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「<紅の鮮麗> 〜三日目・ローズレイクの夜・その一〜」 hiro


 ジジジジジ……
 赤みがかった黄色い光が、淡い光圧を小屋の中に照らし出していた。獣脂の焼けるニオ
イがただよいよどんでいる。ヒトにはよってはクサイくて、唾棄したくなる者もいるが、
ここにいるメンツの中には、特に気にしていたりはしていないようだ。
「じいさん、すまないね。こんなに大勢で、押しかけちゃって」
 壁に寄りかかり、腹のあたりで腕を組んでいたルシアが、年代物だが手入れの行き届い
ている木椅子に腰をおろしていた老人に、言った。
 老人――本人の談によると百歳を超えてるらしい――が、白いアゴヒゲをこすりつつ、
「いや、気にせんでいい。アインからはきのう、事情を聞いておる」
 そう言って、温和な笑みを浮かべた。
「それに、こんなにたくさんこの家に集まる機会は、ないからの。なんだか、心が躍るよ
うじゃわい」
「カッセルさんが……おどる、っスか……?」
「テディ。いま、失礼なコト思ったろ。謝っとけ」
「ムチャ言わないで欲しいっス! なんで思ったことにたいして謝らないといけないっス
か」
 アリサのヒザを指定席にしていたテディが、ルシアのへ理屈的な言い分にごねたが、そ
れは「思いました」と言っているのとおんなじで、失笑を買ってしまった。
「……な、なんでみんなして、笑ってるっスか?」
「もう少し、教養を身につけような、テディ?」
 ツン、とテディの黒い鼻をつつき、ルシアが言った。
「ぶ、ブジョクっス、ヒドいっス、起訴してやるっス〜〜〜〜〜ッ!!」
「おう。やれるもんならやってミィ。俺は、無実を主張するぞ。街ジュウにっ。そして裁
判のヒに泣くのは、おまえだ、テディ!」
「受けてやるっス、その勝負!」
 ルシアは悪ふざけさがニジミ出てるけど、テディはちょっとマジっぽい。……しかし、
魔法生物の訴えを受理してくれるんだろうか、役所は。
 ヒザの上で騒がれていたアリサさんは、
「まぁま。テディ、そんなにムキになって。ルシアくんもよ。ここは、カッセルさんのお
宅なんだから。もう少し、静かになさい」
『はぁい』
 口を揃えて反省の気持ちを提示したひとりと一匹は、互いに合わせたように小突きあっ
た。仲直りをするときにする、サインみたいなもんである。もう四年の付き合いなんだか
ら、それくらいあってシカルべし、である。
 そんなほほ笑ましい光景を眺めていたカッセルは、ランプの光量では映しにくい部屋の
隅に志狼が茫洋としているのを見、声をかけた。
「なんじゃ。志狼、ヤケに暗いな」
「……そんなコト、ないさ。俺は、いつもどおりだよ」
 床にそのまま座り込み、片刃の剣をきつく握り締めて、志狼はこちらを見ずに口答した。
「なにか、あったのか……?」
「何もないって。心配性だな、じいさんも。……ただ」
「ただ?」
「いまごろヒロたち、どうしてるかなって……無事でいてくれるといいんだけど」
 ほんの少し話したら気が楽になったのか、志狼の表情が、これもほんの少しやわらいだ。
人間、暗然とすれば暗然とするほどその泥沼にはまっていくもんで、その逆だってシカリ
である。笑っていれば、そんな簡単には悲しんだりはしないのだ。人間っていうのは、学
者たちが考えているほど複雑でもなければ高尚な生き物でもないのである。
(これを使う機会……ないのかな)
 志狼の持ち出した剣はいつもの『無銘』ではなくて、天羽流代々の伝承者たちがたずさ
えていた名剣。その名も、『無明剣・真打』。エンフィールドの化け物ども(ルシアとかア
インとかケイだとか)の持つ武器よかいくらかいいって自負してる剣なのだ。
「使わないなら、使わないにこしたことはないけど」
 自答し、戦線から外された事をなかば納得しかけた時、それは起こった。
 ランプのゆらめきが、きわだって大きくなる。風……その前に、それくらいでは消えな
いような造りになっているはず。窓は半開きだから、強風が入ってくれば一発で気づく。
 殺意の風――とでも言うのか。物理的ではないそれは、小屋内をむしばみ、緊迫感を相
乗作用にふくらます。
「どうします? ルシアさん」
「ここで襲われたら、対応が取りづらい。おまえは正面から出ろ。アリサさんとじいさん
は俺が守りながら、おまえのあとにつづく」
「はい」
 うなずいた志狼は、異論もなく小屋から外界に足を踏み出した。警戒はあるが、相手に
その気があるなら、とっくのムカシに襲撃を受けているはずである。それなのに待ちの姿
勢でいるのは、出てこいという合図なのだろう。
 夜の光。星辰の光。森の光。湖の光。
 それらに迎えられた一同は、それとはことなる光を放つ連中に、相対した。
「……レン!?」
 志狼が思わず驚倒の声をあげた。
 柔和、というほどでもないが、どちらかというと陽の方の雰囲気のレン・トッシュは、
夜陰にその身を半ば溶け込ませていた。付けているのは、黒色のインナースーツで、カラ
ダの線が浮き出ている。動きやすさを重視した『戦闘』服だ。
 ……つまりは、そういう事である。
「どうしてここが?」
「そんなもの、どうとでもなりますよ。きのうご訪問したついでに、盗聴用魔術機を置い
て帰ったとか」
 魔術機とは、まぁ言わば魔術と科学の合成物みたいなもんで、と〜っても高値で売買さ
れている。それ一個で、ジョート・ショップが丸ごと買える、とでも言えば分かりやすい
だろうか。
「そんなわけなんで、渡してもらえるでしょうか?」
「な、なんの話しだ!?」
「志狼さん、あなたは分かってないみたいですね。ルシアさん、あなたなら分かってるん
じゃないですか?」
 志狼とレンの対話を黙然と見守っていたルシアは、その質問に肩をすくめた。
「おまえらの本当の狙いが、アリサさんにあるってコトをか?」
「え!?」
 寝耳に水。これは志狼のみならず、当人であるアリサ、カッセル、テディもおなじであ
る。その四人の息を呑む気配を感じつつも、ルシアは、
「ご名答っていう賞賛の言葉はいらない。どっちにしろ、命の恩人を渡すわけにはいかな
いからね」
「そう、ですか。すると、こちらも力に訴えることになると思うんですが」
「何を世迷い言を……はじめから、そうするつもりでやって来たクセしてさ。訴えるもク
ソもあったもんじゃないだろうが」
「すいません。でも、こういうやり取りって大事でしょう?」
「かかってくるならかかって来いよ。どうせこっちは、準備のしようがないんだからさ。
あえて言うなら、戦いには適している場ではあるけど」
(あ……そういう事だったのか……)
 そこで志狼は、アインの計らいに思い至った。
 アリサが狙われているかもしれないって事は、アインやルシアは勘付いていたのだ。そ
うなると店におくのは得策ではない。そこでローズレイクに隠居しているカッセルの小屋
にカタチ上、かくまうって事にしたのである。ここでなら戦闘に支障ないだろうし、志狼
をこちらに配備したのはちゃんと意味があったのだ。さらに、敵方の戦力を二分にもでき
る。日ごろ、何を考えているかわかりにくいアインだが、実は中々の策士だったのである。
 ま、レンもそれは分かっていただろうが、あえて乗ったってトコだろう。
「かかってこい、って言うならそれで構いませんけど。このヒトたちを相手にして、本気
になれますかね?」
 殺意の風の主たちが、そのレンの言葉に反応し、現れる。服装で迷彩してるんじゃない
のに、確認しづらい姿態(したい)からして、地がそういう色なんだろう。それが全身な
んだから、もはや人間ではありえない。
 キメラ。
 その単語が、ルシア、志狼、カッセルの脳裏によぎった。
 質感の失った黒曜石のゴーレム。それは、アインが片づけたあのキメラたちだった。数
は、十体。
「このヒトたち……?」
「ええ。この中の十人のうち八人は、自警団員なんです」
『!!』
「名は『邪影』って言うんですけど、真体と呼ぶ二体のオリジナルが、楽しい副次効果が
ありまして。相手を死に至らしめた場合、七分ほどの確率で、まったく同質のいわば仲間
をつくることができるんです。
恥ずかしながら私、専門分野は生体工学でして。その研究中にできてしまったのが、この
『邪影』です。
オリジナルの身体的能力には劣りますが、量産型の方も飛躍的に能力の増強が確認されて
います。ありてい言うなら、量産型は寿命が丸三日。七十二時間しか持たないって事でし
ょうか。カラダが崩れてしまい、灰になってしまうんです。そこの深究もするべきかもし
れませんけど……」
 つらつらと語っているレンのセリフなんて、ルシアと志狼にはどうでもいいことだった。
それに、これで数が合う。行方不明の団員十四人、アインが倒した分をいれればちょっき
しだ。残りの六人は、『邪影』っていうキメラになりそこね、死んでしまったのだろう。
「――それで、もう余命いくばくもないこの元団員たちに、華を持たせてあげようかと思
いまして。せっかく、ライムに襲わせて足腰たたなくしてあげたんですから。どうせもう、
現役復帰はムリだったのでしょう?
最期に、一生かかっても手に入れることのできない力を手に入れたんですから、彼等も満
足かもしれませんね」
「ふざけるなっ!!」
 理不尽で身勝手すぎるレンの弁舌に、ついに志狼が怒鳴りつけた。
「殺しておいて、よくもそんなことが……!! 死んで満足する人間なんて、いないんだ
よ! あるのは親類や同僚の悲しみだけだ……おまえにはそれが分からないのか!?」
 猛禽類――その中でもタカを思わせる目つき。志狼は、心の底から怒りの色に彩色され
ているようで、それに呼応して、『無明剣・真打』がコロナのような気に包まれていた。
 羨望……なのだろうか。レンの表情に、一瞬、そういう感情が走った気がした。
「分からないですね。……どうせ話し合っても、時間のムダでしょうし。もう、いいでし
ょう」
 そこから、戦闘に投じる者が放つ闘気だけが残った。
「――死んで、ください――」



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