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「<紅の鮮麗> 〜三日目・ローズレイクの夜・その三〜」 hiro


 清冽な空気が、手足の指先からうごめくように浸透し、自身をゆるやかに……しかし確
実におかしていく。冷たくこごえるそれらを保護するような動作すらとれないこの状況、
志狼も総司も手詰まりの状態だった。――まだ、それらしいアクションを起こしてもいな
いのに、だ。
 レンにこちらの一挙一動を見透かされている。そんな確信のない何かしらの答えが、胸
の内で反響していたのだ。どのような戦術をとろうとも、あのスピードの前では白日の下
にさらけ出されているのと同じ。
 ふたりも脚速には自身がある。もしかしたら互角かもしれないが、レンはまだ、手の内
をみせていない。
 『剣幻流』――その流派名だけは世界に流布していて、一説では最強最速の剣術だと言
われている。スキをみせなくてもスキを見出され、こちらには太刀筋を決して読ませない。
そんなものは剣術の基本だが、それでもこの使い手に敵として出会えば、死はまぬがれな
い。
 レンの強さ、あの技ひとつで物語っていた。
 複数でつっかかるのは下策かもしれないが、それとてひとりで突っ込むのも……
「エーテル・バースト」
 迅速に呪文を唱えていた志狼が、精霊を召喚する。自身の能力値を限界すれすれまで高
め、不可能な動きを可能にする、上位精霊魔術。志狼の場合はそれだけにとどまらず、血
の力の覚醒を促し、限界だって超えてしまうのだ。
「ま、待てっ、志狼!!」
 方策をねっていた総司は、この速攻に肝を冷やした。
「援護、よろしく」
 金色の鱗粉を舞いあげていた志狼は、それを引きずって駆けていく。陣風が巻き起こり、
総司の視界がさまたげられる。
「あいつ……『剣幻流』をナメているんじゃないか……? 援護って言ったって、どうす
れば……」
 忌々しげに下唇を噛んだ総司は、『新月』に目を落とした。自宅から出る寸前、なんと
なくだがこれを持参していきたくなったのはラッキーとしか言いようがない。きのうと同
じく、それも予感だったのだが。
「せめて、『飛燕』にしとくべきだったかな……」
 六十センチの小刀で、そっちなら志狼とコンビで接近戦をもできる。『新月』は刃渡り
百七十センチで、反りがなく、直刀と言った方がいい。刺突(つき)に重点がおかれてい
るから、間合いさえ制すなら、強力無比な武具なのだが……『新月』はあくまで対個人戦
に有効な武器。……考えてもみてほしい。そんなクソ長いカタナを振り回していたら、ま
わりの味方にまで害が及ぶのは明白。
「何か、なにかないのか……?」


 志狼は、切っ先を真っ直ぐレンに撃ち込む。そこは間合いの外も外。届くはずもないの
だが、そこから空を巻き取りながら何かが放出した。
 どうっ!
 レンのひたいを直撃したのは、天羽流体得者が扱う気。鈍器で一撃されたように背中を
反ったレンに、志狼が低空の跳躍から剣閃を繰り出した。
『天羽流・秘奥義! 天翔舞!!』
 光の弧がレンに吸い込まれる直前、跳ねるように戻ってきたレンの笑み、それと左右か
ら迎撃してきた銀刃に、志狼の表情がこわばった。
『剣幻流・飛瀑幻舞!!!』
 剣撃が滝のように滂沱(ぼうだ)となるところから付いたこの技名。体勢を崩していた
にもかかわらず、その剣速は志狼の斬速に引けをとっていなかった。
 ふたりを挟む空間に、剣音と火花が幾数も舞い散り、虚空を刻む擦過音があたりにサウ
ンドをかき鳴らす。
 トッ、と着地したときには、志狼の刀身は鞘内に。
『天羽流剣技・疾風刃!』
 高速の居合いがレンの顔面にのびるが、脇差しが行く手をはばんだ。眼界の左下に映っ
た銀刃を見取った志狼は、すぐさま刀身を取って返し下に突き立てるようにしてそれを防
ぐ。と同時に首をすくめ、脇差しで薙いできたそれをかわしつつ、後ろに空後転で間合い
から飛び離れた。
 攻勢・守勢は、優劣のつけようもないほど肉迫していた。
「やりますね、志狼さん。ここまでネバったのは、あなたで三人目ですよ」
「生きて、帰りたいだけだ」
「……そうですか。でも、そんなものは悲願にしかすぎませんね。あなたの腕前では、私
を倒すことはできませんから」
 確定事項だとでも言うのか、レンはふふふと笑う。余裕をあからさまに提示してくるレ
ンは、その場から一歩たりとも動いていなかった。それはまるで起き上がりこぼしみたい
な、倒されても倒されてもその場から起き上がってくるそれなのだ。
「言ってろ」
 低い姿勢からダッシュをかけた志狼が、黄金をまとった人影に転化する。
『天羽流剣技・風神剣!』
 剣身から放たれた気の竜巻がうねり、レンめがけて突き進む。かわされるのは考えの内
にあり、動きの止まったそこから連撃を食らわせるつもりなのだ。
 顔に向かってきたそれを、お辞儀をするようにさけたレンの眉間に――
「天羽流――虎掌三崩剣っ!」
 連撃が、刹那に決まる。
『壱(肘)』『弐(柄)』『参(峰)』
 眉間どころか頭蓋骨が破砕したであろうレンの首をつかみ取り、
『天羽流無手技・獣拳破!』
 拳に溜め込んだファイナル・ストライクを凌駕する気量を腹にえぐり込ませ、爆発させ
た。それですら終わらず、トドメとばかりにつかんでいる左手に気と魔法力を解き放った。
『天羽流無手技・爆魔掌!!』
 ガォンッッ!!
 鈍色と紅の爆煙が立ち昇り、そこから志狼が後ろ向きで飛んで……いや、胸に一文字に
斬られた証を持って吹き飛ばされてきた。
 相打ちかとも思ったが、それは思い違いだった。
 眉間から血を少量に流していて、インナースーツがススけているくらいしか変わりはな
い。レンは負傷の色をみせず、たたずんでいた。
 すべての攻撃が、紙一重でさばかれていたのだ。最初の『虎掌三崩剣』でそれに気づい
た志狼は、うろたえながらも必死で次手の技につなげていたのである。しかし、抵抗――
攻撃側が抵抗っていうのもヘンだが、ともかくその甲斐もなく胸部に斬撃を贈られたのだ。
「なかなかですけど、それでは――ね」
 意識の飛んでいる志狼から、立ち尽くしていた総司へと目線をかえる。
「あなたは、なにもしないんですか?」
「…………」
 答えるかわりに、おもむろに刺突の構えを作った総司は、糸目を大きく開いた。そうな
ると温厚そうな印象が一転して冷酷なものになる。
 そして、ぽつりとつぶやいた。
「いきます」


 ドガァッ!
 大地を割る踏み込みから、一気にレンとの距離を詰めた。
『奥義壱式月の章! 斬空閃!!』
 その高速移動術『震脚』から繰り出された突きは、流星となってレンの肩口へと吸い寄
せられた。
 手応えは、ない。
(かわされた!?)
 地との摩擦に土を巻き上げながら制動をかけていた総司は、驚愕を通り越すその『出来
事』に、なんのセリフも吐けなかった。笑い話にもならない。自分に並進するように、レ
ンがとなりを駆けていたのだから。
「総司さん、あなた、自分の方が速いって思ってたんですか?」
「ぐっ」
 口を歪め、なんとか方向転換をする。バッと横に飛びのき、すぐさまレンのいる方を振
り向くが……
 瞬間。肩に押し当てられたのは、見るまでもなくレンの得物。
「!?…………」
 はっきり言って、スピードならこの街でも二番以内に入ると自負していた。ヒロだって
ここまで速くは移動できないし、普通人なら超神速ともいえるこの速度に反応すらもでき
ない。
 ――が。そのプライドが音を立てて砕け散って、しかもそれに傷心するヒマも場面も感
情もなかった。
「……これは最速の移動術――『無窮(むきゅう)』ですか……?」
 瞳から光を失いかけながらも、そう問わずにはいられなかった。こちらの命は、あちら
の手中に握られているから、ヤケクソで言ったのかもしれないが。
「ええ、そうです。神速、超神速(縮地)、それを上回りかつ、音速の壁を突破した速さ
――それが『無窮(むきゅう)』です。人間、神族や魔族にだってこれほどの速さの持ち
主はいないでしょう。
こういうのは何ですが、ルタークやライム、ランディさんの手を借りずとも、私ひとりで
もあなたたちを排除するコトはできるんです」
 ツツツと、総司の首筋から血が盛り上がり、こぼれ落ちる。レンがもうひと押しすれば、
頚動脈を切り裂き総司は死神の迎えがいるコトになる。しかし失いかけた光が、その痛み
によって盛り返してきた。
 総司が、言った。
「この町はね……砦なんですよ……俺達みたいな人種が人間らしく振舞える最後のね。だ
から、それを壊すのであれば……」
「どうします?」
「――死んで、もらいます」
 『新月』の漆黒に染め上がっている刀身から、プロミネンスのようなオーラが噴き上が
り、瘴気に近いレベルの殺気を総司が放った。
 びりびりと肌を震わせたそれにいち早く危険を感じたレンは、カタナを横薙ぎにした。
 両断したのは、なごりの血風と砂塵だけ。
「速い!」
 賞賛の言葉を吐いたレンは、赤く照り返す光の圧迫感に、振り返った。
『奥義弐式炎の章! 鳳翼刃!!』
 激炎の十字――剣圧波がこちらに肉迫していた。レンはこれを牽制と見て取り、場を移
動して回避するのではなく、みずからも剣圧で吹き散らす手段を講じた。
 いくつもの銀刃が炎を斬り裂き、焦げ目ひとつつかずに放散させた。
「後ろです」
 回転しながら真後ろにレンは斬撃を放つが――
『奥義伍式影の章! 幻影刃!!』
 まったくの違う左側面に出現した総司の連続剣撃が放たれた。この技は、視界の死角を
突くのではなく、意識の死角を突くのだ。
 ふぅ、と陽炎のようにレンの姿がぼやけたと思ったら、背後に回り込まれていた。
「おしかったですね」
 やはり、『無窮』にはかなわないのだ。そう考える間もなく、お返しとばかりに斬撃が
無数に叩きこまれる。硬直状態からのそれだったが、それでも身ぐらいはひねって威力を
半減させていた。
 飛びしりぞいた総司を、血のしぶきが追いかける。
 うずくまるように着地した総司は、両足を軸にしてレンの方へと旋回した。『新月』に
よる横薙ぎは、当然のごとく半空を裂いただけだった。
『剣幻流・秘空幻舞!!』
 宙空からカタナを投げたレンは、もう片方の脇差しをも耳の横にまで振りかぶる。かわ
したところをそれで狙うらしい。
『ディストーション・フィールド』
 錬金魔法。空間に干渉し、攻撃を防ぐ障壁を生み出す。弱点と言えば、動きが取れない
ことにある。
 ピタリ、と静止したカタナは弾かれ、次に向かってきた脇差しも同じ末路をたどらせた。
だが障壁を解いた瞬間、脇腹に痛烈なつま先が決まっていた。
 うめきながら転がり、総司はうつ伏せになる。
「お別れ、ですね」
「……そうみたいです」
 そう言って『新月』をいまだ握りしめている総司には、断念の色はない。この間合いか
らの斬撃はできないし、魔法は自身を巻き込むことになる。相打ち覚悟で――いや、レン
のスピードではそれすら疑念をいだく。
 あきらめていない総司の様子に、レンがいぶかしげに眉をひそめたが、
「心配しなくてもこの街の住人は、みんなあなたのあとを追う事になるんです。『邪影』
によってね」
 そこまで言ったレンの表情が引きつった。
 湖から現れた巨大な影。水しぶきが横殴りに叩きつけられ、潜ませていた部下がその水
でクリエートされた龍に押し潰されたのだ。部下はどうだっていいが、『邪影』は? ま
さか、倒されてしまったのか?
 いくつもの疑問が浮かび、押し寄せてくる不安。計算の狂い始めたレンは、胸中に動揺
という亀裂が走っていた。
 ――さらに。
「な、なんだ……? これは」
 五体が金縛りでも受けたように、動けなくなったのだ。どっと脂汗が噴き出し、視線だ
けをまわりにさまよわせる。
 総司が薄ら笑いをし、右手で魔法力を制御していた。
「……が……そ、総司さん……あなた……」
「さっき俺があなたの飛刀を防いだ錬金魔法、『ディストーション・フィールド』です」
 この魔法の弱点を逆手にとり、見事に使いこなした総司の機転力。頭脳プレーの勝利と
言いたいところだが、レンはそこにあるアラを告げた。
「……こうしているあいだは……総司さん、あ、あなたも動けないでしょう……?」
「忘れてますよ、レンさん。もうひとり、いたでしょう?」
 顔を硬化させたレンは、背部から迫ってくる風音にびくりと身をよじらせた。峻烈な気
が走り寄り、次の瞬間――
 ザンッ!!
「!!!」
 志狼の斬撃が、レンのアキレス腱を断ち切っていた。



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