中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

<紅の鮮麗>  〜三日目・ジョート・ショップの夜・その二〜 hiro
<紅の鮮麗> 〜三日目・ジョート・ショップの夜・その二〜





 紅蓮とルターク、その戦闘の舞台は、家屋の上――つまり屋根から屋根を飛び移りなが
らおこなわれていたのだ。これだけ騒げば、家の住人が起きてきそうなもんだが、アイン
の魔術のおかげで、そんな厄介なことにはならない。
 そんなアインの空前絶後の魔術ぶりに、紅蓮は苦笑しつつ、
(あそこまで、だな)
 魔術的視覚でのみ感じえる、魔術領域の隔壁(かくへき)をちろりと見、その数歩手前
でブレーキをかけた。
 紅蓮のひと飛びで屋根に飛び移れる跳躍力は魔法によるものだが、ルタークのそれは、
キメラ特有の常人離れした筋力からなせるものなのだろう。
「ちょこまかちょこまかと。オマエは逃げることしかできないの?」
「単に、やる気がおきないだけだよ」
 へん! とかいう鼻持ちならないルタークの設問を、紅蓮は肩をすくめていなしただけ
だった。
 ム、っとしたルタークだったが、すぐに笑みにとって返し、
「そうか。なら、そのまま死んじゃえよ」
 超音圧のそれを、砲弾よろしく砲撃した。予備の動作はなにもなく、事前に知っていな
ければかわす事すらできないだろうが、紅蓮は一度みているのだ。
 たとえ視覚にはなくとも、ルタークの目線、それで読むことくらいはワケもない。
「イヤだね」
 言って、紅蓮は無造作に体を開いた。質量たっぷりのエネルギーが、その横を行き過ぎ
る。食らえばひとたまりもないだろうけど、当たらなければ無意味だ。
 紅蓮は、体を開いたのとは逆側に回転する。
 音圧と追うように突っ込んできていたルタークの拳は、それにより空振りに終わり――
 どっ!
 回転力をそのままの後ろ回し蹴りが、ルタークの背にクリーンヒットした。紅蓮、それ
に自身の総合的なパワーが集中した一撃を一挙に受けたルタークは、つむじ風のように舞
い上がり、石製の屋根に落下した。
 粉塵と石片を散乱させながらもルタークは、
「……効かないね。これくらいじゃ、僕は死なないんだよ。――いっそ『死ねない』って
言った方がいいかな」
「不死身なのか……?」
「オマエみたいに、生をなんとも思わずノウノウとしているヤツを見ると……吐き気がし
てくるんだよッ」
 地団駄か、ルタークは子供みたいに足裏を叩きつける。その瞳は、なぜだか純粋な……
というのはおかしいのだが、そんなふうな嫉妬に燃えていた。
「最初に会ったときから、オマエが気にいらなかったよ」
「……だから、アホウ、なのか」
「そうだ! オマエなんか……オマエなんか……大ッッキライだっ!!」
「あ、そう。俺も、キライだね」
「!!」
 その紅蓮の言葉に、ルタークは急激に怒りが噴出し、頭が真っ白になる。視界はレッド
アウトになり、しかし紅蓮だけははっきりと睨むことができた。
「クソ……バカ、死んじゃえッ!!」
 超音圧を、『足元』にブッ叩きつける。それが波状に広がり、紅蓮に押し寄せた。
 いまのルタークに応用なんてできるはずないのだが、本能かなんらかの力が働いたとし
か思えない。とにかくこれでは、ほとんどかわすことができない。上に跳ぼうとすれば、
ルタークにスキを見せてしまうからだ。広すぎるため、対処法はひとつしかなかった。
「右に集うは清き水の加護、左に集うは水の精、我が身通じて一つとなれ」
 紅蓮お得意の合成魔法、『ウンディーネ・レストレイション』だ。『ウンディーネ・ティ
アズ』と違い、ただ体の傷を徐々に回復するだけではなく、身体的、精神的負担を和らげ
るのである。……要するに紅蓮は、耐えることにしたってわけだ。
 進路物を砕きめくり上げながら、音圧が向かってくる。ガードの体勢を取り、両足を踏
ん張る。石塵に両目をやられないよう、深く閉じ、その瞬間を待った。
 ガゴォォォッ!!
 無重力の感覚、飛行魔法による感覚とはまた別物で、そのふわっとした感じを味わった
あと、凄まじい……そう、内部からオノレの全てが吐き出されるような……そんな激痛が
走り回った。
「……………………」
 しばらく、おちていたのか、気づいたときには、ルタークが見下ろしていた。自分をや
っかむような視線……それとなぜか当惑。
 体感がマヒしていて、いまの自分の姿を知ることができないが、多分、おびただしい量
の生血を穴という穴から流出させているのだろう。音圧の威力が分散されていたから、脳
に深刻なダメージはないようだ。そうじゃなかったのなら、よくても植物人間と化してい
ただろう。
(……魔法、使ってなかったら……このままオチ死んでいたろうな……)
 どちらにしろ、ルタークがその握り締めた拳を振り下ろせば、それで人生は終わってし
まうのだが。なんとか動けるようになるまで、目算して五分。話しかけて時間を稼ぐには、
ちょっとばかしムリがある。
 ……と言うより、声が出るかどうかすら疑問だ。
 ぼぅ、としたその耳朶(じだ)に、ルタークのセリフが落ちてきた。
「死んだのか……? おい、返事してくれよ……おいったら!」
(テメ……自分でやっといて、何いってやがるんだ……)
「ねぇ、ったら!」
(……なんか、こいつ……)
「また……また死んじゃうの……? 僕を、僕をおいていかないでよ、ねェ!?」
(……ガキだな)
 涙声で訴えかけてくるルタークを、焦点の外れかけた目で見つめていた紅蓮は、なんと
なくそう思った。一転して、悲しみしかみせないこの子供を、なんだか救ってやりたいと
も思った。たとえこれが、一時的な錯乱なのだとしても。
「イヤだよォ! もう、もうひとりにしないでよォ!? 死なないで、死なないで!」
 自分の胸に顔をこすり付け泣きじゃくるルタークの髪を、撫でてやった。はっとして、
ルタークがぐちゅぐちゅの青い瞳をこちらに向ける。
「泣くなよ、だいのオトコが」
「…………」
「……?」
 へたり込みながらうつむいていたルタークは、しばし茫然(ぼうぜん)としていた。
 バキッ!
「な、ナニしやがんだ、このヤロウ!」
 平手で頭を殴られた紅蓮は、上半身を起き上がらせていた。予想より早く動けるまでに
回復していたコトを喜んだ紅蓮は、背を向けて歩き出したルタークに目をやる。
「ちょっと下手に出りゃ、付け上がりやがって。もう、勘弁ならねェ。仕置きも兼ねて人
生ってやつについて教えてやらァ!」
「……たいがいに、愚劣なヤツだな。僕を愚弄しておいて、その言い草。こっちこそ、も
う勘弁ならないね」
 ルタークの瞳に宿す光は、しっかりとした輝きをともしている。二の足を踏みしめ、が
しっと構える。力を全開放したのか、いままでとは闘気の質が違った。
「――比翼鳥という名の鳥を、オマエは知っているか?」
「伝説上、有名な幻獣じゃーか、それ。……たしか、オス・メスが一翼ずつ一体になって
生きてるっていう……」
 つまるところ、雌雄半分ずつのカラダで、一体でありながら二体。よく、男女の深い仲
をあらわす場合に使われる名前でもある。
「永遠の命の探求は、ハメットのしていた研究だったが、それには限界があった。外見の
変化を止め、外部からの力では死なないカラダとなっても、寿命がつきまとう。それです
ら死ぬことさえある。ハメットが、いい例だろう。
不老になっても、死は存在する。不死になっても、寿命が存在する。不老不死、この完成
形は、百年研究したところで解き明かせるものじゃない。
そこでレンは、不死という点にだけ着目した。どうせ死ぬのなら、寿命が来るまでは死ぬ
ことのない不死の方がよほど利用価値があるからだ」
「それで?」
「僕が比翼鳥だとすると、そのかたわらは、ライムってことになる。……この意味、分か
るかい?」
 もったいぶって語ってくるルタークの言葉は、紅蓮にはイマイチ意を得ないのか、眉を
しかめている。
「……なんだぁ? つまり、おまえは不死だって言いたいのか?」
「オマエ、意味も分からずそう言ったろ……」
 ルタークはこめかみに指を当て、あきれたようにぼやいた。むっつりとした紅蓮は、
「言い方が回りくどいんだから、しょうがねェだろ」
「……だから、僕とライムはふたりでひとりなんだ。どちらか一方でも生き残っているん
なら、もう一方も死ぬことはない……僕を倒すなら、ライムをも倒さなきゃならないって
ことなんだよ!」
「バカか、テメェは」
「な、なんだと!?」
「分からねーなら、ホントにトンマだな」
 憤るルタークを鼻先で笑い飛ばし、そう断言した紅蓮は、
「不死だろうとなんだろうと、カンケーねェ。たとえ死なないんだとしても、おまえを止
める方法なんざ、いくらでもある」
「僕には、痛覚もないんだぞ?」
「だからなんだってんだ。……かかってこい。できるかできねェか、教えてやる」
 自信過剰とも取れる物言いだが、根拠がなくそんなことを言う男でもない。紅蓮はひそ
かに魔力を右手に集中しつつ、ルタークを迎え撃った。
 ルタークの手持ちの能力はだいたい見切っている。こちらがしっかりしていれば、あし
らうコトだってできた。ルタークは攻撃がスゴく雑なのだ。特になにかを習っていたフシ
もなく、我流でのモノなのだろう。素質はあるから、鍛えれば――
「おしいな」
「このッ!」
 ルタークのハイキックを跳んでかわした紅蓮は、その脚に手をやりそこからなんとルタ
ークの背後に飛び回り込んだ。
「おまえ、いくらでも強くなれるのに。キメラの能力に頼っているうちは、俺には勝てな
いぜ」
 首筋にささやかれたルタークは、顔を真っ赤にしながら振り向きざまに蹴りを放つ。そ
こに紅蓮の姿はない。
「な……」
「下だ」
 紅蓮はただ単にしゃがみ込んだだけだったのだが、視界が上に限定されていたルターク
には消えたようにみえたのだ。紅蓮の右手から、紫電がほとばしった。
「ブレイク」
 それにより解放。紫電がルタークにまとわりつき、まわりの空間がムラサキの発光現象
を引き起こした。小さな紫龍たちが、その身を内外問わず暴れていたが、宿主――ルター
クが気を失うと、空中に霧散していった。
 ミョウにカワイげのあるルータクの寝顔(?)に、紅蓮は、
「いくら不死だろうが痛覚がなかろうが、神経はあるんだろうがよ? 感電だけはどうに
もならないってこったな」
 そこで紅蓮ははたと気がついた。
「……そっか。これならまるにゃんにも楽勝勝ちだな。よっし! あしたさっそく――」


 ルタークを抱えてジョート・ショップに戻った紅蓮は、アインを見かけ声をかけた。
「よう。どうやら、そっちも終わったみたいだな」
「まぁ、ね。……そっちはなんだか手ヒドくやられてるみたいだけど」
 血みどろな紅蓮を認め、アインは苦笑した。紅蓮はルタークの横顔に視線をやり、
「こいつのおかげでな。あやうく、死にかけたんだぜ?」
「紅蓮、それはナイんじゃないかな?」
「何がだよ?」
 アインの要点の不明瞭なセリフに、紅蓮は眉をひそめる。が、アインの二の句は明瞭で、
紅蓮が絶句するには十二分すぎる発言だった。
「仮にも女の子にたいして、こいつはないだろう?……って、やっぱり気づいてなかった
みたいだね。じゃなかったら、気軽にドツくマネ、できるわけないか」
「…………」
 ギギギと首をひねり、もう一回ルタークの顔をまじまじと見いった。言われてみれば、
そうかもしれない。オトコにしては異様に繊細さ肌だし、顔立ちだってボーイッシュって
感じで、パティだって男っぽいカッコをすればこうなる気もする。
 じりじりと理解の色を浮かべていった紅蓮は、自己嫌悪にさいなまされた。
「……だ、だからか……オトコって言ったら殴られたのは……トンマとも言っちゃったし、
うわぁ、蹴ったり殴ったりもしたな……」
 とも思ったのもしばらくだけ。すぐに吹っ切れた。
「ま、いっか。ルタークだって、オンナってことで手加減なんかされたくなかったに決ま
ってるしな。うんうん。そういうコトにしとこ」
 そんな紅蓮をしり目に、アインは、暗がりからずるずると歩み寄ってくるふたつの影に
気がついた。比較的なんともなさそうなライムと、その肩をかりた満身創痍の輝羅だった。
「や、ライム」
「……あんたか。このオンナの治療、頼む」
「分かった。きみは、いいのかい?」
 輝羅を地面におろしたライムが、街灯をささえに立つのがやっとのところを思いやり、
そう声をかけてみたが、
「いらない。どうせ、ルタークが生きてるんだ。アタシの方は、じきに良くなるさ」
 あの最後の必殺技の激突は、輝羅がからくも勝利していた。しかしライムの技の衝撃ま
ではどうにもならず、輝羅は無防備のままモロに食らってしまったのだ。意識のあるライ
ムがそのままトドメを刺すこともできたが……
「撃ち合いでやぶれたんだ……それに免じて、素直に負けを認めてやるよ」
「殊勝なセリフだなぁ。きみ、少しかわったんじゃないのかな。もう、組織に従うのはヤ
メたらどう?」
 てきぱきと輝羅の診断をしながら、アインはそう提案してみる。思いをはせるかのよう
に星空を見上げたライムは、
「あんたがそう言うなら……ぬけても構わない」
 言ったあと、ほおを桜色に染めた。どうせ暗いからこんな羞恥はさらさなくてもいいと、
安堵していたライムに、
「もしきみに、普通の人間として生きていく気があるなら、ジョート・ショップを訪ねて
きてよ。僕たちは、いつでも歓迎するから」
 その思いがけないアインの言葉に、ライムの瞳が熱くなっていく。相変わらずアインは
輝羅を診ていてこっちを向いているわけじゃないが、それでもなんとなしに顔をそむけた
ライムは、
「……ばか。カッコつけすぎじゃない……」
 ――その瞬間、ローズレイク方面から、夜を押し返すような黒の光がまたたいた。




<あとがき……かな>

 にしても、痛い。
 ライムの能力を明かす機会が、永遠についえました。
 「剣幻流」はまた別で、それの他にもうひとつ、キメラとしての特殊な力。ルタークの
音圧みたいなものですが。
 自警団第一部隊の人間を百人相手どって、いくらライムでも勝てるわけない。そこでそ
の能力が……ってなったんですけどね。
 もう、ここでワザワザ話す気もないです。他のトコで、使えるだろうから(^^)

 ルタークが女だったってオチ。
 ルニが女と見せかけて男だったから、その逆バージョンです。
 最初は、ルタークの性別はそんなに気にしてなくて、どっちでもいいや、って思ってた
んですけど。出生から考えてみると、オンナの方が自然かな、って。

 このライムとルタークのふたり。
 人間をキメラにしたんじゃなくて、ホムンクルスみたいに創り出したキメラなのです。
 生まれてから、まだ一年にも満たない。メロディみたいなもんですね。
 ルタークなんかはその短い期間に、深い心の傷を負ってます。それが、あの涙のワケな
んですが。そのエピソード、語る機会もないしなぁ。
 
 そういやぁ。
 ルタークに、エグい性格にエグレ胸……という悪口を、紅蓮くんの口から出させようと
思ってたのに。
 あああっ。ともさん怒らないで(笑)
 それと。
「女には幸せになる権利があって、男には女を幸せにする義務がある。そして、権利と義
務は紙一重なんだよ」
 こんな歯の浮くセリフを、ライム相手にアインくんに言わせようと思ってたんですが。
 これも埴輪さんあたりに睨まれそうなんで(笑)

 最後の黒い光の謎。ヒロとルニ、ランディは。それにアインくんが気がついたあのキメ
ラの正体。正体くらいは、賢明なヒトなら分かると思うんですけどね。
 ではでは。


中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想