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「<紅の鮮麗> 〜三日目・陽の当たる丘公園の夜・その一〜」 hiro


「――終わったようだな」
 南から黒い光がまたたいたのに目を細め、ランディは、つぶやいた。闇圧は、それ自体
はとんでもないが、無音なために住人のいくらかも気づきはしなかったろう。もし気づい
ていたならば、ちょっとした騒然を生み出していたに違いない。しかし、その光が消えた
あとも静かで、あくまで眠りにつく街並みがとくとくとつづいていた。
「なにがだ?」
 この場所、陽の当たる丘公園にまで連れてこられたヒロは、余韻の残らない黒光を発し
た空を眺めつつ、そう尋ねた。
「レンがやぶれた、ということだ」
「……なんか、あんまり驚いていないんだな」
「当たり前だ。俺にとっては組織なんぞ、どうでもいいんだからな。感謝はしているが。
おまえとの戦う口実を作ってもらったんだからな」
 言いながら、ヒロの横にいるルニにアゴをしゃくった。
「そこのガキの存在をレンに教えたのも、そのガキの経歴を知った上で、探していたらし
いきさまの事をそれとなくガキの耳に入れてやったのも、俺だ」
「……壮大な婉曲(えんきょく)さだな。あんたがこの件の黒幕じゃないか、それじゃ?」
「なんだって構わん。どうとでも言えばいい」
 こうやって言い切られてしまったヒロは、愛刀――紅魔を引き抜いた。話しなど、こい
つには蛇足なことだと考えたからだ。
「ヒロにぃ……」
 不安そうに、ヒロの服のすそをつかむルニ。ヒロが一歩前に出、背を向けたときから、
自分は及びでないことは分かっていた。ふたりがかりならあの男を倒せるだろうが、それ
はヒロの矜持(きょうじ)が許さない。
「心配するな。俺はあんなヤツには負ける気はないから、な?」
 ものやわらかに引っ付いていたルニを押しのけ、たえまなく噴く神気を、ひとかたまり
の風にかえた。
「……いくぞ」
 ヒロのいた空間に、影色の縦線が無数に走る。それを認めたときには、ヒロの身は忽然
と消失していた。
『神閃流・雷風閃!』
 頭上から一条の銀光が、ランディの脳天をカチ割らんと神速で落ちてくる。
 ニタァ。
 そんな物恐ろしくなりそうな会心の笑みを、ランディがたたえたと思ったとたん、左手
が腰の後ろに回り、そこからひとふりの剣を取り出した。
 視線をかえないまま、ランディは剣だけを上へと振り上げる。
 ぶしゃぁ……ッ!
 ぽたぽたと、ランディの顔に、赤い液体が丸粒となって付着した。
「ぐぐ……!」
「ククク。どうしたってんだ、小僧? 俺はまだ、本気じゃないぞ」
 ヒロの肩口に突き刺さる切っ先から、したたり落ちてくる血に、ランディが興奮を押さ
えた声音で言った。
 宙空で縫い止められていたヒロは、無理にカタナを振り下ろす。しかし右手の甲――義
手――によって受け流され、それで体勢を悪くしてしまったせいか、重心がかわり、肩の
肉を一部持っていかれる形で、地におり立つハメになった。
「……あんたが、亡国の騎士団長を務めていたというのは、本当だったんだな。いつも素
手だとかクロスボウだとかばっかりだから、傭兵だと思ってたが……」
 ヒロの表情は、走る痛みに耐えてひそめられてはいるが、それとてまだ減らず口みたい
なコトをたたけている。
 ランディは、刀身に付いていた血を振るい飛ばし、
「これは、おまえとの戦いに用意しておいた、上質のミディアムソードだ」
 ロングソードより短く、ショートソードよりは長い。西洋風の小太刀とも言える代物で、
攻撃もできるが、防御の方にも向いているという、オールラウンドな剣なのだ。
「へぇ、少しは俺を警戒してくれていたのか」
「そういうわけじゃないんだがな……俺が本気を出す以上、こいつは必須なんだよ」
「騎士ってのは、長剣一本ヤリなのかと思っていたんだけどな。オッサン、あんたが特別
なだけか?」
 左肩の傷を気にかけながらヒロは、そう問いかけてみる。しょっぱなからのこの負傷は
いたい。だが、自己再生に全霊をかければ、短時間で修復可能だ。
「特別――だと? 俺がか? くだらん」
 珍しくしかめっ面をしたランディは、そう言い捨てたあと、肌が裂けそうなほどの鬼気
を発した。
 ヒロは、ほぞをかむ。ランディの騎士時代の話しは、ふれてはいけない内容だったよう
だ。ものの見事に、こちらの思惑は失墜してしまった。
 だが――
「軍事国家の未来なんざ、滅びしかない。いくつもの小国を武力でもって支配しても、い
つかは裏切られる。そして俺の国は、その見本みたいなもんだ。
――大国で富強の国だと言われてのぼせ上がっていたが、それは従属国経由の、物資の交
易があったおかげだ。そいつらを武力で押さえつけておくのにも限度ってものがある。水
面下の確執はいやがうえにも酷くなり、そこを他国にそそのかされれば……力では我が国
にはかなわない、だから、経済封鎖っていうからめ手できた。
ひとつひとつが弱くても、共闘すればなんとか耐えしのぐことはできる。あとは、こっち
の兵糧がつきるのを待てばいい」
「…………」
「そして王は、降伏宣言をした」
 悔しさをにじませたランディのつぶやきは、怨嗟となって遠景に突き刺さる。
「俺たちの……大陸最強といわれた騎士団の働きはなんだったのだ? 王に忠誠を誓い、
国民のために戦い……!! いくら勅令とは言え、許せるもんじゃなかった。
知っているか、小僧? 敗戦した国の運命を」
「フォスター隊長に、聞いたことくらいは……」
「悲惨、ここに極まれりだ。聞いたのと実体験とは、次元が違う。敗者は勝者のいいなり
だ。何を言われても、聞かなきゃならん。地獄だよ……戦場の方が、よっぽど天国だ。人
間の本質ってやつを、目の当たりにすることができる。殺戮、暴行、略奪――数えきれね
えほどだ」
 いまにも叫び出しそうな、そんなランディは、義手の具合をたしかめるように、手の平
を開いたり握ったりを繰り返している。
「王族、貴族、軍事関係者、そのほとんどが絞首刑。それでいままでの罪をあがなえ、だ
とよ」
「……ならオッサンは、どうして……」
「俺か。俺は、その騎士としての強さを買われて、いろんな国からひっぱりだこだ。受諾
すれば、命どころか仕官できる」
 ギラリと、野獣のような眼差しを浮かべた。
「それで、俺が素直に受けたと思うか?」
「……さあ」
「これが、その答えだ」
 義手を強く握り締め、ヒロにかかげるようにする。
「拝命の日、俺は謁見の間で、この右ヒジから先を、切り落としたのさ。あのときのヤツ
ラの驚きようは、いまでも目に焼き付いているぜ。
言わばこの義手は、その証。俺が騎士を捨てたっていうな」
「で、プライドまで捨てたって?」
 そろそろ、お喋りも終盤のようだ。じりじりと、ヒロは構えをととのえていく。どんな
攻撃にも応じられるように。
「なんとでも言うがいい。そうでなければ、俺はあの場で狂っていたんだからな! 部下
や民に背を向けるなど、『騎士』だった俺にはできん。だから、捨てたのだ」
「何いってる。重荷から、逃げたんだろうが」
 そのヒロの当てこすりに、ランディは歯をきしませた。自認しているのだろうか、それ
を。
 ランディの義手が、空間を薙いだ。
 飛び跳ねてかわしたヒロの直前までいた地面が、爆裂する。煙幕がわりにそれを利用し、
ヒロはランディに向かって飛んだ。
 ランディは頭上に、背を向け飛空しているヒロを認めた。
『神閃流・虚風閃』
そこから繰り出された回転剣撃は、電閃となり、ランディをかっさばかんと強襲した。
しかし、今一歩のところで剣で受け止められる。着地したヒロの身が、沈みつつぐるんと
一回転し、風を纏(まと)った剣先が、ランディのアゴへと吸い込まれた。
『神閃流・虚風閃・纏』
 ほおをかすめ、そこから鮮血を飛ばすが、ランディには痛手でもなんでもない。これだ
けかわされて、それでもヒロは技を放とうとする。
 ほぼ一メートルの距離、ここから踏み込んだりしたら、ランディの義手の一撃を食らう
ことになる。一旦離れる必要性があるのだが、なんとヒロは刺突(つき)の構えをとった。
 刃を上にして、峰に左手甲をあてがう。
 左手甲が照準台となり命中精度を高め、さらに加速台ともなり、この間合いからでも刺
突の威力を減退させない。
『神閃流・突風閃!』
 これにはさすがのランディを驚きを隠せなかったが、そこは戦士としての勘が勝手にカ
ラダを動かし、さけていた。黒の衣服が多少やぶけ、空中に散ってはいたが。
 驚倒と感嘆が、ランディの表情に純粋な喜悦を刻ませた。
「クククク……ハァッハッハッハッハッハッハッ!! 
少しはやるようになったな、小僧!? しかし、まだだな。まだ、俺には及ばない」
「その口、うっとうしいな。……永遠にきけなくしてやろうか?」
 切っ先を右下ななめにおろしていたヒロが、疾風をともなって向かってきた。後ろには
残像を引きずっていて、その速さをまざまざと見せつける。
 間合いに飛び込んだとき、夜闇に銀光が映った。
 縦に裂いてきたランディの剣撃を右に体を開いてかわしたヒロのノドから、ケモノのご
とき咆哮がほとばしった。
「神閃流――旋風撃ッ!!」
 空気を巻き取りながら旋転したヒロとそのカタナは、ランディを背後から上下ふたつに
断たんとうなりを上げた。
 肩越しに後ろに振り下ろされるミディアムソードが、それを受け止めたが、体勢が体勢
だけに、そしてヒロの膂力(りょりょく)からか、そのままランディは吹き飛ばされた。
 それを追うヒロは、上段に構えている。
 跳ねるように起き上がったランディは、迎撃に下からの斬り上げを放った。
 火花と銀光が、またも飛び散り――
 ぼぐぅッ!
 義手による裏拳がヒロのほおをとらえ、キリもみながら地へと墜落した。
 瞬間、冷たい沈黙が場に広がる。ルニには、ヒロの頚骨――つまり首の骨が折れたよう
に思え、絶句するしかなかった。
「しまった……やりすぎたか」
 舌打ちするランディは、悔恨の念に眉をひそめている。義手は義手でも、人間の筋力を
はるかに上回るパワーを秘めているのだ。これの一撃は竜の皮膚をもつらぬく。それをヒ
ットさせてしまったからには、ヒロが生きているとは思えない。
「……ヒロにぃ……そんな……」
 惚けたようにルニは、ヒザから崩れる。
「……あ」
 苦痛に渋い顔つきをしていたが、ヒロは片ヒザをついて立ち上がろうとしていた。こち
らに、大丈夫だ、という頼りになる面を見せられたルニは、なぜだか笑ってしまった。
「……泣きながら笑うなよ」
「だって。なんで、あれで生きてるのさ」
「運がいいからな」
「悪運が、強いだけじゃないのか?」
 横槍のランディに、ヒロは不敵に笑い、吸気したかと思うと、
「こぉぉぉぉぉ…………おおおおおおおおおおっ!!!」
 ヒロの剣気に、空気に漂っていたチリやゴミがそれに誘発されたように破裂していく。
地がざわめき、風がおびえた。
「いくぞ、ランディ!!」


『神閃流・無風閃!!』
 一発目をワザと相手に受けさせ、その反動を二発目以降の剣撃力にかえる技。その剣速
は、音速を超え、無音なのだ。
 数撃を食らったランディは、遅れてくる音速音と、そこから発生した衝撃波にその身を
はね飛ばされた。
 脳が衝撃に揺らぐが、それがないように立ち上がり、ランディが走り向かってくる。口
元に血をこびり付かせているが、絶え間ない喜びにふるえてもいた。
 ヒロはすでにオノレと互角。
 スキを見せれば、すぐにでも死の扉が開いてくれる。その前に立たされている気分は、
戦闘享楽者にはたまらないのだろう。
「これだっ! これなんだよ! 俺が求めていたものはな!!」
 斬撃をヒロに受け止めさせ、そこから足が高速で伸びてくる。ランディのすねの部分に
靴底を押し当て、ヒロはその蹴りを事前に止めた。
 バウッ、と両者の気が衝突音を鳴らし、同時に引いた。
 緊張の連続が緊張を飽和させてしまい、ふたりは、かかないはずの汗を噴き出している。
いまにも、湯気がのぼりそうだ。
「こんな戦いが好きなのかよ、オッサン」
「きさまもそうは思わんのか? こうしていると、充実している、とな」
 その問いに答えず、ヒロは、アゴにたまっていた汗を手で払い飛ばし、カタナから構え
を解いた。表情を真剣なものにして、言う。
「それにしか喜びを見出せなくなったの、間違いだろう? 騎士を捨てたあんたには、そ
れしかなく、この何十年をそうやってむなしく生きてきたんだな」
「…………だまれ」
「何度でも言ってやるよ。むなしい、人生だな」
 あざけるのでなく、ほほ笑むようにして、ヒロは言う。この方が、ランディにはこたえ
るだろう、そう思ってのコトだ。
 斬撃――それを認めるいとまもなく、ヒロの胸元へとはしっていた。
 初速で音速を超えたのか、衝撃波がヒロの身をうちすえ、後方へ投げ飛ばされる。中空
で我にかえったヒロは、その流れに逆らわず、ほんのひと身じろぎだけで、着地をきめる。
が、襲ってきた頭痛に、ランディを視界から見逃すことになった。
 義手による人工の衝撃波が、幾数も飛んできた。
 側頭部を押さえながら、ヒロの剣撃がそれらを誤差ひとつなく斬り薙ぐ。真っ二つにな
った不可視のそれらは、殺傷力を宙に四散させていった。とんでもない奴である。
 ふと気がつくと、ランディからの殺撃がやんでいた。
「小僧。このままではキリがない。大技勝負といかないか」
「……そうだな」
 カタナをおさめそこから取るヒロの抜刀術の構えを見、ランディは喜色満面といった面
持ちになった。
「紅蓮咆哮か。撃ってみろ。前はそいつにしてやられたが、今回はそうもいかんぞ」
 絶対の自信をもってランディは言い、ミディアムソードをしまってしまう。ランディの
大技に、剣は邪魔なだけだ。使うは、義手のみ。
 ふたりの狭間に電光が走り、石かけ、芝生、花々や生い茂る雑草、木々が天空に引き寄
せられるように立ち昇る。闘気の渦が可視でき、それだけ凄まじいものだと、わからせて
くれる。
 ――勝負!
『ソウル・ファング!!!』
 ランディは向かってくる抜刀術を粉砕し、そのままヒロを殺るつもりなのだ。青白い淡
光に包まれた義手が、カタナを叩き潰さんと放たれた。
 ――対しヒロは。くるっと帯刀していた鞘中の刃が下にくるようにする。刃は、上向き
に帯刀するのが通常なのだが、『この技』を撃つには、どうしてもそうする必要があった
のだ。
『神閃流! 逆風閃!!!』
 逆手から抜かれたカタナは、神速をたもちつつランディの技の手前をすり抜けて、その
頭上へと昇った。
(逆手抜きだと!?)
 ランディの双眸がとらえたのは、ひるがえり袈裟斬りにされるカタナと、ヒトの悪そう
なヒロの会心の笑み。
 カタナ――紅魔が、ランディの胴体に、ななめの血の筋を作り上げていた。



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