬間、それをそのまま突進力に変換し、
突っ込んできた。上体を前にかたむけ、二本の小剣の行方は分からない。間合いに入った
ところで、思わぬ斬撃を繰り出すのだろう。
 ほとんど顔くらししか確認できないほどのライムのふところ、そこで何かが光った気が
した。こちらの稲妻に反射したためだろう。これは、考えてもみない幸運だった。斬撃の
でどころさえ分かっていれば――
(いまのあたしなら、ふせげる……!)
 下方から突き上げてくるライムの剣突きを、おなじく剣突きで返すという離れ技をして
みせた輝羅は、左方向から襲ってきたライムのもう一手をも、返す刀で弾き飛ばした。
 驚くほどの動体視力と瞬発力である。これが妖刀の力にしてみれば微々たるものだと言
うのだから……
 シビレた腕を押さえながら、ライムは眉と口元を歪め、間合いから離脱する。
「うそ……ではないみたいだね……バカ力オンナ」
「……さりげなくヒドいこと、言わないでくれない?」
「フフ。おまえの実力は、よく分かった。――けど、もうあきたよ。決着を、つけよう」
「のぞむところ」
 ライムには、並の一撃はつうじない。――ならば、『星守流剣闘術』の最強の技でもっ
て抗するしか……すべはない!
 静黙とした空気からは、なにもかもが感じられない。まるで、そこにふたりの女性が存
在していないような。いるはずなのに、いない。夜風すら透けてとおる、そんな気すらし
てくる。
 両方の剣士――その閉じられたまぶたが、カッ、と開かれた。
『剣幻流・飛瀑幻舞!!!』
『星守流剣闘術・極意! 真・一刃!!!』


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