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「<紅の鮮麗> 〜三日目・ローズレイクの夜・その二〜」 hiro


「吹き荒れるは緑の嵐!」
 ヒロの『風の気法』の大元になった――言わば本家、神族の扱う『風の気法』を行使し
たルシアに応じ、ビュゥ、っと防護専用の風がアリサたちの回りをうねりはじめた。
 志狼じゃ、レンを相手取りながらキメラを……とはいかないだろうから、必然的にルシ
アがやるしかなくなる。それには非戦闘員がジャマだったのだ。この不可侵領域たる風壁
ならば、あの最凶の兵器ファランクス砲、十数基で砲撃しようともへっちゃらなのだ。防
御の水準、それの常識がルシアはデタラメだから、ここまでスゲェものになってしまった
のである。
「あのレンってやつが高説してくれた、真体ってのは……」
 包囲陣を完成させたキメラたちの中から、二体のオリジナルを見極めようとこころみる
が、どっからどう眺めようと同種としか思えない。殺気、異質の闘気らしきもの、それを
同量に放出しているのだ。
 もしかしたら、その真体を倒せば、団員たちが元に戻れるかもしれないとルシアは考え
ていた。それが遺体なのだとしても、家族のもとに送ってやることができるなら……
「その方が、幸せだよね?」
「ケ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
 その耳をつんざく狂った笑い声とともに、ルシアの足元――その地面から水たまりが湧
き出し、一気にふくれ上がる。
 まさに水色、そういう気色の悪い色をしたアメーバが、ルシアの脚に絡みつき植物のツ
タのように触手を伸ばす。ぐるりと全身をなめ回すかのように一周したそれは、ルシアの
頭上で一部だけをリアルに実体化させた。
「ウ、ヒャヒャヒャッ! 気分はどうだい、彼女? こんな感覚、一生生きてもお目にか
かれないだろォ?」
 首と顔だけ。それだけをアメーバではなく肉体と化したソイツは、ルシアの容姿を大層
お気に召したらしかった。
「受肉、か? おまえ、もう人間すらヤメテるんだな」
「ク、ヒャッ? おいおい、もうちょっと女の子らしい言葉づかいで話してほしいなァ?
ゲ、ヒャヒャヒャッ!!」
「不意打ちか。卑劣だな。だけど、低劣なヤツには、お似合いな手段だよ。そこまでして、
勝ちを得たいみたいだから」
「ヒャッ。不意打ちとは、穏やかじゃないなァ。それにテイレツ……? このオレが? カ
ワイイからって、なんでも言っていいワケじゃないんだぜェ!」
 オノレのカラダでルシアを束縛状態にしていたアメーバ男は、ルシアの胴を万力みたい
にしめた。骨を折るためにやったのでなく、こっちの立場をみせつけ、ルシアにみずから
の悪状況下をさとし、そこから従わせるためのものである。
 しかし、しめていれば筋肉とか骨のきしむ微音が鳴ってもいいはずなのに、それどころ
かルシアは、鼻歌まで歌えそうなほど無痛のようだった。
「……グ、ヒャッ? 彼女……」
「ルシア。ルシア・ブレイブって名前がある」
「なら聞くけどよ……ルシアちゃんは軟体動物なのかよ?」
「人間、だったさ。つい、このあいだまではね。もう変わったけど。自覚だってもってい
る。――でも、軟体動物じゃない。おまえなんざ、単細胞生物の分際で。分裂して増殖を
繰り返していくんだろ?」
「ヤロウッ! 黙れッ! オレサマに口答えするなァッ!!」
 冷徹に物を言うルシアに、アメーバ男は本当に単細胞なのか、それくらいのコトで憤激
した。
「ガ、ヒャアッ! テメエら、このオンナを寸刻みにしろッ!! 」
 その号令に、棒立ちしていたキメラたちが手刀に構え向かってきた。アメーバ男は、そ
の胸にあたる部分でルシアの頭部をすっぽり包み込む。
「おぼれ死にさせてやるぜッ! だが顔をオレ好みだからな、首から上だけは残しておい
て、飾っといてやるよォッ!! ヒャヒャヒャヒャッ!」
「ことわる」
「!?」
 水中で、どうやって音声を伝わらせたのか。それははっきりとした、拒否の声だった。
目をむいて驚愕したアメーバ男は、さらにとんでもない光景を目撃することになる。
 縛っていたルシアの腕が何事もなかったように俊敏に動き、キメラたちの手撃を次々と
受けさばいていったのだ。そのぬけるような白き腕で。
「――こいつも、違う。こいつも――」
 独りごとをつづけながら、ルシアの神気をまとった防撃は止まらない。水の中のはずな
のに、鼻や口からは気泡が排出されず、視界も良好のようだ。
 幾度か争っているうちに、わずかながら、キメラのうちに連携のとれていない二匹に的
をしぼれた。
「皮肉なもんだな……団員たちの方が、オリジナルよりチームプレーが上手だなんて。こ
れも、団員たちの無念さがなせるわざ、なのかな……」
 左右の手の平で、二匹の真体の顔面を鷲づかみにする。
「殺されたヒトたちの恨みだ。――受け取れ!」
 パンッッ!!
 小麦粉の入った袋を両手で叩きやぶったときの、ああいう最期を遂げたオリジナルたち
は、砕かれた頭を空中に四散させ、残りのカラダも風に撒かれて粉になった。
 倒れる音が相次いで届き、しかし、ルシアの願いむなしく、元団員たちもその後を追う
ように灰になっていった。静観していたアリサやカッセルが、アインと同じく黙祷をささ
げていた。
 ルシアの大いなる怒りの矛先は、不幸ながらアメーバ男に向くことになる。
「覚悟は、できているんだろうな?」
「ヒャッ、ヒャウゥゥッ!? あ、あああああああ……ゆ、許してくだ……!」
 巻き付き殺せず、窒息死もせず、キメラたちをあっさりと一蹴してしまったルシアを見
るアメーバ男の目には、畏怖の念しかない。全ての手法をこうも済し崩しにされてしまっ
ては、許しを乞うしか言葉がでないだろう。
「――さいわいココには、豊富な水がある。これを使って楽しい芸を披露してやる」
 なにか面白い遊びを閃いたような、そんなルシアの表情に、アメーバ男が気を抜いた。
それが自分にとって、死の宣告だということすら知らず。
「汝を潰すは、水の龍!」
 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!
 ぱらぱらと、水滴がはるか頭上から降りおちてくる。小雨なのか、と考えたアメーバ男
が見上げれば――
「……ガ、ヒャッ?――ヒャあ、あああああああああああああッ!!?」
 湖面から顔をのぞかせていたのは、巨大な龍。カラダは原産地、つまり湖の水でできて
いて、絶え間なく水が流動している。身の丈百メートルはあろうかというそれを正視して
しまったら、叫喚するしかないだろう。それが味方でなく、敵なのだとしたらなおさら。
「『水の気法』――使うのは久方ぶりだが。威力の方はどうかな?」
 イタズラ好きの子供の顔でルシアは、笑った。
 魔法の使えない神族が、魔族に対抗するために創り出した『五法』。炎・雷・土・風・
水。バリエーションがあるのは風だが、応用を利かせやすいのはこの水だ。それにしたっ
て、攻撃にはあまり向いていない。――が、ルシアが操るならば、
「こいつにプチッっと潰される圧力を、高さにして計算すると……高度一万メートルから
落ちたに等しいな」
「う、う、うァァ……ヤメ、て、クレェッ!!」
 ルシアから飛び離れたアメーバ男は、全身を実体化させ、走って逃げはじめた。混乱し
た思考では、アメーバになって土中に潜るって手すら思いつかないらしい。どっちにした
って、ムダだろうが。
「消滅しろ」
 牙をむいた水龍が、猛然と、アメーバ男に上からかぶさるように突っ込んできた。
 どがぁッッッ!!!
 ……ローズレイク湖畔に、湖沼がもうひとつ生まれた。まぁじきに、湖とつながってし
まうだろうが。
 結局。男は名前すら告げられず、そこが墓石となったのだった。


「今度は、負けるわけにはいかないっ」
「それは、こいつで、みせてもらうとしましょうか」
 志狼の決然たるセリフに、レンはカタナをぽんと叩いて、早くも抜刀術の構えをとった。
気が充実していく。
(頼むぞ、相棒)
 『無明剣・真打』を手の感触だけで味わった志狼は、腰をおとし見た目は前と変わらな
いスタンダードな抜刀の構えをする。
 一撃必殺になりえるこの撃ち合い。あのときは命などかけていなかったが、今度はそれ
をかけなければならない。死ぬ気はないし、負ける気なんかさらさらなかった。
 それに――シーラが泣くかもしれない。
「うおおおおお!!」
 裂帛の気合とともに、志狼が疾走した。
 ギャリッ!!
 互角! 速さ比べ、力比べ、技比べ。どれをとっても拮抗していた。
 互い、相手に競り勝とうとシノギを削り、噛み合った刃が火花を散らした。赤銅色の火
花がいくつも舞い、この競り合いは悠久につづくかと思われた。
『剣幻流・抜刀術! 背襲幻舞!!』
 に。と笑ったレンの左手が背中にのび――
(隠し二刀!?)
 驚いているヒマなどない。なんとかこの場から脱出しないと、エジキになってしまう。
しかし、渾身の力で放っているこれを中断することは、即、死を意味する。絶体絶命。ル
シアに助けを求める声すら出せない。
 弧を描き、脇差しほどのカタナが志狼の肩口に走る。――と。
 ガギィッ!
 ……そこは通行止め、とでも言いたげに、黒い何かが横切り、凶刃を受け止めていた。
それは、鞘だった。あまりに長すぎて、ただの棒切れにしか見えなかったのだ。ロングソ
ードよりさらに長いそれを片手で扱っているのは――
「総司!」
「……約束の時間より、少し、早いですね、総司さん」
 志狼のピンチを救ったのは、龍牙総司だった。細目、そして表情を厳しくいからせてい
る。
「飛べ、志狼!」
 その指示の意を即行で察した志狼は、後ろななめに跳躍した。その真下を、長大な鞘に
おさめられていた長大なカタナ――『新月』が走った。左手の鞘でレンの体勢を崩しつつ、
右手のカタナで胸部を狙う。
 レンの回避初動も早くはあったが、このままだと重傷を負うのは間違いない。だが。
「消えた!?」
 なんとか着地した志狼が、呆然と声を上げた。そのまま追撃に出る予定だったから、筋
肉をたっぷりとたわませていたのだが……
 悪寒。
 それを感じた瞬間、志狼は前に転がっていた。これを成し得たのは、追撃するための予
備動作があったおかげである。
「なかなか、いい反応ですね。気配は、消していたんですけど」
 あっけらかんと、背後に回り込んでいたレンが、言った。両手に一振りずつカタナを持
ち、それを軽く打ち合わせた。
 魔法による転移術ではない。
 志狼はそれに思い至ったかどうか知らないが、空間転移の使える総司には分かった。そ
れは――
「……スピード」
 不可視の領域に達した、人間の限界をぶっちぎる脚力なのだ。そうつぶやいた総司に、
レンは拍手をおくった。
「そう。そのとおりです。これは魔術によるものではなく、単純な速さ。そして、単純だ
からこそやぶることが難しいんです。私のキメラとしての強化は、これだけ。あとは――」
「そんなことはいい! それより、どういうことなんですか!?」
「なにが、です?」
「これが、あなたの真実とやらの証明なんですか? こんな、殺し合いが!?」
「あなたには、理解できないでしょう。だから、こうやってジカに見せようと思っていた
んですけど……どうも、気にいってはくれないみたいですね」
 落胆の色を浮かべたレンは、もう一度、カタナを打ち合わせた。
「仲間に引き入れたかったんですけどね。残念です、総司さん」
 


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