中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<紅の鮮麗> 〜三日目・ローズレイクの夜・その四〜」 hiro


 それは、しばしの静寂。
 それは、乾いた笑い。
 それは、自意識の断絶。
 ――それらを包み含んでいる男は、座り込み、面差しを向けていた、他者の知らない場
所へと。風さえもさけていき、双眸は何も映さず茫洋としている。
 男――レン・トッシュは、疲れたようにつぶやいた。
「こうやって止まってしまった私に、何があるというんでしょうね……組織も、地位も、
私には過ぎたものなんです。ただ、世の秩序だけを願っているだけ。それには、令をくれ
る誰かがいるんです。先を見通せない凡人の私には、走る事しか……」
 キメラによる強化は脚力だけ。ルタークのような無痛覚や、ライムのような耐久力、そ
して標準化されている再生能力などは、ない。
 足元に血溜りを作りつづけている。
 総司は、かたわらにしゃがみ込みレンの瞳をのぞき込むようにして、言った。
「あなたの敗因は、ふたつです。ひとつは、ルシアの実力を見誤っていた事。そしてもう
ひとつは……俺をここに呼んだことです」
 その目に、変化の色はない。
「どうして、なんですか……? どうして俺を」
「…………言ったでしょう。あなたに、私の真実をみせると。戦い、勝ち、正義を遂行す
ることが、私の真実……いいえ、私のすべて。あなたは、未来が大切だと言った。誰もが
そう答えるのかもしれませんけど……それでも、あのときの私には、新しい発見のような、
そんな気持ちでした。
……だから、私の真実に共感してもらい、協力してほしかった。あなたとここで出会った
のは偶然ではないと、そう思いたいから――」
 ハメットにつかえてからの十数年、自己の意志など必要なく、命令や要求を履行するだ
けの存在だったレンにとって、未来とはハメットと同義だったのだ。だから未来が何かな
んて考えたこともなければ、思案するべき対象でもない。
 部下からすれば、レンは辣腕(らつわん)な首領とでも映っていたのだろうが、レンか
らすれば、がむしゃらに走っていただけだ。
「だからこそ、あなたとの出会いは私にとって、まさに天啓だった。だから、あなたなら
もしかして、と思っていたんですけど……どうやら思い過ごしだったみたいですね」
 絶望を宿す黒の瞳は、すがりつくようにして、視線をはじめて総司に向けた。総司にそ
れを受け入れるつもりはないが、捨て置くのもためらわれる。このヒト自らの意志で進ん
で欲しい、そう思い言葉をつむいだ。
「レンさん、あなたは放棄しているだけです、考えることを。過去の、ハメットの意志を
継ぐことを理由にして、ね。――俺、言いましたよね? 『過去は未来を築く原動力のひ
とつ』だって」
 はげますように、総司は大きくうなずく。
「ヒト一倍過去を知っているあなたなら、未来なんていくらでも開けますよ! あなたに
は、その力があるんです。……どうです? 俺、何か間違えてますか?」
 意見をあおぐように志狼やアリサたちを順繰りに見やった総司は、レンに満面の笑顔で
戻してきた。レンの口元に、淡い微笑が漏れる。かさかさだった肌のツヤも、幾分回復し
たように思えた。
 その言葉のいらない空白の部分に、ソデで出番待ちだったルシアがセリフを入れてきた。
「レン。聞いておきたいことがある」
「……なんです」
「アリサさんを、どうするつもりだったんだ?」
 ぴりりと一同に走る緊張感。重苦しい雰囲気が、またもゆるりと迫ってきた。ルシアに
はこうなる事は分かっていたが、それでも尋ねておかなければならない。
 レンは、目線をルシアのかたわらにいるアリサに向ける。
「当人を前にして言うのは気が引けますが……どうせもう最後ですし。……コアにしたか
ったんですよ」
『……?』
「ご存知かもしれませんが、キメラ――つまり合成獣作成には、多大な経費と犠牲、それ
に時間をようします。それとて、必ずしも成功するわけでもない。
『零有機体(ホムンクルス』から作成をスタートした合成獣などは、九割方失敗に終わり
ます。あなたたちの見た、ルタークとライムもそれに属しますが、うまくいったのは奇跡
としかいいようのない」
「……話しがみえてこないな」
「これで前提はいいんですよ、ルシアさん。コアにするとは……事象の成否を確定するた
めの古代魔術機、<絶対確率>という装置の核として、アリサさんを組み込みたかったと
いう意味です」
「生体機器、か……?」
「ご察しのとおり、それはすべからく生きたまま死ぬという事になりますね。陽の気の放
出がより顕著なアリサさんは、このコアにうってつけなんです。ハメット氏はジョート・
ショップの土地の方に執着していたようですが、こちらの方がより確実。<絶対確率>を
起動させれば、キメラ作成において、失敗などという事はありえなくなるはずだった」
「それじゃ、ルニを狙っていたのは」
「フェイク……とまではいきませんが、優先されるべきはアリサさんの確保。その上で異
常なまでの神族の力を持つルニくんを手に入れることができれば、御の字だったんですが
ね」
 レンは薄々ながら、あちらにやったルタークたちも敗退したのだと勘付いていた。ルシ
アがこれだけの強さなら、完全に未知数のアインなどは計り知れない。諜報員の戦力調査
は、まったくアテにならなかったというわけだ。
「これで、知りたいことはだいたい分かりましたよね?」
「ああ。あとは、おまえの処分だが……」
「それには及びません。私が負けたときの処分は、自分で決めていましたから」
 まるで日常の些細な事とでも言うように、ふところから短刀を取り出すレン。そこから
起こるであろう出来事を、一瞬、誰も理解することができなかった。
 それは、あまりにも……あまりにもすがすがしい顔だったから……


 刃によって裂かれたノドは、引力に逆らうようにして鮮血を噴出し、放物線を描いてぶ
しゃぶしゃと地面を叩いた。見る見るうちに赤に染まっていく大地を、あたかも他人事の
ように眺めていたルシアたちを背景に、総司は、唇を引きつらせた。
「な、何を……! レンさん、なぜこんなコトを!?」
「……わ、かってます……でもね、まだ、復讐があったんです。これを果たさなければ、
つ、つぎには進めないから……」
「分からない! あなたが何を言いたいのか!?」
 そこで、魔法のたしなみがある者が、はっ、とする。激烈な魔力波を、レンの内側から
感知したのだ。
 ごごごごごごごご。
 それを感じたのを合図としたように、周辺に漂流していた魔力が高まり出す。天へと伸
びる四つの魔力柱が、街の東西南北に突如として出現した。そこから放散した魔力の粒子
が空に向かって舞い上がっている。
「……この配列は、『四方陣』……ですか」
 五紡星が、正しき力の流れ。逆五紡星が、負なる力の流れ。六紡星が、円環なる力の流
れ。これが基本的な魔法陣だが、それとはまったく異なるのが、この『四方陣』。
 これに制御などというものはなく、無限に力をかき集めるためのもの。
 こうなる事を予期していたレンは、四つの魔力共鳴器を『四方陣』の配列で昨日のうち
にルタークとライムに設置させておいたのである。その帰りにルニを見つけて……っての
がその昼の事件だったのだ。
「そう、です……共鳴、そして魔力増幅。その相乗効果で、私に埋め込まれた魔力歪曲―
―言わば、魔法爆弾は、この街の四分の一を廃墟と化すでしょう……」
『!?』
 総司は、噛みつくように、叫んだ。
「どうして……なんでなんだ!?」
「復讐、だからです……私の拠り所であったハメット氏を殺された……」
「でも……! あなたはもうひとりで……!!」
「分かっています……けど、こうしておかなければ、私の気が済まない。それに、この爆
弾の起爆スイッチは、私の死と連結して、いるんです……もう、止めることはできない…
…」
 ノドを裂いたのにこれだけ喋れていたのはナゼだったのか。どちらにしろ、出血量から
して、もう長くはないだろうが。死相が濃く、いつ逝っても不思議ではない。このままで
は、その運命をともにすることになる。ここにいる自分たちを含め、何百人という住民が。
 ふわり。
 考えあぐねていた総司の背に、漆黒の翼が四枚現れる。抜け落ちた数枚の黒羽は、夜の
色とは対照だ。だから、はっきりと区別がついた。
「志狼」
「え……?」
 ファンタジーな光景を眺めていたかのような気分にひたっていた志狼は、いきなり振ら
れ、間の抜けた返事をした。
 舞い散る羽に囲まれた総司は、レンを抱きかかえた。その羽色が漆黒でさえなければ、
死者を迎えに来た天使のように映る。でもそれでさえ、実に絵になっていた。
「撃て。神技を。爆弾の爆力を相殺するには、おまえの神技が最良だ。余波のことは心配
いらない。俺が、防いでみせるから」
「そんなことしたら、おまえ、無事じゃすまないぞ!?」
「アリサさんたちを、死なすつもりか? いいから、撃て!!」
 その一喝が、志狼に現実を差し示す。
 いやいやながら。しかし活かす剣ならば、ここで撃つしか。
 『無明剣・真打』をすらりと抜いた志狼は、答えを見出せないまま、アリサたちを無言
のままに下がらせ、神技発動の祝詞をつむぎはじめた。

 ――闇(くら)浮かぶ蒼き月魂よ――
 ――その静かなる闇の力――
 ――人を安らげし地の技よ――
 ――ここに今最愛なるもの守るため――
 ――地を裂く蒼き闇よ――
 ――幾千の祈りを込めし月のかけらよ――
 ――我が手につどいて目の前の災いを振り払え――

「――彼方に続く血路を見出せ……」
 音もなく、刀身をはう蒼の気は、想像を絶するプレッシャーを志狼の肉体に与えていた。
何度目かになるこの技、これでエーテル・バーストの補助なしで撃つのは二度目だ。
 あの時といまの違いは何か。
 守りたい。帰りたい。
 ここは同じ。……でも、今度は仲間の命がかかっている。
 はたして、手加減していいものか。できるかどうかではなく、するかしないかだ。
 数百人の犠牲か、ひとりの仲間の死か。
 力加減を間違えたせいで、どちらもなくす事だってありえる。
 ……早く、撃たないと……
「自分を信じろ」
 そうささやき、やんわりと、力強く自分の両肩を支えてくれた。ルシアが。
「足りない部分は、俺がおぎなってやる。そして、総司を信用しろ。――おまえなら、絶
対やれる」
 後ろにいて見れないはずなのに、志狼にはルシアがどんな表情なのか分かっていた。力
づけるような、笑顔。
 自然、志狼にも笑みがこぼれる。
「天羽流神技が弐!! 闇の章! 蒼月地裂波っ!!!」
 まるにゃんに指摘された思い切りの良さが足りないなんて、このときの志狼にはまった
くもって不釣り合いだ。勇姿そのもの、シーラにもみせたいくらいだった。
 放たれた気が、槍の穂先として具現化し、地を猛然と切り裂きながら快走した。
 総司はその侵入口だけ開け、あとの空間すべてを防御魔法により隔離した。気が入って
きた瞬間、その穴をも閉じ、内部ですべての爆力を押え込むつもりでいた。
 総司最強、そして究極の防御魔法――『鏡』
 複数の空間を結晶化した『積層空間』で、内部空間の時と空間を通常空間から切り離す
という不条理な魔術だ。
 分かりにくいなら、こう考えるといい。その魔法領域には、何も存在できないと。そう
思えば、どんな技だろうと、この領域たる壁を壊せはしない。……ホントはちょっと、い
やかなり違うが。
「……あぁ、総司さん……あなたは、天使、だったのですね……」
 かすみがかった瞳で、レンは総司を見つめていた。多分、その翼から、天使だと勘違い
したのだろう。半分は当たっているが、半分は間違いだ。総司の先祖に堕天した天使がい
るだけで、総司はそれを受け継いだにすぎない。
 しかも、もうレンには、色の識別がつかないらしい。堕天使を見て、天使だという人間
はいないから……
「……あなたに、裁かれるのなら……本望ですよ」
 蒼の気の圧量が、大気を震わせ押し迫ってきている。髪や服がはためき、闇の光がレン
の横顔を包みこんでいた。
「これも、運命だったんですね」
 穏和な眠り顔でそうつぶやいたレンの耳に、総司ではなく、志狼の怒号。
「レェェェンッッ!! 最期にこれだけは覚えとけ! 運命なんかな……」
 その時、停滞が起こった。ゆったりと刻む、時間の流れ。
 思いっきり叫ぶ。 
「クソ、っくらえだッ!!!」
 それの答えを、レンは総司にぼそりとおくっていた。
 志狼が最後に見たものは、にっこりと笑みを浮かべた、レンの顔だった。
 ――そして、再び加速する時間。
 夜を消し飛ばす蒼の……闇の光気が、過去の呪縛に捕らわれていた男を、解き放った。




<あとがき……一歩手前(^^)>

 レンの死に様については、納得できないヒトもいるでしょうが。
 この人は、死なせておいてください。それが、この人にとっての一番の幸せだったんで
すから。
 爆弾使って道連れとか、レンの性格に合わないこともしてますが、最初から防がれると
分かった上での事ですから。だから、レンも悔しげなセリフ、言ってないでしょう?
 もしレンが生まれ変わったら、総司くんの子供として生まれてきたりとか。
 ……そういうのも、面白いかも。
 
 『邪影』は痛いですねェ。
 実際の話し、オリジナル一体で、マスクマンと互角なくらい強いんですが。戦った相手
がまずかった……アインくんとルシアじゃ、勝負にすらなりませんね(苦笑)
 ま、このキメラを考案した時点で、このふたりにあてがうつもりでしたから。だから、
造形なんかテキトーです。……自警団員が浮かばれませんね。プロなら、たとえ一瞬ヤラ
レキャラでも、それなりにやるんでしょうけどね。

 今回のお気に入りセリフはやっぱり、あれ、ですか。
 この『その四』の志狼くんのやつ。「運命なんてクソっくらえだ」……かっこいい♪
 レンが総司くんにささやいた言葉は、ここで言いませんし、教えません。だいたい分か
るはずですよ、ね?
 では。



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