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「<紅の鮮麗> 〜三日目・陽の当たる丘公園の夜・その二〜」 hiro


「あ……あ……しまっ……」
 ヒロとランディの戦闘を見守っていたルニが、疼痛(とうつう)に頭を抱え込み、崩れ
落ちる。ズキンズキンとさいなませる前額部の痛み……それが起き出してくるというサイ
ンだった。
 『紅の枷』
 人間の身で神族の力を受け継いだヒロの――ルニの母親の村では、長の家系、その中で
も長男長女に巨大すぎる神気が宿る。しかし赤ん坊にそれは強烈すぎて、死んでしまうの
だ。そこでそれを抑制するのが『紅の枷』。
 髪と瞳の色素が鮮麗な紅に染まることから、そう呼ばれている。
 ルニは異例だが、外した――または感情爆発によって解けた場合、髪色が元の銀髪に戻
る。
 荒い息を吐いているルニの毛先が、灰色に変色しかけていた。瞳は、中央から。
「こんな……こんな単純なことに……気づ……かなかった……なんて」
 ヒロの神気を間近で浴びるのは、ルニにとっては劇薬を飲まされたのと同義。ルニの内
面的世界――そこに巣食うそれが、愉悦に暴れ回っていた。気を抜けば、いまにでもそれ
を捕らえている枷(かせ)がはずれそうだ。
「……まだ……早いんだ……まだ……」
 こんなところで意識をうしなえば、この街が……
 ルニは、心中で絶叫した。


 絶叫を聞いたような気がしたマリアは、つかんでいたコップを、落としてしまった。さ
いわいにも、割れ物じゃなかったから割れはしないが、注目は集めてしまった。
 さくら亭。
 ジョート・ショップでの夕食会の二次会を、ここでやっていたのだ。むろん、提案者は
由羅だった。
「あらん? 酔っ払いでもしたのぉ〜、マリアちゃん?」
「う……ううん、そんなんじゃないけど……」
「由羅ねぇ、マリアがお酒なんて飲むわけないでしょ?」
 パティが、あんたじゃないんだから、とそういう目で言ってきた。ゆーきが、控えめに
こくこくとうなずいている。
 ここにいるメンツは、マリア、由羅、パティ、ゆーきの四人のほかにも、メロディやま
るにゃん、アレフがいた。ついさっきまでローラとトリーシャもいたんだが、夜の十時だ
ということに気づき、あわてて帰っていった。マリアは、邸宅の者に断ってる、と本人の
弁だが、もしかしたら執事さんあたりが探しているのかも。
「にしても。ルシアくんたちってば、付き合い悪いわよねぇ〜、ほ〜んと、お堅いんだか
ら。……アレフくん、どうしたのよん、その『ルシアの名前は出さないでくれ〜』ってい
う顔は?」
「ギク……なんでもねーよ。どうでもいいじゃねえか、そんなの」
 にがそうに言ったアレフは、そっぽを向く。それに何かを悟りでもしたのか、由羅は、
ニヘラ〜とした顔つきでアレフにそばに寄る。
 ささやくように、由羅は、
「ふられたんでしょ」
「…………」
「ふられたんだなぁ、こいつぅ」
「ううぅ……俺のことなんて、ほっといてくれよ」
 テーブルに突っ伏し、アレフはさめざめと泣きはじめた。
「キャハハ! まぁ、ほろ苦い想い出として、ルシアくんのことはあきらめなさい。それ
とも何? いま付き合っている彼女全部と別れてでも、ルシアくんを選択できるの?」
「言うな! もうほっとけ!!」
 アレフの両天秤には、鍵束五十と、ルシアが乗っているのだろう。どちらにかたむくか
はまだまだ先だな、と思った由羅は、当初のマリアの方を向いた。
「そう言えばさ、ルニくんて、どこか思い詰めているトコロ、なかった」
「え」
「こんな席で言うのもヘンだけど……決死の覚悟、みたいなものがあるっていうか。むか
しのあたしの目に似てたのよねェ。いつ死んでも構わないって」
 いつもはちゃらんぽらんなオンナなのに、こういうマジメくさったことを言うと、なぜ
か重みみたいなものまである。
 そうまで言われて、マリアの不安がふくらんでいく。
「……ジョート・ショップに行ってくる」
「あ、待ちなさい、マリア!」
 引き止めようとするパティを無視し、マリアは夜色におかされた街に飛び出していく。
パティはとっさに由羅を見る。その意図を察し、由羅は、
「まるにゃんくん、ゆーきくん、マリアちゃんのこと、お願い」
 うなずいたふたりは、マリアのあとを追いかけていった。それを見送っていたパティは、
突然、幻視に襲われた。このイヤな感じは……
 足が前に踏み出したとたん、もう、止まらなくなっていた。
「あたしも、行ってくる」


 テレパシーのような絶叫は、ヒロにも伝わっていた。
 ケリがついたと思って気が抜けていた直後だったから、よく響いてくれた。幻聴に、耳
をふさぎ、それがルニのものだと気づくのに、五秒といらなかった。
 神気が奔出して、蜃気楼のようにゆれている空間の中央に、ルニが倒れていた。うかさ
れたみたいにうめいているさまは、切迫していると、ヒロに即断付けさせた。
 走り寄ろうとした瞬間、思ってもみない方向から――本能的には思っていた方向から、
剣撃がきた。ランディのものだ。
「まだだぞ、小僧! こんなもので決着がついたなどと、思わんことだ!」
「しつこいぞ、オッサン!」
 刃を噛み合わせ、その刀身越しにヒロはわめいた。
「あんたはきっちりばっちし、負けたんだ! もう、俺に挑むんじゃねえ! 負け犬の遠
吠えだぞ、それじゃ!?」
「どちらかが死ぬまでつづくんだぞ、小僧。それが、戦争ってもんだ」
「このオヤジ……!」
 風の神気を噴き上げたヒロは、左手を柄から手放し、半身をも引いた。左足が蹴上がる。
刀身同士に割り込んできたそれが、膠着を打開した。ヒロがランディを押し返したのだ。
「寝ろ、ランディ!」
 地面を削りつつ、火花散らせた切っ先が跳ね上がる。
『神閃流・地風閃』
 下方から描いた銀弧がランディに走るが、義手がそれをつかみ取る。獰猛なその顔、そ
して、横薙ぎにされるミディアムソード。
 身を沈めかわし、ヒロはそのまま後転する。
 そして起き上がったヒロの眼前に映ったのは、柄頭。カタナが、投げ放たれ送り返され
たのだ。狙いは、眉間。ここでヘタにさけるマネをすれば、どちらかの目が潰れる。
 眉間を強打したヒロは、脳震盪を起こす。
「死ね、小僧」
 そう告げられたヒロの頭の中で、理性による安全弁が、こなごなに砕け散った。投げ出
されていたカタナをつかみ、左手は鞘へ。
「もう、いい加減――」
 ヒロは鞘を、左手と腰の力だけで放った。どれほどの力があるのか、物凄い勢いでラン
ディへと飛んでいく。
 義手で弾く、ランディ。
 横手に鞘がくるくると舞っている刹那のあいだに、カタナまでが飛来した。それをミデ
ィアムソードで弾けば……しかし、やらなけらば致命傷だ。
 そして予想通りに、ヒロが目前にいた。
「――逃亡者の中年は、舞台からおりろ!!」
 ヒロの後ろ回し蹴りが、両手を封じられたランディのみぞおちを、直撃していた。


「舞台からおりろ!!」
 その声を耳にしたまるにゃんは、走りをゆるめた。背後をついてきていたマリアとゆー
きが互いにぶつかり合い、悪態をついてきた。
 南にくだればジョート・ショップだが、このまま真っ直ぐ行けば、陽の当たる丘公園だ。
その慣れ親しんだ声は、公園の方からだった。
「どうしたんですか、お師匠様?」
「……ヒロちゃんの声……それにこのニオイ。ルニちゃん、こっちにいるみたいだよ、マ
リアちゃん」
 指を公園に差したあと、まるにゃんはためらうように引っ込めた。急ごうとするマリア
の肩を、つかむ。つんのめりかけたマリアは、憤慨より焦慮をあらわにし、
「放してよ、まるにゃん! マリアは、行かなきゃならないんだから!」
「……どうしても、行くの?」
「なんでそんなこと聞くの」
「危ないよ、多分。行っちゃダメだ。まるにゃんが様子を見てくるから」
 その危なさが何か自分でも分からず、もどかしそうにしていたまるにゃんの言葉に、あ
のマリアが従うわけもなかった。
「うっさいわね! 行くって言ったら行くの!」
 まるにゃんの手を振り払い、マリアは走り去る。そこに、パティが現れた。
「マリア!? どこに行くのよ? ねぇ、どうしたっていうの」
 ゆーきに回答を求めるが、かぶりを振るだけだった。まるにゃんはめったに見せないイ
ラつきの表情をし、それをため息とともに吐き出した。
「どうせ、パティちゃんもついてくるんでしょ? まるにゃんか、ゆーきちゃんから離れ
ちゃダメだよ、わかった?」
 それだけを一方的に言うと、まるにゃんはパティの返事も聞かずに駆け出した。


 抱き寄せたルニは、青い吐息を連続的に出していた。
 涙腺がゆるんでいるのか、涙がこぼれ落ち、伝っていく。ルニはヒロの腕をつかみなが
ら、苦しそうにもがいていた。
「どうしたんだよ、ルニ!?」
 悲鳴のように問いかけてみるが、当のルニに答えなど期待していない。治療系魔術なん
てヒロには使えないから、応急処置すらできなかった。ともかく、クラウド医院に。
 立ち上がりかけたヒロを、ルニは引き止めた。
 薄目で、ルニは声を限りにして叫ぶ。
「ぼくを……ぼくを……早く殺して……!!!」
「バ、馬鹿なこと言ってんじゃない!」
「いいからぁぁぁッ!!」
 ルニの口から、絶叫すら凌駕した音吐が噴き出し、ヒロをぎょっとさせた。それでも、
抗議する。
「ムチャ言うなよ!? できるわけないだろ?」
「暴走……『紅の枷』が、はずれかかってるんだよ!! 前の比じゃない! もしそうな
ったら、ヒロにぃでも止められるかどうか……!」
 歯をくいしばり、その隙間からあらん限りに張り出したセリフは、ルニに後がないこと
を示してくれていた。
「やっぱりぼくは、神気をもつ器じゃなかったんだ……だから、年々自我が疲弊して……
そのうち、ぼくはぼくじゃなくなっていた……」
「……それでも、俺には」
「ヒロにぃ! ぼくは、もう、取り返しのつかない事だって……やって……!?」
 がくんと、ルニの短躯(たんく)が跳ねた。
 なんとか抑えていた衝動が、とどめようもなくせり上がってきてしまう。神気が小さな
カラダから押し出され、ヒロを吹き飛ばした。
 凍化したヒロは、ぎくしゃくと身を起こす。ルニに潜在する神気を見てしまったのだ。
恐怖にかられ、両足の震えが止まらなかった。
 どんな大敵を前にしても、こうまでなった覚えは、一度だってなかった。
「ルニ……?」
 そこにいたのは、ルニ・ラージュではなかった。それは、誰しもが持つ、破壊願望のあ
らわれだったのかもしれない。
 自我がなくなった生命体は、欲望のまま行動する。神気によって断たれたルニは、もっ
とも分かりやすい、破壊、という欲望に乗っ取って動いた。
 ルニは自然体から、声を張り出す。
「はあああああああああアアアアアアァッッ!!!」
 銀色の髪は、刃の色。赤色の神気は、血の色。
 そこから剥離(はくり)した神気のカスだけでも、高位魔族が消滅しそうだ。
 ガオッ!!
 ルニの拳の一撃が、公園の一部を消し飛ばした。



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